スペース・ラブ
「じゃあ征士はどうして欲しい?」
傍にいる事を受け入れた当麻が急にそう言い出したのに、今度は征士が首を傾げた。
「どうして欲しい、とは…どういう事だ?」
「だから俺は傍にいて欲しいって言ったけどさ、征士は?」
意味が解らない。
当麻が傍にいて欲しいと言った。自分は傍にいてやると言った。
では、どうして欲しい、とは?
「……?私は、当麻の傍にいたい」
「それじゃ駄目だ」
思った事を口にすれば即刻、断られる。
本当に、意味が解らない。
彼は酔っ払っているのだろうか。いや、充分に酔っ払っているだろうけども。
「傍にいて欲しいっていうのは、俺の望みだ。そうじゃなくて、征士は?」
「…私は別に」
「それじゃ駄目だ」
また。
「……何をどう答えればいいんだ」
「だから、それじゃ駄目だ、フェアじゃない。何かこう…俺の”傍にいて欲しい”っていう要求を飲むのなら、征士にも見返りが必要だ」
「………ああ」
そういうことか、と合点する。
しかし解ったところでどうしていいのかなんて解らない。
「何でも良いんだ。俺に出来る事で、征士がして欲しいこと、何でも」
「……何でも?」
「そう、何でも」
言って当麻が笑った。
邪気のない笑みだが、潤んだ目元では妙に艶がある。
それに征士の腹の底で何かが音を立てて蠢いた。
「何でも、いいのか…?」
声が掠れる。
出されたグラスが揃いの物でなかった事から、特定の相手が部屋に出入りしている事はないのだろうと当たりをつけていた。
だがこうして人を誘うのには慣れているような雰囲気がある。
それに、征士は妙に苛立ちながらも抑えきれない感情が沸きあがってくる。
否、その感情はもうずっと前から抱えていたものだ。
自分が気付かなかっただけで、もうずっと。彼を一目見たときからきっと。
「では…」
一夜限りの相手を、男を誘った事があるのだろうかと思うと急激に腹立たしくなるのは、きっと。
「当麻が、欲しい」
彼に、恋をしているからだ。
真剣に告げると、当麻がまた瞬いた。
今度は驚いた顔だ。それも、心底。
「…………そうくるか」
「お前が何でもと言ったのだぞ」
腰に腕を回すと抵抗はなかったが、当麻は少し考えるような仕草を見せる。
それを征士はじっと見つめ続けた。
「んー……俺、男は願い下げなんだよなぁ」
「…なに?」
ぽつりと呟かれた言葉に、思わず征士の声が尖る。
男は願い下げ。
という事は、少なくとも今まで男を誘った事はないのだと知る。
そして同時に、自分も恐らく”願い下げ”なのだろうと、残念な気持ちになる。
「でも、」
当麻が考えるのをやめた。
自分を見ている征士を、当麻も見つめ返す。
「征士なら、…いい、かな?」
男に口付けるのは初めてだったが、抵抗はなかった。
ゆっくりと味わうように唇を食み合うと、時折当麻から甘い声が漏れる。
それをもっと聞きたくて征士は執拗に舌を絡めた。
男とはした事がないから丁寧にしてくれよ。
当麻はそう言ったが、征士だって男は初めてだ。
別に同性愛に対して嫌悪感は持っていなかったが、その一方で興味も無かった。
単に今までがそうだっただけかも知れないが、それでも男の裸に欲情したのは初めてだ。
肌理細やかな肌は、まるで誂えたかのように自分の手に馴染む。
細い腰を強く抱いて胸元に口付けると仄かに甘い匂いがした。
そこに強く吸い付いて跡を付けると、また甘い声を当麻が漏らす。
本当に男は初めてなんだろうか。
その媚態に征士は思わず勘繰ってしまったが、その考えは後ろに指を這わせた時の反応で判断できた。
さっきまでの気持ち良さそうな反応とは明らかに違う、怯えた目。
「……優しくするから」
言ってから、何て安い台詞だと冷静な頭が思った。
それでもその言葉に当麻が頷いてくれた事で、そんな事を考える余裕がなくなる。
丁寧に、根気良く、初めての女を抱く時よりももっと優しく指を差し入れてそこを解す。
最初は苦しそうだった当麻の表情に愉悦が見えたのを機に、征士は指を増やした。
