azul -38-



想いを交わしたその日、征士は寝違えて首が痛いという当麻をベッドに横たえ、そこを優しく撫でてやった。
そして彼が完全に眠ったのを見届けてから、静かにドアを閉めて自宅へと帰って行った。
事件そのものが大詰めだったという事もあり本当は疲れている筈だったが、それでも嬉しさに心が満たされ、
結局殆ど眠らずに夜を明かしてしまった。

次の日の朝、秀が来るより早く、そしていつもより随分と早い時間に当麻のマンションに着いた征士は
昨日恋人になってくれたばかりの彼の寝顔を飽きもせずに暫く眺めていた。
仕事に向かう前も秀が先に出たのを確認してから、玄関まで2人を見送りに来てくれていた当麻の額と頬に口付け、外へ出た。


仕事を終えた征士がそのまま向かったのは、勿論当麻のマンションだった。
玄関まで出迎えてくれた彼を抱き寄せ施そうとした口付けは、それでも頬に着地した。
当麻が恥ずかしがって顔を背けたからだ。

昨夜、征士が自分に何をしようとしたかという事にどうやら一晩経ってから気付いたらしく、朝になって当麻は顔を真っ赤にした。
そして今朝、彼を見送る時にも本人なりに努力はしたのだがやはり照れが先にきてしまった為に先ほどと同じように顔を背け、
結果として征士の唇は頬に着地していた。
それでも征士は笑うだけでしつこく迫ったりはしない。
あくまで当麻のペースを待つつもりらしかった。



一緒に食事をして他愛もない話をして触れ合って。
それは昨日までとあまり変わっていない。
ただ変わったことと言えば、今までならそうされると笑っていた当麻が、今では顔を真っ赤にして俯くという事くらいだ。

征士が自分にしてきた事の意味合いを知らなければただ純粋に嬉しいと思えていた事も、
その真意を知ってしまうと嬉しさよりも恥ずかしさと、心を満たすどうしようもない気持ちのほうが先にきてしまうらしい。



2人仲良くソファに並んでテレビを観ていると当麻の携帯が鳴った。
ディスプレイを見ると伸からの着信だった。


「もしもし」

「ああ、当麻。元気にしているかい?」

「うん、俺は元気。伸は?」

「元気だよ。こっちは凄く寒いけどネ。……それよりちゃんとご飯食べてる?」

「うん、大丈夫」

「ちゃんと寝てる?」

「それも大丈夫」

「そう。ならいいんだ。……当麻、伊達さん、いるなら代わってくれない?」

「うん。……征士、伸から」

「………何だろうか……もしもし、代わった」

「やっぱり居たか、エロ河童」


すかさず言われた言葉に苦笑いをしてしまう。
いることを知っていてかけている相手が少しばかり恐ろしい。


「ああ」

「当麻に変なことしてないだろうね」

「してない」


開口一番、随分と信用のない質問ではあるが、返答に一切嘘は吐いていない。
少なくとも今までと大差のない事しかしていないのだから。


「本当に?」

「ああ」

「…ま、今の僕には伊達さんのその言葉を信じるしかないんだけどね」


それより、と少し真剣な声になった相手に、征士も無意識に姿勢を正す。
ソレを見た隣の当麻が征士にぴったりと身体をくっつけて、どうにか電話内容を盗み聞き出来ないものかと耳を近づけた。


「当麻、どう?本当にちゃんと寝れてるみたい?」

「大丈夫だ。昨日はちゃんと眠るのを確認した」

「………あなた、当麻が寝るまで傍にいたの?……本当に何もしてないだろうね」

「誓って言うが、何もしていない」


その寝顔にうっかり口付けようとしてしまったが、寝ている相手にそんな真似をするわけにいかない。
初めてのキスはちゃんと彼が起きている時にしたいとか考えているあたり、征士は結構ロマンチストだ。


