スペース・ラブ



ベース内の情報に関するセキュリティは、情報総括部門という部署が担っている。
基幹システムを主に作ったのは当麻だが、彼は普段、オペレーションルームに詰めているためそこに所属はしていない。
だが何らかの有事の際には、彼らは当麻に報告や相談をしに来るし、場合によってはそちらの部署に居座ることもある。

オペレーションルームに来た情報総括部門の担当者が言った言葉を聞いた途端、当麻の機嫌が降下したのは、
その場にいた全員が肌で感じたことだった。


「……もっぺん言ってくれ」

「ですから……その、…システムに外部からのアクセスがあった、と」

「何で」

「何でと言われても…」


外部からのアクセスと言われて穏便なもののハズがない。
表向きに出しているホームページにアクセスするのとはワケが違うのだ。
通常であれば基幹システムへの外部からのルートなど当然ない。
システムを利用している内部の人間でさえ、その詳細を知っている人間など一握りなのだ。
なのに、そこに外部からのアクセスの痕跡があった、と。


「で、ですが羽柴チーフ、表面を触られただけで侵入できないと解った後は何もせずに去ったようですよ」


ただ報告にきただけの彼は、当麻がここまで怒るとは思っていなかったので焦りを覚える。
そして 慌ててフォローに入った。
己の作り上げた、完璧なシステムを突破された事に対してかの天才のプライドを傷付けられたと思ったと考えたのだろう。
だがその言葉が更に当麻の機嫌を降下させた。


「それくらい、解ってるよ。侵入できてたら今頃ココは機能停止してる」


悪意のある侵入者…クラッカーなら確かにそれくらいするかも知れない。
そうなればハンターたちの出動は遅れ、テロリストや犯罪者達はやりたい放題という余計な被害まで出てしまう。
それくらい解ってましたという当麻の態度に、もうどうしていいのか困って担当者はただただ妙な表情をするばかりだった。
彼のその表情から自分の考えが理解されていないという事に漸く気付いた当麻は溜息を吐き、そして足を組みなおして立ったままの彼を見上げた。


「悪意を持って侵入するヤツが出てくることくらい想定してるし、ただ単に挑戦したくて侵入するアホがいることも想定してるんだよ。
だから何重にも網を張って、外部からじゃ絶対に入れないように作ったの。そうしてんの、最初から。最悪のパターンも考えて自衛手段もあるの。
俺が腹立ててんのはそういうコトじゃなくて、俺の作った綺麗なシステムに、どこの誰だか知らんヤツの手垢ベッタベタのラインが入ってきたってコト!
それも超古典的な手段ってのがまた気に食わねぇ!そんなちゃちな手段で覗けるようなシステム組むと思ってんのか!
こっちはただの趣味じゃなくて政府まるごとの情報だぞ!?そんなアホで間抜けな造りだとでも思ったのか!!なめてんのか!!アホか!!」


言っている最中にも興奮してきたのか、普段の穏便でたまにしか怒らない、怒ってもすぐに気分を切り替える羽柴チーフの姿はなく、
怒髪天を衝くような勢いで憤慨する鬼がいた。


「解るか!?例えばすっげぇ綺麗にデコレーションしたケーキを、さぁ食べるためにナイフを入れるよって思った途端、横から伸びてきた
誰のかも知らない、ただのシンプルな手が生クリームを触ったようなモン!!」


これがモンブランなら、これがアップルタルトなら、はたまたミルフィーユだったなら、と次々に例が挙がるが結局辿り着くのは同じ結論だ。
不躾な手が、完璧にな美に完成したケーキに触った、と。

いや、だが、その例え話はどうだ。
同じ部屋にいる全ての人間は神妙な顔をしていいのか無視していいのか、それとも素直に笑ってしまって良いのか悩んで、取敢えず沈黙を貫いた。
但し、全員目を逸らして。
可哀想に担当者の彼だけは当麻の正面にいたために逃げ場もないままに更に妙な表情になっていく。


「俺の大事な大事な、綺麗なモンを汚してくれたんだよ!表面なぞるんだったら手袋くらいしてからにしろ!!」


もうここまでくると意味が解らない怒り方だ。
当麻の言っている綺麗なモンというのはこの場合、システムの事なのか例え話のケーキの事なのか、最早判断がつかない。
そもそもシステムだった場合、手袋は何の例えなのかさえ解らない。
チクショウ!と言ってナゲヤリに四肢を投げ出した当麻の怒りに、報告に来た担当者はどうする事も出来ずに只管その意味の解らない
言葉の羅列を聞いている。
唯一つ解るのは、システムに不躾に入ってこられた事がどうやら相当気に入らないらしいという事くらいだ。



