スペース・ラブ




ありがとうと言って照れ笑いをした当麻は落ち着いたのだろう、それから2人並んで目を閉じ墓に手を合わせた。
当麻が何を両親に報告したのかは知らないが、征士は彼をちゃんと守るという誓いを其処には居ない人達に伝えた。

来た道を戻り管理事務所の横を通ると、来た時に対応してくれた事務員が2人を見て労わるような笑みを向けてくれた。
こっちの管理不足で悪かったね。
そう言った彼に当麻は大丈夫ですよと笑って答える。
その表情には何の嘘もなかった事に征士は安堵した。


指だけを絡めるように手を繋ぎ、再び献花台が見える場所まで戻ってくる。
そこに花を置く人の列は絶えない。


「……………妙だな」


当麻の声は完全に、オペレーションルームにいる時のものになっていた。
視線は献花台に向けられている。



「妙?」

「うん。……いつもより多い」

「……花か?」


墓地に同行したのが初めての征士は普段の献花の量を知らないが、当麻はそれを訝しんでいる。
ならばそうなのだろうと征士は結論付けた。

此処最近の世論の流れといい、この献花台といい、そして先程の不審者たちといい、やはり妙な事が多い。


献花台に集中していると、横から女性の甲高い悲鳴が聞こえた。
そちらに目をやると、1台のバイクが係員の制止を振り切って此方へ真っ直ぐ突っ込んでくる。
迷いなく当麻を目指しているライダーは途中でバイクから飛び降り、無人になったバイクだけが不規則な動きを見せながら
それでも標的だけは見失わずに滑ってきた。
それを征士が咄嗟に当麻の腕を引いて避ける。
派手な音を立ててバイクは柵に激突した。
横倒しになった為に地面から離れたタイヤがクルクルと未だ回っている。

しかしバイクだけが問題ではない。ライダーがまだ残っている。
征士は当麻を背後に庇うと、腰に装備していた護身用のセイバーを出す。
普段彼が使っている太刀に比べれば随分と長さが足りないが、此方に向かってくるライダーの構えを見る限り、それで充分対応できそうだった。

周囲のギャラリーは遠巻きになりつつも、その場を離れるつもりはないらしい。
その野次馬根性に征士は僅かに苛立ったが、今はそれどころではないと意識をライダーに向ける。

時代錯誤なフルフェイスのメットはシールド部分にミラー処理が施されて顔が見えない。
どこで手に入れたのかは知らないが、一般人が持つとは思えないタイプのセイバーを両手で構える相手は体躯からしてパワーはありそうだが、
その扱いには慣れていないのが動きで解った。
解りやすく頭を目掛けて振り下ろされた最初の一撃を、征士は右手に持ったセイバーで迎える。
避けても良かったが、そうすると背後にいる当麻に当たる可能性があったからやめた。
体幹のしっかりしている征士は微塵も身体がブレず、代わりにライダーの腕が跳ね上げられた。
反撃に転じにくい体勢ではあったが未だ狭い間合いに無理矢理に足を捻じ込んで、相手の腹を蹴り飛ばす。
股間を蹴らなかったのは同性としての情けだと思えと、心の中で罵った。
後ろに数歩よろめいて低くなった相手の顎先目掛けて、もう一発下から上へ蹴りを繰り出すと相手のヘルメットが吹き飛ぶ。
きちんと固定していなかったのだろうが、それでも無理に剥がされたせいで鼻を擦ったらしく咄嗟に其処に手をやり、
完全に無防備になっていた顎を目掛けて今度は掠めるように横蹴りを入れれば、ライダーは脳震盪を起こしてその場に崩れ落ちた。

その一連の動きは無駄がなく、あっという間に付いた決着にギャラリーから僅かに歓声が上がったが征士はそれを無視して、
背後の当麻を振り返る。


「大丈夫か?」

「お陰様で。つーか俺、大丈夫だったのに」


言って不敵に笑った当麻の手には旧式のハンドガンが握られていた。
いつの間にか懐から出していたらしい。


「……撃つつもりだったのか…?」

「正当防衛。大丈夫、足を狙って動けなくするだけのつもりだったから」


こんなにも野次馬のいる場所でヘッドショットなんかするかよ、と小声で言ったが征士の気がかりは其処ではなかった。

実際に当麻が撃つところを見た事はないが、射撃の腕はトップクラスだというのは人から聞いて知っている。
バスターの類やレーザーガンに比べて弾が飛び出る旧式のハンドガンは、確かに至近距離で撃って弾が貫通したとしても
今のようにギャラリーが遠ければ流れ弾が彼らに当たる事もないだろう。
だが、それよりも。