「まぁそれも信じるしかないね…で、食事の方はどう?ちゃんと食べれてる?」

「それは」


昨夜の当麻は征士が思わず絶句するほどに菓子を食べていた。
そのお陰で、つい勢いに乗ってではあるが、互いの気持ちを確認する事が出来たとは言え、あの状態は征士もいいとは思っていない。
正直に言葉を濁してしまう。
その隣で当麻が言わないで欲しいと言わんばかりに、必死に首を横に振っていた。


「…それは、当麻本人に確認してくれ。今は言わないで欲しいと言っている」

「ちょ」


ソレ言ったらバレるだろ!と当麻が小声で征士に文句を言うと、電話口から、盗み聞きだなんてハシタナイよ!という
伸の大きな声が聞こえてきた。


「もうっ呆れて何も言えない!……すいませんね、伊達さん、お世話かけちゃって…」

「いや、私も先生が不在になると言われた時に気にしてはいたのだから、構わない」

「えっと、そっちはもう夜だよね?すいません、今日も当麻がちゃんと寝るか見張っててもらっていいですか?
初日にイキナリやらかしてくれてるって言われるとそっちも心配になってきちゃった」

「元よりそのつもりだ」

「……頼んどいてなんだけど、そう言われると安心ならないな」

「エロ河童、だからか?」

「自覚してんならいいけどネ。……じゃあ、お願いします」

「ああ。…当麻に代わらなくていいのか?」

「いいよ。当麻と話しちゃうと日本に帰りたくなっちゃう。おやすみって伝えといて」

「わかった。では」

「ええ、じゃあ」


電話を切って当麻に返すと、不服そうに口を尖らせているのに気付いた。


「…どうした。先生と話したかったのか?」

「そーじゃねーよ。…ああー、ヤだなー、伸帰ってきたら真っ先に説教されるんだ、俺……」

「仕方あるまい。事実は捻じ曲げて伝えるものではない」

「そうは言うけどさぁ……まさか征士が俺を売るとは思わなかった…」

「何を言うか。兄が弟の心配しているのに嘘など吐ける筈がないだろう」

「でもさぁ…」

「大丈夫だ。先生の不在が寂しくてつい暴食に走ってしまったとちゃんと口添えしてやるから」

「それは…っ」


それは伸の事より征士にもう会えないと思うと辛くてああなった、とは当麻には言えない。
なかった事にしたいほど恥ずかしい事を、どうやら本当に勘違いしてくれているらしい征士に態々伝えるような真似などできるわけがない。
どこか抜けている征士に感謝しつつ、今後もきっと当麻からその事について話す事はないのだろう。


「それより当麻、薬は飲まなくていいのか?」

「うん、平気」

「本当に?」

「ホントだって。…征士がいたら、俺、あんなの飲まなくたってちゃんと眠れるみたい」


事実、昨夜は薬を飲んでいない。
そんなものに頼らずとも穏やかな気持ちで眠れたのだ。
飲まないに越した事はないと山之内も言っていたのだから、尚更当麻に飲む気はない。

にこっと笑ってさり気なく可愛い事を言う恋人が愛しくて堪らず、征士は彼の額にまた口付けを落とす。
視界の端で捉えた時計は、既に11時半を回っていた。


「さあ、もう夜も遅い。そろそろ寝るか?」

「え、征士もう帰んの?」


はっきりと寂しさを見せる彼に、口付けるだけでは終わりそうにない衝動に駆られるが、そこは大人の理性でぐっと堪える。
恋人になってまだカレンダーで言えば2日目、時間で言えば24時間程しか経っていない今、
あまりがっついてしまうのは見っとも無い。


「私だって明日も仕事なのだ。お前が早く寝てくれないと差し支えるだろう?」


そう告げると当麻はそれ以上ごねたりはしない。
寂しいし傍にいて欲しいが、征士の負担になるような真似だけはしたくない。
だからテレビを消して素直に立ち上がる。


「じゃ、寝る」

「ああ。ちゃんと寝るまで傍にいてやるから」

「うん」


手を繋いで2階へ上がる間も、当麻はまた顔を真っ赤にして俯くだけだった。




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いちゃいちゃいちゃいちゃ。