スペース・ラブ



「おはようございまーす」

「おはよーっす」

「…ざいまーす」


職場に着くと同室の仲間達がそれぞれに挨拶をしてきたのに対し、当麻もいつものように適当に、ああ、とか、おーっす、と返した。
腰は普通に歩くだけでも痛み、本当は辛かったけれどそこは相手への怒りや昨夜の自分の失態への怒りで押さえ込んで、
極力平静を装い自分の席に着く。


「チーフ、」


呼ばれて顔を上げると数人のオペレーターの女性陣がニッコリと笑って並んでいる。
ソレを、やっぱ女の子の方が絶っっ対イイよなぁなんてしみじみ思って見ている当麻の目の前に、1人の子の手が突き出された。


「お誕生日、おめでとうございまーす!」


せーの、の掛け声で向けられた言葉に驚いてよく見ると、目の前にはラッピングされた包みがあった。
驚いて目を見開き、そしてそれを受け取ると彼女らの笑みが深くなる。

やっぱり、絶対、何が何でも女の子。

職場内でそういった関係になるのは面倒が付き纏いそうなので避けはするが、愛らしく微笑まれると可愛いと思ってしまう。
当麻は密かにそんな事を考えつつ、こちらも笑顔で礼を述べた。


「覚えててくれたんだナァ…嬉しいよ。…これ、開けていい?」


黙って表情を失くせばその独特の色をした目はとても冷たく、整った容貌は理性以外何も見えずに近寄りがたさしか生まないが、
少し相好を崩すだけでとても可愛らしい印象を与えるのが当麻だった。
素直に喜ぶ彼の姿に、彼女達がキャアキャアと喜びの声をあげて、いいですよ、と口々に言う。


「お、これは…」


触り心地も随分といい、小ぶりの枕だった。


「チーフ、よく仮眠室以外でも寝てるじゃないですか」

「だからそういうの、あったら楽かなって」

「アイピローもついてますよ!」

「……俺のイメージって寝てるトコばっかかよ…」


確かに自分は休憩時間に眠る事がよくあるが、だからと言ってそういうイメージしかないのもどうだと肩を落とせば、
それにも彼女らは黄色い声を上げて喜ぶ。


「違いますよー、チーフ、いつも疲れてるだろうなって思うから、ですよ!」


その中でも一番年長の言葉に当麻は上目遣いで彼女らを見上げ、態と甘えるような視線を向ける。


「…そう?じゃあその言葉を信じていいんだな?」


すると彼女らは、可愛いー!と言って頷いた。
こう言われるのを解っていて当麻はそういう顔をしてやったのだ。
本当は可愛いよりカッコイイという評価の方が断然嬉しいが、まぁこうやることでチーム内が潤滑に動いてくれるのなら
幾らでも自分は甘えたりしますよ、というのが彼のスタンスだった。



人類が母なる惑星と呼ばれた星を捨て、生活の場の全てを宇宙に移し終えたのはもう200年以上前の話だ。
全人類が完全に脱出を図るまでの年数はもっとかかったが、宇宙に作られたコロニーでの生活は概ね順調にいっている。
ただやはりエネルギー問題や未開エリアでの権利争いなど問題は山積みで、それらを纏めたり解決したりする組織は当然必要になる。

当麻が所属しているのは所謂”宇宙政府”なんて子供達が呼び合っている、ここでの最高権力が管轄している内の1つで、
法の下に争いごとを捌いたり、違法者をハンターと呼ばれるエキスパートが捕らえたりと、嘗ての警察近い組織だが、他にも医療部門、
外交部門と、何故か1つの機関に全てがごた混ぜに集まっているという、当麻に言わせると”闇鍋”みたいな機関だった。
それこそ機関に所属していても全ての部門を把握していない人間がいても不思議ではないのだという。
その中でも当麻が取り仕切っているのはオペレーション部門で、他の部署への指示の他にサポートなんかもする、頭脳労働者たちがいる部屋だ。
当麻はまだ年若いのにそこの責任者を担っていた。

