スペース・ラブ



バダモンの用件が当麻の出張話だというのを、征士はその後の何て事のない会話から知った。
用があれば来る。なるほどな、と思うが完全に納得は出来ない。


「…それは議長が態々持ってくる話だとは思えんのだが…」


言えば当麻も同じ意見らしく、あからさまに溜息を吐いて面倒臭そうにした。


「だろ?だから、そういうトコロがあの人だってんだよ」


だからと言われても征士は会ってまだ1日も経っていないのだからそう言われても同意は出来ないが、何かあったのかとは思う。


「で、出張の用向きはなんだ」

「本部との通信部分に外部からのアクセスの痕跡あり。大した事じゃないかもしれないけれど、前にココに入り込んだのと手口が似てるから、
一応見て来いって」

「当麻がか?」

「そう」

「情報総括部門の人間でもないのにか?」

「そう」

「オペレーションルームの仕事があるのにか?」

「そう」

「何故」

「俺に聞くなや」


言ってまた、面倒臭そうに手にしたマグのカフェオレを飲み干す。
征士が部屋に来た時に飲んでいたカフェオレは、征士の登場によってあっさりと見捨てられてしまった。
今飲んでいるものは征士に入れてきてもらったものだ。
曰く、やっぱりお前が入れた方が旨い、と言って。
征士はそれを、入れてくれた人間に失礼ではないのかと思う反面、言いようのない優越感を感じながら聞いていた。
因みに最初にあった分のカフェオレは現在、征士の手元にある。
当麻用にと入れられたそれは征士には非常に甘く、数分前にエクレア(エクレール・オ・ショコラと言わないと当麻に睨まれる)を
食べたばかりの征士には、ただの拷問に等しい甘さだった。


「そもそも一応とは何だ」

「俺が知るか。大体、前と手口が似てるって言ったって、正直珍しいことじゃないのにさ」

「前はあんなにキレていたのに今回は随分冷静だな」

「アレは本部に侵入するにはお粗末すぎるから。地方じゃなくたって支部のベースにならああいう侵入方法は珍しくない」

「把握しているのか」

「それなりには。大概が、っしょーっもない、くっだんないような理由だ」

「なのにお前に行けと?」

「そう」


まぁ地方に行くとたまぁに特産物にありつけるからイイケドさー、と当麻は渡されたデータを眺めている。

星にいた頃に比べると流通は随分とよくなっているために、特産物というものは実は少なくなっている。
土地の改良も農産物の品種改良も進んでいるし、養殖技術も過去に比べれば格段に飛躍した。
食糧問題は連邦政府内においてに限れば、ほぼ解決されたと言っても過言ではない。
誰もが平等に、まんべんなく味を楽しむ事が出来る。
しかし、どこにいても同じようなもの食べられるというのは贅沢なようで、案外退屈なものだ。

だが稀に、流通に乗らない、そして技術としても広まっていないものが、本当にごく稀にあったりする。
それは存在自体も情報として流れる事が少ないし、土地の者たちも珍しいと思っていないから外に向けて発信しない。
それらは実際にその土地に踏み入れるまで発見されないことが多く、食道楽でもある当麻はどうやらそれが楽しみらしい。


「で、何処へ行くのだ?」


同行を申し出たいところではあるが流石にそこまで公私混同はできないと解っている征士は、行き先だけでも知ろうと尋ねた。
だがその直後の当麻からの返答に目を見開き、固まってしまった。


