azul -45-
ベッドに座らせた当麻の手が微かに震えている事に気付いた征士は、その手を優しく包み込んで、大丈夫、と耳元で囁いた。
「怖い事は何もしない。だから…、私を信じて欲しい」
冷静に考えれば暫くはベッドで眠ることさえ怖かったという彼だ、誰かが同じベッドで眠るという事に恐怖がないはずがない。
若しかしたら昨夜も同じように震えていたのかも知れない。
なのに自分の事で精一杯で、そんな彼の健気な姿勢に気付きもしなかった自分に舌打ちしたい気持ちになったが、それはまた後でも出来る。
今は目の前に居る、自分と想いを共有してくれるという彼と熱を分かち合いたい。
自分を見上げる当麻の目から怯えが薄れたのを見計らって、征士もその隣に腰を下ろした。
肩を抱き寄せて、先ほどとは違い慈しむように、けれど先ほどと同じように舌を絡めてキスをする。
物慣れない当麻の反応はそれだけで征士の心を満たした。
2人分の体重を受け止めたベッドが軋む。
その間中も征士はキスをやめなかった。
遮光カーテンを引くと完全な暗闇になる部屋は、当麻の意向で半分だけカーテンが閉められた。
最初は恥ずかしがって完全に閉めようとしたが、そうすると互いが全く見えず色々と困ると判断した征士が、
ベッドサイドにあるランプを点けようとし、その明かりよりは外から入る月明かりの方がまだマシだと当麻がそちらを選んだ為だ。
実際、ランプの赤々とした光よりは眩しさはない。
だが月明かりに晒される姿の方がより扇情的だという事にはまだ本人は気付いていないらしい。
人の目を惹く青い髪は暗がりに射す月の光の中で深い色になり、髪と同じ青い目も今は湧き上がる情欲で濡れている。
組み敷いた身体は細く、シャツを着ていても抗い難い色気を見せているというのに。
「当麻、もし怖くなったら正直に言ってくれ」
「……言って…止まれんの?」
傷付けたくない一心でそう告げれば、挑発的な言葉が返される。
それに征士は苦笑いで答えた。
「……………………努力はしよう」
それに当麻が笑う。
一頻り笑うと、示し合わせたようにまた唇が重なった。
何度も角度を変えながら唇を合わせ、舌を絡め、その間に当麻のシャツの中に征士の手が潜り込む。
今までだって悪ふざけの延長線で素肌に触れた事はあったが、こういう意思を持って触れるのは初めてだった。
大きくて優しい手の感触に当麻の緊張が解れていく。
1年前の、あの恐ろしい記憶の中でも肌を撫でられたが、それとは全く違うその感触に思わず息が乱れる。
人の手は怖かった。
ある程度慣れはしても、少しでも自分に興味を持って触れられる事に対する恐怖は付き纏った。
だけど今はもっと触って欲しいと思ってしまう。
もっと触れて、自分の内側まで暴かれる事を望んでしまう。
そんな気にさせる彼の手に、欲を煽られる。
彼の手に、キスにうっとりしている間に気付けばシャツは既に取り払われ、肌が外気に晒されていた。
月明かりに浮かぶ当麻の身体を征士はじっと見つめる。
1年前には痩せ細ってしまっていたという身体は、今も未だ細くどこか頼りない。
それは庇護欲をかき立てると同時に、その肌に今すぐにでも噛み付きたいという欲求をも掻き立てた。
肌にもう一度手を這わせ、胸の突起を少し強く摘まんでみれば、組み敷いた身体がビクリと反応を返した。
「…ここが……いいのか?」
「…んっ…ふぅ…っ!」
素直に反応を見せる姿が可愛くて愛しくて、今度は舌で舐め、軽く吸い付いてやれば、甘い声が聞こえてきた。
それは征士の下肢の熱を更に高めていく。
暫くその行為に没頭していると、自分の腹を押し返す感触に気付く。
彼も自分と同じように欲情している。
そう気付くと尚愛しさがこみ上げてくる。
もう一度唇を重ねて、その想いを伝えるように舌を絡めながら、彼のズボンを下着ごと脱がせた。
肌の上を彷徨わせていた手で彼の欲を直接撫でると、抵抗するように胸を押し返された。
「……当麻?」
「………………ヤだよ…」
泣きそうな目で見つめられると、自分が酷い事をしているのだと思い知らされる。
「すまない…怖かったか…」
「…そうじゃなくて…………」