締め付けてくる肉の強さと熱さに、己の下肢に集まる熱を煽られる。
早く繋がりたい。そう焦る気持ちを抑えながら、丁寧に、丁寧に愛撫を施した。
「…もう、指、…いい……」
切なげに眉根を寄せて強請られる。
征士は当麻の膝の裏を支えて足を広げさせると、熱く滾った自身のモノをゆっくりとその体内に沈めていった。
「…ぅ…ん……」
苦しそうな表情に、悪い事をしているような気になるが、それでもやめようとは思わなかった。
狭い中を突き進んでその肉を味わう。
指を入れたときもそうだったが、締め付ける肉は熱くてキツイのに、柔らかい。
それが自身に絡みつき、まるで襞の一つ一つが意思のある生物のように甘く包み込んでくる様に、征士は息を飲んだ。
気を抜くと、一瞬で全てを持っていかれそうなほどの快楽。
すぐに動きたいほどの熱に流されそうになるが、当麻を傷付けたくはなかったから征士は暫くそのままで耐えた。
組み敷いた彼の表情を見ると、額に汗が浮かんでいる。
苦しいのだろう。
申し訳ないと思うが、だが同時にその表情に酷く煽られる。
抱きたい。
もっと、強く繋がりたい。
全てを、彼の全てを手に入れたい。
その感情を必死に押さえ込む。
大事な人だ。傷付けたくはない。
「せぇじ、…」
細い声で呼ばれる。
さっきまで苦しそうに閉じていた青い目がゆっくりと開いた。
「征士の、……いいように動いて、いいから……」
だから、と促されて征士は抑え込んでいた感情を剥き出しにした。
強く腰を揺らして快楽を求める。
当麻の表情をじっくりと観察して彼の悦ぶ場所を探しながら。
酸素を求めて薄く開いた唇に自分のものを重ねて、また舌を絡める。
喘ぎ声さえ奪うように激しく、けれど精一杯の愛情を込めて優しく。
自分の背中に回された彼の手が愛しい。
必死に縋りつく彼が齎した鋭い痛みさえも、愛しい。
「当麻、…とうま、とうま……っ」
何度も耳元で囁く。
愛しさが溢れて名を呼びたくて仕方が無い。
呼ぶたびに頷いて応える姿にまた熱を煽られる。
腰を揺らして、また口付けて。
「……………あぁ、…………ん、………だめ、俺、……イク……っ」
言った直後に当麻は熱を放ち、そしてそれに呼ばれて征士も後を追うように彼の中に熱を放った。
「駄目だな」
交合を終え、深い満足感と幸福感にまどろんでいると、突然当麻が言った。
「……駄目…、…?」
感情のない声で征士が返す。
駄目。
駄目、というのは…先程の行為のことだろうか。
思って征士は少なからずショックを受けた。
地元で征士はモテた。普通に女性からモテまくった。
そりゃ男を抱くのは初めてだったが女相手ならそれなりに経験もあったし、今まで誰からもそんな駄目出しをされた事はない。
自慢ではないが、寧ろ満足させてきた自信はあったほうだ。
なのに、駄目だと当麻は言った。
男は初めてだと言っていたが当麻の容姿から考えて、彼もそれなりに女性との経験はあるのだろう。
若しかして、その自分と比べて駄目、なのだろうかと征士は呆然とする。
「…うん、駄目だ」
言って当麻は痛む腰を庇いながら起き上がった。
それにつられて征士も起きようとする。が、それは当麻の手に遮られた。
「…?」
「征士、もっかいできる?」
できる、というのは、…それも先程の行為のことだろうか。
さっきからどうも当麻の言葉に主語がなくて理解しきれない。
いや、思い返してみれば飲んでいる時から彼は時々話が飛んでいた。それでも理解できたのに自分でも喜びを覚えたけれど。
…いや、今はそうではない。
兎に角もう一度できるかと聞かれれば、イエスだ。体力に自信はある。
素直に頷くと、当麻が突然、征士の下肢に顔を寄せた。
「………とうま!?」
そして征士のモノを咥え込む。
焦ったのは征士だ。憧れ続けてきた、何よりも大事にしたい想い人にそんな真似をさせたくはない。
慌てて彼の顔をそこから引き剥がすと、不服そうな目を向けられた。
「んだよ」
「いや、その……そ、そんな事をさせるワケには」