「……?聞いてた?」


様子のおかしい征士の前でひらひらと手を振りながら尋ねるが、ああ、と上の空の返事が返ってくる。


「おーい、無駄に美形、ホントに聞いてるか」

「……聞いてる」

「ホントかよ…はい、じゃ、俺が出張に行くところ、復唱してみろ」


言われて呆然としたまま、だが征士はそのエリア名と区分分けされた区画の数字を返した。


「正解。何だ、聞いてんのか」

「聞いてると言った」

「じゃ何、そのリアクション」

「何も、なにも……………」


征士は何度か瞬きをしてから、ゆっくりと当麻の両肩に手を置いて深呼吸をしてから。


「…そこは私の地元だ」








というワケで当麻は現在、征士の生まれ育った土地に来ていた。

此処には生まれも育ちも都市部の当麻には珍しいほどに緑が沢山ある。
人工的に作ったとはいえ山があり、畑も意図的に多い。

嘗て星にあった頃と同じように”田舎風景”を残そうと言うのはコロニー計画の最初からあったものだ。
どうあっても人には剥き出しの土や深い木々は必要だという事は、過去で散々に学んだ。
しかし便利な生活を捨てることも出来ない。だから都市部だって必要だ。
結果として、コロニー全体はまるでグラデーションのように中心部に近付くに連れて緑が減っていく作りを取ってある。
山岳地帯もあれば、これも人工物だが海の多いエリアもある。
これらに対して新たに土地開発することは協議の結果既に決定されているために、手出しは出来ない。
そこには持ち込まれた様々な動植物たちが生息していて、それを無闇に捕獲することも当然、禁じられている。
だがどうしてもそれを欲する者はいるし、裏取引もされる。そうなれば勿論、対価も高額になってくる。
密猟者と呼ばれる者がいれば、それを取り締まるハンターもいる。そこに所属するものは一般的にはレンジャーと呼ばれた。
だがこの土地にはそれらさえ無さそうだ。只管に平和で、長閑で、時間の流れがゆったりとしている。

征士の生まれ育った土地は山岳地帯でもなければ海浜地帯でもない。
只管に緑の平原が広がる、長閑な土地だった。
過去に此処が、テロリストの標的になったことも既に当麻は知っている。
征士の家族のこともそのついでで知った。
そして彼に唯一残された妹が、自分の開発した薬で助かった事も。


「こういうトコロって、美味しいモンがあったりするんだよなぁ…」


思考と関係のない事を呟きながらも、当麻は複雑な気持ちになっていた。

征士はとても優しい。
何が目的かは知らないが、とても優しい。
最初はあの夜の事に関係するのかと疑い警戒したが、そうでもない。
両親の事を知っているような風ではあったから、勝手に作り上げた偶像を重ねて敬愛されているのかとも思ったが、それも違う。
では何が、と思っていたら、これだ。

もしかしたら征士は、妹の事を感謝しているから優しいのかもしれない。
それは当麻の家族の犠牲があったからこそだと知っているから、余計に。

そう思うと何だか胸が苦しい。
両親と同じ目を、征士がしていた時も胸は痛んだ。
あの時以来、征士とは順調に対等な関係を結んでいるつもりだ。
だが征士の根底にその思いがあるとすれば、それは既に食い違っているものになる。

結局、自分は誰からもきちんと愛されないのかもしれない。


沈みそうになる気持ちを振り切って、当麻は長閑な景色の中に不自然に厳めしい概観を見せるベースに足を向けた。






「そういうワケですので、…正直、本部の方に来て頂くほどのことでもないのですが…」


申し訳無さそうに言ったのはベースの所長で、当麻より随分と年上の人物だった。

例の侵入の件は、蓋を開けてみればやはりただの子供のイタズラに近いものだった。
ちょっと知識を持った輩が自分の腕試しに、しかし本部を相手にするのは恐ろしかったのだろう、長閑で暢気な近場のベースを狙っただけだ。
間違えて、運悪く、偶然にも相手は本部との通信部分に手を出してしまっただけで。
犯人は既に挙げられているし、本人からの自供も反省も得られている。
幾ら支部のベース、それも田舎とは言え本部とのデータの遣り取りだってあるのだから、セキュリティは本部と同じものを採用している。
そう簡単に入れるわけなど無いという事さえ解っていないような、井の中の蛙が引き起こした、ただの”イタズラ”。

