スペース・ラブ



当麻が父の師を訪ねると言って出てから約1時間後、同じく征士も家を出た。
現在、彼らは一緒に暮らしている。

ここ暫くの間に当麻が襲われた回数は減る事はなく、常に狙われるのが彼1人だったので遂に上からお達しがあった。
ベース内に寝泊りをするように、と。
その話を持ってきたのはバダモンとシカイセンで、両名揃っての登場だった。
征士はこの時に初めてシカイセンを直接見たのだが、名前同様にやはり気に入らなかったらしい。
幸い当麻以外の為にはピクリとも動かない征士の表情筋なので、その感情が顔に出る事はなかった。

兎に角、上層部も心配をしているから事が収まるまではベース内に寝泊りした方がいいと言われたのだが、当麻はそれを受け入れなかった。


「仮眠室のシーツも枕も俺の好みじゃないんです」


なんて、しれっと言って。
するとバダモンが、羽柴チーフが寝泊りするのは仮眠室ではなく来客用の部屋ですよと言った。
本部ベースに来る来客というのは地方とは桁違いの地位の人間が来るわけだから、当然、部屋もそれに見合って上等なものだ。
そこならば何もかも上質のものを使っているからと説得したのだが、やはり当麻は受け入れようとしない。
それにシカイセンが卑しい笑みを浮かべながら、


「ベース内では恋人と過ごせないからの」


と隣にいる征士を見て言ったのに、見られた征士は一瞬彼を殴り倒してやろうかと思ったものだが、当麻が素直に、うん、とか言ってしまったものだから、
拳を振るう機会は奪われた。
尤もそんな事をすれば征士はあっという間に懲罰室とまで言わずとも、反省室行きくらいにはなるだろうから、それはそれで良かった。

因みに征士に言わせると自分を見たのに苛立ったのではなく、当麻が所謂”そういうコト”をしているのを想像したであろう事が気に入らなかったらしい。
譬え想像でも恋人のそういう姿を他人に許す気は全くないそうだ。



結局、当麻が頑なに拒むので両議長は諦めるより他なかった。
バダモンはしつこく心配していたが、征士に一緒に暮らしてもらうからいいです、と当麻が言ったのを最後に彼も漸く諦めた。
妖怪と呼ばれている老齢の議長が仲良く去っていくのを見送り、その背が完全に見えなくなったところで征士が口を開いた。


「……確かにあの2人は気をつける対象とは言え、彼らの言うとおりだったのではないのか?」

「何が?」

「お前が狙われているのは事実だ。安全面で言えばベース内のほうが断然上だろう」

「まあね」

「尤も彼らが持ってきた話だ。何かある可能性は高いし、断ったのは正解か……」


征士がそう結論付けると、当麻はニッと口端を持ち上げて笑った。
最近知ったのだが、彼がこういう笑いをする時は大抵何かあるものだ。


「……何だ」

「いやー、その考えで行けば断ったのは失敗だ」

「何故」

「ご両名は俺が断る事を前提に話を持ってきたんだから」

「………なに?」

「俺の性格を考えて絶対に断るってあの人ら解ってたんだよ。俺は行動に制限をかけられるのが嫌いだからな」

「では何故連中の思惑通りになると解っていて、断った」

「エックスデーを早めてやろうと思って。狙う隙が多い方が連中もヤリやすいだろう?」

「何のために」

「事を順調に進めさせてあげるため。トントン拍子の時の策って、結構抜けちまうモンだ」


土壇場で主導権を奪われて右往左往してるのを見るのって楽しいだろ?と意地の悪い事を、愛らしい笑顔で言う当麻を、征士は複雑な顔で見る。


「それにさ」

「まだ何かあるのか」

「お前と暮らす口実が出来た」






そんなわけで彼らは最近一緒に暮らしている。
とは言っても本格的に同棲しているわけではないから、征士の借りている部屋はまだそのままだし、家具も同じくだ。
必要最低限の身の回り品と幾つかの着替えだけが当麻の部屋に運び込まれているのだが、元々荷物の少ない征士はそれで困る事はなかった。



家を出た征士が向かったのは、ある工場だった。
24時間体勢で常に機械を動かしているそこは、幾ら時代が進もうとも人間の手での制御が必要となる。
そこで働いているある男と接触するのが目的だった。

気配を消して足音を消す。
すっかり慣れたこの行動は余程の者でない限り、派手な外観だというのに征士に気付く事はない。


出口で待っているとその男は出てきた。


「おつかれさまでしたー」


同僚に挨拶をしている男は以前、当麻を襲い、彼の喉に火傷を負わせた男だった。

ここ最近襲ってきた連中は全て今も塀の中に隔離され刑罰を受けているのだが、随分と前に襲った彼だけは既に退所していた。
当麻自身の傷が浅かったことや完全に単独犯だったこと、それに”お勤め”中の彼が模範的だったこともあって、社会への復帰は早かった。


