アンド、
朝起きてからまだ1時間半とちょっと。
たったそれだけしか経ってないのに、もう1日分の体力を使った気分だよ…
事の発端(って言っても”原因”て意味じゃナイんだけどさ)は、7時前の征士の悲鳴。
あぁんな大きな声を出すような性格じゃないからそれだけで充分、既にリビングにいた全員(但し当麻を除く)はビックリしたってのに、
征士が自室から持ってきた……持ってきた、でいいのかな?…いいか、まぁ……実際、持ってきたんだし、まぁその持ってきたモノに更にビックリ。
コレはどういう事だ!って言いながら2階の部屋から征士が持って来たモノ。
あーんと口を開けて次を欲しがっている姿はハッキリ言って、可愛い。
大きな目、見慣れたそれよりも柔らかく少し膨らんだ頬、小さな口とその奥にある、こちらも小さな歯。
食べやすい大きさに切ったホットケーキを口に運んであげると美味しそうに嬉しそうに小さな口を必死に動かして咀嚼してる、それ。
「美味しいかい?」
って僕が聞いたら、足をぷらぷらとさせながら、
「うん!」
って頷く、……………2歳くらいの、どう考えても、当麻。
朝の7時前に征士が持って来たモノ。
それは青い髪に青い垂れ目の、どう見ても当麻にしか見えない、けれど僕たちの知らない姿の、2歳くらいの、当麻。
咄嗟に彼の子供の頃を知ってる秀を見たけど、秀も「俺は小学生のアイツしか知らねぇよ!」って困惑してた。(そりゃそうか)
征士に聞いたらいつも通りに素振りを終えて着替えるついでに放っておくといつまでも寝てる当麻を起こそうとしたら、ベッドに見慣れた姿はなくて、
代わりにソレがいた、らしい。
確かにその子供が着ている、スポーツメーカーのロゴが何故か3匹の鯵になってるパロディ?商品のTシャツは当麻が寝るときに着ている物だ。
いや、そんなもので確認なんかしなくたって、青い髪の人間なんて滅多といないんだ。
そんなの、当麻しか知らない。
それに垂れ目だとか結構睫毛が多いこととか、そんなのでなくたって、顔立ちが、どう考えても面影があるんだ。
だからこれは当麻だ。
何がどうなって急にこんな事になってるのか全然、皆目見当がつかないけれど、これは当麻だ。
そう結論付けたのは、多分、みんな同時だったんじゃないかな。
それにしたって、”異変”だ。
こういう時、当麻がいれば何がどうなって何でこうなったのかって推測を立ててくれるんだろうけど、生憎その当麻が子供になってしまってる以上、
どうしようもない。
だってこの子供の当麻ってば、記憶も思考も全部2歳くらいの頃のものになってるみたいなんだもの。
それが解った理由ってのもちょっとアレなんだけど、いつまでも征士に変な抱き方をされて(だって彼ってば当麻の両脇の下を手で支えて、
まるで物みたいに僕らの前に突き出したんだ)、その上僕らに無言で見詰められ続けた結果、居心地が悪かったのか怖かったのか、
兎に角その2歳くらいの当麻は大きな目に涙いっぱいに溜めて、そりゃあ大きな声で泣いたんだよ。
いつもの当麻なら絶対、有り得ない事だ。
生意気と屁理屈ばっかり言って、下らない悪戯をして時々子供みたいに笑う当麻だったら絶対に、有り得ない。
……あの後は大変だったねぇ。泣き止ますの。
大体征士ってば全然、子供の抱き方がなってない。
下に妹いるんじゃなかったの?あいつ。
世話したことないのかなぁ…ま、兎に角、征士から当麻を奪って僕があやして、で、Tシャツの他は何にも着てなかったらしい彼に、一先ず着せる物が要る
(幾ら子供と言えど、お尻やアレを見るのは仲間としてちょっと申し訳ないじゃない?)からってナスティが今服を買いに行ってる最中で、
お腹も減ってるらしい当麻に、けれど子供の好みそうなものがなかったから慌ててホットケーキを僕が焼いて今食べさせてるんだけど…
当麻って、子供の頃から当麻なんだねぇ……
身体も小さいしそんなに要らないかな?でも足らないより余る方がマシだよねって多めに焼いたホットケーキ、現在予想以上に食べてるところ。
小さな手をきゅーって握ってる姿なんて、本当に可愛い。
あんまり喋らないのは、どうやら”知らない”僕らにまだ緊張してるのか、それともそんなに言葉を覚えていないからなのかは知らないけれど、
それでも本当に可愛い。
髪を撫でてみたけれど、僕らの知ってる感触よりずっと柔らかかった。
けれど色は同じなんだ。
どこまでも青い、空みたいな色。
「にゅうにゅう、…だたい、」
「え?…あぁ、牛乳、下さい、ね。はい、どうぞ」
ナスティが倉庫から見つけて来てくれた、彼女が子供の頃に使っていたという幼児用のカップを両手でしっかり持って飲んでる当麻。
何だろうナァ…もの凄く可愛い。ああ、ヤバイ。僕、まだ10代半ばなのにハマりそう。
なのに、何だか心が苦しい。
何でかナァ。
それにしてもコレ、食べ終わったらどうしようか。
取敢えずナスティは9時からやってるスーパーの子供服売り場に行ってくるって言ってたから、10時くらいには服も着替えさせてあげられるけど、
そういう事よりも何よりも、当麻を元に戻す方法を考えなくっちゃ。
そもそも何でこんな事になったんだろう?
