azul -47-
九州から帰って早々、お土産を渡すから外で会おう、と医師に呼び出された秀はアイスティにさされたストローを咥えながら、
もうずっと繰り返されている彼の愚痴を聞かされていた。
何でもスウェーデンから帰国すれば彼の弟は男と裸で抱き合って眠っていたらしい。
それに絶叫すれば相手の男、…征士が目を覚まして、その時の自分と同じように驚いて悲鳴を上げればまだ気も済んだらしいが、
何と彼はふてぶてしくも、
「説明する手間が省けたな…」
などと言ったらしい。
秀は久々に頭痛を覚えて、アイスティを啜った。
「信じらんないよ、だってさ、あのド腐れ野郎と来たら僕の可愛い、可愛い可愛い弟にキスマークまでたんまり付けてくれててさ、
超余裕の顔してんだよ?信じられる?信じられないよね、ホント、最低だよ汚らしい!
ホント、上掛けを全部剥がなくてヨカッタよ!下手したらあの男の汚いチン」
「先生ストップ!!!!!」
彼らしくない言葉を先ほどからつらつらと紡いでいるが、幾ら何でも外で言ってはイケナイ単語を言おうとしたので秀が慌てて遮る。
公衆の面前で破廉恥な!と言うほど秀は上品な性質ではなかったが、それでもこの目の前の医師が言ってはイケナイ気がするのだ。
「先生、落ち着きましょう、ネ?幾らなんでも、ホラ、通行人、いっぱいいますから、ネ?」
必死に訴えかければ彼も理解したのか、周囲を見渡してコホンと咳払いを1つした。
「そうだね、ゴメン……もう何ていうか衝撃的過ぎて…」
「まぁ……そうでしょうね」
聞かされた秀だって冷静に見えて随分な衝撃だ。
友人とあの美形の警部がまさかそんな関係になっていただなんて夢にも思わなかった。
だが言われて見れば確かに、特に警部の方に思い当たる事が幾つかなかったでもない。
しかしだからといって、やはり予想外の事だ、とても驚いている。
ただ目の前の医師の錯乱ぶりの方が酷くて驚きそびれているだけだ。
昨日の朝見た光景が強烈過ぎたのだろう、伸は彼らしくもなく汚い言葉と、生々しい単語を先ほどから何度か零している。
「大体さ、あのエロ河童、人の留守中に弟に手ぇ出すとか酷くない?酷いよね、酷すぎるよね?
なのに当麻ったらアイツの事庇うんだもん、お兄ちゃんとしては悲しいよ……
そもそも何してんのって怒ったらさぁ……当麻…とうまってば……最後まではやってないって……あんなデカイの入らないって……
………って事はだよ、あの腐れ外道は当麻にグロテスクで汚らしいイチモツ見せ付けたって事だよね…?
あんなに可愛い当麻相手にクソ汚い、どす黒いモンを見せ付けて、触らせたって事だよねぇ…っ!?」
聞きたくもない情報がテンコモリの午後である。
秀としては帰りたい。一刻も早く帰りたい。
伸からの土産は有難いが、こんな話付きならばいっその事、明日の朝、仕事前に貰えば良かったと後悔するが後の祭りだ。
医師の愚痴は声のボリュームこそ落ちはしたもののまだ続いている。
秀はそんな彼の言葉を右の耳から入れて左の耳から流し、ぼんやりと考えた。
頭が良すぎるせいか、どこかボーっとした所があるのを否めない当麻と、
一見完全無欠で向かうところ敵なしに見えるが、こちらも何処かズレている征士。
目の前で若干壊れてしまっている彼の兄も言っていたが、その征士のお陰で当麻の心の傷とやらは随分と回復しているらしい。
噂で聞いていた征士の姿はとても同じ人間とは思えないようなイメージだったが、こちらも当麻と会うことで人間味が出てきている気がする。
所謂、割れ鍋に綴じ蓋。
ならばそれは、まぁ兄の悲しみはさて置いたとして、充分似合いのカップルなのではないだろうか。
そりゃ伸の見た光景は随分と衝撃的だし、まぁ何と言うか、エゲツナイわけだが、それを差し引いても征士は
真面目で優しくて、一途でしかも心身ともに強い男だ。その上、見目だっていい。
非の打ち所がない。
例えば自分の妹の彼氏がこういう人物だったならば、秀ならば喜んで祝福するだろう。
秀はチラリと目の前の医師を見る。
まだ愚痴は続いているらしい。
「……なぁ、せんせー」
「それにさ………って、なに?秀君」
「先生からしたら、伊達さんってどんな人?」
「エロ河童超えて腐れ外道」
