羽柴歯科へようこそ
「こんばんは」
「…………………っあ、…こんばんは」
「どうした?」
「ん?いや、どうもしないけど?」
「嘘を吐くな。いつもなら診察室に入ったらすぐに気付くのに間があっただろう」
「んー…まぁちょっと考え事」
「…悩みでも?」
「だから、考え事。大した事じゃないって」
「そうか……ところで…当麻」
「んー?」
「何か……いつもと違う匂いがする気がするのだが…」
「へ?」
「何と言うか……こう…作り物の薔薇のような匂いが…」
「………征士ってさ」
「何だ」
「鼻、いい?」
「さあ?人並みだと思うが」
「多分、匂い、俺だ」
「当麻?」
「うん」
「何故」
「実はさ、スタッフの女の子らが今日合コンらしくてさぁ」
「ふむ」
「で、何か食べるフレグランス?みたいなの、食ってたのよ。で、ナニソレーって言ったら、先生もどうぞって」
「渡されたのか」
「まぁ…」
「で、食べたのか」
「うん」
「……だから何故仕事が終るまで我慢できんのだ、あなたは」
「しょうがねーだろ、口に放り込まれたんだから出すワケにいかないし」
「……………放り込まれたのか」
「うん」
「………どれ程口元が緩いのだ…」
「ひでぇ…人をアホの子のように…」
「しかしそんな匂いをさせててどうするんだ」
「どうするって言われても…。最初こそ匂ったけどもう自分でも解らないし。…そんな匂う?」
「診察室に入った時に、違和感はあったな」
「臭い?」
「そういうわけではない」
「そっか、良かった」
「良かった?」
「だってコレ、臭かったらあの子達可哀想だろ。折角張り切ったのに臭いなんて思われてたら」
「まぁ確かに」
「て言うかコレ、口から匂ってたら爆笑だな」
「爆笑?」
「だって胃に入ってるだろ?身体から匂ってるって言えばそうだけど、その元が口からってーとちょっと色気も風情もないじゃん」
「言われてみればそうだな……当麻」
「…わ、なに、なに」
「じっとして」
「…………………っ」
「……………いや、ちゃんと身体から匂っているな」
「ちょ…せ、征士」
「何だ」
「み、…耳元で喋んなよ…っ」
「あぁ、息がかかったか、すまん」
「そうじゃなくて…」
「?」
「何か……征士の声、…低いから………」
「低いから?」
「…………何か、…反則だ」
「は?」
「…何でもない」
「何だ、気になる」
「気にしてもいいから忘れろっ」
「……難しい事を言うな。ところで」
「なに」
「薔薇の匂いの他に甘い匂いもするのだが…そういう物も食べたのか?」
「いいや。気のせいじゃないか?」
「いや、確かに甘い匂いがしたような……」
「ちょ、だから征士…!…………っっ!」
「……………うん、確かにする。何だろうな……」
「…もういいだろ!」
「だから何なのだ、さっきから」
「それはコッチの台詞だよ!…何か、恥ずかしい!…ったく、犬か」
「人間だ」
「知ってるわい!…てかいつまで肩掴んでんだよ。痛い」
「…ああ、すまん。しかし当麻、本当に甘い匂いがするのだが…甘いものの食べすぎではないのか?」
「え?」
「だから日頃、甘いものを大量に摂取しているせいで身体から匂いが出ているのではないのか、と」
「………。征士、甘いの苦手だったよな、確か」
「ああ」
「うわ、ごめん」
「何故謝る」
「だって俺、もしかしたらいつもそういう匂いしてたかも知れないんだろ?征士、よく我慢してたな」
「いや、気付いたのは今だし、それに何故かこの匂いは平気だな。…寧ろ」
「?」
「好き、かも知れん」
「え、甘いの苦手なのに?」
「ああ」
「匂いは平気?」
「いや、私も今初めて知って驚いている」
「へー……変なの」
「放っておけ」
「じゃあ、コレも匂い平気なんじゃないか?」
「だから何故ポケットからチョコレートが出てくるのだ。また貰ったのか」
「いやあ」
「………まさか自分で持ち込んだのか」
「ホラ、雪山で遭難した時って非常食にチョコがいいって言うじゃないか」
「今が冬だという事を差し引いても、院内でポケットから出していい代物ではない」
「…へへ」
「へへ、じゃない。……というか……うっ」
「アレ?この匂いは駄目か?」
「ちょっと…甘すぎる……だから鼻先に押し付けるなっ」
「わーオモシロー」
「面白がるな!全く……というより当麻っ!私は患者なのだからさっさと治療をしないか!」
「あ、そーだった。忘れてた」
「忘れるな」
「あ、じゃあついでに忘れる前に…はい、コレ」
「何だ?」
「ほら、前にディズニーシー行った時の写真」
「ああ、携帯で撮っていたな。…中々に写りがいいな」
「んっふっふー、だろ?」
「ああ」
「ホラ、コレ。センター・オブ・ジ・アースの火山の」
「噴火した時のか」
「そ」
「ああ、これは誰かが飛ばしてしまったランプの精の風船か」
「ジーニーな」
「そう言えばそういう名前だったな。………。これは…餃子ドッグ…?」
「旨かったよな」
「いや、それはそうだが…」
「旨くなかった?」
「いや、美味しかった。だが……こういう写真を渡されて私はどういう反応をすればいいのだ…」
「アレ?テンション上がらないか?」
「………当麻は上がるのだな」
「旨かったなーってなるな」
「…解った、兎に角治療をしてくれ」
「あ、また忘れるとこだった」
「当麻……」
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会社員、歯科医の首元に鼻先を寄せるの巻。