azul -9-



征士には車で待つように言われていたが、秀は駐車場の入り口付近で当麻を待っていた。
彼の車は中々にお高い車で、その車で一人待つというのは年若い秀にはどうも落ち着かない。
それに車の中に居てもする事が無いのなら、どうせ同じ待つにしても彼が車を停めた駐車場へ行くために必ず通るこの道にいるほうが
ずっと気も楽だしその間に景色を眺めて暇を潰せるというものだ。

そう思ってぼんやりと景色を眺めている。
今日は天気もいいしそんなに暑くも無い。
気分がいい日である。

何だか眠くなってきたな…なんて思っていると、自分を呼ぶ声が聞こえてきた。
どう聞いても当麻の声である。

おっせーよ!とか、どこほっつき歩いてたんだよ!と文句の一つでも言ってやろうと姿を探すと、
物凄く意外な光景が目に飛び込んできた。

走る当麻、である。

普段、のったりのったりとだらしなく歩いている姿くらいしか見ない。
再会した時には駆け寄ろうとしてすぐにコケている。
きちんと走る姿は小学校の時以来で、走るという機能が無くなったのではないかと思ってしまうほどだったのに。
なのに今の彼は自分に向かって思いっきり走っており、しかも表情だって今までで一番、必死だ。


「ちょ、な、何か」

「制服着た高校生くらいの…真っ黒な髪の子供見なかったか!?」


何かあったのか、と聞く前に切羽詰った様子の当麻に聞かれる。
制服姿の、子供?


「いや、全然見てねぇけど…」


そう答えてやると、当麻からチクショウという悪態が返って来た。
何があったのか知らないがただ事でないことだけは解る。


「オイ、どうしたんだよ、何かあったのかよ」

「後で話すから…!お前…っ今から”真田遼の妹” の病室行って、ソコ…守って来い!!!」


それだけ言い残すと当麻はまた走ってきた道を駆け戻っていった。
その姿を思わず見送ってしまったが、いよいよ何かがヤバイと気付いた秀も同じように走り、病院内へ戻っていった。




この病院から出て行くにはたとえ徒歩であろうとも駐車場のすぐ横の道を通る必要がある。
その駐車場は南と西にあり、どちらも見晴らしはいいのでそんなに沢山の守衛は置かれていない。
秀が居たのは南側の駐車場入り口で、そこで遼を見かけていないという事は、彼は西側の出口へ向かった事になる。

彼の後を追って中庭から出るのに遅れてしまった当麻は、一か八かで南側へと向かったが、どうやらハズレだったらしい。
FBIを辞めてから暫くは走る必要性がなかったせいで息が上がるのが早い。
体力も随分と落ちているのかもしれない。
それでも文句を言っている場合ではないので全速力でもう一方の駐車場へと向かった。

真田遼。
例の事件のリストの中にその名前があった。
そして、何と読むのか解らなかったが恐らく妹のものと思われる名前も。

何故もっと早くに思い出さなかったのか、と走りながら自分に舌打ちしてしまう。





秀は当麻に言われたとおりに”真田遼の妹”を探す為にナースステーションへ向かった。
彼が病室を守れと言ったという事は、恐らく入院患者という事になる。
そこでなら教えてもらえるはずだ、と思っていたが。


「ですから、身内の方でもないのにお答えすることは出来ません」


などと無情な言葉が返ってくる。
事情は知らないがこちらは危険が迫っているというのに、こんなところで過剰な個人情報保護のせいで時間を割いてる暇は無いと
秀は怒鳴りたかったが、ふと思い出し警察手帳を慌てて出す。


「お、俺、警察です!彼女に用があるんです!!」


そう言うとナースが慌てて病室を教えてくれた。
最初から刑事ドラマみたいに落ち着いて出せば良かった…なんて自分がちょっと情けなくなってしまう。
しかし今は頭を切り替えなければならない。
何かが急に起こっても、今度は冷静に対処しなければならないのだから。





西側の駐車場は、病棟のある建物より少し下がった土地にあるためソコへは緩やかな坂道が続いている。
その道を進んでいくとフェンス越しに左手にその駐車場が見えてきた。
幾台も車が並ぶその一角に、異変を見つける。


「……っ!」


さっき別れたばかりの遼。
と、彼を車に押し込めようとしている男達。
見る限りでは少なくとも3人ほどいる。


「…くっそ…!」


このまま律儀に坂を下りていては間に合わない。
フェンスを乗り越えて、更に大声で「遼!」と彼に呼びかける。

声に気付いた男達は、当麻が駆け寄ってくるのを見ると遼を捨て慌てて車に乗り込みそのまま去っていった。

残された遼に駆け寄ると、彼は突然の出来事にその場にしゃがみ込んで震えていた。
すぐ横に同じようにしゃがみ込んで顔を覗き込む。


「遼!遼、大丈夫か!?」


肩を掴んで揺さぶってみる。
黒い目がゆっくりと動いて当麻を見た。


「…とうま…」

「怪我は!?」

「…………何、アレ…何だよ、何で……」


少しの混乱が見れる。
無理も無い。
妹だけではなく自分まで今、危険に晒されたのだ。
例の事件に関係するリストに自分達の名前がある事など知らない少年は、只管震えている。


「大丈夫。もう、大丈夫だから」


そういって背中を擦ってやると、急に遼の目に力が戻った。


「そ、そうだ…!か、迦遊羅……妹は!?」

「そっちは知り合いの警察に行って貰ってる」

「…けい、さつ?」

「うん………俺もお前の妹が心配だ。…行こう」


手を貸し立たせてやる。
恐怖でまだ膝がガクガクいっているようだったが、それでも妹の事を考えてどうやらある程度力を取り戻したらしい。
それなりにしっかりとした足取りを見せる。

その遼とは別の意味で膝がガクガクと言っている当麻だったが、年下の手前、ちょっと無理をして何でもないフリをした。




*****
伸と征士は未だお話中。