「何故ナイフを出さない」


当麻は以前、レーザーナイフを所持している事を征士に話していた。
これほど間合いを詰められているのだ、ハンドガンを構えて安全装置をはずすよりもナイフの方がずっと早かった筈だ。
なのに当麻が手にしていたのはハンドガンだというのに征士は疑問を隠せない。


「俺、スナイパータイプだって言ったろ?」


当麻はすぐに答えをくれた。
だが何度も言うがこの距離だ。
スナイパータイプのハンターでなくとも、当たるものは当たる。逆を言えばファイタータイプでなくとも、確実にナイフを刺す事は出来る。
つまり得手不得手の問題ではない。冷静に考えて、その選択は有り得ない。
特に当麻のような、賢い人間の選択とは思えない。
だから、今の言い訳はあまり素直に聞けない。

征士の表情から腑に落ちていないのが解ったのだろう。
或いは最初からその答えで納得してもらえると思っていなかったのかもしれない。当麻は肩を竦めて、白状するよと言った。


「俺はあんまりナイフが好きじゃない」







当麻を襲ったライダーはすぐに身柄を確保された。
彼の目的も、所持していたものの入手経路も後で聞けば教えてもらえるだろう。
それにきっと何らかの刑罰と”処置”も施される筈だ。
だからこの件に関してはもう心配する事は何もない。
しかし。


「……さて、昼食だが…」

「うん」

「流石にこの状況で外で食べるわけにもいかんな」

「やっぱり?」

「当たり前だろう。今日のこの流れでは食事を邪魔される破目になるぞ」


墓地での盗撮未遂に、突然の襲撃。
どちらも狙われたのは当麻だ。
そしてそのどちらも相手が誰でも良かったという類の犯行とは到底思えない。

墓の件について言えば英霊に関わる人間を撮りたかったと言われれば無理矢理に納得できなくもないが、それにしても
3人が3人とも墓を絞っていた点が気になる。
”スペース・ラブ”の開発者の写真を撮ろうとしたというにしても、おかしい。
開発者としての当麻は名を伏せているし、そうなれば勿論、献体となった両親の名も公表はされていない筈だ。
当時の記録を調べていけば、それが宇宙に発った科学者とハンターの夫妻という推理に辿り着くかもしれないし、若しかしたら彼らの名が
どこかに残っている可能性は否定しきれないが、当時の情報は政府が綺麗に消したと聞いている。
実際、征士はどの資料からも彼らの名前は探し当てる事が出来なかった。
それに墓の位置にしても管理事務所が彼らに教えたとも思えない。

やはり、何かが起こっていると考える方が自然だ。
特に当麻に関して、何かが。


「仕方が無い、今日はベースで食事するかぁ…」


蕎麦を楽しみにしていた当麻は目に見えて肩を落とす。
征士の頭に一瞬だけ、蕎麦打ち教室に通おうかという考えが過ぎったが、それはすぐに忘れる事にした。
それは年老いてからでも良い話だ。……そういう問題でもないか。






ベース内の食事の味が悪いという事はないのだが、外の食事の方が美味しいものは多い。
朝から気分の悪い思いをした当麻に、征士は美味しいものを与えてやりたかったが状況を考えるとソレは無理だ。


「後でカフェオレを入れてやろうか?」

「うん」


自分のトレイに乗っていたデザートのフルーツジュレを当麻のトレイに乗せてやりながら言うと、それを最早当然のように受け入れている
当麻が首を縦に振った。
食べ物を前にした時の幼い仕草も、表情もいつもベース内で見せているものだ。
だが征士にはそれがいつもの彼のものではない事に気付いていた。

朝だけであれだけ異変があったのだ。疲れているのだろう。
そしてきっと今、彼の頭の中は最近のことと合わせて情報を整理し、何かしらの推論を立てようとしているに違いない。
周囲にそれを悟らせたくなくて、いつものように振舞っているだけで。


「当麻、ニンジンを避けるな」

「…………バレたか」


基本的に好き嫌いがないはずの当麻だが、何故かカレーに入っているニンジンはあまり好きではないのだという。
それ同様に味噌汁に入っている若布は平気なのに、海藻サラダの若布も好きではないと言っていた。
どちらも征士からすれば同じ食品なのでその拘りはよく解らなかったが、好き嫌いは良くない。いい大人だ。
普段どれほど当麻を甘やかそうともそういった面では一切甘やかさない事に決めている。
渋々ではあるがニンジンを掬い上げて口へ運ぶのを満足そうに見ていると、昼の休憩に来た秀が彼らを見つけ声をかけてきた。