1人家路につく彼の少し後ろを征士は歩く。

彼の犯行後、色々と調べたのだが周囲の人間の評価は誰も彼も「そんな事をする人には見えない」だった。
確かに彼は政府よりかは例のテロ組織寄りの思想を持っていたが、それでもそんな大それた事をするような人ではない、と。
彼自身も自供の中で、薬の開発者の存在を知ってついカっとなってしまったと言っている。
そしてその結果、誰もが彼の言葉を信じた。
念のために脳にある記憶を解析したが、そこにも不自然なものはなかった。
それに”処置”を受けることも素直に受け入れていた。
だから、彼の出所は早かった。

今、塀の中にいる連中に関しては不自然な点も多く、厳しい追及と念入りな解析が行われている為、当麻ならいつでもデータが覗けるが、
彼に関してはそうはいかない。
既に調べが終わってしまってデータも解析済みのために、上書き保存がされてしまってそれ以上調べる事が出来ない。

だからこそ、征士に彼の記憶データを取ってきて欲しいと頼んだのだ。


征士は当麻から渡された小型の読み取り専用機の存在を手の中で確かめる。
大きな征士の手ですっぽりと収まるそれは、首筋に軽く触れさせるだけで脳にある記憶を読み取ってくれる。
若しこの事がバレて審査にかけられてしまった場合、結果がどちらに転ぶかは五分五分だったがその辺は当麻が手を回してくれているはずだ。
征士はそれを信じて、完全に人気がなくなり、そしてすぐに身を隠せる場所まで男が進むのを根気強く待った。


当麻は無事だろうか。

最初はそんな不安があった。
彼は大丈夫だと言ったが、万が一の事があったらどうしようかと。
そもそも本当に彼1人が狙われているのか、それとも自分も対象に入っているのかも未だハッキリ解らない。
何せいつも2人一緒にいるものだから、襲われる時も当然、2人でいる。
それを当麻に聞くと彼はやはり、大丈夫、と何故か自信満々に言っていた。


「今のところ襲撃は俺たち2人一緒にいる時じゃなきゃ意味が無いんだよ」


そう言って。

あくまで見世物の段階らしい。
そう言われると納得も出来る。
これまで襲ってきた連中は、ある程度喧嘩慣れはしているものの全員、所詮素人だ。
都市部のハンターを相手にするにはあまりにもお粗末すぎる腕の連中ばかりが襲ってきている。
その癖、攻撃は大振りでどこか目立ちたがり屋の、反抗することに意義を見出しているような気配さえ見せる者ばかり。
それはつまり、周囲の目を彼ら2人に向ける事が目的の襲撃ともとれる。
だから、2人揃っている時でなければ意味が無い。そういわれれば納得も出来る。

だが納得できたからと言って、心配がなくなるわけではない。
もしも万が一、自分が離れている間に彼の身に何かあったら。そう思うだけで征士は不安になってくる。
当麻は仮にそうなったとしても闇と呼ばれている男が助けてくれるさと笑っていたが、それはそれで気に入らない。
シカイセンほどではないが、征士は何となくあの男のことも気に入っていなかった。
直接見ていなくとも彼の腕は何となく解るし、認めてもいる。
しかしその反面、酷い言い方だが、あの男が笑うだけで腹が立つのだ。
因みにシカイセンに関しては、”名前だけで腹が立つ”。
それに比べればまだ評価としてはマシかも知れないが、案外征士は理不尽な男なのかもしれない。



工場を出た男をつけてから結構時間が立った。
住宅街に入ってくると人気がなくなってくる。
そして入り組んだ路地は、身を隠すのには向いている場所だ。

征士は歩調を速めた。
男の首まで手を伸ばせば届く距離まで近付く。
丁度、道は周囲を確認するためのミラーのない、T字の場所に差し掛かった。
見通しは良くも悪くもなく、身を屈めれば問題なく視線をやり過ごせる。
手の中の機械をもう一度握り締めた。

男の首まで、手を少し伸ばすだけでも届く距離になった。





「………………?」


首筋に何か触れた気がして男は振り返った。
しかし自分以外に近くを歩く人の姿はない。
仮にさっきまで誰か居たとしても、振り返るまでの僅かな時間に足音も立てずに立ち去れる筈がない。


「……虫か…抜け毛かな…?」


誰かが居る気配もなかったのだからきっとそうだろう。


「蚊に刺されたんじゃなきゃいいんだけどなぁ…………。あ、帰ったら寝る前に冷凍うどんでも食べよ」


男は腹を撫で擦ると、自宅へ続く道をもう一度歩き出した。




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解っていたとは言え、朝、当麻がなかなか起きてこないというのが征士の最近の悩みだそうです。