事の顛末を、暢気にグリーンティを飲みながら聞いた当麻も、ですよねー、と困ったように笑って答えた。


「すいません、却ってお気を遣わせてしまいました」


本部の、それも基幹システムに関わった人間が来るぞという話は小さなベース内では完全に広まっており、
エントランスに入った時から当麻は随分と注目された。
そしてそれに気付いたベースの上層部が気を回して、決して長くはない応接室までの間なのに警備をつける騒ぎにまでなってしまったのだ。


「いえ、こちらこそ不躾で申し訳ありません。何事につけても刺激の少ない土地ですし、ハンターもオペレーターも若い者が多いものですから、
アナタのような人が来ると色めきたってしまうのです。後できつく言いつけておきます」


まるで親のような言い草に、当麻の口元が綻ぶ。
長閑なのは土地だけではなく人柄もそのようだ。

そういう場所で、征士は育った。
真面目で少し頑固な所があるからどちらかと言うと山岳地帯の方が似合いそうな気がしたが、こういう優しさを見ると
成る程なと思わされる。
彼は当麻の我侭を殆ど受け入れてくれる。受け入れられない場合は嗜めるようにしか怒らない。

感情を無視して生きてきた俺とは何か違うな…

最近はつい感情を剥き出しにしてしまう事が増えたが、征士と会う前は当麻だって滅多と怒らない人間だった。
ただそれは征士のように優しさからくる面ではなく、合理的ではないからという、何だか人間味に欠けた理由からだ。
仮に怒ったとしても酷く冷たいものでしかない。
征士のように相手を思って怒るのとは全く違う。


何だ、土地柄か。

当麻はそう結論付けた。
征士が優しいのも、心配してくれるのも、傍にいてくれるのも。

ここのハンターはみな征士と違って(これは強調したい)、見た目も雰囲気も実年齢より若い者が多い。
都会のような洗練された雰囲気はないし落ち着きもない。だが土地や他者への愛情はさり気ない仕草からも伝わってくる。
誰もが互いを思いあって尊重している。
そういう土地に生まれた征士だからこそ、独りぼっちの自分を放っておけないだけなのだろうと思い、当麻はまた気持ちが沈んでしまう。

何を残念がってるんだ、俺。

頭を振ってその考えを追い出すと、出されたグリーンティを飲み干す。
それから無理矢理にでも愛想のいい笑みを作って当麻は所長に向き直った。


「あまり長居するとみなさんに妙な緊張を与えそうなので、これで失礼させて頂きます」

「そうですか?もしお時間があるのなら、お食事でもと思ったのですが…」


お食事、と言われると当麻の腹が反応を示す。
定期便を降りた時から、あちこちで青い、いい香りがしていたのだ。
実は、出されたお茶の味からしてここは美味しい物があるのではなからろうかと密かに期待もしていたし。

しかしここにこれ以上長居して人の生身での優しさを感じてしまうと、今度こそ暫く落ち込んで浮上できなくなる可能性もある。


「いえ、実はまだ抱えている仕事もありますので、折角ですが…」


だから。
嘘ではない。
今日はオペレーションルームの仕事も何も、全て部下達に任せてきているが、日帰りを要求されているあたりからして、
やはり当麻の不在は良くないのだろう。
早く帰るに越した事はない。

そう言ってソファから立ち上がろうとした瞬間、応接室の通信機がピリピリと音を立てた。


「…失礼」


所長がそれに出る。
一応、きちんと挨拶をしてから出た方がいいと思った当麻もその間は大人しくソファに座って待った。
時折、所長が当麻に視線を寄越す。
何事かと不思議に首を傾げると、これまた申し訳無さそうな顔をして彼は、声まで申し訳無さそうにして言った。


「実は……ここに以前いて、今は本部に所属している伊達の家族があなたに面会を求めてエントランスに来ていると…」




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決して征士がオッサン臭い容姿をしているわけではないのですが、落ち着きすぎていて同年代に見えないと。当麻が。あと伸も秀も。