スペース・ラブ



ベース内でいつもいる場所の何処を探しても、青い髪の持ち主を見つけられない事に征士は首を傾げた。
出動命令は出ていないが、ペアを組んでいる当麻がいないままでは征士は出る事が出来ない。
何処かにはいないかと探している途中、廊下で伸に出くわした。


「あれ、何かお探し物かい?」


カップを片手にしている彼はあの目の回るような忙しさの仕事場から漸く解放されたのだろう、どこか疲労感を滲ませていたが、
いつものからかう口調はそのままだった。


「ご主人様を見失った飼い犬みたいな顔してるよ」


くすくすと笑いながら言う彼に、征士は嫌な顔も、否定もせずに頷いてみせた。


「当麻がいない」

「そりゃ今日は昼から出てくるからね」


当麻と違ってからかい甲斐がないなぁとブツブツ言いながらも伸はソレを征士に教えてやった。
すると征士は最初は驚いて、そしてすぐに少しだけ目に険を含んで伸を見つめなおす。


「……なに?教えてあげたんだから感謝されても睨まれる覚えは無いんだけど」

「何故知っている」


さして怯えた風でもない伸の言葉尻に被せるように征士が短く言い放った。
それに今度は伸は溜息を吐いて面倒そうに髪をかきあげる。


「別に。態々当麻が教えてくれたんじゃないよ」

「では何故」

「毎月のことだからだよ」


言って伸は自分の腕時計を見せる。
デジタル表示のそこには今日の日付が表示されていた。


「………どういう事だ?」

「今日は当麻のご両親の”暫定”月命日。だから午前中は彼、お墓参りに行ってるんだよ」

「暫定、だと?それはどういう…」


そこまで言って征士は言葉を止めた。
それを不審に思うでもなく、寧ろ当然のような顔で見ている伸は何も言わずに征士の表情をじっと見守っている。
対する征士は彼の視線などないもののような態度のまま少し考え、そして、そうか、と小さく呟いて納得したようだった。
するとまるでそれを待っていたかのように伸が征士の思考に割り込むように話しかける。


「…………ねぇ、前から聞きたかったんだけどさ。キミ達、アレが初対面じゃないよね?」


アレ、というのがどれの事なのか征士には咄嗟には解らず、目だけで聞き返した。


「…キミさ、本当に当麻以外だとあんまり喋らないね。まぁいいけど。………キミがベースに初めて赴任してきた時。
アレが当麻との初対面じゃないでしょって聞いてるんだよ」

「………確かに私は以前から当麻の事は知っていたが…」


あの日の朝、ベースで会うより前に2人は会っている。
だがそれは当麻にしたらという話であって、征士はその前日から彼と言葉を交わしていたが、何にしてもそれは無かった事にした。
当麻がそれを望んだから。
だが実は征士は”知っていた”という事であればそれよりももっと前に遡る。
4年ほど前に当麻の事は知っていたし、後姿だけではあるが実物を見たこともあった。
だから嘘は吐いていない。


「キミだけが知ってたと思えないんだよ。当麻のあの反応はサァ」


だがそう簡単に話を逃がしてくれる相手ではない。
ちゃんとあの時の当麻の反応を覚えていたようだ。
確かに彼の反応はあからさま過ぎた。うっかりにしても、酷すぎる。
しかし約束したのだ、無かった事にすると。
だから征士は話すつもりはない。

ただ相手が悪い。
相手が相手なら適当に言いくるめて誤魔化してしまおうと思えるが、伸は鋭すぎる。
人の些細な変化も見落とさないからこそその観察眼は医療部門で大いに役立っているのだが、こういう時は性質の悪さしか発揮しない。
下手をすれば当麻でも誤魔化しきれない時がある。
頭は良くとも口下手の征士ではまるで歯が立たないだろう。
だから征士は素直にその事に関しては黙る事にした。
沈黙は金だ。

