スペース・ラブ
「どういう礼服がいいと思う?」
「……は?」
廊下で会うなり当麻がいきなりそんな事を聞くので、朱天は思いっきり間の抜けた返事をしてしまった。
「だからさ、俺もまぁそれなりにちゃんとした年齢になってきただろ?」
「………社会人としての自覚に今更目覚めるというのは流石にどうだ」
「このまま目覚めないよりイイと思えって。それよりさ、どういう礼服がイイと思う?」
「どういう、というか、どこに着ていくものだ」
曖昧なまま突然に始まった会話に苛立ちつつも、それでもきちんと受け答えする辺り朱天の律儀な性格がよく出ている。
「結婚式」
「何だお呼ばれか?そうだな…相手の年齢や地位、それから周囲の人間にもよるだろう」
「年は俺より上。地位は…それなりに上のほうだね。ま、俺も大概だけど」
「お前より年上か……お前は新郎の友人か?それとも新婦か?」
「どっちも知ってるけど、この場合俺は新婦側だろうな」
「そうか。他の友人連中や、新郎の友人はどういう人間が多い?」
「んー………オッサンの友達ってどういう人間が多い?」
「………そこでどうして私の事を聞く。新郎は私と同い年なのか?」
「いや、」
そこで一旦言葉を区切った当麻は、物凄く真顔になって朱天を指差した。
「……?何だ?」
「オッサンが、新郎」
言われた朱天は完全に頭が真っ白になったようだ。
征士と同じくクソがつくほど真面目な彼だが、征士と決定的に違うのはこういう時に頭の方向転換がすぐに出来るかどうかだ。
「………待て、………待て、待つんだ当麻」
「何を待ったらいい?礼服買うの?」
「それもだが、いや、それ以前に、いや、その、何だ」
「俺、あんまり時間ないんだよなぁ……パニくってないで早く続き喋ってね」
「お前から話しかけておいてか!……あ、いや、それよりもだな、」
「うん」
「わ、……私は一体誰の…その、新婦は誰だ」
「新婦はオッサンが選ぶに決まってるだろ」
馬鹿じゃないの、と7つほど年下の男に言われて朱天は軽く錯乱していた。
新郎は自分で、新婦は選べる。というか、どういう事だろうか。
どこでそんな計画が進んでいるのだろうか。
いや、そもそも新婦を選べるというが、選ぶも何も最初から選択肢は1つしかない。はず、だ。
「そ……その…」
「なに」
「その、話は……どこから、…いや、誰が言い出した…?」
若しかして彼女がやっとその気になってくれたのだろうか。
まだハッキリと言えてはいないし、彼女も今の状態をどこか楽しんでいるようではあるが、遂にその気になってくれたのだろうか。
「さあ?俺が勝手に言ってるだけ」
「…………………は?」
朱天は顎が外れるかと思った。
目の前の生意気な天才が言っているだけ、というのは。
「…どの程度、”言っているだけ”なんだ」
まさか勝手に周囲に言いふらしたりしていないだろうか。
そうなっては困る。
「俺が今、オッサンに勝手に”言ってるだけ”」
「……思いつきで言ったのか」
どっと疲れが出た。
周囲が勝手に盛り上がるのは、朱天には非常に困ることだった。
未だ彼女に伝える事が出来ないままでいるが、流れでそんな話をしたくはない。
きちんと周囲の承諾を得て、誰からも祝福された上で、そうして彼女の真正面に立ってきちんと伝えたい。
「思いつきっちゃ思いつきだけど、思いついたのは何日か前ね」
「…………意味がわからん…お前の恋人はよく相手をしてられるな……」
「そりゃー、最高級のイイオトコだからな、征士は」
眩暈で足元がふらつきそうだ。
落ち込んでいるのではないかと散々心配をしていたのだが、どうもそれは不要だったのだろうか。
それとも無理に何でもないように振舞っているのだろうか。
全く読めずに朱天はつい頭を抱える。
「でもさ、この前、俺、お爺ちゃんに会ったんだよ」
「…お爺ちゃん?」
「柳生博士。ナスティの御爺様」
「………ああ」
その人物なら知っている。
両親と離れて暮らすナスティは、祖父の家に身を寄せている。
そのため時折その家を訪れる朱天は、彼の事はよく知っていた。
勿論、元政府の人間としての彼のことも。
「…………博士、元気がなかった。………あの歳だし、もうあんまり長くないのかも」
「何だと?それは本当か!?」
先日、実家で作っている酒を持って訪ねた時は元気そうだったが、朝晩の冷え込みの厳しいこの季節は油断がならない。
その上足が不自由になって長い彼は、運動もままならない状態だ。身体を鍛える事は難しいだろう。
そこに高齢という事を考えれば有り得ない話ではないし、そうなると孫の晴れ姿を一目見たいと思うのも道理だ。
「嘘」
「…………!!不謹慎にも程がある!!」
なのに心配した傍からこれだ。
目の前の青い頭を、朱天は叩いた。
「…ってぇなー。ところでさぁ」
「まだ続きがあるのか!」
いい加減疲れてきた朱天が声を荒げたが、当麻はそれを無視して少し距離を縮める。
「………何だ」
「何か面白い話、ないかな」
「…………………。…当麻」
「なに」
一瞬、いい加減にしろ!と怒鳴ろうかと思ったが、さっきよりも近付けられた距離を考えてそれはやめた。
大雑把な切り口ではあるが何か知りたい事があるのだろう。
