深窓
9回目の作り直しも却下されてしまった犯人達は、10回目の再挑戦を申し出た。
だが当麻はそれを面倒そうに見上げ、要らない、と返したのだ。
「何か飽きた」
そう付け加えて。
流石に此処まで来ると、犯人達だって腹が立ってくる。
そもそも彼らが下手に出る必要など、こういうシチュエーションで言えばない筈だ。
だから声を荒げてその美しい青い髪を掴み、肉の薄い頬でも張ってやろうと一歩踏み出した。
「痛っ!!!!!」
悲鳴は当麻のもの、ではなく近付いた男のものだった。
当麻は器用にも縛られたままの足を利用して、椅子の脚で彼の足を踏みつけたのだ。
それも、小指の辺りを。
男は涙目になりつつ当麻見た。
「……………ふんっ」
クソ可愛くない顔がそこにあった。
仕返しなのか、抵抗なのか。
否、案外、単に退屈しのぎなのかもしれない。
そう思うと腹立たしさが痛みを凌駕した。
男はもう一度踏み出そうとうする。
すると当麻が今度は逆の方の脚を持ち上げようとした。
確実に、もう片方の足を狙っている。
男は………立ち止まって、一歩下がってしまった。
足の小指が痛い。
折れてるか、ヒビぐらいは入ったかもしれないと仲間に愚痴を零す。
可愛いのは可愛いが、強暴だ、と誰もが思った。
あの御曹司は彼のために屋敷を建てたそうだが、きっとこの猛獣を収めるための檻を作ったのだと思った。
コレを野放しにするわけにいかないから頑丈な檻を作ったのだと、思って青年を遠巻きに見ていた。
しかし面白くない。
犯人は、自由を奪った、それも自分たちより細身の男相手に何も出来ないというのが、非常に面白くなかった。
何とかしてこの顔だけ可愛く中身がクソ可愛くない生物をギャフンといわせたい。
何と言っても今世間を騒がせている犯罪グループなのだ。このままでは腹の虫が収まらない。
部屋の隅に集まって相談する。
そしてチラリと当麻を見た。
同じ男でありながら、どこか色気のあるその姿。
伊達という男に愛されているだけの事はあるのだろう。
男臭さの薄い雰囲気から、何となくそういう事への抵抗も薄れてしまう。
どうやら彼らの中で結論は出たようだ。
薄汚い笑みを、誰もが浮かべていた。
「オイ」
1人が近付いた。
但し、足を踏まれない距離で。
「そろそろ寂しいお時間じゃないか?」
言って、自らズボンのジッパーを降ろす。
トランクスを下げて中から雄を取り出すと、他の仲間から笑い声と歓声が起こった。
「男は慣れてんだろ?」
しゃぶれ。そう言外に告げる男のものを、当麻は凝視している。
その目に、恐怖はない。
ただ呆然と見ている。そして暫く気が付いたのか、口を開いた。
「…………え、ソレ、舐めんの?」
「ったりめーだろ!」
何なら後ろもヤってやろうか?と仲間の誰かが声をかけると、当麻の眉尻がぐいっと下がった。
困惑しているらしい。
それだけでも男たちは少し気が晴れた。
「いやぁ………それはチョット」
先ほどまでの態度と違い、当麻が遠慮がちな声を出す。
「ダイジョーブ、全員で可愛がってやるから」
男はニタリと笑った。
当麻は困ったままだ。
だが意を決したのかゆっくりと瞬いて溜息を吐き、そして諦めたように言った。
「そんな粗末なサイズじゃ、チョット………物足りないって言うか…」
粗末。
そう言われて男は自分の丸出しの下半身を見た。
粗末。
「そ、粗末…」
男相手にそういう事をするのは初めてだが、銭湯やらで友人同士見せっこした過去はある。
その中のどれでもそんな風に言われた記憶はない。
アレな話、皮だって剥けてるし寧ろ他よりちょっと立派だという自信もあった。
だからこそ最初に彼が前に出たというのに、粗末とは。
「粗末だろ。違うのか?……って言っても俺も、自分のと征士のん、…後はまぁ親しい連中のしか知らないけど、お前のはチョット粗末だろ」
優しくて慈愛に満ちていて可憐で以下略なハズの人の口から出た衝撃のコメント。
どうやら彼を含んで友人連中は揃いも揃って”ご立派”な方々らしい。
自信のあった男は目に見えてショックを受けている。
その表情に気付いた当麻は、流石に「雄」として悪い事をしたというのにも気付いたようだ。
「あ、や、いや。ホラ、その……勃てると凄い場合もあるしな、うん」
だが普段から好き放題やりたい放題、人にどう思われようともそれが自分にとって価値のある人でなければ気にもしないという
超マイペースな当麻は、慰めの言葉を人にかけた事が人生で数えるほどしかない。
そんな彼だから慰めているつもりの言葉でも相手にとっては気遣われて余計惨めになるコメントにしかならない。
「いやいやいや、ホント、違う、その……ホラ、アレだ!征士のん、凄すぎるから!」
見たことある?ナイ?ナイよな、えっとね、何だろう、……今度見たらいいよ!
