スペース・ラブ
墓参りの前日から征士は当麻の部屋に泊まっていた。
触れるだけのキスを何度かした後は寄り添って眠り、朝になると征士が先にベッドから出て朝食の準備をする。
前日から朝はタラコのオニギリが食べたいと言っていた当麻のリクエストを聞いて、米を炊き、具を入れて握ったものに海苔を巻いて皿に並べた。
それだけでは物足りないので、大根の味噌汁も準備する。
後から起きてきた寝癖だらけの当麻は、征士の手で握ったため通常よりも大きなオニギリを3つ平らげ、
味噌汁もおかわりして漸く満足した。
部屋を出てすぐの花屋で花を1束買った。
1つだけのそれを征士が不思議そうに見たが当麻はこれでいいと言ってそれ以外は何も言わず、だから征士もそれ以上は
深くは聞かずにそのまま車に戻って墓地へ向けて車を走らせた。
広大な土地を有する墓地は静かだった。
裏手にある駐車場に車を停めて敷地内を目指す。
「…寒っ」
昼にもなれば日差しが暖かいのだが、この時期だと朝はまだ少し寒い。
ジャケットを羽織っただけの征士と違い、当麻の着ているのは薄手ではあるがコートだった。
それにも関わらず彼はコートの前をぎゅっと掴んで少しでも冷たい空気が中に入るのを阻止しようと必死になっている。
「お前は寒がりだな」
「征士が寒さに強すぎんだよ」
文句を言った当麻の首に、征士は車から下りる時に手にしていた軽い素材のマフラーをそっと巻きつける。
白いそれは、当麻の青い髪によく似合っていた。
「首元を温めれば少しはマシになるらしいぞ」
そう言って優しく笑われると、当麻としてはこれ以上文句の言いようがない。
大人しくそのマフラーに口まで埋もれて、ありがと、とボソボソとお礼を言った。
それを聞き漏らさなかった征士は一層笑みを深くし、当麻の右手を握る。
「…んだよ」
「手が冷たいと思ってな」
「………恥ずかしいとかお前にはナイのか」
「気にするな。朝だからあまり人もおらんだろう?」
そういう問題じゃねぇよと言いつつも、当麻は手を振り解く素振りを見せない。
それに満足した征士は握った手に優しく力を込めて歩き出した。
献花台の横を通り過ぎる。
朝早い時間だというのに既に幾つもの花が捧げられていた。
そこから少し歩いていくと完全に人気がなくなる。
政府が管理している奥の墓地へは関係者以外は踏み入る事が出来ない。
たった1箇所しかない入り口のすぐ横には管理事務所があり、そこでまず手続きをする必要がある。
「本当に私が行ってもいいのか?」
少し心配そうに征士が尋ねると、当麻は平気と答えた。
「他の人が自分の連れだって言って誰か他の人と一緒に来てるのを見た事がある。だから征士も大丈夫」
「そうか」
小さな管理事務所の受付窓を覗いて当麻が声をかける。
中にいた人物は顔なじみなのだろう、当麻を見るなり笑顔になり、おはようと挨拶をした。
それに当麻も答えると、背後の征士を指差して自分の連れだと紹介する。
彼は少し驚いて、けれどすぐに優しい笑みを浮かべて、そうか、と言うと中へと続く門を開けてくれた。
2人して礼を言い、中へと進んでいく。
「……………………。征士、」
だが一歩敷地に入った途端、当麻の表情が強張った。
それは征士も同じだった。
「…何人いる?」
周囲を目だけで注意深く確認する。
3人。
声が揃った。
見晴らしの良い墓地に人影はないのに、かすかな気配が3つ。
敵意とは少し違う気配の彼らはそれぞれ別の場所におり、雰囲気から考えるとテロリストなどの犯罪系のプロではない。
だが気配を消そうとしているあたりから善良な一般人とも思えない。
「征士、悪いけど、」
「わかった」
当麻の言いたい事を察して征士は全てを聞ききる前に返事をした。
門の陰に当麻は身を隠して、征士はゆっくりと、目隠しの為に墓地全体を囲っている茂みの方へと向かっていく。
勿論、気配を完全に消して。
反時計回りに進路を取った。
茂みの中には木の枝や芽吹いたばかりの草花があったが、征士はその中を足音もなく進んでいく。
あの男に会ったのは正解だったかも知れんな。
議長に気を付けろと言ったあの男とは、あれ以来全く会っていない。
公に出来ない存在のようだったから会おうと思って会える人物ではないのだろう。
その彼が征士の前に現れた時、そして去っていった時、どちらも全く足音がなかった。
