スペース・ラブ
当麻は戸惑っていた。
仕事で征士と組むのはとても快適だった。
ハッキリ言ってこんなにも快適に仕事をした事がない。
自分の意思が100%相手に伝わることなんてないし、伝える術があったとしてもそれを相手が100%理解するとも限らない。
だから今まで意思疎通の上で自分が不便に感じる事があっても、これはそういう物だという、諦めに似た感覚はずっとあった。
だがそれは征士と組むことで考えが180度変わった。
通じるのだ。
自分の言ったこと考えたこと、そしてこれから思う事の全てが。
これほど快適に仕事をした事は、未だ嘗てなかった。
それはプライベートでも同じだった。
何気ない会話1つにしても征士とはとてもスムーズに会話が進む。
こんな事は血の繋がりがあり同じ環境で育った家族でしか有り得ないと思っていたのに、会ってまだ1ヶ月と少しの相手に感じるとは夢にも思わなかった。
征士は当麻にとってとても好ましい人間だ。
傍にいても苦痛ではないし面倒にも思わない。
会話をするにしても食事をするにしても、寧ろ楽しいと思えるほどだ。
考え方が全く同じというワケではないのに、それが却って楽しくさえ思える。
今まで付き合いのある人間の全てがそう思えなかったかと言うとそうではないのだが、それにしても征士は抜きん出ていた。
過去に付き合ってきた女性達を思い浮かべ果たして彼女達といてこういう感覚を味わえたかと思い返すが、その答えはすぐに出る。
無かった。
今まで、一度たりとも。
ただ当麻は戸惑っていた。
征士は好ましい。
だが最初の出会いが最低だった。
いや、最初の最初は知らない。何も覚えていない。
ただ目覚めて最初に彼に会った時、短い会話にも拘らず友人になりたいと思ったのは本当だ。
だからその時の感覚は正しかったのだが、だが最低でもあった。
後処理をしていなかった征士への、羞恥を含んだ怒りが完全になくなったわけではない。
但し自分への怒りもその中にはある。
記憶を無くした上に、男とヤってしまっただなんて。
それは随分と当麻の中で引っ掛かっている問題だった。
だがそれ以上に、そういう事を差し引いても征士を好ましいと思い、普通に受け入れつつある自分に、とてもとても、とても戸惑っていた。
「当麻、今回の連中の処遇は?」
装着したヘッドセットから、現場にいる征士の声が聞こえる。
「主犯格だけある程度生きた状態で持ち帰ってくれれば後はどう処分しても良い。どっちかって言うと片付けて持って帰ってくれたほうが都合が良い」
「記憶を消す前に?」
「勿論」
脳に、無意識下も含めて本人が記憶してある全ての情報は今や、生死に関わらず特殊な電気信号を送って覗くことが出来る。
今回征士が向かったのはテロリスト達が塒にしている建物で、其処にはある程度の人間が控えているというのも既に
先に潜入したハンターからの情報で得ていた。
其処にいる末端の構成員の記憶でも、幾つかを繋ぎ合わせていけば何かの情報は得られる。
後はそれらを元に主犯格の人間を法にかければいいのだ。
ただそうやって脳に残っている情報を覗かれることを相手も許すわけではない。
だから中には身体に、既にとあるチップを埋め込んでおいて自らの意思でそのスイッチを入れ、脳にある記憶を、こちらも特殊な電気信号で
消してしまう連中もいる。
それは本当に特殊で中々手に入らない代物だったから、全ての犯罪者達がそれを持っているわけではない。
だがやはりそういった事があると厄介だ。
だからハンターにはそれをさせないだけの瞬時の行動というのが求められる。
以前、当麻は征士と話していて何気なく自分にもそのチップが入っているという事を漏らした。
当麻は基幹システムの、本当にメインの部分に関わった人間だ。
その他にも様々な情報が彼の脳には詰まっている。
