羽柴歯科へようこそ
「これ、セミダブルじゃなくてダブルじゃん」
「ああ」
「しっかし驚いたなー…征士ん家って結構広いんだな」
「まあな」
「まぁあの会社、デカかったもんな。若いのにスゲーな」
「まあ……そんな事はいいだろう。そろそろベッドへ入らないか」
「うん…でも」
「でも、何だ」
「いや………」
「…恥ずかしいのか?」
「まさか」
「では何故」
「…俺、寒がりじゃん?」
「知っている」
「布団ってさ、誰も寝てないと冷たいだろ?」
「既に私が入っているではないか」
「だからさ、征士の体温で布団自体がもうちょっと温まったら入ろっかなーって」
「人を温度調整に使うな!さっさと入れ!」
「うわあっ!!冷たい!!」
「私だって冷たい思いをしているんだ、自分だけぬくぬくしようなどと甘い考えを捨てろ!」
「ひやあー……ああ、ああ……駄目、マジに冷たい…。…ああ、征士あったけー」
「私は湯たんぽか」
「だって温いんだ…ああ…温かい」
「まったく……しかし本当に体温が低いな、当麻は。足なんて冷たすぎるではないか」
「うっわ、征士、足もぬくい!」
「当麻は手も冷たいな…もう少しこっちに来い」
「うん……って……っぷ、」
「何だ急に」
「いや、バレンタインにさ、俺ら男2人で何してんだと思って」
「イブも一緒に食事をしただろう」
「カップルだらけの店でな」
「しかも会話は車とバイクと骨の話だ」
「何か注目されるだけでちっともドン引きして貰えなかったなぁ」
「アレは失敗だったな」
「な」
「まぁ良い勉強になったではないか。イベント時のカップルは無敵だと」
「だから俺、今日飯作るって言ったんだけどね。ノーモア・イブの悲劇」
「なるほど。お陰で私は久々に自分以外が作った料理にありつけたというワケだ」
「…旨かった?」
「ああ。ハッキリ言って美味かった」
「なら良かった」
「それよりも当麻、もう少しこっちに来れるか…?」
「いや、寄れるっちゃ寄れるけど…」
「どうした」
「その場合、膝がぶつかってちょっと寝にくい」
「ああ、確かに。…では当麻、すまんがあっちを向いてくれるか」
「うん?いいけど…」
「よし……失礼」
「うわぁっ!な、なに!?」
「暴れるな、肩が顎に当たって痛い」
「あ、ゴメン…じゃなくて、何で抱きついてくるんだよ!」
「くっつかんと掛け布団に隙間が出来て寒いのだ、我慢してくれ」
「うう…」
「それにくっついて寝んと背中が出る」
「ううう…」
「……どうしても嫌ならやめるが…」
「………背に腹は変えられん…寒いのはヤだから、いい」
「本当に寒がりだな」
「ううう……あー、でも征士のお陰で背中、あったけー」
「それは良かった」
「でも俺ばっか得してて悪いナ」
「いや、私も腹が温い」
「そう?」
「ああ」
「なら、いいか」
「ああ。…………………っふ、…くく…」
「何だよ、何笑ってんだよ」
「いや……当麻、お前もカレーを食べたのだったな?」
「そうだけど?てか一緒に食ったじゃん」
「あれは間違いなくお前が作ってくれたのだな?」
「そうだよ。それが何」
「ちゃんと髪も身体も洗ったな?」
「洗ったよ。…え、もしかしてカレー臭い?」
「いいや」
「じゃ、なに」
「……カレーを作って食べて、私と同じ物で洗ったはずなのに、何故甘い匂いがするんだと思ってな」
「え、うそ」
「嘘など言うものか。甘い匂いがしているぞ」
「マジかよっ!…マジかよぉ……」
「何故落ち込む」
「だって俺、今日征士んトコ泊まるから甘いもの食べるの、我慢したんだぜ?」
「何故我慢を?」
「だって征士、甘いの苦手だろ」
「ああ。だが前にも言ったが当麻の匂いは平気だと…」
「でもさ、それでもやっぱりあんまり匂いさせてるのも悪いかなと思ったんだよ」
「それで我慢を?」
「そうだよ」
「気遣いは有難いが、無駄に終わったな」
「無駄って言うなよ!…マジに無駄だったけど……てかどうしよう」
「何が」
「俺、甘い匂い垂れ流してんのかなって」
「それはないだろう。接近しなければ解らん匂いだ」
「でもさ、動物の嗅覚は人間より鋭いだろ?」
「ああ」
「俺、カナダでキャンプしたら熊やグリズリーに真っ先に食われる…」
「………………。……っふ…っ」
「…んだよ」
「…くくく……いや…そもそもキャンプするのか?」
「……………しない、かな?いや、でもするかも知れないだろ」
「どういう可能性だ」
「人生、何があるか解らないんだぜ?若しかしたら60になった途端、俺、急にキャンプし始めるかも知れないだろっ」
「解った、解ったからもう寝ろ」
「んだよ、クッソ!征士、笑ってんだろ!」
「笑ってない」
「嘘吐け!お前の腹筋が動いてんの、背中越しに解るんだからな!」
「………この体勢は失敗したな」
「チクショー否定もなしか」
「すまん。ほら、本当にもう寝ろ」
「ああ………あー、あ、駄目だ、眠い」
「なら素直に寝ろ。駄目な事などないだろう」
「そうだけどさ………ふぁ……あ。…んじゃ、おやすみ」
「ああ、おやすみ」
*****
人肌万歳。