羽柴歯科へようこそ



「当麻」

「…………わ、ビックリした」

「ビックリしたではない。人のカルテ片手に黙り込むな。何か悪い事があったのかと思うだろう」

「…ゴメン」

「……また考え事か」

「……………んー、いやぁ。一昨日会って昨日の朝まで一緒に居たのに今日また征士に会うって変な感じだなって」

「嘘を吐け、そういう顔ではなかったぞ」

「………」

「…何か悩んでいるのか」

「いや、そうじゃないけど……」

「違うのか?なら何処か悪い箇所があるのだろうか…?」

「そんな不安がるなよ、何もないから」

「医者に黙り込まれたら大概の患者は不安になると思うぞ」

「そっか、ゴメン」

「うむ」

「……あのさ、征士の治療だけど…、今日で終わり」

「…なに?」

「後はもう自然治癒に任せて大丈夫なんだよ。あんまり手助けしすぎると人の身体って頑張らなくなるからココらでオシマイにした方がいいんだ」

「…………ほお」

「見る限り最近はあんまり増えてる様子もないしな、口内炎」

「まあ最近では食事にはなるべく気を遣っているからな。それに接待もなるべく断っている」

「そっか」

「ああ」

「…いい心がけだよ……で、どうする?もう来なくてもいいし、」

「?」

「いや、口内炎の治療は終わりだけど、一応最後に定期健診するかなって」

「定期健診?」

「そう。まぁ検診って言っても征士の歯の状態はいつも見てたから、後は見えてない部分をレントゲンで撮って確認して、
それから虫歯になりにくくする為にフッ素でコートして、終了。何事もなければ3ヶ月間、歯医者通いはしなくて大丈夫」

「3ヶ月…」

「そう、3ヶ月はお前の苦手な歯医者に通わなくていい。但し、さっきも言ったけど何事もなければの話」

「…何事もなければ、とは?」

「だからさ、虫歯になったとか歯が欠けたとか、親不知が痛み出したとか…あとはまた口内炎が酷くなったとか、くらいかな?」

「………そうか」

「……うん」

「………………」

「…………」

「……当麻、」

「あ、ゴメン。電話。……はい、羽柴歯科です。…3ヶ月…、ああ、定期健診ですね。えっと…208…1…あぁ、診察券の…
ちょっと待ってください、……あ、サンキュ、…もしもし、はい、はい……大島さんですね。いつを希望されますか?
明日は…すいません、明日はうち、午後は休診なんです。えぇ……金曜の…夜7時……50分…?
すいません、ちょっと今手元に予約票がないもので…このまま少し待ってもらっていいですか?はい、スイマセン。
征士、ペンありがと ………って、何」

「何処へ行く」

「何処って、1階だよ。受付にしか予約票置いてないから明後日の空きが解らんから…離してくれよ」

「断れ」

「…は?」

「此処の診察時間は夜8時までだろう?」

「別に時間内じゃないか」

「そんな時間に診察を始めては終わりが今のような時間になる」

「そうだな。レントゲン撮ったりしたらもう少しかかる」

「断れ」

「何で」

「……他のスタッフは帰った後になるのでは?」

「そうだけど」

「1人で…対応するのだろう?」

「そうだろうな。…なに?」

「…当麻だけがこんな時間まで働くのは、院長の息子だからは言え理不尽だ」

「………征士だってこの時間に予約してるじゃんか」

「それは…そうだが。兎に角、断れ。少しは休め」

「あのなぁ……」

「当麻、」

「……………」

「………………当麻、」

「……。…もしもし、お待たせしました」

「………」

「その…すいません、金曜日のその時間は…ええ。その代わり土曜日でしたら朝一番でお取りできます。
…もしかしたら土曜日だから、ちょっと待ってもらうかも知れませんけど、いいですか?…はい、はい。ありがとうございます。
では土曜日の朝9時でお待ちしてます。はい、では。………」

「………すまん」

「何で謝るんだよ」

「断らせた」

「………。断れって言ったり謝ったり…意味の解らん奴だな」

「…………」

「……まぁ…いいけどね。親父にも何でもかんでも引き受け過ぎだって言われてるし」

「………」

「嘘も方便。それに俺がこの時間に入れられてる理由って、断り方を覚えろっていう親父の意向も多少はあるしさ」

「…………そうなのか?」

「うん。俺、断り下手なの。だから、断んないと大変な目に遭うのはお前だぞーって。親父がね」

「そうか」

「そ。でも今まで上手く断れなかったからなぁ……征士が強引に出てくれて助かった面もある」

「そうか」

「でも調子乗んなよ?人の仕事に口出すなんて、あんまり褒められた行為じゃないんだからな」

「……すまん」

「そんなヘコまないでくれよ。で、どうする?」

「何がだ?」

「さっきの話の続き。定期健診、予約する?別にウチじゃなくても行きつけがあるならそっちで依頼してもいいし…」

「行きつけなどない」

「そう言えばそうだったな」

「……………」

「……………」

「……いつもの時間に予約を入れておいてくれ」

「来週の?」

「ああ」

「その時間に俺を働かせるの、悪いんじゃなかったのかよ」

「………私は、いい」

「意味の解らん我侭だなー……ま、予約取っとくよ」

「すまん」

「まぁ元々この曜日のこの時間は征士の為に空けてあるしね」

「…そうか」

「………うん」

「……………今日は」

「ん?」

「もう、…終わりか」

「そうだな。後片付けして、おしまい」

「そうか………」

「うん…」

「……………。…当麻、」

「…なに?」

「……来週、……必ず、来るから」

「いっつもちゃんと来てくれてるじゃん」

「それでも」

「…わかった。待ってるから」

「ああ」

「…うん」




*****
水曜日の夜7時50分が征士のいつもの予約時間。