azul -6-
今まで同一犯として捜査してきた18件の事件のうち、最初の事件を起こした犯人の物は僅かに3件。
残りの15件は別人による物であったとされた時、捜査に関わっていた人間は最初にそう判断した当麻本人を批判し
室内には激しい怒号が飛び交ったが、結局はその判断材料を聞き少しずつ納得していき、そして…落胆した。
最初の被害者は新宿近辺で発見された女子高生だった。
両の足を何か硬いもので粉砕し逃げられないようにした後で生きたままに腹から胸にかけて開かれ、そして胸骨を持ち去られている。
遺体は滅多と人が通らないがそれでもいつか誰かには発見されそうな場所に、下半身のみ裸の状態で棄てられていた。
そして次の被害者の男子中学生も同様にされていたが、違ったのは彼は自身の胸骨の代わりに、前回の被害者である
女子高生の胸骨が埋め込まれていた。
そして彼自身の胸骨が代わりに持ち去られていたのだ。
それはやはりその次の被害者である男子高生も同様に。
腹部を開いた凶器は毎回違ってはいたものの、胸骨の抜き取り方も嵌め込み方もこれが恐ろしいほどに見事な処理だった為、
それが決定打となって同一犯という判断が下された。
たったそれだけ、というワケではない。
勿論、他の要素も色々と検討した結果だ。
ただどうしてもその骨をリレーしている事だけはまるで現場でレクチャーでもされたかのように、そこだけは完全に真似られている。
だからそう、同一犯、となっていたのだ。
この判断に全員が完全に納得ができていたわけではない。
ただ他に説明のしようが無かったし、事件が次々と起っては解決を急いでいたせいも多少はある。
その見解を根底から覆す事を一つ一つ当麻は丁寧に説明をした。
その口調は流石に実績が違う、としか言いようの無いほどに完璧だったし、誰もが納得せざるを得なかった。
だからこそ、落胆、する事にもなった。
何十人も集まって何日もかけて必死に導き出した、ある程度自信のあった見解は、
たった1人の天才によって全く違う方向に、それでも納得の行く答えを見せられたのだから。
当麻の提案ではこれから挙げる特徴の人物を10名全員捜索し、検挙すること。
それを1人始めたら一斉に、せめて3日のうちに全員を捕まえてこなければならない。
スピードだけではなく連携が無ければこの事件は続いてしまうという。
どうやったのかは実際に取り調べなければ真実は出ないだろうが、胸骨の受け渡しが成立している以上、
これから模倣しようという人間にどう足掻いてもすぐに捕まるという事を思い知らさなければならない。
会議室から出て行く者は皆同様に足取りが重く、流石に気持ちの切り替えが図り難いのか溜息まで漏れていた。
けれどソレは、それらを見送って未だ会議室に残っている当麻も同じだ。
「…大丈夫か?」
どうも非常に疲れて見える当麻を気遣って征士が声をかける。
「うん。流石に疲れた。どうせ言わなきゃなんない事なんだけど、あんなに落ち込まれるとなー…
それに……あんなに沢山の人の前に出るのって俺、ちょっと苦手」
そう言って困ったような笑みを浮かべる当麻の頭を征士が撫でる。
先日ぶつけた箇所を気にしているようだ。
その翌日に出向いた秀も彼を病院に連れて行きそびれ、更に今回の説明会が急遽開かれる事となり
当麻はその場で使うための資料をまとめていた為に、結局今もまだ病院へは行っていない。
触った感じではコブはもう全くないし、本人もケロリとしてはいるが、やはり心配な事に変わりはない。
「気分が悪くなったりはしていないか?」
流石に頭の事を言われているのは解っているので、これもにも困ったように笑うしかない。
「うん、大丈夫。…てかゴメン」
「何故謝る」
「病院、行ってないから」
「………行く暇も与えてやれないのは我々の落ち度だ。…せめて毛利先生にだけでも見てもらってくれ」
「…あー……いや、それは…」
