スペース・ラブ



最初は泣き止んで欲しくて唇を重ねた。
慰めるように許すように背を撫で、互いを慈しみあうように。
それがいつしか身体の奥底に熱を齎し、目は涙以外の感情で濡れ、どちらからともなく邪魔な衣服を取り払っていった。

肌を撫でる手はいつもより熱くて優しい。
漏れ出す息も甘く、それさえ飲み込むように舌を絡めあう。
愛しさと欲で滾った下肢は解放を求めて痛み蜜を零すが、腰を揺らして互いのモノを擦り合わせるだけ。
腹の底から這い上がる肉欲に従っても良かったが、今はもう少しこの熱に浮かされていたい。


「う…んっ………せいじ…」


耳を擽る、愛しい人の声。
それに応えるように征士は形の良い耳朶を食み、舌でその形をなぞって態と水音を立てると組み敷いた肌が粟立った。
慣れた手つきで小ぶりな尻を撫でると、当麻自身が誘うように足を開く。
細い首にきつく吸い付いて跡を残すと征士の唇は更に下がり、胸にも同じようにして幾つも跡を付けた。
なだらかな胸で唯一尖る箇所に舌を這わせると同時に指を後ろに突き立てれば当麻の息が乱れる。
何かを訴えるように自分の頭を抱く腕に力が入ったが、征士はそれを無視して執拗なまでに紅い蕾への愛撫を続けた。


「ああ…っ……あぁ、…はっあ、ん…っ!」

「…とうま……、」


愛しい。
少しばかり不器用で、強がりばかりを言うくせに本当は寂しがりなこの魂が、愛しくて堪らない。
傍を離れる事を恐れていると彼は言ったが、今更離れられる筈がない事を征士自身、よく解っていた。
どれ程言葉をかき集めてもこの想いを表現する術が解らないほどに、囚われているのだ。今更、どうして離れるなどと。

狭い中を堪能するように自身を沈めていくと当麻が身じろいで、癖のない髪がさらさらと揺れるのを、じっと見つめた。

魂まで1つにするように肌を求め合い、その合間に当麻は上ずった声で何度も傍にいて欲しいと懇願し、征士は何度も
離れないと誓い続けた。




いつもよりも、心は満たされていた。
汗ばんだ肌を抱き寄せてその細い肩に征士が口付けていると、不意に当麻の身体に力が入った。


「………当麻…?」

「駄目だな」


駄目。
何が。
いや、それよりもこの言葉は前にも聞いたぞと征士は過去を振り返る。
そんな彼を無視して当麻はその美しい筋肉に覆われた腕から抜け出て、痛む腰を庇いながら身を起こす。


「駄目だ。駄目すぎる」

「……何がだ」


思い出したのは、初めて彼と抱き合った夜だ。
あの時にも同じ言葉を言われショックを受けたが、今は違うとハッキリと理解は出来た。
だが結局何に対しての「駄目」なのかが解らない。


「最近の俺は、何か駄目だ」


そう言うと当麻は征士のほうに向き直り、シーツの上に胡坐をかいた。


「俺の長所が全然活かされてなかった」

「………お前の長所?」

「そう。俺の長所。俺の長所は何だ?」


さっきまで愛らしく啼いていた喉は嗄れ、いつものように声を響かせる事は出来なかったが、それでも当麻は凛とした態度で征士に問う。
取敢えず征士としては、その胸についた跡や、さっきまで甘い蜜を零していた下肢がむき出しのままというのは非常に気まずい。
当麻は気にしていないようだがつい視線が其処に釘付けになってしまうので、一先ず征士はシーツでその彼の下半身を覆う事にした。


「当麻の長所……?頭の良さか?」

「そ。頭が良くてカッコイイのが俺だ」


いや、お前はカッコイイのではなく可愛いのだ。
そう言いかけて征士は言葉を飲んだ。
どうやら当麻は最近本気で、可愛いという評価に対して悩み始めているらしい。
それが征士と比較しているのだという事は、征士自身は気付いていない。


