スペース・ラブ



午前中は会議室らしき場所に、征士と同じように研修で呼ばれたハンターたちが集められ、そこで都市部で起こっている
犯罪の傾向や件数、それらへの対処などの説明を受けた。
午後にはトレーニングルームにあるシミュレーション設備を使っての演習。
地元で聞いてきた話と少し異なる研修内容に征士は首を捻ったが、よくよく考えてみれば自分の勤務しているベースの支部長も、
実は地方採用のハンターだ。
彼もあまり本部の事というのには詳しくないのだろうと、その疑問は忘れる事にした。

本部の設備はどれも支部には無いものだった。
他の地方がどうかは知らないが、征士の地元は特に犯罪件数が少ない。
隣のエリアからの応援要請を受けて出動する事はあっても、そこもあまり拓けた土地ではないから、やはり高が知れている。
それに比べてやはり都市部は犯罪件数も、内容も地方とはかけ離れたものと言うのは午前中の説明で充分に理解していた。
確かに危険度の高い任務が多いのだ、トレーニング一つにしても他とは緊張の度合いも違うのだろう。
やりがいも、そして意識としての張り合いもあった。
ある程度のところで力はセーブしていたものの、それでもある程度思い切り身体を動かせると言うのは不謹慎かもしれないが楽しくもあった。



実働内容としては初日は半分程度のものだったが、明日からの3日間は使用する設備も、内容ももう少しハードになると言われ、
何人かがウンザリとした溜息を吐いたが、征士は全く意に介さなかった。
ただ研修としての意図が読めないのには困惑してしまう。

恐らく現場に出る事はないのだろう。昼間の演習で痛感したが、今のまま出ても足手纏にしかならないのは目に見えていた。
だが、初日を含め4日もあるのだから後半の2日くらいは出る事もあるのかもしれないと思っていた。
しかしどうもそうではないらしい。
現場に出るという事はオペレーターが必ずつく事になるが、最初の説明会の時点でそれに関しての説明が一切なかった。
配布された書類を見ても4日間の内容はどれも演習とトレーニングばかり。
一体この研修の意味は何処にあるのだろうかと不思議に思っている征士の気持ちが解ったのだろうか、
今日の分の研修を終え、本部側が用意してくれた、ベース内にある宿泊施設に向かう途中で誰かが「此処だけの話」と零した。


「此処だけの話、研修ってのはただの名目で、本部に転属させるハンターを選ぶのが本来の目的らしいぜ」


ここだけの話というものは得てして根拠のない噂が多い。
だがこの研修内容からすると、案外その可能性は捨てきれないものだった。

あまり思い切り動かんほうがいいかも知れんな。

征士はこっそりと思い、明日からはまた少し手を抜いておこうと考え始めていた。
別に本部への転属を言われても断れば済む話だが、それでも面倒なものは面倒だ。
出来れば平穏に生きていたい。
その為にも目立つ事は避けたかった。



長い廊下を歩いていくと、エントランスの上部に出た。
階下にあるエントランスから笑い声が聞こえてくる。
今日の勤務を終えた者達がこれから食事にでも行こうかと言う話をしているようだった。
その中でひと際楽しげな笑い声をあげ、ナチョスの食べれる店がいい!と言っている人物に、征士の意識が向く。
青い髪の、ほっそりとした後姿。
珍しい色味の髪以外は何という事はない、普通の職員のようだったがその姿から目が離せない。
楽しそうに笑っているのに、その背は酷く寂しげに見えた。

ちぐはぐな人間だ。

征士はそう思った。
発着場で見た、他人に無関心な人の群れを思い出す。
地元では考えられないことだったが、都市部では誰かといても常に寂しい気持ちは消えないものなのだろうか、そう考える。


「…噂じゃあの人らしいぜ」


先程の、此処だけの話を持ち込んだ人物が再び口を開いた。
それに足を止めて征士が振り返る。


「何のことだ?」

「薬の開発者」


征士が聞き返した事をきちんと解ってくれたようで、彼は顎をしゃくって下の一団を示す。


「あのスペース・ラブの開発者。あの青い髪の人だって俺は聞いた」


どこで、という問いよりも先に征士の中で何かが蠢いた。
もう一度階下の人物を見る。
青い髪のほっそりとした姿。
顔は見えないが声の感じや歩き方からして、自分と年が変わらない、若しかしたら年下の可能性もある人物。
それを確認した途端、征士の中で蠢いた何かは急速に育ち始め、もやを纏った姿になっていく。


「彼が……?まだ若いように見えるが…」


心なしか声が震えた。
しかし話し相手にはそれは伝わらなかったようで、彼は階下を見たままに話を続ける。


「そ。若いんだって。若くて天才」


凄いよなーと彼は呟いた。
若くして地位を得て賞賛も得て、しかも男女問わずモテモテだ。人生勝ち組だね。
そう揶揄するように言っている彼の声が征士にはもう遠くの物のように感じられていた。