「駄目」
「何故、」
「傍にいて欲しいのは俺の願い。征士の願いは、俺が欲しいんだろ?」
「………ああ」
「なのに俺がヨくってどうするんだよ!お前がヨくなきゃ意味が無い!」
「…………………………は?」
呆気に取られていると当麻が再び征士を咥え込む。
天才だとは聞いていたが、まさか”こういう事”に於いても天才なのだろうか。
男は初めてだと言っていたのに何と言えば良いか、その、舌や唇の使い方が……巧い。
当麻によって征士はアッサリと熱と硬さを取り戻した。
このまま口でするつもりなのだろうかとボンヤリ考えていると、ソコから口が離れる。
「………当麻?」
「じっとしてて」
まるで悪戯をする子供のように笑った当麻が、征士の下肢を跨いだ。
「…おい、」
まさか、と思っている征士の予感は当たった。
当麻は自らの後ろに征士をあてがい、そしてゆっくりと身を沈めてくる。
やはりキツいのか、時折苦しそうに眉根を寄せるが、それがまたひどく扇情的だ。
「…………ふ……ぅ、…ん」
全て納めきると当麻は一度俯き、そして顔を上げた。
征士を見ている。それも挑発的な目で。
「俺が動くから」
そう言って当麻が腰を揺らし始める。
さっきとはまた違った角度と強さでの締め付けに、征士はすぐ快楽に流された。
自分がさっき胸につけた跡と、そして同じように熱を持ち勃ち上がったソコを見せ付けるように彼は腰を使う。
「…………………うぅ…っ」
達したばかりのそこが敏感だったこともあって、征士はアッサリと当麻の中に2度目の熱を放った。
一滴も残さず当麻はそれを征士から搾り取ると、まだ肩で息をしている征士を満足そうに見下ろす。
「……もうイっちまうなんて…そんなにヨかった?」
何度も思う事だが、本当に男は初めてなのかと疑いたくなるほどの媚態だ。
いやらしくて卑しくて淫らで、そのクセ美しい。
クスクスと笑う当麻がほんの少し憎らしくて、自分だけがイかされた事が何となく気に入らなくて、征士はまだ硬さを失っていない
当麻の下肢に手を伸ばした。
「……ぁっ…!」
少し乱暴に擦り上げると当麻も呆気なく達した。
そして未だ征士を咥えたままの後ろがビクビクと収縮を繰り返す。
その締め付けに、また征士の熱が集まり始めた。
「……あ、…ん!」
征士は有無を言わさず身体を起こして当麻を押し倒し、自身を抜かずに組み敷いた身体をひっくり返した。
獣のように背後から圧しかかって後ろを犯す。
前の膨らみに手を回して揉みしだけば当麻もまた熱を取り戻した。
「…あ、……ああ、…あ、…あ、あ、あ……っ」
啼き続けた喉は嗄れてきているが、艶は増している。
それに誘われて征士が激しく腰を使えば、組み伏せられたままに当麻も腰を揺らして征士を貪る。
激しい欲を剥き出しにした3度目の交合は、2人同時に果てることで終わった。
流石に3度は疲れた。
互いに荒い息を吐きながらベッドに横たわっている。
だが征士はある程度のところで無理矢理に身体を起こした。
そして当麻の下肢に手を伸ばす。
「…せいじ」
非難がましい声を出した当麻に、征士は苦笑を零した。
「そうではない。後処理を…」
後から思い出せば自分たちはゴムを使わなかった。
当麻の中は今頃グチャグチャのはずだ。それを気遣って征士が処理を申し出たが、その手を当麻が阻んだ。
「当麻、」
「いいから。もう、疲れた。…寝よう」
「しかし」
「いいから。代わりに明日、朝飯作って」
「………」
「美味しいのがいい。言ったろ?料理の上手い、美人が良いって」
幸せそうに言葉を紡ぐ彼はもう相当眠たいのだろう。
瞼が下りている。
口元に浮かんでいる笑みを見て、征士も安心してまた身体を横たえた。
胸元に擦り寄ってくる綺麗な青い髪に指を梳き入れて、そこに口付けるとくすぐったそうな笑い声が聞こえた。
「…おやすみ、当麻」
「うん、おやすみ…………征士」
時計はとっくに夜中を回り、日付は既に当麻の誕生日になっていた。
*****
30歳のお誕生日。