若し万が一にもその彼が犯罪者の手に落ち、遺体から情報を引き出されてはベースの損失は計り知れない。
それを危惧して彼にチップが埋め込まれているのは当然のことだったが、それを聞いた時の征士は、それはそれは悲痛な顔をした。
あまりにも悲痛なその顔に、何も全員が埋め込まれるわけではないのだと当麻は彼に告げた。
だからお前が記憶を失うことは無いのだと。
だから安心して良いのだと。
そう告げた。
だが征士はそうではないと言い、当麻の青い髪を撫でた。
そして、お前が家族の記憶を失うのが辛い、と言った。
あまりに真剣で、あまりに悲しそうな彼の目にその時は何も言えなかったが、後から当麻はある疑問に行き着いた。
彼は、自分の家族の事を知っているのだろうか。
だがこの疑問はまだ彼に投げ掛けていない。
知っていたとしても、知らなかったとしてもどうでもいい事だ。
仮に知っていたとしてもそれは不思議ではない。知ろうと思えば手に入る情報ではあるのだから。
時々湧き上がる疑問は、それでもその度にそう思い直すことでもう一度頭の隅に追いやってやり過ごしている。
違和感を覚えないわけではないが、それでもそれは瑣末なことなのだと己に言い聞かせて。
「ところで当麻」
今回は割と多い人数でのミッションとなるため、全員で踏み込むタイミングを計っていると征士が話しかけてきた。
「何だよ」
「今晩、何を食べようか」
現場を片付けて帰還して報告して、それから少し忙しくなる。
帰宅できるのはきっと遅い時間だろう。
オーダーストップをしている店も出てくるかもしれない。
「…そうだなぁ……肉は、…やめた方がいいかな」
「相手の出方次第だな」
「でも何人か片付けるだろ?」
「………生肉は絶対に避けたいな」
「じゃあ野菜?」
「当麻がそれで満足できるのならそれでいい」
「俺ぁもう少し腹にたまるものがいいな」
「では戻るまでに考えておいてくれ」
どうやら彼は、今日も食事を共にするつもりらしい。
征士は時折自炊しているため、毎日ではないがこうして共に出るのは頻繁ではある。
当麻としても1人での食事は味気ないので助かってはいるが、流石に今日はどうだろうか。
「でも俺、今日は遅いかもよ」
「脳の解析に付き合うのか?」
「駆り出される可能性は高い」
だから先に帰ってろよと言外に伝えるが、征士はそれで引く男ではない。
「いや、待っている」
「日付跨いだら食べ損ねる事になるぞ?」
「その時は何かデリバリーを取るのだろう?」
「まぁ……そこは各自の自由だから絶対ってワケじゃないけど」
「当麻は食べるだろう」
そりゃ、食べる。
何てったって男性の平均より少し細い身体をしているが、その食事量はその平均を大幅に上回っている当麻だ。
食べずに仕事などできるわけが無い。
それを解って征士が言っているのは当麻にも解った。
思わず口端をひくつかせてしまう。
「………食べるけどさ」
読まれているのが悔しい。
のに、少し嬉しい。
それが妙に腹立たしくて、ひくつく口元をどうにか自力で抑え込んだ。
「では今日はベース内で食べるか」
そして征士はそれに付き合うつもりのようだ。
やっぱりそれが少し嬉しくて当麻は自分の神経を疑ってしまう。
当麻が返事をしないでいる間にどうやら踏み込める瞬間が来たらしく、数人のオペレーターの前のモニターが一気に喧しくなった。
政府管理下で生きる子供達は自分たちの生活の基礎を作り上げた組織を”宇宙政府”と呼んでいる。
宇宙の全てどころか、このコロニー上の全てを知らない無垢な彼らは自分たちの手の届く範囲が世界の全てなのだ。
だが実際はそうでもない。
”宇宙政府”の正式名称は”連邦政府”であり、その名の通りそこに連なる範囲の者達で作られている。
コロニーは広い。
嘗て生活していた星の全ての人間や動物が移り住んでもまだ余地を残しているほどだ。