自分とそう歳の変わらない姿。
両親を献体に出したという開発者。

まさか、と思う。
違って欲しい、と願う。
ただの偶然であればいい。自分と歳の変わらない人間など世の中には幾らでもいるのだと征士は気を静めようとした。




嫌な予感がした征士は部屋に戻る前に資料室へ寄り、許可を得てある資料を持ち出した。


部屋に入るとまずシャワーを浴びて疲れを落とし、そして心を落ち着けて資料に手を伸ばす。
資料の表紙には「T-54739451型」と書いてあった。
それにざっと目を通していく。

ある研究者が”プリンセス”の発祥地を特定した。
だがそこに向けて出発した研究者とハンター6名はマシントラブルにより帰還が不可能になった。
それから10年ほどの歳月が流れ研究者の息子が政府の職員となり、そして10年間宇宙を漂い巨大な棺と化していた船の
発見に成功した。
船は無事に回収され、中を検めると殆どの乗組員は白骨化していた。
「ある1組」を除いて。
それが研究者とその妻でもあるハンターだった。
船の回収も検査も、彼らの息子である職員が参加しており、全人類を思いやった彼の英断により夫婦の遺体はすぐさま献体に回された。
そしてそれを解析した結果、T-54739451は無事に開発され現在に至るという、極めてシンプルな内容の資料。

だがそれは征士に衝撃を与えるには充分過ぎる内容だった。

過去にニュースで見た、1人ぼっちになってしまったという少年。
両親を献体に出したという開発者。
そして、人に囲まれて笑っているのに寂しそうな後姿をしていた青年。

それら全てが同一人物だと知って征士は思わず天を仰いだ。
あの後姿を思い出して、手が震えてくる。


誰もが拒んだ献体。
征士もその1人だった。
時間ばかりが流れ、そして被害は拡大し続けたが薬が開発されたお陰で今では何の脅威もないウィルス。
薬が開発され妹の皐月は無事に目を覚まし、征士は最後の家族まで失わずに済んだ。
他の家族に関して悲しみは消えないが、それでも彼らはもう土の中で安らかに眠っている筈だ。

だが、彼は違う。
3人だけの家族で両親を失い、そして再び会えた両親を全人類の為に政府に差し出した。
彼の両親はきっと政府によって立派な墓を立てられたことだろう。
だがその石の下には何もない。

それを思うと、征士は震えが止まらない。

1人ぼっちになった少年から、帰ってきた家族を奪った。
献体を拒んだのは何も征士だけではない。当時の被害者の家族、全てだ。
だから征士1人が責任を感じることはないのだが、それでも彼から家族を奪った一端を担っている事に変わりはない。


「…………そんな」


薬の開発者には感謝していた。
だからこそ何か役に立ちたいと思い、自分に出来る範囲ではあるが万年不足気味のハンターになる事を決意した。
妹の命を救ってくれたことへの恩を少しでも返せればと思ってもいた。
だが、当の本人を目の当たりにすると言いようのない感情が芽生えてくる。

笑っているのに寂しげな背中。
当然だ、もう何年も彼はずっと孤独なのだから。
開発者としての名は資料の中でも伏せられている。
それが当人の強い希望だというのは昔聞いたことだ。
彼を直接知っている人間でも、若しかしたら彼が開発者だと知らない者もいる可能性だってある。


家族を取り戻せる。それを素直に有難く思えないのか。

そう言った過去の自分を罰したい。
あの時は何も知らなかった。
彼が孤独に陥ったことも何も知らずに、ただ妹が助かることを喜んでいた自分。

自分ばかりが悪いのではない。それは解っている。
だがそれでも、あの背中に気付いてしまった。

脳裏に焼きついて離れない、鮮やかな青い髪とほっそりとした後姿。


不意に、守ってやりたいという感情が形になった。

ハンターベースの、それも本部にいるという事は彼は恐らく士官学校卒で、ハンターとしても並以上の能力はあるのだろう。
それは解っているが、それでも彼を守ってやりたいと思った。
あんなにも寂しそうな背中をしている彼を、寂しい思いをさせないためにもすぐ傍で。
これ以上、悲しみを背負わないで済むように、すぐ傍で。


その思いはやがて決意に変わっていく。

妹の事は確かに心配だったが、彼女は何れ家族を持つ事になるだろう。
ならば自分が傍にいなくても大丈夫な筈だ。
だったら自分は……



征士は資料をデスクの上に置くと、その日はもう休む事にした。
翌日からは思い切り身体を動かせるように身体をベストの状態にしておきたい。

ベッドに身体を横たえ目を閉じた征士は、もう一度あの後姿を思い浮かべてから眠りに就いた。




*****
名前も知らないその人の後姿。