スペース・ラブ
議長にゃ気を付けるこった。
昼間の男はそう言っていたが、どう気を付けろというのだろうかと征士は考えていた。
自分の身について気を付ければ良いのか、それとも当麻を含んで気を付ければ良いのか。
そもそも議長といわれても、聞いた名のシカイセンという人物とは関わりようがない。
ならば考えても仕方が無いのかもしれないが、捨て置くにはどうも昼間のあの男は印象が強すぎる。
「シカイセン議長?」
だから当麻に尋ねる事にした。
その人物の人となりを、オペレーションルーム勤務ではあるが上層部にある程度繋がりのある当麻なら、自分よりも少しは知っているだろうと思ったからだ。
顎に細い手をやり、大きなタレ目をくるりと天井に向けて当麻は少し考えるポーズを取った。
「んー…ジジイだな」
そして考える仕草をやめた当麻の最初のコメントはコレだった。
「………………ほぉ」
「ヨボヨボの」
「…………そうか」
「その見た目から妖怪じゃないかって噂がある」
「…………他には」
「あ、」
「何だ」
「入れ歯なんだってさ。バダモン議長と違って」
「………当麻」
期待した以下の答えしか出てこないのはどういう事だろうかと征士は思わずコメカミを押さえた。
当麻のクセが最近、うつってきたのかも知れない。
「何だよ」
「私が聞きたい事がそういう情報だと本気で思っているのか?」
「…………議長以上のポストの人間を糾弾するのは総長か然るべき部署の人間にしか認められてないぞ」
それは過去の経験から作られた決まり事だった。
まだ生活が星にあった頃だ。短い期間に政に関わる人間が代わり続けた国があり、その度に政策が変わった。
大きな混乱は招かなかったが、しかし小さくとも何度も真逆の方針を採ると対応する他の国もその度に右往左往する事になる。
同じ事を繰り返さないためにも連邦政府では、議長以上のポストの人間を糾弾する役割は一部の人間だけに限定されていた。
「……そういうつもりではない」
「だとしても下手に聞いて回るのも嫌疑を持ったって突付かれかねない。性質の悪い議長ならこっちが犯罪者にされる」
「当麻、私はそういうつもりもない。ただ、」
「何だよ」
「……その、……名前を聞いて何となくどういう人物か知りたいと思っただけなのだ」
昼間の事は当麻に伏せてある。
どういうつもりであの男が自分に接触を持ったか知らないが、当麻ではなかった時点で少なくとも彼の耳に入れるつもりはないのだと判断した。
少なくとも、今は。
「何で」
「…………………………名前が気に入らんからだ」
苦し紛れで。
「はぁ?」
顔を顰められた。
当然だろう。
子供でもあるまいに。
だがここで引いてしまうわけにも行かず、征士はどうにか食い下がる。
「だから、…何となく、気に入らん名だから何故気に入らんのか自分なりに答えを見つけようと思っただけだ」
「………………。どういうコトが聞きたいんだよ」
「その…そうだな、議長になった経緯は?」
「シカイセンが議長を目指したのは連邦政府入りを果たしたかったから」
「何故」
「医療問題だよ」
「…医療問題?」
「そう」
シカイセンのいたエリアは元々連邦政府のあり方に反対していた土地だった。
基本的に加盟してしまえば過去は問わないのが連邦政府なので詳しい事は記録にはないが、どうやら当時の思想では受け入れられなかったらしい。
得てしてどこも最初はそういうものだ。
連邦政府に名を連ねることのメリットは食糧問題や医療問題がまず挙げられる。
政府の管理下にあれば物資が潤沢なため餓えや治療薬の不足による死は免れるのだ。
まだかのエリアが政府を受け入れていなかった当時、ある風邪が流行った。
政府の元にあればどうという事のない、薬を服用して養生していれば治る程度のそれは、そのエリアにとってはそうではなかった。
治療薬が圧倒的に不足していたのだ。
政府外となると流通ルートは限られるし価格も格段に跳ね上がる。
貧しくなくとも薬を手に入れる事は難しい。
大人しく寝て治った者も中にはいたそうだが、大半の子供がその当時に亡くなったという記録だけは今もある。
その中に、シカイセンの娘もいた。
彼はソレを嘆き悲しみ、それでも尚反対する周囲を説得して政府への加盟を果たした。
「反対があったのでは、シカイセン議長は地元ではあまり好かれていないのではないのか?」
「いいや、そうでもないみたい」