実際の被害はなかったのだから担当の彼も素直に報告だけしてさっさと撤退すればよかったのに、生真面目な性格なのだろうか、
逃げそびれてしまっていたのを救ったのは征士の登場だった。


「?当麻、何を喚いている?」

「俺のおはぎが変形した!」


おはぎは一言も出てなかったじゃないですか。
そう考えたのを堪えているためか、当麻から一番遠い席のオペレーターが噴出してしまい、必死に咳払いでそれを誤魔化している。


「おはぎ?」

「おはぎ!」


興奮状態の当麻はちょっと、本当に良く解らない。征士は首を傾げた。


「何を言っているんだ、お前は」


そうです、それが正しい反応ですよ、征士さん。
今度は右側の、当麻からはモニターの影になっていて少し見えにくい席のオペレーターが小さく頷いた。
よく見ると肩も震えている。笑っているのだろう。


「タイヤキならそう変形もせんし、変形したところでアンコも減らんぞ」


だが征士の言葉に今度こそ堪えきれずに噴出した。
それを気にしていないのか、何せアンコは中に入っているからな、と征士は続ける。

え、この人も何言ってるの…と誰もが思い盗み見れば、当麻もポカンとした顔で征士を見上げていた。


「………お前、何言ってんの?」


完全に毒気も怒りも抜けたようだが、人の事を言えないような話をしていたくせに当麻は征士を心底変な生物を見る目で見ている。


「アンコの話ではなかったのか」

「アンコの話しじゃねぇよ」

「しかしおはぎと言ったではないか」

「おはぎって言ったけど……って、あれ?俺、おはぎって言った?」

「言った」

「え、マジ?」

「ああ。で、何の話だ」


そこで漸く話が本筋に戻り、報告に来ていた彼も少しだけ征士にも説明をして、今度こそさっさと脱出していった。


「なるほど。それは腹を立てるかも知れんな」

「立つ。な!?おはぎ、変形したら腹立つだろ!?」


だからそこで何故食べ物に走るんですか。
逃げ場の無いオペレーターたちは未だ肩を震わせながら堪えている。


「たしかに変形すると不細工にはなるな」


そういう問題じゃないです。


「アンコも減ってる可能性があるしな」


アンコはもういいじゃないですか。


「ところで当麻」

「何だよ」

「腹を立てたら、腹が減らんか?」


極めて優しい口調で言われ、当麻は己の腹を擦った。
……ちょっと、減ってるかもしれない。


「…減ってる、かも」

「そうだろう。では、こういうのはどうだ」


そう言って差し出されたのはタイヤキだった。
時間が経ってしまって冷めているようだが、美味しそうな焦げ目もついている。


「……!た、タイヤキ…!え、何で!?」

「さっき移動屋台が来ていたのを秀が見つけてな」

「うんうん」

「ここの人数分を買って来たのだが……食べるか?」


最早さっきまでの怒りはどこへやら、当麻の目はすっかりタイヤキに釘付けになっている。
食べるか?と聞いているのに適当な返事しかせずに、涎をたらさん勢いでタイヤキを見つめている当麻に征士は苦笑いだけして、


「では温めなおしてくる」


と言って部屋を後にした。






「何で今時保温パック使ってないんだよ、その屋台」


もぐもぐと3つ目のタイヤキを食べながら、ようやく普通に話すだけの状態に戻った当麻がブツブツと言う。
温めにいっている間、腹が鳴って仕方がなかったのだ、この人は。


「いいではないか、雰囲気があるだろう?昔ながら、というヤツだ。他にも焼き芋の屋台やフィッシュアンドチップスのワゴンもあるらしいぞ」

「そうなのか?」

「ああ。そちらは新聞紙に包んで渡してくれるらしい」

「だから何で保温パックじゃないんだよ」

「昔ながらのスタイルが最近流行っているからだとか言っていたな…」


昔ながらより利便性を考えてくれよーと言いながらも、当麻は食べる手は止めない。
完全にいつもの当麻だ。
他のオペレーターたちもタイヤキを食べながら、それに安心する。
彼の怒りが収まったことへの安心も勿論あったが、当麻があんなに激しく感情を見せる事は珍しく、
どこか余所余所しささえあった彼にも人間臭い部分があったのだという事への安心感も僅かに含まれていた。
そして同時に、無意識かもしれないがすっかり当麻の扱い方をマスターしている征士へ、何となく尊敬の眼差しを向けてしまうのだった。




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案外、テレホンカードなんかも流行り始めているのかも知れません。