アンド、



小さな当麻が来た日から現世で3日が過ぎた。

最初の1日目は誰もがどこか寂しそうで、そして生活の中の何かの折に子供の事を思い出しては溜息を吐いていた。
2日目は少しは気持ちも切り替えたがやはり何かの拍子に、無事にやっているのかやら泣いてはないか等と子供を気に掛けていた。
たった半日しか共に過ごしてはいなかったがそれ程に、小さな当麻の存在はそれぞれにある程度以上のインパクトを与えていたらしい。

だから3日目の朝、突然呼び鈴が鳴り、そして開けた扉の向こうに那唖挫が立っていた時は驚きと、そしてかなりの期待をしてしまった。


実際その期待は外れなかった。
着流し姿の那唖挫は、血の気の薄い顔に何の感情も乗せずにただ簡潔に、


「後でチビを預けにくる」


とだけ言い残してこちらの返事も聞かずに帰っていってしまった。





別れた日と同じように庭に並んでその到着を待つ。

門が現れたのは気配で解っていた。
ただ門は、以前もそうだったが少し遠くに出現しているようで、子供の足では時間がかかってしまうのだろう。
気配を感じてすぐに全員が示し合わせたように庭に飛び出したがまだその姿は見えていなかった。


「こっちで3日だろ?あっちじゃ何日くらい経ってんだろーな」

「さあ?どうだろう。まだ何時間かも知れないね」

「でも生まれて3日で2歳くらいだっただろ?こっちで3日だったら、煩悩京じゃもう少し短いだろうから…えーっと
急成長させてるって言ってたし……」

「せめて3歳くらいにはなってるかもな」

「あら、あの子に買ってあげたお洋服、まだ着れてるのかしら?」

「おい、あれは迦遊羅ではないのか?」


少し興奮気味に交わしている会話の合間に、整備された道ではなく何故か木々の間にある黒髪の少女の姿を見つけ出した征士が、
やはり興奮気味に声を上げた。
すると此方が見ている事に気付いたらしい迦遊羅が一度歩みを止め、頭を下げた。


「お、来た来た。おーい、かゆらー、こっちこっちー!」


秀が大きな声で呼びかけながら、同じく大きな身振りで彼女を呼ぶ。


「とうま、抱っこしてないな」

「別れる時も自分で歩いていったしね、あの子」

「3日前に見たときよりも、足もしっかりしてるから自分で歩いてくるのかもしれないわ」

「好き勝手にウロウロしてんじゃないだろうなー…迦遊羅たち、大変なんじゃないか?」

「好奇心に任せて周囲が見えなくなるのはお前にソックリだな」

「うるせーな。お前も結構周りが見えなくなるくせに」


浮かれる気持ちを隠しもせずに、誰もがその到着を待ち侘びる。
そうこうしている内に、木々の合間を縫ってやっと迦遊羅が完全に姿を見せた。
今日も着物姿である事は変わりはない。


「お久しぶりです。申し訳ありませんが、また少しの間、預かって欲しいのです」


そう言った彼女に、全員が首を傾げてしまった。


「…?如何なさいましたか?」

「いや、……アレ?」


秀が頭をかきながら背伸びして迦遊羅の背後を伺う。


「那唖挫殿に言伝を頼んだのですが………お聞きにはなられておりませんでしたでしょうか…?」

「いや、話は聞いている。だが、……」


征士も周囲を見渡した。
皆の落ち着きのなさに今度は迦遊羅が首を傾げる番だった。


「…どう、なさいました?」

「いや、迦遊羅…………………チビ、来てないみたいだけど…」


通常と異なる色彩を持つ当麻の髪の色は、自然界では限られた地域の、鳥のような空を飛ぶ生物でしか見れない。
それが木々の間にあればすぐに目に付くはずなのに、どこを見てもそれが見えないのだ。
どこかで足止めを喰らっているのか、何かに興味を引かれて寄り道しているのではないかと指摘してみたが、迦遊羅はにっこりと笑ったまま、


「あぁ、もう少しかかるかもしれません」


と何故か嬉しそうに答えた。





少し、と迦遊羅は言ったが、少なくとも現世の侍たちの予想を超えて時間はかかった。
ちょっとずつ待ちくたびれた空気があたりを支配し始めた頃、少し遠くで何かが動いている音が聞こえた。