征士に言わせると、昨夜ベッドに転がっていた時はまだ当麻はいつもの姿だったらしい。
今朝は確認せずに部屋を出たって言ってたからいつっていうのは全然解らないけど、少なくともこの10時間以内に当麻は変わってしまったわけだ。
そこまではいいとして、じゃあ何でこうなったの?ってのが解らない。
可能性として、これが当麻じゃないってのも考えたんだよ、最初は。
顔は似てるし髪の色もこうだけど、これは当麻じゃなくて、そう、例えば、当麻の弟、とか。
当麻の両親が既に離婚してるのは僕らも皆知ってるけど(本人があっけらかんと言うから)、そのご両親の仲は良いらしくって、
まぁ何ていうか仕事先で会った時はデートまでしてる(これも本人が、でも苦々しそうに言ってた)っていうから、まぁ……可能性として、
当麻に弟が出来てても不思議はないんだよね。
同じ遺伝子なら同じ髪の色で生まれても、全くの他人説よりかは可能性が高いし。
けれどその場合、だったら僕らの知る当麻は何処へ行ったの?
それに昨日の夜までいなかった子供を、どうやって僕らに気付かれないように部屋に運び込んだの?誰が?
それが全然、説明できない。
って事は、これは当麻だ。っていう結論になるんだよね。
これも征士情報だけど、当麻は腿の内側にホクロが1つ、あるんだって。(何で知ってんだろうね…まぁ同室だし、着替えの時とかに見たと思っておこう)
それと同じ位置に、この子供にもホクロがあった。
って事は、やっぱりこれは当麻だ。
結果は、わかった。
でも、だから一体何があった、ってのが全然、解らない。
ってなると、当麻を元に戻してあげられない。
時間が経てば戻るかも知れないって秀は結構暢気に言ってたけど、そういう問題じゃないような気もするんだよね。
何かないかな。
ナスティが帰ってきたらもうちょっと話を詰めた方がいいかな…。
でも、…解っても、戻す方法がなかったら、…どうしよう。
「うー」
考え事をしてると、小さな手が僕の手を叩いた。
次のホットケーキを欲しがってるらしい。
幾ら口をあけても次を入れてくれない僕に怒ってるのか、ほっぺたを膨らましてる。
…だから、物凄く可愛いんだって。当麻の癖に。
いや、知ってる。本当は当麻って結構可愛いところ、あるんだよね。
ただ大抵の場合、可愛げがないんだよなぁ。
家庭環境がそうさせたのは解ってるけど、人にちゃんと甘えてくれないし大抵の事は1人で出来ちゃうってのは、一緒に暮らしていて中々に寂しい。
もっと子供らしく育てば良かったのに、って思う事は時々、ある。
………あぁ、そうか。
僕が今の当麻を見て、何故だか心が苦しい理由。
当麻が、何ていうか素直、なんだ。
これは当麻であって、当麻でない。けれど、当麻だ。
本当なら、環境が違えばきっと当麻はもっと違う人生を歩んでたかもしれない。
天才にはならなかったかも知れないけど、それでももっと人に甘えられるような…
そりゃ当麻が天才だったから智の鎧を見つけて、そして僕らの軍師として仲間として出会えた事は解ってるけど、けれど若し天才じゃなかったら、
大人たちの妙な期待を背負わず、他の子供と同じように育つことが出来たんじゃないのかな。
そう思うと、心が苦しい。
ホットケーキを食べさせたら、また嬉しそうに足をぷらぷらとさせて、一生懸命食べてる。
可愛いなぁ。
うん、可愛い…可愛い子なんだよ。
若しも、当麻を戻す方法が解らなかったら…その時は、当麻を育て直しちゃ……駄目かな。
他の子供と同じように、沢山遊んで沢山友達を作って、…孤独じゃなくて。
駄目、かな。
って、こんな事を今から考えてちゃ、駄目だなぁ。
原因を見つけて戻す方法を探すのが先なのに。
僕のこういう所ってどうも、アレだ。保守的?後ろ向き?
うーん、子供になったのが当麻以外なら何とかなったかもって思うと、余計に困っちゃう。
取敢えず食べたらお昼寝して、遊ばせた方がいいのかな。
それとも遊ぶのが先で、お昼寝はその後かな。
うううん……博士の書斎に育児書なんて……ない、よねぇ。
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Tシャツは、ajidasです。