その土地の全てが政府のあり方に賛同しているわけではない。
そういった箇所との擦り合わせ、そして取り込むためにも外交部門はあるわけだし、その為の調査員もいる。
ただ問題はそういった分野だけではない。
様々な考えの者達がいて、その中には現在の政府に取って代わろうとする者たちも居る。
知力をつくして権力を得ようとするものもいれば、武力行使に出るものもいる。
だからハンターが必要になる。
今では収束したが、厄介なウィルスを撒いてくれた連中がいた。
そのウィルスに感染した者は只管眠り、その姿が変わることなくいずれそのまま死を迎えてしまうという代物だ。
彼らがそれを手に入れた経由は謎のままだったが、結果で言えば既に対応できる薬はあるし、彼らの組織自体ももう壊滅している。
もう何の脅威も無いものだが彼らはそれを使用した際に、本来なら人類は嘗て生活していた星が朽ちゆくと共にあるべきだった、と声高に言った。
そこには何の思想も無く、ただ自分たちに有利に動くように表向き発表された甘言だったが、何万という賛同者を得てしまった事がある。
主犯格を捕らえ法で裁き、組織が無くなった今でも彼らに心酔し、その意志を継ごうという者が偶にいて面倒を引き起こしてくれる。
そういった事が二度と起きないように、ベース内では脳にある”記録”の収拾に力を入れていた。
「当麻、大丈夫か?」
征士たちが持ち帰った”情報”は結構な数で、今はそれを引き出す作業が行われている。
それには専属の部門があるため当麻が呼び出されることは未だ無い。
ただいつ終わるとも言えない作業の為に無闇に出歩くことも出来ず、ベース内に彼らは留まっていた。
「別に待つ必要なんてないんだから先に帰ってろよ」
大きな欠伸をしたのを見られた当麻は少し居心地悪そうに言うが、征士はそれを微笑んでみるだけで、その意見に従ってはくれない。
「私が好きで此処にいるんだ。別にいいだろう?」
「好きでって……お前、暇なの?」
「そりゃ家に帰っても1人だからな」
だからって俺といる理由もないだろう。
そう思っても当麻は言わなかった。
いる理由は無い。
そして引き止める理由も無い。
だが誰かがいてくれるというのは、少し嬉しかった。
解析に関わる人間で部門外の人間は当麻だけだった。
他の連中は今もその作業真っ只中で、言い方はおかしいが当麻の相手をしてくれる人間はいない。
いつ何時、何が起こるか解らないからベース内にも夜勤の人間はいるが、彼らだって勿論、仕事中だ。
今の当麻のように手持ち無沙汰な時間を過ごしている人間はいない。
いるとすればそれに付き合っている征士くらいだ。
「もう少しかかると言っていたぞ」
「……誰が?」
「那唖挫が」
解析スタッフのチーフをしている男に、いつの間に聞いたのかは知らないが得た情報を、征士は当麻に教えた。
「じゃあまだまだかぁ…」
あの飄々とした容貌の男が”もう少し”という時は、実は相当かかる時だ。
それを嘆いて言った途端、腹が鳴ってしまった。
それだけでも恥ずかしいのに征士がそれを笑うではなく、優しく見守るように微笑んで見ているから余計に恥ずかしくて当麻は顔を赤くする。
「………俺、成長期なの」
「30歳が何を言う」
間髪いれず言われた当麻は、うるせえよ、とそっぽを向いた。
「当麻」
「…………」
「当麻、何かデリバリーを取ろう」
「…………」
「私も腹が減ってきた」
「…減ってきたなら帰って食えよ。俺に付き合う義理、ねぇだろ」
「私が一緒に居たいんだ。何が食べたい?」
ストレートな言葉にまた顔を赤くした当麻は、小さな声で、クワトロフォルマッジョ、と答えた。
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流石に勤務中なのでビールは飲まないですが。