当麻は一度、征士から視線を外すと蚊の鳴く様な小さな声で言葉を必死に続けた。
「俺ばっか裸になってるの………嫌だ」
言われて征士は自分の格好に改めて気付いた。
当麻の肌を貪る事に夢中で、自分は下着はおろか、まだシャツのボタンさえ外していない事を思い出す。
焦りすぎた。
初めてヤる子供でもあるまいに性急すぎたと自嘲気味に笑い、一旦その身を離してベッドの上に座りなおす。
当麻の要望どおりシャツを脱ぎ、ベルトを抜いてスラックスも下着も脱ぎ捨てるともう一度当麻の上に圧し掛かった。
「これでいいか?」
耳元で低く囁かれた当麻の顔はその声の艶に赤くなり、しかしそれとは別の感情で青くもなる。
自分に覆いかぶさる直前、目にした征士の欲を示す、その昂り。
……デカっ…
元々淡白だった当麻は自分のでさえそういう状態を見た事がなく、過去にその身に起こった事件の時だって
強い恐怖と激しい混乱の中、あの場に居た者全てのソレなど見たワケなどなく比較する対象がないのだが、それでも。
デカイ。
視覚的にも充分なほどにインパクトのあったソレは、今は腿に押し付けられその熱さも伝えてくる。
だが湧き上がるのは恐怖ばかりではない。
それほどの欲で、想いの強さで彼が自分を欲している。
そう思うと彼の雄を象徴するその部分でさえ愛しく思えてくる。
自分の肌を撫でてくれる彼に、今度は当麻の方から口付けた。
彼と同じように、彼の腿に自分の欲を押し付けながら。
そうされる事で自分が悦びを感じたように、彼も同じように感じて欲しいと願いながら。
意味を成す言葉など紡げず、部屋には荒い息と、切なげに漏らされる甘い声だけが響く。
当麻の胸や肩に、征士は所有を示すように幾つも跡を残す。
首元に残さないのは、明日帰って来る彼の兄に見つかるのはあまり良くないと判断したからで、
腹より下に残さないのは、自分の姿が視界から消えた事に当麻が怯えたからだ。
幾ら愛しいと思い求め合っても、やはり当麻にはまだ肌を重ねる事への恐怖は残っていた。
しかしそれでも欲しいと思ってくれた事に征士は素直に喜んだし、必死に自分に応えようとする彼をこの上なく愛しいと思った。
本当は彼の全身に手を這わすように舌も這わせたかったが、彼にこれ以上の無理を強いたくはない。
それに時間はまだある。
これから徐々に慣れていけばいい事だ、何も今すぐに焦る必要などない。
「…っは…ぁ……!あぁ……あぁ、…ん、せぇ……じ」
耳朶を食み、舌でそこを舐めあげると卑猥な水音が直接聞こえ、それがまた当麻の官能を激しく揺さぶる。
下肢の熱は既に限界まで張り詰め、先走りでぬめり、彼に握りこまれたソコが痛いほどに解放を求めている。
自分が握っている彼のソコもぬめっているが、同じ気持ちで居てくれているのだろうか。
相手を思い、その全てを欲し、そして自分の全てを見て欲しいと思ってくれているのだろうか。
当麻が征士を見つめる。
欲に濡れた目は、昼日中に見る綺麗な青とは異なり、貪っても足らないほどの欲を生み出す。
「せぇ……」
愛しい人の名を呼ぼうとした声は、そのままその人の唇で塞がれ、飲み込まれる。
淫らで、卑猥で、汚らしくて、愛しくて、幸せで、堪らなくて、このままでずっと、いたくて。
怯える当麻を気遣っているため体勢はどうしてもあまり変えられず、征士としては純粋にセックスとして物足りない部分もあったが、
だがそれ以上にこみ上げる感情で身体の奥底から熱が湧き上がる。
解放を、これ以上の快楽とそれに伴う解放を得ようと当麻の尻に手を伸ばした。
そして指でその硬く閉ざされた箇所を撫でた、その時だった。
「………っ…ゃ…!!!!!」
甘えるような、こちらを焦らすような拒絶ではなく、心の底からの拒絶。
先ほどの、自分だけが裸にされた時よりも、強い拒絶を彼が見せた。
「…当麻?」
その表情を注意深く伺う。
…………完全に、怯えている。
過去に無理矢理開かされた身体は、幾ら愛しさがこみ上げてもやはり恐怖が拭いきれないらしい。
当麻の目は欲とは違う涙を浮かべ、肩は微かに震えていた。
「……すまない」
征士が謝ると、脊髄反射だったのだろう、正気に戻った当麻が慌てて彼と目を合わせた。
「ご、ゴメン、征士、俺…」
