スペース・ラブ
「キミ達って付き合ってるの?」
「………………」
「ああ」
昼時にたまたまを装って態と向かいの席に居合わせた伸が尋ねると当麻は頬を染めつつ俯いて黙り、征士は素直にそれを認めて、それぞれに肯定を示した。
季節は進み、そろそろ外も暖かくなってきて厚手のコートは不要になってきた頃だった。
大変動というほどではないが世間にはそれなりに変化があり、そしてベース内にも幾つか変化があった。
まず世間で言えば、連邦政府への加入エリアが増えた。
それも一気にゴッソリと。
今まで加入を渋っていたエリアの大半はテロリストを擁護していた土地が多いのだが、それがどういうワケか掌を返したように政府に賛同してきたのだ。
これにバダモン議長が、外交部門の頑張りが報われたと諸手を上げて喜んでいるというのを、ナスティは苦笑いを、そして朱天は真面目に畏まって、
それを聞いていた。
ベースのほうの変化といえば、先程の伸の言葉どおりだ。
もっと具体的に言うと、その言葉を”かける事”での変化があった。
前々から随分と仲の良かった2人が、どうやら噂ではなく本当に付き合っているらしい、というのはベース内で既に誰もが知っていることだった。
寧ろ遅いくらいだ。
周囲がやきもきする程の仲だった2人がついに、やっと、付き合った。
しかし付き合ったからと言っても彼らの行動は今までと大差ない。
そう言うとまるで慎み深いようにも取れるが、そうではなくて、ハッキリ言って前からイチャイチャイチャイチャしっぱなしだったのだから、
それが今更関係性がハッキリしたところで変わるワケがない。
いや、今まで以上に進化(と敢えて言おう)されたら、それこそ大迷惑である。
特に2人がよく一緒に居るオペレーションルームなど大大大大迷惑だ。
では何の変化か。
それは、当麻の態度だ。
征士に対する、ではなく、周囲に対する、態度だ。
付き合っているといっても何も変わっていない彼らの、唯一変わったこと。
それは、人から2人の関係について何か言われた時の当麻の態度だ。
仲良いねと言われただけでも赤面するし、先程の伸のように付き合いを確認しただけでも赤面する。
恋人を作っては別れ作っては別れ、そして挙句一夜限りの相手も何人いたか解らないような当麻が、征士の事を聞かれただけで顔を真っ赤にするのだ。
普段あれだけ人目を気にせず甘えておいて何を今更…という感じではあるが、周囲の意見はそちらよりも何よりも、
羽柴チーフって案外、初心。
というのが大半を占めていた。
それ程に当麻は変化していた。
そしてそれがまた結構面白いものだからある程度親しい人間にはすぐこうしてからかわれている。
「で、付き合ってるの?」
「……………」
伸が追及の手を緩めないでいると、当麻は真っ赤になって俯いたまま、隣に座っている征士を肘で突付いた。
「ああ。だから、そういう事だ」
答えることさえ恥ずかしがる当麻の代わりに征士が答えた。
だが伸はそれで引いてやるほど優しい人間ではない。
「征士はさっき返事したからノーカウント。当麻の答えが聞きたいナァ」
頬杖をつきながらニヤリと笑ったのだが俯いたままの当麻の目ではそれは見えなかった。
その代わりに綺麗に解されたサバの味噌煮が視界に割り込んでくる。
征士が骨を抜き、食べやすいように解してくれたものだ。
「…………相変わらず凄い甘やかしようだね…」
感心して良いのか呆れて良いのか悩んで、結局どちらとも付かない表情で伸はそれを見ていた。
人前でここまで甘やかされることには何の抵抗もないのに、付き合ってるのか聞かれただけで真っ赤になるだなんてどういう神経だ。
そう思わずにはいられない。
「ねぇ、当麻。僕の質問は聞いてるのかな?」
俯いたまま必死にサバを口へ運んでいる当麻に問いかけても、返事はない。
もぐもぐと一生懸命に口を動かしてさっさとこの場を離れたいようだ。
「当麻、もう少し落ち着いて食べろ」
水の入ったコップを差し出しながら征士が言う。
まるで親のようでもある。
などと思ってみても、無視され通しの伸は面白くない。
顔を真っ赤にしているのだから厳密には無視されてるとは言い難いが、返事がない事に変わりはない。
照れている当麻は面白いけれど、質問には答えろよと言うのが伸の言い分なのだろう。
「ねーぇ、当麻?征士もこう言ってるしゆっくり食べなよ。昼休みはまだまだあるんだから」
「当麻、きんぴらを残すな」
「……………ここの、あんまり旨くない」
「じゃあドコのなら美味しいの」
「征士が作ったの」
漸く喋った言葉に食いついて、けれどさり気なく話を振ってみれば間髪入れずに答えが返って来た。
それも、随分と可愛らしい答えが。
「っへーぇ、そお。征士が作ったのが美味しすぎて他のは食べれなくなっちゃったかぁ」
「…………っっ!!」
そしてすぐに、しまったと言わんばかりに当麻が耳まで真っ赤にする。
それが伸にはかなり愉快だった。
「…伸」
「なあに?」
「あまり当麻をからかうな。早食いは身体にあまり良くない」
「そんな事言って、キミ、アレだろ?当麻が僕を意識的に無視してるのが気に入らないんだろ?」
「……どういう意味だ」
「まんまだよ。キミ以外に意識がいってるのがそんなに気に食わないかなー」
「当然だ」