若いのに、というのは誰もが解っていることだったが、それは当然のことだった。
当麻は天才で、この機関を支えているマスターブレインを作った人間の1人だ。
それを扱えるのは勿論、当麻以外にもいるが、やはりそれはメインで作った本人が一番詳しい。
ではメンテナンス部門には行かないのかとなるが、当麻は頭の回転が恐ろしく速い。
現場に出て実戦を担当するハンター達への指示をするのがオペレーション部門の任で、そこで求められるのは瞬時の判断だ。
一歩間違えば大事故や、貴重なハンターの損失に繋がりかねない。だからこそ当麻のような人物が必要になってくる。
実は当麻は実戦だって一般ランク以上にこなせるが、ハンターとして出る事はない。
もしも万が一、ベースが襲われた場合の時に対応する人間が必要になる。
そういった面でも当麻はベース内に必要だった。







「やあ、当麻。ようこそ30代へ」


にこやかに現れたのは医療部門に所属している伸だった。
1つ上の彼には何かとからかわれる事が多いが彼が嫌いなわけではなく、だがだからと言って得意なのかと言われれば少し悩んでしまう人物だ。


「………どうも」

「なんだい、その顔。祝ってあげてるのになぁ……」

「いや、……うん、ありがとう」

「わあ、適当な対応だ。何だよ、折角こういうの用意してあげたのに……要らないのかなぁ?」


そう言って目の前に出されたバスケットからはいい匂いがしてくる。
朝食はちゃんと食べた当麻だが、細く繊細な見た目を裏切って実は大食漢の彼はそれにすぐに反応してしまう。


「……!!!要る、要る要る!!」


あからさまなリアクションを見せる当麻に伸は笑いを誤魔化しもせず、優しい手つきで当麻にそのバスケットを渡した。


「フィナンシェ。焼いてきてあげたんだよ?」


ほら、感謝は?と目で聞かれて何度も首を縦に振っているが当麻の視線は既にバスケットにのみ注がれている。
伸は料理上手なのだ。
その彼の作るお菓子の類は甘いものが大好きな当麻には堪らん!代物で、もう何度もこうして貰っては、その度にあっという間に平らげてしまう。


「ありがとっ!た、食べていい!?」


バスケットの蓋を開け、我慢できませんという顔で伸に聞いたが、何故かその蓋は彼の手でやんわりと閉じられお預けを喰らう。


「………え、駄目?」

「食べてもいいけど、……新人さんの相手をしてから、ね?」


言われて思い出す。
そうだ、今日は新人のハンターが入るから自分がオペレートするんだった、と。
折角焼きたての美味しそうな匂いを立てているというのにそれがお預けだなんて本当に今日は朝からツイていない。


「おーす、とうまーいるかぁ?」


新人に罪はないがその相手を恨めしく思っていると、メカニックチームの秀が部屋に入ってきた。


「いるよ」


面倒臭そうに返事をしたがそれに頓着せずに秀が手を振って人好きのする笑顔を向けてくる。
がっしりとした体躯の彼も、当麻と同じように実戦に出られる実力はあるが内部に留まっている人間の1人だった。


「おう。今日入った新人、連れてきた。あっちこっちに挨拶してきてココが最後だってよ。ほら、コイツ、ここの責任者」


朝から自分の関わる部署全てに挨拶をして回るのが新人の最初の仕事で、そして最後がオペレーション部門というのも常だった。
他はただの挨拶で済むが最後に回る此処で組織としての話や、ハンターとオペレーターの関係の話をする必要があるためだが、
それがまた面倒なのだ。
だから当麻としては本当は他の誰かが担当してくれると嬉しいのだが、当麻の説明が一番簡潔でそして解り易いのだから仕方がない。

早く済ませてコレを食べよう。
そう心に誓った当麻はとっとと挨拶をするべく痛む腰を庇いながら椅子から立ち上がった。


「初めまして。オペレーション部門チーフの羽柴とう……」


光のキツイ廊下から入ってきた人物に自己紹介しながら手を差し出した当麻は、そのまま固まってしまった。
名乗りが途中の事も、出された手も中途半端な位置で止まっている事も気にせず、新人はその手を取り口元に笑みを浮かべた。


「初めまして、伊達征士です。これから色々とお世話になると思いますがよろしくお願いします」


大きくがっしりとした、けれどとても優しいその手の感触も、壮絶すぎる美貌も、忘れるわけがない。
いや、これで忘れていたら脳の機能に支障をきたしているとしか思えない。
何故なら。