「気にするな。大丈夫だ、当麻。今日はよそう」
「だけど…!」
愛しい人の望みを叶えてやりたい。
そう思ってくれている当麻の気持ちが解るからこそ、征士は優しく笑ってその背を撫でる。
「無理をするな。徐々に慣れていけばいい。…私はお前を怖がらせたいんじゃない。愛したいんだ」
その優しい声に泣きそうになってしまう。
熱を解放したいはずなのに、同じ男だからその苦しさがわかるのに、どうにもしてやれない自分が情けない。
「ごめ…ん…」
「謝らなくていい。当麻、おいで」
身体を起こした征士は緩く胡坐をかき、その中央に座るように当麻に呼びかける。
熱を煽られた身体は芯の部分がぼやけて上手く動いてくれないが、それでもどうにか身体を起こし彼の言う場所に、
彼の筋肉質の腿を跨ぐように腰を下ろした。
当麻が落ち着いたのを見計らって、征士は互いの下肢がくっつくほどに腰を近付け、そして当麻の手を取る。
「握って」
そう言って征士は己のモノと当麻のモノをぴたりとくっつけたまま彼に握らせる。
そして自分の手でそれを更に包み込んだ。
「せいじ…?」
脈打つ彼のものを、自分のものからその熱を感じ、戸惑いと共に当麻が声をかけると、
征士は優しく、しかし妖艶に微笑んでその手を動かし始めた。
「…っあ…」
手淫を施され、声が漏れる。
解放を求める熱は激しく、そしてそれを包む手は優しい。
空いている方の征士の手が当麻の背に回され、当麻も同じように征士の首に手を回す。
「あ…ん、………あぁ……っは、ああ…あ、せ……じ、……あぁ…はぁ…」
合わさった胸は激しい鼓動を互いに伝え、汗ばんだ皮膚はその思いの強さをそのまま表しているようだった。
欲望に任せてまた唇を重ねる。
舌を絡め、口内を貪りあい、絡んだ唾液はそのまま口端から溢れ顎を伝う。
下からこみ上げる快楽と絡みあう舌が意識を奪い、当麻の理性が融け始める。
征士のするままに任せていた手を自らも動かし、自分の熱を高め、征士の熱を煽る。
キスの合間に漏れる声は征士の欲を膨らませ、それはそのまま下肢の熱に変わる。
「ん……っ…んう………ふ、んん………!」
激しい動きに堪えきれない。
いつまでも終わらずこのままでいたい気持ちと、解放を求める気持ちがせめぎ合い、感情が追いつかずに閉じていた当麻の目から涙が零れた。
それは征士の頬に触れ、それが彼の涙だと理解すると征士はゆっくりと閉じていた自身の目を開けた。
少し遅れて当麻も瞼を上げ、綺麗な青が姿を見せる。
至近距離で絡み合う紫と青の、目。
互いのその色を確認しあった直後に、当麻の腰がビクリと強く跳ねた。
「………んん…っっ!」
当麻の放った熱に呼ばれるように征士も低い呻き声を漏らして、彼も熱を吐き出した。
互いの手と腹、そして胸を汚した白をそのままに、2人はきつく身体を抱き締めあう。
当麻は征士の肩に額をつけ、息を必死に整えていた。
「……よく頑張ったな」
既にいつもの呼吸に戻っている征士がその背を撫で、優しく声をかけると当麻がそのままの体勢で笑った。
「…ああいうのって………頑張った、って…言う?」
「さぁ?…ただ私はそう思ったから言っただけだ」
「何だソレ」
笑いながら身体を離し、互いの顔を見合う。
「当麻」
「…うん?」
「愛している」
「……………うん」
「お前は?」
「……俺も…………うん」
「ハッキリ言って欲しい」
「……………俺も……その…あ、…あい………………………。……………好き、だよ」
「そうか」
「………………うん」
俯いた当麻の額にいつものように征士の唇が触れ、そのままゆっくりとシーツに2人して倒れこんだ。
「当麻、」
「なに」
「明日、先生にな、話そうと思う」
「なんて?」
「私達の関係を、正直に」
「……帰って早々そんな話聞かされたら伸、ちょっと可哀想じゃないか?」
「可哀想?」
「だってブチ切れなきゃなんないじゃん」
「…それもそうか」
「うん」
「では、先生の土産話を聞いた後にしよう」
「それって大差ねー」
ベッドに横たわり、互いに裸で抱き合ったまま笑う。
満たされた気持ちそのままに、幸せな夜はそのまま更けていった。
*****
幸せのままぐっすり眠る。