暫し無言で見詰め合ったが、埒が明かないと折れてくれたのは伸だった。


「まぁいいけどさ。それに他にも聞きたい事はあったし」

「…答えられることなら」


それじゃさっきの無言は何かあるって言ったも同然だよ、と心の中だけで苦笑いした伸は、それでももう追求しないと言外に告げたことだ、
これ以上の詮索はやめて他の話題にさっさと移す。


「キミと当麻ってさ、付き合ってるの?」

「いいや」


即答した征士に、僅かに伸が驚きの表情を見せた。


「なんだ」

「いや………何か、…雰囲気的に付き合ってるのかなって思ってたから……」

「まさか。彼は男には興味がないのだろう?」

「うん、そう…だけど。………え、本当に?」

「嘘を吐いてどうする」

「それもそうなんだけどさ……でもキミ、当麻によく触れてるし、当麻もそれを怒らないからてっきりそうかと思ってた」


意外だという感情を隠しもしないで驚く伸に、征士は少しだけ複雑な顔をした。


「でもキミはさ、当麻の事、好き、…なんだよね?」

「ああ」

「…………。………えっと、……うん、その………言わないの?」

「何を」

「好きだって。いや、解るよ、当麻は男はご遠慮するタイプだけどさ、それでも、その」


雰囲気的に、どう見ても大丈夫だと思うんだよ、と何故か言っている伸の方が恥ずかしそうに告げた。
2人でいる時の空気や、ちょっとした会話の端々に見せる穏やかな雰囲気からは拒絶が見えない。
だから。


「仕事の上でもキミ達っていいコンビみたいだし。それにその、当麻って…何ていうか、ああ、だから。
…だから、征士が一緒にいてあげるのがいい気がしてさ」

「そうか」

「うん、そう。……あ、僕、応援しようか?」


何の悪意も無い、純粋な好意からの申し出は有難いが征士はそれには否と答えた。


「え、何で…?」

「私が彼から許されているのは、傍にいることだけだ」

「……え?」


声は出したが、それ以上どう言っていいのか解らないでいる伸をよそに、征士はそれでは昼からは当麻は来るんだなと確認だけして、
そしてさっさとその場から離れてしまった。


「……………。何なのかな、あの人」


やっぱり同じからかうんなら当麻の方が可愛いなぁなんて口を尖らせて、カップに入れた紅茶を行儀悪く歩きながら啜って伸もその場から離れた。







当麻がいないのでは仕方が無いと征士は午前中はトレーニングルームで過ごす事にした。
出動命令や他に急ぎの用が無い場合、大抵待機中のハンターはトレーニングルームにいるか、疲れを癒すために仮眠室などにいたりする。
征士はじっくりと身体を解しながら、何とはなしに先程の伸との会話を思い出していた。

−言わないの?
−何を。
−好きだって。

好きだ。言いたい。言ってあの日以来、欲しくてたまらないあの身体をまた抱きたい。

元々当麻には崇拝に近い気持ちで心酔していた。
その時はまだ本人を見た事は無かったしどこの誰とも知らなかったが、それでもずっと、何らかの形で”その人”の役に立ちたいと思っていた。
だが実際の彼を見て少し気持ちが変わった。
後姿しか見れなかったが楽しそうに会話している声と違い、その背は何故か酷く寂しそうだった。
それを見て征士は役に立ちたいと思うよりも、守りたい、そう思った。
彼の傍で、彼の為に。
そう思ったから本部への転属を受け入れた。

本部への転属といえば世間的には栄転だ。
だが本部がある中心部の任務は過酷な物が多く、命を落とす危険性が高い。
だから現実ではそれを断る者の方が実は多い。
優秀なハンターを揃えきれないのは本部としても不本意ではあったが、ハンター不足は地方でも同じことだ。
少しでも多くハンターを確保しておきたい本部は、ある程度召喚を断られた時点で諦める。
征士もハンターになったばかりの頃は地元から離れるつもりは無かった。
唯一の家族である妹を一人残すのも気が引けていたし、本人に郷土愛が根強くあったから、離れるという考え自体が無かった。
悪いことだとは知っていたが、実は本部から呼ばれないように少し手加減をして仕事をしていた。