「おーす、今日は中で飯なんだ?」

「うん」

「まあな」


機械油に塗れた秀は、勿論此処へ来る前に念入りに手や顔を洗ってはいるが、完璧には落としきれずにいつも何処かしら汚れている。
だが彼の人懐っこい表情や愛嬌のある性格は誰からも好ましく受け入れられ、その姿に顔を顰めるものはいない。
寧ろ働き者だとそれを好意的に見ている。


「何だ、飯がこっちって解ってたら言ってやればよかったな」

「何を?誰に?」


カレースプーンを口に咥えたまま聞き返した当麻を、征士がやめるよう嗜める。
行儀が悪い。


「バダモン」

「バダモン”議長”。お前、本当、いい加減ちゃんとしろよ」

「はいはい。バダモン議長」

「で、なに?」

「あー、うん、バダモン議長がお前を探しててさ」

「またか」


征士が横から口を挟んだ。
以前当麻が言っていたが、そういう時はまだ本気で用がない時だ。


「今度はどこにきた?またドッグの方?」

「いや、オペレーションルーム」

「…は?」

「なに?」


秀の言葉に2人の声が見事に揃った。
それに気圧された秀は、お…おう、と言葉を詰まらせる。


「何でそこに来たってお前知ってるんだよ」


先ずはそこだ。秀が普段いるドッグは、ハンターが移動に使用する乗り物を格納しているので、地下にある。
そして沢山の情報を抱えているためにオペレーションルームはそことは逆に地上3階にあった。
其処での事を秀が耳にしているという事は、何か常と違うことでもあったのだろうか。


「いや、知ってるっていうか俺、今日オペレーションルームに行ったんだよ」

「何で」

「マシントラブル。午前中に2人、ハンターが出動したんだけど、そいつらの乗ったバイクが2台とも帰還中に故障したんだ」

「何だと…?」


同じハンターとして出動する征士としては聞き捨てならない話題だ。
秀は征士のほうを向いた。


「俺たちにも原因はわからねぇ。今調べてる。でもどっちも似たタイミングだったから単なる故障じゃねぇってのは解ってる。
任務中はバイクから離れてたって言うし、外部の人間の仕業かも知れネェ。でも………下手をしたら…」


秀は言葉を濁したが、言いたい事が解って征士も当麻も何も言わなかった。
下手をすれば、内部の人間の仕業の可能性も捨てきれない。
身内を疑うなど、職員で溢れかえっているこの場でいう言葉ではないが、それでも3人は完全にそれを否定しきれなかった。


「で、それでどうしてオペレーションルームに居たのだ?」


話題の根本に立ち返ろうと征士が口を開いた。
それに秀が頷く。


「そうそう、それで故障箇所の写真を持って行ったんだよ。通信で出しても良かったんだけど、内容が内容だからさー。
で、当麻に見せようと思って行ったらお前、今日午前中休みだったんだよな。うっかりしてた」

「じゃ、そこでバダモン議長に会ったのか?」

「そー。あの人も、今日お前が午前中いないの忘れてたらしくてオロオロしてた」

「オロオロ?何だそれ。何かあったのかな?」


忙しい筈の議長が時間を割いて直接オペレーションルームに来たというのなら、それは何か用向きがあったのだろう。
大抵はそこで会えずとも1日は本部でもあるベースに留まっているはずだが、その彼がオロオロしていたと言うのなら、何か急ぎかもしれない。


「で、何て?」

「あー、俺さ、いっつもお前ら外で飯食って帰ってくるから、昼過ぎになんないと来ないっすよって言ったんだ」

「で?」

「そしたら、帰ってきたら議長室に来て欲しいって伝言を頼まれた」


探していただけでなく、呼び出しまで。
これは何かあったのだろう。
当麻の大体の出勤時間は秀が伝えているから、きっと議長も今は昼食をとっているハズだ。


「じゃあ俺、ちょっと昼から議長室に顔出してくるよ」


言った当麻がまた無意識にニンジンを避けていたので、行儀が悪いと知りつつも、征士は箸でそれを摘まみあげて彼の持つ
カレースプーンにさり気なく乗せる事にした。
気付かなかった当麻は口に入れてから眉間に皺を寄せていたが、征士はそれは見ないフリをした。




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当麻が食べるのは甘口カレー。