スペース・ラブ
「お前らって付き合ってんの?」
「はぁ?」
「…………何故?」
昼時にたまたま居合わせた秀が尋ねると当麻は眉を吊り上げて冷たく、そして征士は全く感情の見えない、だがたっぷりと間を置いて、
2人仲良く揃ってその質問に否に近い返事をした。
「いや、何もそんな顔しなくたって…」
当麻の冷たい視線に耐えかねた秀はスプーンを咥えながら俯き気味にモゴモゴと言葉を濁してしまう。
だってお前ら仲良いし、と。
それを周囲は聞いてませんよというフリをしながら、実はその会話に耳を欹てていた。
征士と当麻の雰囲気が変わった。
いつからと言われれば、先日の、当麻が夜道で襲われた辺りから。
以前の当麻なら、ああいった事があった後に過剰に心配されると心底面倒臭そうにしていた。
子供じゃないし、とか、別に生きてるんだから問題ないだろ、とか。
心配される事が嫌いなわけでは無さそうだが、まるで壊れ物のように扱われたり、少しでも他と違う扱いをされる事に酷く抵抗を示していた。
そういう当麻だから、恐らくベッタリと自分にくっついている征士の心配さえも鬱陶しそうにするのだろうと、事のあらましを聞いた誰もが思っていた。
なのに、予想に反して何も言わなかった。
それどころか最近では、征士が普段から彼の心配をする事に対して何も言わない。
それだけではない、何だか最近は征士への心配を見せるようにさえなっている。
誰に対しても平等な、…言い換えれば誰に対しても突出した興味を持たなかった当麻が、明らかに変わってきているのである。
確かに当麻は自他共に認める面食いで、そして征士は誰もが認める美形だった。
赴任初日に秀は、伸と共にそれを絡めて当麻をからかったりしたが、これは案外何か進展があったのかも知れない。
そう思って聞いてみればこの有様だ。
だが何も根拠無しに秀だって言っているわけではない。
先月の当麻の両親の月命日の事だった。
その日はいつも当麻は午前中に休みを取って墓参りをしているが、誰の供もつけないのが常だった。
個人的な事だからと言って護衛さえつけないのだが、やんわりと断っている口調とは裏腹にその目はキツイ。
誰にも踏み込まれたくない事だと、関わるなと激しい拒絶を滲ませている。
その当麻が、先月の月命日に何と征士を供に連れて行ったと噂で聞いた。
確かにその日、征士も午前中に休みを取っていた。
征士が来てからも月命日は何度かあったが、そんな事は初めてだった。
その話はすぐにベース内に広がり、様々な憶測を呼んだ。
付き合ってるんじゃないかというのが一番多い意見だが、中には結婚するんじゃないのかという意見もあったほどだ。
ただ彼らが巧みなのか、それとも噂の主達が頓着していないだけなのか、それは本人達の耳には入っていなかったようだ。
噂は噂だ。
大抵は尾鰭のついて膨らんだ物で、事実はもっと簡単な話だったりする事が多い。
いつもなら秀も、たまたま休みが被っただけじゃねーの?くらいで噂になんてあまり興味を示さないのだが、今回ばかりは違う。
何てったって本当に最近の2人は仲がいいのだ。
元々が特に言葉にせずとも意思疎通の出来ていた2人ではあるが、ここ最近、何だか雰囲気が以前と全く違ってきている。
2人にしか解らないような会話の仕方はいつも通り、アイコンタクトで会話が済むのもいつも通り、
だがそれでもそこにある空気は何と言うか、優しい。
そういう光景を何度か見ていると今回の噂はどうも本当の事なんじゃないかなと思えてくる。
思えてくると今度は確認せずにはいられないのが秀の性格だった。
「確かに墓参りの日、一緒だったけど」
根拠を添えて聞いてみれば、当麻はアッサリとソレを認めた。
そして隣に座っている征士の方を見て、そして征士も同じタイミングで当麻を見て、そして2人して不思議そうな顔をする。
…それが仲イイつってんだよ、と秀は心の中で突っ込んだ。
「でも墓に行ったのは俺1人だぞ」
「え、そーなん?」
それって一緒っていう?と首を傾げて征士を見ると、征士が頷いた。
「墓参りの後で待ち合わせて一緒に昼食をとっただけだ」
「え、そーなん??」
同じ言葉をもう一度。
「その為だけにお前、午前中休んだのかよ」
別に悪いことではない。
ハンターだって有休くらいあるし、犯罪に加担するので無ければそれをどう使おうと個人の勝手だ。
だがそんな事に半休を使うくらいなら1日休みにして遊んだ方が得だと秀は考える。
その考えが解ったのか征士は今度は苦笑いをした。
「以前の事があるからな。当麻に何かあってからでは遅いから…」
「だったら何で一緒に墓に行かねーンだよ」
「墓参りは当麻のプライベートなことだ。私が踏み入るわけにはいかんだろう」
「そーそー」
「だから近くの店でお茶をしながら当麻が来るのを待っていたんだ」