「その俺が、どうも周りの思惑通りにされてる気がしてきた」

「………確かに」


腕組みをして考え込む姿からは先程の媚態はもう見えない。
それを惜しいと思う反面、征士はそんな当麻の姿も好きだった。
決して甘えるばかりの脆弱な存在ではない彼だからこそ、魂ごと囚われているのだ。


「…………どっちだ?」

「だから何がだ」

「俺は、狙われてんのか?それとも祀り上げられてんのか?」

「………………………そうか」


言われて見ればそうだ。
何か大きな思惑が動いているのは解るが、どうもその目的がハッキリしていない。
注目を集めているのは解るが、それはどちらのゴールへ導くための道筋かどうも曖昧なままだ。


「同じ事をしているが、事を起こしているのは1つではないという事か」

「うん。………最低2つ、多くても3つ程度の思惑があるはずだ」

「随分絞ったな」

「まあね。…1つは紛れもなく俺を消したがってる」

「そしてもう1つはお前を祀り上げようとしている、か」

「それ以外であるとすれば、傍観を決めつつもまだ何か狙っている連中だ。存在する可能性は低いけどさ。
ただムカつくのは、どれもこれも内部の人間が関わってるって事だ。…それも上層部の人間が」

「そこまで決め付けていいものか?」

「ファイルに関して言えば、アレは本当に厳重に保管されてて外部からは持ち出せないモンだからな」

「ではそれを持ち出したのは、お前を狙う方か?それとも祀り上げたい方か?」


同じように胡坐をかき当麻と向かいあっている征士は、己の下半身にシーツをかけていない。
自分の身体に対して関心がないらしく、均整の取れた裸身を惜しげもなく曝け出していた。