例えば、最近彼の身の回りで起きている襲撃や盗撮に関することについて、だとか。
「悪いが私はお前が喜ぶような話は何も持っていない」
「そう?」
「………何だ、何が聞きたいんだ」
「んー、例えばさぁ、最近、那唖挫って出張多くない?」
解析部門チーフの男の名を出した。
通常ならベース内に留まってデータでも細菌でも人の記憶でも、解析できるものについてはを黙々と進めて行く部門の男が、最近妙に外に出ている。
「何だ、そのことか」
「うん。何でオッサンやナスティと一緒にお出掛けしてんだよ」
何故、外交部門と一緒に出て行くのか。当麻はそれを聞いていた。
「加盟していないエリアの大半が政府のあり方に疑問、若しくは反感を持っているというのは知っているだろう?」
「うん」
「その理由は解るか?」
「色々あるじゃん。星にいたころの土地の神様を今でも信仰してるからっていうのや、あと政府が同性愛を容認してる事に対する反抗、
それからテロリストを擁護してる場所もあるし」
「それに、脳への解析だ」
「あ、そうか」
「ああ。…生きている者にしても死んだ者にしても、それは侮辱であり、非人道的だというのが彼らの見解だ」
生きている者の場合は勿論、本人の許可を取る。中には例外もあるが、それは本当に一握りの話だ。
だが死者に対しては問答無用に行われている解析は、それを狙いとして犯罪者の命を奪う場合がある。
勿論、政府側にも言い分はある。
1人の脳を解析するだけで、大勢の命を守れるのだから、ハンターがテロリストの大半に容赦がないのはそういう背景がある。
実際征士も何人もテロリストを始末してきた。
少しでも被害を抑えたい。少しでもテロで大事な人を失う事を抑えたい。
しかしそれだけで納得してもらえる話でもないのが実情だ。
「中には脳をこねくり回すと本気で思っている人たちも居る。それらに対して専門部署担当でもある那唖挫からの説明をしてもらっている。
アイツの説明は簡潔だしその必要性を目の当たりにしてきているからな。私やナスティの話より説得力がある」
「だからって頻繁過ぎない?」
「最近は加盟してくるエリアやその意思を見せるエリアが急増しているからな。そこに対しての説明回数がどうしても増えているのだ」
「それって前からやってたって事?」
「那唖挫の説明会か?」
「うん。前からあったっけ?」
「いいや、ない。取り組み始めたのは最近だ」
「へー。アイツ、文句言ってない?」
征士と同じく表情から感情が読み取りにくい男は、やはりこれも征士と同じく言葉数も少ない。
だが感情がないわけではないから、解析に立ち会うことも多い当麻相手に時折短い言葉で感情を零す。
尤もそれも、人の記憶の中にあった食事を見て腹が減ってきただとか、誰かとの会話の中にあった駄洒落に、これはつまらん、とかが主だが。
言われた朱天が苦笑いをした。
「言っているな。自分の仕事はこういう事ではないとしょっちゅう言っている」
「だろうな。何かマニュアルとか資料を作ってそれを提示するんじゃだめなのか?」
「那唖挫もそれは言っていたが、実際に行って対面で説明したほうがいいと」
「誰が?」
「バダモン議長だ」
「へえ…」
可能性は見ていたが、やはり思ったとおりの名が出て当麻は内心、満足した。
「そっかぁ」
「ああ。あの方は人の心の動きに敏感だからな」
「そうね。でも那唖挫、可哀想になぁ」
「仕方が無い。それが引いては総長のためにもなるのだ」
朱天と真面目に仕事の話をすると大抵、この言葉が出てくる。
市民にもあるが、政府の職員ともなると”誰派”というのがやはり強く出る。
大抵がエリアの方針などから施策を考える議長の名が挙がるが、朱天はそれで言えば”総長派”だというのが一般的な見解だ。
だが本当は総長と言うより、彼が補佐官派だという事を当麻は知っている。
その補佐官が総長と政府のために動くから、結局朱天もその言葉を口にするだけだ。
「ま、那唖挫にさ、その蒼白い肌が焼けていいんじゃない?って言っといてくれよ」
愛する人の弟分はどうも口が悪いんだか意地が悪いんだか、いつもこんな感じなので朱天はそれにも苦笑いを返した。
思った以上に元気そうで安心も含めて。
「いっけね、俺、トイレって言って部屋出てきたのに長話しちゃった」
「お前……オペレーションルームの責任者だろう?大丈夫なのか?」
「それなりにはね。…じゃ、朱天、ありがと」
「ああ」
手を上げた拍子に襟元が緩み、そこから随分と情熱的な跡が覗いて何故か気恥ずかしくなった朱天を置いて、当麻は去ろうとした。
だが一旦足を止めて振り返る。
「そーだ」
「何だ」
「俺、グラス欲しいんだよ。ワイングラス」
「……………?」
「2人の名前が入ってるようなヤツだったらソッコーで叩き割るけど、ちょっとイイ感じの、欲しいな」
「…………何の話だ」
「引き出物の話。最近ワインに凝り始めて」
じゃあなー、と言って漸く歩き出した当麻を見送る朱天の表情は、四捨五入すれば40になる男にしては随分と乙女のような恥じらいをみせていた。
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買いに行く暇ないし、部屋にペアのものってないし。というのが当麻の言い分。