「いや、そういう部分抜いて、…その、一社会人としてっつーか、同じ大人として、どんな人っすかね」
秀と問い掛けに漸く伸はいつもの彼らしい表情を取り戻し、顎に手を当て思案する。
どんな、人。
声は聞こえなかったが、唇がそう動いていた。
「どんな、人、……ねぇ…」
「俺、あの人、イイヒトだと思います」
「……………………まぁ……ね、真面目だし」
「そうっすね」
「仕事も出来るし、頭もいいし、強そうだし、あの容姿だから迫力がありすぎるけど、優しいらしいし。
あと一途だし、ただの堅物かと思いきや意外と大胆だし根性はあると思うよ」
何だ、ちゃんと認めてるじゃないか。
もう一度ストローを咥えてアイスティを啜った。
「……………………それに…まぁ……………当麻が懐いてるしね」
彼が家族以外の人間にあんなに無防備に甘えている姿など見た事がない。
いや、下手をすると家族にさえ甘えない弟が、唯一甘えられる人間なのかもしれない。
「だからこそ、気に入らないんだよなぁ」
兄である自分にさえ遠慮をしていた弟が、何の警戒もなくその身を預けている。
悔しいし、悲しい。
だがその反面。
「でも安心、した………かなぁ…………」
「安心?」
「だって当麻ってばもうずっと誰にも本心を見せてなかったんだもん。…両親が離婚する前からずっとネ。
だから隠す本心なんて最初からなかったのか、それとも子供の頃に既にもう隠す術を持っていたのか、僕には解らなくってさ。
………それが、悲しかったし、そんな風にしか出来なかったあの子が不憫でならなかったんだ」
でも、その本心を見つけてくれた人がいたんだネェ。
そう言った医師は、自分の紅茶に漸く手をつけた。
天気は今日も一日晴れていて、空は真っ青だ。
今日の昼間に九州から戻った秀はまだ彼らに会ってないが、例えば明日の朝、どんな顔をして会えばいいのだろうかと考える。
今の状況からして、伸はきっと征士に対して随分と噛み付くのだろう。
征士は…恐らく不遜なほどに堂々としているのかも知れない。見た事はないがそういう態度がよく似合うと思う。
当麻はどうだろうか、いつもの朝のように2人の事など気にもせず、朝ご飯を美味しそうに胃に詰め込んでいるのだろうか。
それとも真っ赤になってしまうのだろうか。こちらも見た事はないけれど。
想像して秀は、何だか面白くて笑ってしまう。
そんな友人の姿は見た事がない。
だからこそ見てみたい。
どこか遠慮がちだった子供の頃、だが再会した彼は遠慮など知らないような態度とぶっ飛んだ行動を見せるようになっていた。
今度はどんな面を見せてくれるのだろうか。
そう思うと、面白くて仕方がない。
「ちょっと、秀君、何がおかしいのさ」
向かいの医師はどこか不審げだ。
そりゃそうだろう。
でも笑うのは止められない。
「先生、明日、何時くらいに当麻起こしに行きます?」
「なんだい、急に」
「いや、何時に行くのかなーって」
「………伊達さんより早く行く」
じゃあ俺は最後に行こう。
そうすればどちらかとだけ顔を合わせて気まずい思いをせずに済むし、面白い光景が見れるかもしれない。
そう思っている秀に、伸は真顔で彼を見つめ、告げる。
「だから秀君はその僕より早く行って、当麻を起こしておいてね」
「…え、ちょ、何で!?」
「だってキミ、暇でしょ?彼女いないし」
「そんな理由!?だってそんなん、先生も一緒じゃないっすか!」
「でも僕、時差ぼけで疲れてるしさ。秀君、暇でしょ?」
彼女いないし。
もう一度言われると、何だか悔しいが何故か言い返せない。
秀は言葉を詰まらせると、いい加減、彼らと付き合うのを辞めた方がいいのかも知れないと考える。
ポケットに手を入れれば当麻の部屋の鍵があった。
コレを返してしまってもいいのではないだろうか、とも考える。
頭痛の種でしかない人間が2人も居座る部屋の鍵だ。
もう例の事件だってとっくに片が付いて裁判も滞りなく進んでいるとニュースで見た。
「…………………まぁ………何か面白いし、いっすかねー…」
友人も、警部も、医師も、何だかんだといって面白い。
そう思う自分が一番イイヒトなんじゃなかろうかと考えて、秀は取敢えず今日は何時に寝たらいいかなと時計を思い浮かべて思案し始めた。
**END**
結局、ちょっと変わっただけの同じ日々が続くだけなんです。