何かと彼を構いたがる医師なら病院まで行かずとも簡単な検査にはなるだろうが診てくれるだろうと提案すると、
当麻は少しばかり気まずそうな顔をした。
「”それは”なんだ」
「…うん、えっと……実はもう、診て貰った」
自分で提案しておいて征士の顔が若干曇る。
だから言えなかったのだと当麻は苦笑が漏れた。
「昨日、夜来てさ。で、…秀から話、聞いてたみたいで……で、……」
「怒られたのか」
あははと軽い笑が返って来る。
どうやらその通りらしい。
「でも伸も心配してくれての事だしさ……て言うか秀の奴、いつ言いにいったんだろ」
「昨日の昼過ぎにアイツから病院に行ってないし行かせそびれたと聞いた時に、私が少し苦言を呈したからその後だろうな」
「……じゃ俺、征士のせいで伸に怒られたんだ」
「お前がちゃんとあの日に病院に行っていれば怒られずに済んだんだ。それは自業自得だろう」
「俺、仕事してただけなのに…」
「それは………そうだな、意味合いは多少違ってくるが、確かに私のせいで怒られたと言えるか…」
「そーだよ!……ってワケでさぁ」
さっきまでの疲れた顔はどこへやら。
楽しそうに口元を緩めながら頭半分ほど背の高い征士を当麻が上目遣いで見上げてくる。
「何か、食べに連れてってくれよ」
言ってから2人だけの会議室に彼の腹の虫が鳴り響く。
事件の現状を考えれば不謹慎極まりないのだが、それだけで征士も思わず笑ってしまった。
「なんだ、腹が減ったのか」
「いっぱい喋ったし、どうやったら簡潔に伝わるかスゲー考えてたからしょーがない。俺、頭使うと駄目なんだよね。
腹減っちゃうし糖分足らなくなって頭痛くなるか眠くなるかだし」
当麻のリクエストで蕎麦屋に入る事にした。
彼はその細い身体の一体どこにその量が収まっていくのかと、何度見ても不思議になるほど食べる。
当の本人に言わせると、頭を使うから仕方が無いといつも言うが、かと言って学者タイプの人間が皆そうかと言うと
そんな人間を征士は今まで見た事が無い。
だから恐らく当麻の頭の使い方が他の人間とはかけ離れすぎているか、そうでなければ実はただの大食漢だろう。
しかしそのいっそ気持ちいいほどの食べっぷりは一緒に食事をしても不快感など無く、寧ろ見ている方も何だか嬉しくなってしまう。
「どうだ?」
「おいひー」
ニッコリと笑いながら天麩羅を口に入れて返事をしてくれる。
食べさせ甲斐があるというものだ。
「征士はさー、美味しい店、よく知ってるよなー」
普通に感心してくれているようだが、これは苦笑を浮かべるだけで答えなかった。
最近ではスイーツ以外にも様々なグルメ雑誌なども購入して読んでいる事は勿論内緒だ。
そして実はチェックしておいた店は彼をつれてくる前に一度リサーチとして来店していることも。
(ただしスイーツだけはどうしても食べつけないので、コレばかりはぶっつけ本番状態だ)
「気に入って貰えたのなら良かった」
「うん。雰囲気もさ、いいし…こういう店いっぱい知ってるから、征士って好き」
その言葉に思わず固まってしまった。
向かいでそんな征士の様子を不思議に思った当麻が首を傾げる。
「アレ?どした?」
「………いや………………どうもしない」
「そ?……………あー蕎麦湯おいしー」
今、何と……?
言われた言葉を自分の中で反芻しては見るがどうにも落ち着く場所を見つけられず、些か気持ちの悪さを感じてしまう。
しかも自分がどうして固まってしまったのかさえ実は理解できていない。
ただ、どうしようもなく気持ちが今、ざわついてしまったのだ。
いつも悠然と構えているはずの美形の警部はこの時珍しく激しく動揺していたが、
周囲に鉄仮面と評される事もあるその表情は普段からあまりに豊かでないために、ほんの少し歪む程度に止まっていた。
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無自覚というのは大好きなのです。
でも自覚してるのだって大好きなのです。