azul -5-
伸の居る病院へ向かっている車の中で、征士は考えていた。
一体自分は何のつもりなのか、と。
確かに警察側からすれば当麻は大事な協力者であり、彼の護衛も兼ねて丁重に扱うのはある程度当然の事ではある。
しかし迎えに行くのは兎も角、何もわざわざ毎朝、対面なり電話なりで起こしてやる義務はない。
ついでに言うと朝食を用意してやる理由だって無い。
更に言えば、その朝食だってわざわざ彼の好きな物をリサーチしてそこから栄養バランスまで考えてやるなんて、全然、
これっぽっちもしなくていい事なのだ。
なのに。
何故自分はあそこまで彼を構ってしまうのだろうか。
まだ未成年とは言え、子供ではない。
過去にはFBIに所属し、短期間とは言えかなりの功績を挙げた人物だ。
何くれと世話を焼く必要など本来ならないはずである。
やはりコレはアレだろうか…と右にウィンカーを出しながら考える。
コレは元来の負けず嫌いの面が顕著に出ているのだろうか、と。
当麻を伸に会わせた時に言われた言葉が引っ掛かっている。
民間人を巻き込むなんて感心しないね、と。
初対面の時から伸とはある一定の距離感で、しかし別段、嫌悪感もライバル心も持たずに接していたつもりだ。
確かに彼は何を考えているのか時折解らない事はあったが、そこに悪意などない事だけは解っていたし、
それに何より誠実な人間なのはハッキリと解っていた。
その彼に言われたあの言葉が引っ掛かっている、のもあるのだろうか。
そしてその彼が当麻を構うから、つい対抗してしまうのかもしれない。
自分達は同い年だからだろうか…とも思う。
同い年で年齢の割にそれなりに結果を出し、そして期待を向けられているのはお互い様だ。
それらのプレッシャーにも負けずに立つ彼を尊敬もしたし、自分だってそうあろうとしていたから、もしかしたら
心のどこかではライバル心を持っていたのかもしれない。
自覚していなかっただけで。
それにしても、それだけの事で何もあんなムキになって当麻を構わなくたっていいはずだ。
自分の事なのに何だかよく解らない、と征士はコッソリ溜息を吐いてしまう。
今まで、自分の中で迷いなどなかった。
男子たるもの己の道を定め一直線に邁進せよ、という祖父の教えそのままに育ってきたはずだった。
なのに、今、全く自分が解らない。
昨日だって秀にはああは言ったが、自分では腑に落ちていない部分がある。
どこかはよく解っていないが、何だか必死に言い訳を並べてしまった気がしなくもない。
しかも話の途中なのに、何故本屋に寄ったのか。
それは視界にある文字が入ってきたからだ。
スイーツ。
甘いものが苦手なはずの自分には永遠に縁のない単語のはずなのに、何故か目聡く、何故か素早く見つけてしまった。
そしてその雑誌を購入までしている。
実家の人間が知ったら笑うことも忘れて若しかしたら心臓が止まってしまうのではないかとさえ思うような事だ。
しかもその雑誌を帰宅後にしっかりと読み込んでしまった。
昨日だって帰りは日付を跨いでいたし、今日は別の件ではあるが検死を依頼していたのでソレを受け取りに早朝から出なければならないのに、
ふと我に返って時計を見れば何と午前3時を回っていたではないか。
何と言うことだ。
そもそもそのスイーツだって明らかに当麻が好きそうなものばかりを必死に見ていた気がする。
一体何故、自分はそこまで当麻を構ってしまうのか。
姉と妹に挟まれて居たため、実は男兄弟が欲しかったのだろうか。
弟が居ればと思っていたのだろうか。
いや、しかしもし自分に弟が居たとしてこんなに世話を焼くだろうか。いや焼かない。
絶対に焼かない。
寧ろ、男ならば己の足で立て!と厳しく接していたに違いない。
では、何故。
ひょっとして、まさか………
「…………………ペット…?」
実家を離れて一人暮らしを始めて3年が過ぎた。
祖父母に両親、姉に妹という現代にしては大家族で育った自分は、ひょっとして寂しかったのだろうか。
いやそんな馬鹿な。そんなハズはない。
しかもペットだなんて、確固たる自我を持った1人の人間に対して失礼ではないか。
ペットなはずがない。
そんな事はあってはならない。
一瞬でもそんな事を考えた自分を、思いっきり罰したい。
そんな自己嫌悪に陥ってしまった。
一人問答をしているうちに病院には着いた。
受付に来訪を告げ、伸を呼び出してもらう。
5分と経たずに彼は征士の前に現れた。
寝ていないのか、少しばかり疲れているのが見える。
「やぁ、おはよう伊達さん。随分お疲れのようですけども、昨日は寝てないんですか?」
寝てなくはないが、ちゃんとは寝れて居ない。図星を指され、思わず眉を顰めてしまった。
それはお互い様だ、と居心地の悪い思いを、心の中で彼に向けて悪態をつくことで紛らわす。
「男前が台無しですよー。ハイ、コレ、検死結果」
からかうような口調を聞くと、やはりこの男は苦手かもしれない…と思ってしまう。
誠実なのは認めているが、どうも最近、やけに態度が妙に刺々しい。
民間人の当麻を巻き込んでいることがそんなに気に入らないのだろうか。
いやしかし秀に対する時と征士に対するソレではあまりに態度が違いすぎる。
「ありがとうございます」
しかし今はそんな事をどうこうと言っている場合ではないので、きちんと礼を告げて封筒を受け取る。
が、手に触れる寸前にその書類がひょいと引っ込められる。
不審に思い伸をじっと見ると、やはりどこか態度は厳しい。
「……この件でも当麻を呼ぶの?」
やはりソコか…と溜息を隠しもせずに出してやった。
「この件は別件だ。当麻についてはあの件以外は巻き込むつもりはない」
これは本当だ。
日本の警察だって無能ではないし、あまり外部の人間を入れることも良くないのも事実だ。
だから今回の件が解決すれば当麻をもう巻き込むことなど絶対にするつもりは、征士にはない。
「そ。ならいいけど…………」
今度はちゃんと封筒を手に渡してくれる。
征士が中身を軽く検めていると、向かいから声がかかる。
「キミも警察の人間ならさ、……どうしてあんなに若い子が突然FBIを辞めたのかってのだけでも、ちゃんと調べることだね」
からかいも、棘も含まない、ただ静かな声で。
けれど顔を上げると、そこにはいつもの心の底が少し見え難い、しかし人の善い笑みを浮かべたいつもの伸がいた。
「伊達さんもさー、仕事人間なのもわかるけどあんまり当麻ばっかり構ってると本当に彼女、できなくなっちゃいますよー。
どういうつもりか知らないけど、本当、ほどほどにしといたら?」
「それはお互い様だ」
今度はハッキリと言葉にしてやった。
ちょっとした意趣返しだ。
「僕はね、いーの」
意味もなくアハハとあっけらかんと笑いながら、じゃー僕仮眠に戻るから、と伸はその場を去っていく。
その態度がまた征士を少し苛立たせた。
どういうつもりかなんて解れば苦労はないし、それに何がお前はいいんだ、と思う。
ただでさえ悩んでいる事に更に追い討ちをかけられた気分で駐車場に向かう征士の足取りは、非常に重かった。
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伸ちゃんと征士は同い年。いつ知ったんでしょうね。