言っている当麻も最早どうしていいのか解らないのだろう。無責任に恋人のイチモツを見ろなどと言っている。
誰が見たいものか。
後から犯人達はそう思ったが、その時は兎に角、仲間のうちで一番のモノ持ちの彼を粗末と言われた事がショックで何も考えられなかったそうだ。
監禁した当初とは全く違った重い空気が部屋を満たす。
いい加減、慰めの言葉にも尽きた当麻も黙り、沈黙もやってきた。
コチ、コチ、コチ、という時計の音だけが響いて数分。
何の前触れもなく、突然部屋のドアがブチ破られた。
開けられたのではなく、明らかにブチ破られた。
半ば放心状態だった犯人連中はそれに驚いて、思わずその場で跳ねてしまった。
「え、えええ、何、何だ、どう、…えっ!?」
ドアを破ったのは機動隊で、それって法的にどうなのと思うようなバズーカですかと問いたくなるようなものを構えている。
そしてその後ろには何人もの警官の姿。
状況に気付いた犯人達は狼狽えたものの流石に手馴れているだけはあるのだろう。
すぐにそれぞれ応戦、逃走の構えに入り、そして当麻の正面にいた下半身モロ出しの男も慌てて人質に駆け寄った。
だが、それが良くなかった。
何が起こったのか、犯人たちも、そして機動隊も警官たちも、一瞬解らなかった。
解っていたのは親しんだ人の姿を正面から見ていた当麻と、そしてそうなる事を予測していた伸だけだ。
まず聞こえたのは、貴様!という短く、腹の底から出た声だ。
そして次には下半身の出た犯人は叩き伏せられていた。
最後に、そんな粗末なモノを出して当麻に近付くな!という声。
モロ出し犯人が当麻に駆け寄った瞬間、ブツリと切れたのは警察に同行してきた征士だった。
愛しい人に汚らしいモノを見せていた事を理解した彼は、近くにいた機動隊の手からドアをブチ破ったバズーカを奪い取って、
そしてそれを軽々と竹刀のように振り上げて彼の頭に叩き落したのだ。
何の遠慮もなく。
正に電光石火の早業。
可哀想に犯人は額が割れていた。
「………確保して」
あまりに突然の事に驚いて動けないままの警官たちに、伸が指示を出す。
犯人達は判断が一瞬遅れたせいで一網打尽にされてしまった。
「当麻、大丈夫だったか」
椅子の前に跪いて、縛られていた両手首を優しく撫で擦っている征士は今にも泣きそうだ。
「うん。平気」
手首に痕は残っているし、きっと足首もそうだろう。
けれどそれ以外の被害など彼にはない。
あるとすれば不味いチョコレートドリンクを飲まされたくらいだ。
正直に物を言っただけだが、それでも征士にはそうは映らないようだ。
「お前は優しいからあんな犯人達でも庇っているんだな」
きっと怖い思いもしたはずだと、慰めるようにその手の甲に唇を落としている。
それを捕縛されながら犯人達は眺めていた。
優しくて慈愛に満ちていて可憐で以下略な事を言っている御曹司には、どうやらあの猛獣が本当にそう見えているらしい。
頭が病気なのかも知れない。なんて思いながら。
そしてついでに、しゃがみ込んでいる彼の股間に目をやった。
凄すぎると言われたモノが収まっている部分は上質の布に包まれており、安っぽい物なら主張してしまうような膨らみは見えない。
だがあの時の当麻の反応は、明らかに素のものだった。
あそこに凄いモノがあるのか……
誰もがそう思い、そして連なって部屋から連れ出されていく。
そんな彼らを見て伸は頭をかいた。
「…まぁ本当、何て言っていいのか迷うところだけど………罪を犯したキミ達だけど、本当、心の底から言うよ…」
相手が悪過ぎた。
伸は知っていたのだ。
世間から完璧でマイナスの要素など何一つ持っていないと思われている征士の、唯一にして最大の欠点。
当麻馬鹿、なのだ、彼は。
もうどれくらい馬鹿って、在学中に呼び方が「伊達」から「征士」に変わっただけで完璧に恋に落ち、食べてる途中で違うものが食べたくなったからと
いう理由だけで差し出された食い差しのクレープにさえその想いを燃え滾らせ、挙句、レポートに追われていた征士を、大丈夫か?と
聞いただけで優しい!と感動してしまうほどに、馬鹿なのだ。
重症だ。思いっきり。
当麻も当麻で、征士の事はちゃんと好きらしく両想いなのは解るのだが、どうも頭が良すぎてぶっ飛んでるせいなのか何なのか、
征士のそういった面を、アイツ面白いよな、くらいにしか受け止めてないものだから修正しようともしない。
そのせいでいつも頭を痛めてきたのは伸だ。
そんな彼だからこそ、自宅から当麻が連れ去られたと解った時、真っ先に心配したのは犯人たちの事だった。
当麻は超マイペースで取り繕わない性格だから。
征士は当麻を傷つけたものを絶対に許さないから。
だから伸は、精一杯の心を込めて犯人たちに言葉をかけた。
「…”お疲れ様でした”」
**END**
伊達支社長はその日仕事には戻らず、怖い思いをしたであろう恋人の傍を離れなかったそうです。
恋人に言わせると、人生で誘拐されることって滅多とないし、まあ面白いっちゃ面白かった、そうです。