「いや、だからそれじゃ当麻に何かあったって分かんねーじゃんか」
「何かあったら即、征士に連絡する約束にしてたんだよ」
「あ、そー」
防犯ブザーか、と思ったが口にはしなかった。
折角誤魔化しもせずに話してくれているのだ、ここで(主に当麻の)機嫌を損ねては折角の話が打ち切りにされてしまう。
噂には然程興味の無い秀だが、直接聞くのであればこういう手合いの話は嫌いではない。
「じゃ、その日は墓の近くで落ち合ったんか」
「んー…ていうか、墓の近くまで一緒に行って、別れて、また合流したってのが正しいんだけどな」
「あー、…そお」
何だろうか、この妙な疲労感は。秀は今度は天を仰いだ。
秀の頼んだ餡かけチャーハンはロクに食べられもせずに湯気を立てている。
その匂いを嗅ぎながら、こういうのはどっかで感じた事があるぞ、とぼんやりと思っていた。
「あそこにあんな店があるなんて俺、知らなかったなぁ」
「私もお前と別れてからどうしようかと思って適当に歩いていて見つけただけなのだが、中々に美味しいコーヒーをだす店だったな」
「ナポリタンも旨かった」
「そうだな。だがまさかああいう店で、蕎麦が出てくるとは思わなかった」
「俺も俺も。店構えと違いすぎて笑ったよなー」
「メニューにあるから何の冗談かと思って頼んではみたが……いや、しかしアレは本格的だった」
「冗談で頼むお前はスゲーよ。…俺も今度行ったら蕎麦食べようかなー」
「何だ、気に入ったのか」
「1口だけ貰うとさ、もっと欲しくなる時ってあるだろ?」
なるほどな、と征士が答えクスクスと笑いあっている。
それを何とはなしに聞きながら秀は、あ、と答えに辿り着いた。
ノロケ話を聞かされてる時に似てるんだ。
確かに以前から2人はよくこういう風に”2人だけの世界”に入る事はあったが、最近は本当にそれがグレードアップしている。
オペレーションルームの連中はこういうのを毎日見せ付けられてんのカナ、と思うと妙に同情してしまう秀は、
自身もヒッソリとゲッソリと疲れて、半ば自棄のように目の前の餡かけチャーハンを食べ始めた途端に大事なことを思い出した。
「話しぶった切って悪ぃ。当麻、午前中にバダモンが」
「バダモン”議長”。お前さ、ココはベース内なんだからせめて”さん”くらい付けろよ」
「はいはい、その議長が探してた」
「議長が?何の用だろうな」
言った途端、当麻の表情が鬱陶しそうなものになったのを、征士は見逃さなかった。
その議長の名は知っているが、征士は直接会った事が無いので具体的にどういう人物か知らない。
だが当麻がこういう顔をするという事は、ちょっと厄介な性格の人間なのかも知れないと密かに警戒する。
「おう。朝にコッチ来たみたいでさ。なんでかしらねーけどドッグの方にきて、羽柴チーフはどこですか?って」
「へーぇ…」
「オペレーションルームに当麻がいる事を知らないのか?」
「そういうんじゃないんだけどね。……あー、そぉ、今日はドッグに行ったんだ」
「おう。ま、見たら探してたって言っときますって俺も言っちゃってたモンだから……」
「そ。アリガト」
それだけ言って当麻はそれ以上何も言わなかった。
昼休みを終えて仕事に戻った当麻が、どうも件の議長に会いに行く様子が無いのを征士は訝しみ、それを素直に尋ねた。
朝にこちらに来ていたという秀の言葉から考えると、その人物は普段ここに在籍していない人物という事になる。
その人が探していたと言うのなら、まだ帰らずに当麻が来るのを待っているのではないのか、と。
だが当麻はそう言った征士を座ったまま見上げ、そしてパチクリと瞬きして次に溜息を吐いてみせた。
「いいのいいの、ほっといて」
「しかし、」
「だってドッグに行ったって言ってたろ?」
「ああ」
「見当違いの場所で俺を探すってオカシーだろ」
「それはそうだが…」
そういう所が面倒なのだろうか、と征士は考えた。
確かに自分がそうされたら面倒には感じるな、とも。
「昔っからいる人なのに俺の居場所、知らないワケないんだ。それを態々違う場所で、しかも呼び出しかけりゃ一発なのに伝言頼んでんだ、
そういう時は急ぎじゃねーんだよ、あの議長は」
「そういうものなのか?」
「そういうモンなの。俺を探してましたよっつーポーズを取りたいだけ」
「……そうなのか」
「そうなの。本当に用があったら、真っ先にココに来てるよ。そういう人なの」
何かが妙に引っ掛かるな、と思った征士だが、なーそんな事よかカフェオレ飲みたい、と上目遣いのオネダリでその思考は一旦中断させられる。
以前よりも甘え方が可愛くなったと思うのは何もオペレーションルームの人間だけではないようだ。
征士は笑ってから当麻の髪を撫で、ではデカンタにたっぷり注いできてやろう、と告げれば、ありがたくねー!と当麻が笑い声を上げた。
*****
ちょっとずつ噂になる2人。