「………それは、………俺、思うんだけど両方が噛んでるんじゃないかな」

「…なに?では少なくともその2つは仲間だとでもいうのか?」


顎に手を当て当麻が考え込む。
やがて伏せていた目を開け、征士を見つめ返した。


「いや、違う。片方は利用されてる可能性が高い」

「唆されていると?何のために?」

「多分、だけど。………踏み台、もしくは捨て駒」

「なのに仲間ではないと?」

「うん」


意味が解らないという顔をした征士に、当麻はくすりと笑った。
それが面白くなくて、征士は憮然としてしまう。


「片方は便乗してるんだよ。きっと俺を狙っている方が唆されて、便乗されて、最後には切り捨てられる筈だ」


でもその捨て駒は何処にあるんだろう?と当麻はまた考え込んだ。
そこで征士は漸く、2度ほどあったメール係の男の存在と、彼の忠告を当麻に話した。


「……お前、……何でそんな大事なことを黙ってたんだよ」


今度は当麻が憮然とする番だ。
それに征士が今度は笑って見せた。但し、苦笑いで。


「お前に余計な心配をかけたくなかったのだ。すまない」

「…………まぁ、…お前がそう言うなら信じるさ。……それにしても、そうなってくると怪しいのはシカイセンだな」

「…”議長”と呼ばなくていいのか?」

「此処は俺ん家。プライベートだからいいの」

「身勝手だな」

「それは俺の専売特許だからね」


ニコリともせず、さも当然のように言った当麻に、征士は返す言葉がない。
それは何となく身に覚えがあって解っていた事だ。


「…兎に角。ではシカイセンがその捨て駒か、便乗している側かのどちらかになるのだろうか…」

「多分、捨て駒だな」

「………バダモンが、前にお前の言っていた”然るべき部署”の人間の可能性は?」

「んー…高い。けど、…まだ絶対にそうとは言いきれない」

「ではあの男は?」

「それこそ、可能性はあるけど謎だ」

「何故」

「言ったろ?その部署に所属しているメンバーも責任者も、一切が不明なんだ。そうだと思って行動すると痛い目に遭う」


用心のためか。
征士がそう言うと当麻が嬉しそうに笑った。


「そういうこと。……ただその男が、議長に気をつけろって言ったんだよな」

「ああ」

「………だったら、バダモンにも気をつけた方が良いな」

「…?彼はシカイセンを疑っている人間だろう?」

「でもあの男は、議長に気をつけろとしか言ってないんだ。シカイセンに気をつけろとは言ってない」

「…確かに」

「お前とソイツの遣り取りで出た議長は2人いたんだ」

「…………そうか。そうだな…」

「そう。………さて、そういう事だから」


やっとニッコリと笑う。邪気のない笑みはいつものものだ。
征士はそれを幸せそうに眺めた。


「征士、俺の傍にいてくれんだよな?」

「…ああ」


笑みに邪気はないのに、嫌な予感がするのは何故だろうか。


「俺さ、やられっぱなしも、誰かの言いなりになるのも、大ッ嫌い」

「だろうな」

「じゃ、ちょっと頼まれごと、してくれないか?」

「………私がするのか?」

「当たり前だろ、俺が動いたらバレる」

「…私でもバレるのでは?」

「お前は気配消すのも足音立てないのも上手いだろうが」


そう言われて初めて、あれを披露した事を後悔した征士だがもう遅い。


「……………解った。何をすればいい?」

「外に出て調べもの」

「ちょっと待て」

「なに」

「私が離れている間に、お前の身に何かあったらどうする?」

「それは大丈夫」


薄い胸を自信満々に張ると、胸にある跡が殊更強調される。


「俺を狙ってるのは捨て駒の方で、その捨て駒はシカイセンだ。けれど奴はその闇とか言う男が見張ってる。
それでソイツが言うには俺を傷つけるなってボスとやらに言われてるっていうし、今は征士がいるから多少職務怠慢になってるけど、
多分、征士が傍に居ないってなったらソイツも仕事するんだろうし」

「当麻が危険にさらされる事はないと?」

「万が一の時は俺、自分で対処するしな。上手く行けば俺もその闇とやらに対面できる。顔を見たら知ってる奴かもしれない」

「しかし普段一緒の私がいないのはやはり相手に不審を抱かせないか?」

「それも大丈夫」

「大した自信だな…」

「俺が信じられないのは自分の内面であって、自分の頭には自信があるの」

「……何だそれは」

「因みに一番信じてるのは征士。……ま、大丈夫の理由は、勤務中に行って貰うつもりだから」

「……………………は?」


征士は耳を疑った。
勤務中に行け、と?


「幸いにもお前とペアを組んでるのは俺だ。任務で出たついでに寄り道させることも出来るし、そうでなくてもお前の不在理由を誤魔化す事も出来る」

「…………人使いの荒いオペレーターだな」

「恋人を頼ってるんだよ」


誑かすのも巧いのか…そう征士が半ば呆れていると、当麻が身を乗り出してくる。
その拍子に折角かけてやったシーツが彼の膝から滑り落ち、青い茂みの下からさっき散々愛した下肢が覗く。


「征士は、傍にいてくれるんだろ?」


誘うように甘く囁いた唇が自分のそれに重なる。
一度だけ重なって離れると、勝気な言葉と違って眼差しは甘えるような色を見せていた。
その細い腰に腕を回して抱き寄せると、身体は何の抵抗もなくその胸に収まった。


「俺は、ちょっと思い切ってみる」

「…………ああ」

「危険が多くなるかも知れない」

「そうなっても必ず守る」


真摯に告げると当麻は嬉しそうに目を細め、もう一度征士に口付けた。
今度はすぐに離れず舌を絡めてきたので、征士も腰を撫でていた手をもう少し下げて尻を撫でる。
拒絶はなかったので征士は恋人を抱き締めたままベッドに再び身体を横たえた。




*****
漸く、当麻が通常運行。