やはり整備された道ではなく、木々の合間と、そして草を掻き分けて現れた存在に全員が言葉を失い目を瞠ってしまった。


「まー、まー!」


嬉しそうに上げられた声は、まだ幼い。
千切れんばかりに振られた手も、小さい。
頬のラインはふっくらとしており、足取りも覚束無い。

3日。現世で3日も経っていた。
確かに煩悩京の時間の流れは現世よりも遅い。
だが向こうの時間で1日に1歳くらいのペースで成長させていたはずで、成長を急ぐ理由はあちらにも”軍師が必要だったから”だ。
では、何故。


「何で………全然変わってないんだ?」


遼の呟きは、目の前の光景の半分を指していた。
久し振りに現れた小さな当麻は、何故か別れたときと同じ姿で、ナスティが買って来たセーラーを同じように身に纏っていた。

しかしそれだけではない。
誰もが凍り付いてしまったのは、成長していない当麻のことだけではない。


「まー!」


大好きな”まー”の姿を見つけた子供は元気良く走り出し、そして足元の木の根に足をとられてその場に勢い良く転倒してしまった。
思わず、あっ!と伸とナスティが声を上げたその直後に、小さな当麻の小さな手を取って助け起こし、そして服に付いた砂を払う、
小さな彼と歳の変わらない存在。

子供の癖に既に整っている容姿。
きりっとした意志の強そうな眼差し。
人に比べて多い毛は、美しい金色だった。

それは、まさしく。


「………………………………征士、だな」


全く感情を込めずに、冷静に当麻が呟いた。


小さな当麻の隣に立つ小さな子供は明らかに、どう見ても、絶対に間違いなく完全に、征士だった。








子供の当麻はいずれ軍師になる予定だ。
だが彼は本物の当麻と違い、天空ではない。
だからある程度の戦闘能力はあっても、妖邪兵が数で押しかけてきた場合には敵わない。
「俺だって戦えるわい!」と当麻は言ったが、迦遊羅に言わせると、「天空殿は接近戦が得意というわけではないでしょう?」という事だった。
(そしてトルーパーで一番腕力のない彼は返す言葉がなかった…)

常に魔将の連中も気はつけるが、万が一という事がある。
そうなった場合のために彼に護衛が必要だが、ただでさえ人手不足なのだ。彼らの手はこれ以上割けない。
さぁ、どうしようか。そう思った時に、見つけてしまったそうだ。


ナスティ殿が買い与えてくださったこの”おようふく”というものに、光輪殿の毛がついておりましたの。
考えてもみれば、わたくし達と生まれも歳も環境も状況も違う存在というのは、孤独なのかもしれないと思いまして、
ああそれなら打って付と。
歳が離れているというのも何だか可哀想でしょう?やはり歳が近い方が親しくもなりやすいかと思いまして、それで。


そう続けた迦遊羅の言葉尻を引き継ぐ元気があったのは、秀だけだった。


「つまり、征士のチビを作ってソイツと歳を合わせるために当麻の方も成長させてなかったって事か」

「さようでございます」

「あっちに帰ってソッコー取り掛かったんか…」

「ええ。善は急げ、ですもの」


にっこりと笑った迦遊羅の視線の先には当麻が居た。
大きな当麻と、そして煩悩京生まれの小さな当麻。
そして、小さな征士も何故かそこにいた。
…本体の大きな征士には近付かずに。


「まー、だっこ、だっこ」

「だからしてんだろっ」

「……………」

「お前も無言でしがみつくな!わかったよ!抱っこしてやるから!ほら、来いって!つーか征士、このチビはお前だろ!お前が面倒見ろよ!」

「仕方がないだろう……………………懐いてくれんのだから…」

「ほら、征士、邪魔。落ち込むんなら他でしてよね。ほーら、チビたちー、ゼリーを作ったよー」

「ちょ、白炎、まだそこに隠れててくれよっ!いきなり姿見せたら小さい征士が怖がるかもしれないから…!」


因みにナスティは嬉々としてまた服を買いに出かけた。
小さな征士が着ていたのは当麻に買い与えた服で、どうせなら2人で共用するよりも色違いを用意してやりたくなったそうだ。
この姿で何日過ごすかは解らないという当麻(大きいほう)の意見を、既に乗り気の彼女は全く聞かずに車に乗り込んで出て行ってしまっていた。


「ではまた煩悩京の方の掃除がございますので、わたくしはこれで……またこちらの夕刻には迎えに上がれると思います。…では」


出されたお茶を飲んでから迦遊羅は優雅に立ち上がり、彼らにそう告げた。
その際に、烈火、水滸、金剛の3名にちらりと視線を寄越したのを彼ら3人はちゃんと気付いて、思わず自分の髪を押さえるのだった。




**END**
今度こそ、終わり。
そしてやっぱり子供に好かれない征士。