「………!」
伸のターゲットが征士に動いたが征士は相変わらず、どこまでいっても征士だった。
素直に認めた征士に、また当麻が反応して更に真っ赤になる。
これは面白い玩具だ。
伸は今後も活用していこうと密かに誓った。
「………っごちそーさま!征士、俺、仮眠室行ってるから!」
乱暴に箸を置いて席を立ち、去ろうとしてその際に一度立ち止まる。
そして伸に背中を向けたまま、
「俺が誰と付き合ってたって、いいだろ!」
と悔し紛れに吐き捨てて当麻は今度こそ去っていったが、項が真っ赤では何の迫力も効力もなかった。
もう30歳になって半年が過ぎようとしている男が今更好きだの何だのでこんなリアクションを返すのだから周囲は面白くて仕方がない。
そして、可愛くて仕方が無い。
元々が人よりも容姿の整っている、そして実年齢より若く見える当麻だから余計に可愛い。
ついからかってしまいたくなるものだ。
ただやり過ぎると壮絶な美貌の恋人に睨まれるので、引き際も大事だ。とても。
「後で宥めるのが大変なのだぞ」
さほど困ってもないくせに、と伸は心の中で舌を出し、だが表情だけは申し訳無さそうに取り繕った。
「ごめんごめん。だって当麻ってば本当、最近色々面白いからつい」
自分も食事を終え、伸と別れた征士は当麻の後を追って仮眠室へと向かった。
眠った当麻を起こすのも征士の役目だという事も変わっていない。
途中にあるブースに立ち寄っていつものようにコーヒーを入れる。
ミルクもシュガーも入れないそれを、征士が好んで飲むそれを、当麻自身は飲めないが香りは好きだと言っていた。
目覚めるときに仕切られた個室に仄かに漂うその匂いで、自分以外の誰かが居る事を感じるのだろう。
それが嬉しいというのを本人は言わないが、征士はきちんと理解していた。
カップに溜まっていく琥珀色をした液体を眺めていると突然背後に人の気配を感じて、征士は一気に振り返る。
「早いねー、反応」
ブースの入り口に立っていたのは、メール係の服を着た、だがその雰囲気はどう見てもそれに似合わないものを纏った男が居た。
「…………誰だ」
「どう見ても俺、お仕事中のメール係だろ。見たまんま」
「配達物を持たずに仕事をするメール係は見た事がない」
ふざけた口調の男を睨みながら問い詰めると、それを意に介さずに男はニヤリと口端だけを持ち上げて笑った。
そうすると頬に刻まれた傷が不気味に歪む。
「新人なモンで」
「嘘を吐け。何の用だ」
「ヤだなー、この人。会話を楽しもうって気配がまるでねぇな」
「何の、用だ」
どこか人を馬鹿にした態度を滲ませる男を、視線を逸らすことなく征士が睨めば男は肩を竦めて胸のポケットに手を入れた。
「稀代の天才の恋人とやらを拝みたくってねぇ」
「…………………」
「あんたら、結構な噂だぜ?」
それこそ、”上”が目をつけるくらい。
先程よりも抑えた声のトーンで告げられた言葉に、征士の眉が跳ねる。
「……何?」
「そうそう、俺、メール係だからさ。ホラ、コレ」
征士の反応を無視した男は胸ポケットから出した1枚の紙を、紫の目の前に差し出した。
触れるほどに近付けられ焦点が合わず、苛立った征士がその手から乱暴に紙を奪い取り、書かれた文字を確認する。
「……………。…何だ、これは………」
「そういう事、だよ」
「意味が解らん」
苛立った感情をそのままに男の胸に紙を押し返した。
「知らない?シカイセン議長」
「名前程度なら知っている。だが、」
「だから、”シカイセン議長から目を離すな”って事だよ」
「書いてあったままではないか」
「そ」
「…………冒頭の”闇”というのはなんだ」
「俺のことじゃねえの?」
「つまりお前宛のメッセージか」
「そーなるな」
「……私に見せても良かったのか?」
「俺が貰ったモンを俺がどう使おうと、それは俺の自由だろ?」
「…………バダモン議長も頭の痛いことだろうな」
”闇”に向けて出された極秘裏のメッセージの最後にはバダモンの名があった。
それが意味するところは解らないが、この自称メール係の男も螺呪羅同様に公に出来ない立場のハンターなのだろう。
年齢で言えば恐らく自分よりは年上だろうが、掴み所がなく不気味ささえ漂わす男はどう考えても螺呪羅のソレより性質が悪い。
今のところ自分に対しての敵意も、そして当麻に対する敵意も見えないが彼の意図は見えない。
解っている事はどうやらバダモンの指示を受けて動く立場にあるという事くらいだ。
だがバダモンも征士にとってはまだ理解し切れていない人物なだけに、男の言葉をどこまで捕らえて良いのか判断に迷う。
「まーそう身構えなさんなって。ホント、俺はあのカワイコちゃんがどんな男と付き合ってんのか見たかっただけだからさ」
紙を再び胸ポケットにしまいながら、男は征士の神経を逆撫でするような笑みを浮かべた。
「んじゃー俺もお仕事に精を出そうかなー」
言って歩き出す。
足音を一切立てずに。
「あ、そーそー」
ブースを完全に出て行く間際に”闇”は再び征士を振り返った。
「ホント、議長にゃ気を付けとくこった」
そうしてまた足音を立てずに、そして壁の向こうに消えると同時に気配さえ消して男は去ってっ行った。
*****
当麻を起こした後は周囲に人がいないのを確認して、ちょんってキスするのが常。