アンド、



外から見ても屋敷に人の気配があまり感じなくて妙だとは思っていたが、まさか本当に誰もおらんとは…
何処へ行った?
外出くらい構わんが、庭へのガラス戸が大きく開きっぱなしではないか、無用心な。
閉めて、鍵もかけて…これで、よし、と。
しかしこの家には価値のある書籍が沢山ある(と当麻が目を輝かせて言っていた。私には判らん)だけでなく、今は幼子もいるというのに
一体何をしているんだ。
遼と秀は仕方がないにしても、伸や、ましてやナスティまでこの状態で出て行ったというのか?
…何かあったのか?

…………しかし特に何も荒れた様子はないし……
まぁ誰かが戻ってから聞けばいいか。
それよりも当麻に頼まれていた本を渡しておかんとな。
…渡すと言ってもどうせ寝てるだろうから…さて、どうしたものか。
枕元にでも置いておけば目が覚めたときに気付くだろうか。
うむ。どうせ私の本も部屋に置いておくつもりだし、それでいいか。


それにしても当麻はちゃんと部屋に上がれたんだろうか。
私に買い物を頼んだ時点で既に足元が危なかったが…
リビングにも廊下にも階段に転がっていないから恐らく2階には上がれたのだろうが、せめて部屋には入っていて欲しいな。
ドアの前や思わぬところに倒れられていては流石に心臓に悪い。

どこにも倒れていないな。どうやら部屋には辿り着けたようだ。
ドアをちゃんと閉める意識も残っていたようだしな。良かった。


「………当麻、」


寝てるだろうが、一応声はかけておかねば。
返事はなくともそれが礼儀だ。
では、声もかけたし失礼して…


「……とうま?」


いない?
寝ているのではなかったのか?
部屋のベッドにいないなら何処だ?
1階にはいないように思ったが……もしかして書斎で寝ているのか?
椅子しかないように記憶しているのだが、眠れるような場所があったのだろうか…
そう言えばアイツは調べものの途中で座ったまま眠ってしまっている事が何度かあったな。

………いや、いやいや、あれは調べものの”途中”で、”うっかり”だ。
今日はハッキリと寝てくると言っていた。ならば書斎はおかしいだろう。

では何処に…?


………?
…何か、聞こえる……?
どこだ?
…………………。
廊下の、……奥?



………。


「…当麻…?」


微かに聞こえる妙な音をたよりに廊下を進んでみれば、何だ、どうして此処に小さい方の当麻が居る?
当麻本人から小さい方は遼と秀に頼んだからその間に少しだけ寝ると聞いていたが、あいつらは何処へ行ったんだ?
いや、それよりも。


「………ひっく」


しゃっくりか。
泣きすぎたのだろうか。
睫毛が濡れているし、また服の腹の辺りが皺くちゃだ。


「どうした?とうま、何かあったのか?」

「…まー、………ひっく」


あああ、また目に涙が溜まってきて……可哀想に、しゃっくりも苦しいのだろう。


「とうま、おいで」

「………ひっく」


もう腕を伸ばしてもビクつかないし、抱っこしても警戒しなくなったな。
…………ッヨシ……!
…ではなくて。


「当麻を探しているのか?」

「……うん」


頷く間にもしゃっくり。
こんなになるまで何故放っておいたのだ。
全く、遼も秀もあとできつく言っておかねばならんな。
それに伸とナスティもだ。
子供が1人で2階に上がっているというのに、何故誰も気付かず外出しているんだ。

それにしても困ったな。
当麻は私も探しているんだ。どこにいるんだろうか…
泣き止ませられるのは当麻だけだというのに。


「私と一緒に探そうか?」

「…………まー」


……?
…天井?


「…あそこに当麻が居るのか?」

「…うん」


また、しゃっくり。

見上げたのは天井………あぁ、そうか。
此処には屋根裏に上がるための階段が収納されていたな。
という事は。


「当麻はそこで寝ているのか」


ご丁寧に階段をまた隠してまで。
そこまで眠りを邪魔されたくなかったという事か。
……いや、集中して眠るつもりだったんだな。
2時間ほど寝ると言っていたし、その間にしっかり寝ておいて…そうか、それから小さいのの世話をちゃんとするつもりだったのか。
いい心がけだ。

……が、すまん、当麻。
色々手回しをして準備をしたようだが全部無駄に終わってしまった。


「よし、じゃあ上がろうか」


チビが泣いているのだ。上がらせてもらうぞ。




階段を降ろすのに危ないから小さい当麻を遠ざけようと思ったのだが、足にしがみ付いて離れんのは可愛い反面、困ったな。
ぶつけたり踏んだり蹴ったりせんようにしてやらんと。

それにしても……こいつ、当麻の気配が解るのか?
同じ細胞で出来ているからだろうか…
不思議なものだな。
そう考えると親子や兄弟というより、歳はかけ離れているが双子という感覚の方が彼らは近いのだろうか。
そう言えば無免許の闇医者の漫画でも、助手の幼子が確か姉の体内で育って見た目だけは…というのがあったな。
………アレとコイツらは少々違うか。


「ほら、降りたぞ。おいで」

「まー」


しかしこの、まー、とは何だ。
当麻の「ま」からか?
……麻婆豆腐の「麻」は当麻の「麻」と同じ字だし、「まー」と読むが…それを知っているのか?
………………私の考えすぎか。

