azul -7-
連続しているかに見えた事件は、最初の事件の犯人を含め11人の別の人間による事件であり、
その容疑者全てが既に警察によって身柄を確保され、現在は取調べ中である。
「……って、僕はニュースで聞いたんだけどねぇ…」
と手術を終えたばかりで術衣のままの伸がじとりと睨みつける視線の先には、今までとはまた別の件で
医師の見解を求めにきた征士と、管轄が違うはずなのに何故かいる秀。
そして。
「何でまだキミ達が当麻といるの…」
その言葉に申し訳なさげにしたのは秀だけで、2人の間に立っている当麻はしょがないじゃんと言いたげな顔だし、
征士にいたっては何故か得意げだ。
その態度(特に征士)に伸の機嫌は更に下降の一途を辿る。
それに気付いた秀が慌てて口を挟んだ。
「いや、それがっすね、今回の件で犯人の一人が何かリスト作っててそこからターゲットを決めてて…
で、そのリストの内容も若しかしたら骨と一緒に誰かに渡ってる可能性もあるし、だから事件も終わりきってないし、それに」
「それに今回の件でプロファイルがまだ全然だって解ったから、暫く俺が手伝いながら人材育成すんの」
当麻が言葉を引き継いだ。
伸の視線が秀から当麻に、そして次に征士を見る。
相変わらず得意げだ。いや、若しかしたら違う感情かもしれないが、伸には得意げに見えた。
どうだ、と。
もう一度伸の視線が当麻に戻り、そして盛大な溜息を吐く。
決して術後で疲れているわけではない。
「それは解ったけど……じゃあ当麻、ソレはなぁに?」
伸の視線は当麻の口元に、そし指がさしているのは右手に握られているコンビニの袋だ。
声が平坦になっている。
あまりよろしく思っていない時の伸の声だ。
「今日の現場で貰った」
対する当麻は嬉しそうで、その口元には棒付きのキャンディが咥えられている。
そして掲げられた袋は、中が薄っすらと透けて様々なお菓子が入っているのが見て取れた。
大食漢であり、頭脳労働には糖分が必要だと言い張る当麻は、誰の目にも明らかな甘党だ。
お高いスイーツだって勿論好きだが、地方のスーパーで売られている甘味やコンビニで手に入るような安価な菓子だって勿論好きだ。
検分の為に現場へ現れるたび何かしら食べている当麻に最初は顔を顰めていた署員たちも、
今回の事件の事ですっかり彼を気に入り、しかも何を与えても喜ぶ姿についつい甘やかしてしまったのだろう。
しかしだからといって。
「こんなに沢山食べたら、糖尿病になるよ!」
と、医者である伸が当麻の手からコンビニの袋を引ったくり、口からキャンディを引っ張り出す。
「大体ね、伊達さん。当麻にこういうのを与えるのは構わないけど、限度ってものがあるでしょう!?」
「毛利先生だって当麻にいつもお菓子を持ってきているだろう。それに今回は私が与えたわけではない」
「僕はその辺ちゃあんと考えて甘さを落とさず健康的な食材で手作りしてます!
だいたい現場では基本的にあなたが傍にいるなら、他の方に注意くらいはしてもらいたいんですけどネェ!
皆で当麻を糖尿病かメタボに追い込みたいのかい!?」
こんなに可愛いのに可哀想だ!と伸に叱られ、それはそうか、と征士も納得をする。
「了解した。今後、当麻にお菓子を買い与えるのは順番制にするよう上に頼んでおく」
今までのお菓子全部手作りかい……そんで、こっちはこっちで上も絡んでたんかい…。
秀は久々に頭痛を覚えた。
これからも暫く当麻が警察に関わるという事は、勿論、征士が彼の家まで迎えに行くという事で、
そうなると当麻の部屋の合鍵を彼は勿論持ったままになり、そしてそういう事なら勿論伸も鍵を返さないだろうし、
…つまり秀も未だに当麻の部屋の鍵を持っていなければならない事で…
別に秀は当麻の部屋の鍵を持つのは嫌ではない。
が、まだ暫くこの大人2人の遣り取りにつき合わされるのは面倒だ。
最近では多少面白いと思う余裕も出てきたとは言え、やはり自分はあまり関わりたくない。
今日だって本当は自分の管轄の仕事ではないのに当麻が一緒に行くというだけで自分も巻き込まれた。
呼び出される秀を、新宿署の人間はほんの少し哀れみを含んだ目で見送っていたのを秀はそろそろ気付いている。
「……で、まぁいいや。今日の用件は聞いてます。僕、着替えてくるからいつもの部屋で待っててもらえますか?」
大袈裟に溜息を吐いてから伸が言った。
それに征士は首を縦に振って了承の意を伝え、勝手知ったる部屋のほうを見る。
「あ、空調入れてないから、暑かったら勝手に入れててね」
そう言った伸は、さっき当麻から取り上げた棒付きキャンディを自らの口に含んで廊下の奥へ歩き出した。
それを秀は飛び出るほどに目を見開いて、征士は眉間に皺を寄せて、そして当麻は俺のキャンディ…と悲しげに呟いて見送った。
「こ、ここで待っててもしゃーないし、部屋、行きましょっか!?」
暫く沈黙のまま固まっていたが、秀が努めて明るく振舞った。
「……ああ」
地を這うような声で征士が答え、二人が動くと…
「………当麻どこ行った……?」
居ない。
今まで2人の間に立っていたはずなのに、さっきの光景に固まっているうちにどうやらどこかへ行ってしまったらしい。
辺りを見回すが既に視界で捉えきれる範囲には居なかった。
「…今日は来る事にあまり乗り気ではなかったからな……案外、どこかで待つつもりなのかもしれん。
秀、悪いが私の車で待っててもらえないか?若しかしたら当麻がそこに来るかもしれん」
「え、でももし先に帰っちゃってたら…」
「アレが歩いて帰ったり公共の交通機関を使って帰ると思うか?」
「………………思えません」
当麻の性格を理解している2人はそう答えを出すと、征士は伸を待つために部屋へ、秀は当麻を待つために駐車場へ向かった。
「んっふっふっふ〜…お菓子取り上げられたって病院には売店っつーもんがあるもんねー」
その頃の当麻は、伸に取り上げられた分のせめて半分だけでも取り返すべく院内にある売店のお菓子の棚を物色していた。
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伸のお菓子はママの味。