だが、当麻を知った。

いてもたってもいられなくなった。
それでもいつか、すぐでなくともいつかはと思い、本部から声をかけられるようにと常に全力で現場に当たるようになった。
そして望んだとおり、声がかかった。
その頃には妹も結婚していた為、タイミングとしては最高だった。
だから征士はすぐに返事をした。

これで当麻を守れる。

そう、思っていた。


本部転属の前日に当麻に出会ったのは本当に偶然だった。
そこで少し話して、また少し彼を知って彼への印象が変わって、そして。



今考えるべきではない事まで思い出しそうになって、征士はその思考を自ら止めた。
何気なく時計を見ると昼時だ。
腹も減ってきた気がする。
シャワールームへ向かい、肌に滲んだ汗を流すとさっさと髪を乾かして今日は何を食べようかと考えながらエントランスへ向かう。

当麻はちゃんと食べただろうかと心配していると、偶然にも思っていた相手がエントランスに入ってくるのが見えた。


「当麻」


声をかけるとすぐに征士を見つけて手を振ってくれる。
初日のあの警戒ぶりから考えれば随分と態度も変わってくれたと征士は素直にそれを喜んだ。


「当麻、昼は…」


歩み寄りながら聞きかけた言葉を征士は飲み込んだ。

いつもどおりの顔をした当麻だが、どこかが違う。
いつもの彼と、ほんの少しだけ違って見える。
暫定とは言え月命日で墓参りの帰りだ、悲しいのだと言われればそうかも知れないが、それでも腑に落ちない。
どこか、そう、例えば感情を少しだけ落としてきたような目をしている。

どうした。
そう聞きたかった。
聞いて癒してやりたいと思ったが、聞いて答える当麻ではない。
どうせ適当にはぐらかして、寧ろ痛々しくさえ見えるほどにおどけて見せるだろう。
何より彼から許されているのは”傍にいること”だけ。

それが解っていたから征士は一度瞬きをして、腹に僅かに力を入れる。


「当麻、昼は済ませてきたのか?」


そしてさっき飲み込んだ言葉を、今度はきちんと吐き出した。
すると当麻はへにゃっとした笑みを浮かべて首を横に振る。


「ううん、まだ。こっちで食べようかと思って。征士は?」

「私は今からだ」

「あ、そ」

「ちょうどいいな」

「何が」


解っているくせにはぐらかす。
いつも通りの当麻との会話に征士は少しだけ安心する。
そこまで深く傷付いているわけではないのだと。


「一緒に食べに行こう」

だから丁寧に笑って彼の腕を引いた。


「俺は綺麗なお姉さんと食べた方が嬉しいんだけど」

「秀が私の髪を綺麗だと褒めてくれたぞ。それに数ヶ月だけなら私のほうが年上だ」

「なんだ、そりゃ。大体お前は男であってお姉さんじゃないだろ」

「いいではないか。ほら、行こう。腹が減った」

「おい、話聞いてんのか!」

「店で聞いてやるから兎に角行こう」

「今聞かなきゃ意味ねーだろ!」

「だったら抵抗してみせろ。力が全然入ってないぞ」

「俺は腹減って力が出ないの!」


ずるずると当麻を引き摺るようにして歩く征士は、彼のほうを振り返らない。
異議のあるような口ぶりだが本気で嫌がってはいないことを知ってまた安心して口元を緩める。
当麻も何のかんのと言いつつも楽しそうな雰囲気で彼について歩き、ボンゴレ食いてー、と言っていた。




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エントランスでいちゃいちゃし始める公務員。