ああ、それにしても相変わらず柔らかくて甘い匂いがするな。
手への収まりがいいのは大きい当麻も小さい当麻も同じだったが、大きい当麻の尻はあまり柔らかくはなかった事を考えると、
やはりこれは子供特有のもののようだ。


「……まー、…………ひっく」

「よしよし、すぐ会えるから」


背中を擦ってやったほうがいいのかも知れんが、流石に子供を抱きつつ背を擦りながら階段を上るなんて器用な真似私にはできんから我慢してくれ。

しかし屋根裏か……
荷物置きになっていた気がするのだが、眠れる場所なんてあったんだろうか?
寝汚い当麻だから僅かなスペースで眠っているのだろうか?
アイツの場合、有り得るか。




「………っまー…!」


居た。
は、いいが…こら、とうま、まだ暴れるな…!階段だぞ、危ない…!!


「まー、まー」

「解った、解ったから…!」


この屋根裏のどこにあったのかは知らんが恐らく今は使ってないマットレスの上で当麻は寝ていた。
漸く階段を上りきって小さいのを降ろすと、覚束無い足取りで、それでも真っ直ぐに当麻の方へ必死に駆け寄っている。

………当麻も、……子供の頃はこうだったのだろうか。
親が帰ってくるとこうして必死に、その姿に駆け寄っていたのだろうか。
駆け寄られるほうは可愛いかも知れんが、後姿は痛ましい事を………親は知っていたのだろうか。

…いや、親は子供のことを他人よりも遥かに感覚として察知しているはずだ。
きっとどうする事も出来なかっただけで、ご両親も息子のそういう姿には気付いていたんだろう。……そう、思いたい。


「…ひっく、…………ま……ひっく」

「…………ん、………。……………んー…?」


小さな手に頬を叩かれて当麻が起きたようだな。
……当麻、本当にすまん。
コイツの睡眠を妨げて申し訳なくなるのは初めてだが、本当に、すまん。


「……あれ?…何でチビ……?」

「2階の廊下で泣いていてな……寝ているのは解っていたが、すまん、連れてきた」

「あ、せぇじ………………あー、…マジかよぉ……りょうとしゅうは…?」

「知らん。それどころか伸もナスティもおらんのだ」

「えーぇ………何で、んなこと………あぁあ、お前、泣きすぎたな?」

「ひっく、…………ひっく」

「はいはい、よしよしよしよし。……あーでも駄目、俺、眠い…」

「だろうな。すまん、泣き止んだらどうにか宥めて下に連れて行く」

「…いや、いいよ。どうせすぐ泣いちまうだろうし……ったく、俺のクローンならそれくらいで泣くなよなー」

「…まー、」

「はいはい。…よし、お前も寝るか?」

「あい」


……正直、助かるな。
当麻と一緒に寝ててくれるのなら泣かれる心配もないし。
しかし現金なものだな、当麻に会えたらもうご機嫌だ。
これは当麻のクローンだからだろうか、それとも子供はみなこうなのだろうか……私もそうだったんだろうか…
………。
…………いや、こんな現金な態度をとったら間違いなく姉に叱り飛ばされていただろうな…
…何と言うか……過去の自分が哀れに思えてきた…いや、考えまい。今は考えまい…!


「…それじゃあ当麻、本は部屋に置いてあるからな」

「あ、うん。ありがと」

「それから下に居るから何かあれば呼んでくれ。すぐに来るから」

「うん」


結局当麻に任せる事になって悪いが、私達ではどうしようもないからな。
さて、では呼び出しがかかるまでは本でも読んで………

………?


「…何だ?」

「ったー、たー」

「どうした?当麻と寝るんだろう?私は下に居るから大丈夫だ」


ズボンを掴まれると下手に動けんではないか。
子供には慣れていないんだ。小さい身体を蹴飛ばしたりしたらと思うと、気が気ではない。


「ったー、………てーじ、ねんね」

「…てーじ………?」


ていじ。
定時。丁字。呈示。ていじ……何だ?
解らんでいると当麻が寝たまま笑いやがった。
涅槃像か、お前は。


「…何だ」

「てーじって、お前のことだろ、せーじ」

「……………あ、…」


そういう事か。


「…私にも寝ろというのか?」

「うん」


いや、うん、て。
……………困ったな。
私には昼寝の習慣がないぞ。勿論、眠くもない。
それにマットレスはシングルではないだろうが、ダブルでもない。せいぜいセミダブルくらいだ。
当麻と小さい当麻だけなら兎も角、私もとなるとかなり狭いぞ…


「当麻、どうしたら…」

「寝たらええやん」

「寝たらってお前、簡単に言うが、」

「あかんて、俺、もう眠すぎて考えたくない。それにチビ泣くと面倒だし…ほれ、征士も寝たら?」

「ねんね、てーじ、ねんね…!」


いや、その、


「ほら、チビが何かお前のこと気に入ったみたいだから。さっさとソイツつれてこっち来いって」


確かにその場所はいい風も入っているし日当たりも柔らかだし、チビは可愛いが、


「ねんねー、あい、どーど」


だからって男同士でくっついて寝るのは……!




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有事の際には気にならずとも、平時に誰かとくっついて寝るのには譬え仲間といえど抵抗のある潔癖症気味な征士。