現れた時は唐突だったから確認が出来なかったが、去っていく時に征士はその足元をじっと見ており、独特の足運びをしている事に気付いた。
いつか役に立つかもしれないと実は密かに練習していたのだ。
遼と当麻が話している場に近付いた時に既に試してみたが、彼ら2人相手にしても気付かれなかったのだからこれは使えると思っていたが、
まさかこんなに早くに必要になるとは思わなかった。
まるでこういう事態を予測してあの男が態と自分に見せたのかと思うほどだ。
そんな事を考えつつ、けれど意識は周囲に巡らしたままに茂みの中を進むと、身を低くしている人物を見つけた。
墓地にきて墓を前にするのではなく茂みにいるだなんて、どう考えても不自然だ。
しかも手には立派なカメラまで持っている。
墓地での撮影は禁止するという注意書きが管理事務所の目立つところにあった事を考えると、マトモな手続きをして
ここに居る人間ではないのだろう。
すぐに声をかけても良かったが今日征士が此処にいるのはハンターとしてではなく、当麻の付き添いとしてだ。
管理事務所の人間に報告をして然るべき場所に突き出してもらうのが良いだろうと、彼の背後を敢えて進んでやり過ごす。
やはり彼は征士の存在には気付かなかった。
他の2つの気配も似たようなものだった。種類は違えどそれぞれに記録メディアを、ある場所に向けて構えていた。
それら全てを確認した後、念のためにもう一度周囲を探ってから当麻の元へ戻る。
「どうだった?」
「どれもカメラの類を持っていたな」
「狙ってたのって若しかしてあの墓かな?」
そう言って小さく指差した先を認めて征士は頷いた。
「ああ。どれも角度としてはあれに向いていたな。……あれは?」
尋ねた征士を無視して当麻は管理事務所のほうへと戻っていく。
征士が不審者達に直接灸を据えない事は解っていたようだ。
程なくして管理事務所から警備専門のハンターが数名出てきて即座に征士の報告のあった場所へと走っていった。
それからすぐに捕縛された人間が3人。
彼らが通り過ぎるのを、やはり門の陰に身を潜めて征士と当麻はやり過ごすと改めて墓地へと入っていく。
当麻が立ったのは、先ほど指差した墓の前だった。
「………当麻のご両親のものだったのか」
「うん。何となく、嫌な予感がしたんだ」
表情のない横顔を見るのが辛くて征士は視線を墓石に移した。
1つの石に刻まれた名は2つ。
花束が1つの理由に、それで納得した。
「……若しかして、」
「うん?」
「今日、ああいう連中がいると解っていて私に同行しろと言ったのか?」
そう思うと少々身勝手ではあるが、不貞腐れたくなる。
要は自分は体の良い掃除係だったのかと。
「まさか」
当麻が笑った。
「征士に一緒に来て欲しかったのは本当。ああいうのが居たのは偶然」
墓に花束を置く。
黄色い花がメインになっているそれは、豪華ではないが優しい雰囲気を見せていた。
「でも征士が一緒で助かった」
そう言った当麻の手を、征士はまた握った。
今度は文句は言われなかった。
2人並んで墓を見つめる。
人類にとって救いになった2人は此処にはいない。
あるのは仲良く並んだ名前だけだ。
「…………………うちの親さ、…すごい仲が良かったんだ」
ぽつりと当麻が口を開いた。
それは征士に話しかけているというよりも、独り言に近い響きを持っていた。
向かう場所のない声は、しかし誰かに聞いて欲しそうに、寂しそうに。
「本当、子供の俺から見ても呆れる位に仲が良くって、でもどっちも忙しかったから揃う事は滅多になかったけど、
一緒にいれる時はいつも一緒にいたんだ」
握っている手が力なく震えている事に征士は気付いて、その手の甲を指で優しく撫でた。
「…船を見つけて回収して、船室を検めた時も、………一緒にいたんだよ、父さんと母さん」
俯いてしまった当麻の表情は見えない。
感情を読み取る術は自分の手を弱々しく握り返す手と、時折詰まる声しかない。
「本当に仲が良くって、……だから、せめて名前だけでも一緒にいられるようにって……」
それから当麻の言葉は続かなかった。
何も言わずに征士は握っていた手を一旦解き、細い腰に腕を回すと空いたほうの手で青い髪を優しく撫でる。
征士の肩口に顔を埋めた当麻はやはり声は出さずに、肩を震わせているだけだった。
*****
お墓参り。