「……そうなのか?」
「うん。どう説得したかは知らない。でも議長に推薦される頃には、エリアの人間を綺麗に説き伏せて賛成に持っていってたよ」
「そうか」
「そう」
その時に何か強引な手に出たのだろうか。
だとしても気をつけるべきはシカイセン本人であって、征士がそう言われる理由など無い。
あの男のからかいを受けただけだろうかと考えたが、やはりそうは思えない。
「………当麻」
「なに」
「バダモン議長は…どういう人だ?」
「あの人は何でもオーバーで芝居がかった性格の人」
バダモンの話となると、当麻は毎回、面倒臭そうに言う。
「それは…解っている。彼が議長になったのは?」
「んー、そっちはシカイセン議長よりちょっと早い」
「確か彼のエリアは政府発足当時から、加盟エリアだったな」
「そう。よく解ってるじゃん」
「では彼は普通にエリアでの選出があったという事だな?」
「それも正解。バダモン議長の掲げてるスローガンは”テロリストの撲滅”」
「それは…どの程度の?」
「どの程度?…………心底、憎いからって言う程度」
憎いとは穏やかではない言葉だ。
征士が首を傾げると当麻が少し苦々しい表情を浮かべた。
「バダモン議長は昔、奥さんと一番下の子供をテロで亡くしてる」
「それは…」
だから、憎いのか。征士は納得が行く反面、では当麻はどうなのだろうかと思った。
直接ではないが彼の両親が亡くなった原因の中にはその存在がある。
過去に尋ねた事はあるがその時は、そんな感情があれば政府にはいないと彼は言っていた。
そう言ったのが彼の本心なのか偽りなのか未だに征士は知らないが、そういう感情で議長を務めている彼を当麻はどう思っているのだろうか。
そしてその一方で、そんな議長だからこそ、テロの影響で両親を失った当麻を気に掛けているのかも知れないとも考えていた。
「まぁ、そんなんだよ。議長それぞれの理由で、それぞれに真面目に勤めてくれてるハズなんじゃないの?」
当麻は軽く言って伸びをした。
そのまま征士の胸に背を預けてくる。
当麻の部屋のソファに2人はいた。
「ところで当麻」
「今度は何」
「先ほど議長を糾弾できるのは総長か然るべき部署の人間と言っていたな。公にはなっていないがそういう部署があるという事か?」
後ろから抱き締めて優しく髪を撫でながら聞くと、当麻の体が強張った。
「……………そう聞かれても俺は、さあ?あるんじゃないの?ってしか答えられない」
基幹システムや上層部にある程度繋がりのある当麻は、政府が表に出せない事も大概は知っている。
他の人間にこう尋ねられても堂々と、知るか、と嘘をつくのだが征士にだけは嘘を吐かない。
代わりに曖昧な返事をするだけだ。
だから今回の答えは、ある、のだろう。
「でもあったとしてもその部署の人数も、責任者も俺は知らない」
そしてこれは本当なのだろう。
「そうか。つまらん事を聞いて悪かったな」
征士は抱き寄せた頭に口付ける。
擽ったそうに身を捩った当麻が上目遣いで征士を見上げた。
本人は無自覚かもしれないが、この仕草にいつも征士は愛しさを感じる。
「ところでさ、再来週の墓参りなんだけど」
「ああ、水曜日だったな」
「休み取れそう?」
「取れそうも何も、お前がいなければ私は使い物にならんだろう?」
当麻としかペアを組まない征士は、彼がいなければ幾ら出動命令が下ろうとも動くことが出来ない。
他のオペレーターをつけて万が一にも優秀なハンターに怪我などさせては、それだけでもベースは痛手を負う。
それほどに、人手不足だった。
「じゃ、休みなんだな?」
「ああ。いつもの店で待っていれば良いか?それとも入り口まで迎えに行こうか?」
美味しい蕎麦を出す喫茶店は、前回の墓参りの時にも待ち合わせに使った。
「んー……あのさぁ」
「なんだ」
「その…次の墓参り、……征士も一緒に来てくれないかなぁ」
そう言って今度は胸に顔を埋めてくる。
その腰を征士は優しく抱き寄せた。
「………いいのか?当麻のプライベートだが…」
「うん。…どっちかって言うと、……一緒に来て欲しい」
まるで子供が親に甘えるような仕草を見せる恋人の口元にジャンドゥヤを運んびながら、征士は了承の意を返した。
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当麻を自宅まで送るのは毎日、上がっていちゃいちゃするのは時々。