「お、………まぇ……っ!!!!」


今朝、会ったばかりの男ではないか。
おいしい朝食を作ってくれた、自分を抱いたとかいう、しかも後処理もしていなかった、あの。


「あれ?何だよ、知り合い?」


当麻の反応を見た秀が不思議そうに首を傾げる。


「いいえ、初めてです。そうですよね?」


だが征士と名乗った男は相変わらず綺麗な顔のまま、しかしどこか他の返事を許さないような顔で当麻に同意を求めてくる。
それに当麻のコメカミがひくついたが、どうにか作り笑いを顔に貼り付ける事には成功した。


「そうです。初めてです。こんな人、知りません」


言葉の棘は隠し損ねたけれど。
隣に立っている伸は、ふうん、とどこか疑いの目を向けているが、単純で人のいい秀は、そっか!と気にしていないようだった。
兎に角この場をとっとと流して、さっさと説明してコイツと離れて、それからフィナンシェ!と胸のうちで叫んでいる当麻を、
やはり伸は見逃さなかったのだろうか、単にからかいたいだけなのだろうか知らないが、そうそう、と手をパンと鳴らして割って入った。


「えぇっと、征士、だっけ?そう呼ぶね。良かったね、征士!」

「どうぞ、お好きに。……何が良かったんでしょうか?」

「当麻ってばさ、凄い面食いなんだよね!」


お前、何余計な事を…!と当麻が彼を止めようとしたが今度は反対側から声が上がる。


「そうそう、当麻ってばよー、昔っから面食いで付き合う女、付き合う女、みぃんな並以上!な!?」


いや、な!?じゃねーし!とか言いたいがそれよりも何よりもちゃんと言うべき事はある。


「俺は確かに面食いだけど、男は趣味じゃない!」

「ヤだなー、何言ってるのキミ。案外古い男だねぇ……」

「そーだよ。それにお前、同じ仕事するんでも目の保養はあった方がいいんじゃねーの?」

「そういう問題じゃねぇよ!大体仕事にそんな私情は挟まないって!」

「アハハハ、照れてる照れてる」


一生懸命言い募ってみても2人相手では分が悪い。
ましてや相手の1人は伸だ。不利過ぎる。
仕事に私情を挟まないのは本当の事だし、面食いも本当のことだし、それに目の保養はあるに越した事はないが、
今はその事を、この男の目の前で言われたくはない。
いや、言っちゃいけない事なのだ。…と思う。


「では私は彼のお眼鏡にかなったのでしょうか?」


……………………。
”思う”は撤回。言っちゃいけない事”だった”。


「うん、僕が見る限り、合格どころかドストライクじゃないかな」

「違う!!!」

「んでだよ。美形だぞ、コイツ」

「だから俺、男に興味はないってば!」

「僕に結婚してーって言ったくせに」

「それはお前の、料理をする腕だけ!」

「俺にも言ったなぁ、そう言や」

「お前も料理できるから!」

「だってさ。征士、キミはどう?」

「ある程度は出来ます」

「お、じゃあ良かったじゃん、当麻、ホレ、ついでだから言っとけよ」

「何をっ!」

「結婚してーって。美形だし、いいじゃない。キミ、こういう顔好きだろ?」

「だから、コイツ、どう見ても男!!!」

「何ムキになってんだよ、冗談じゃねーか」


その体躯に似合う大らかな声で笑いながら秀が当麻の背をバンバンと叩き、その勢いで今は踏ん張ることの出来ない当麻の身体が
よろついて倒れかける。
それを握手したまま手を離していなかった征士がそっと抱きとめた。


「…大丈夫ですか?」


さり気なく腰を撫で擦すり、意味ありげな視線で問われて当麻の顔が赤くなるが痛む身体では咄嗟に身を離す事も出来ない。
悔しさに歯を食いしばり、


「テメェ……………慣れてきたら一番過酷な現場に放り込んでやる…」


と悪態をつくことでせめてもの憂さ晴らしをはかるのだった。




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これはSFですか?宇宙とか言ってるので多分、SFなのかと思っていますが。