azul -36-
自宅に戻ると当麻はそのままソファに寝転んだ。
伸が居れば、だらしない!と怒られるだろうと思うと何だか笑えてしまう。
あの後は征士と2人で和食を食べに行った。
容姿だけで言えば征士はどうみたってレストラン、それもドレスコードを設けているような店が似合うのだが、
性格を知れば知るほど断然、彼には和食の方が似合った。
だから当麻はそれを選んだ。
征士によく似合うモノを、彼と一緒に食べる。
まるで最後の晩餐のように丁寧にそれを楽しんだ。
恐らく今日、遅くとも明日には例の事件は全て片が付く。
元凶である女性が参加していたボランティア団体の所持している物から、最後の被害者のDNAが微量ではあるが検知されていた。
当麻もそれはミキサーからかと思っていたのに、何とそれは擂り鉢だったと聞いた時は自分の読みが外れた事に悔しがったものだ。
その擂り鉢、他の職員に聞くと、炊き出しの当日つみれを作る為、彼女が使用していたという。
証拠は、出た。
後は元夫との関係を絡めて突き崩しているところだと征士から聞いていた。
全部、おしまい。
当麻が声に出さずに口にする。
この事件も、連鎖も、遺族の気持ちの向かう先も、そして自分の気持ちも。
事件の解決のために呼ばれた自分に残されている仕事と言えば、あとはプロファイリングに関する育成だけだ。
ちょっとしたサービスで、プロファイリングの有用性をアピールした書類も作ってやろうと思っている。
それら全てが片付けば、帰国前から考えていたのんびりとした生活に入るのだ。
兄である伸もそう言って弟をこの国に連れ帰ったはずの、その生活に。
そうだ、温泉に行くのもいいとも言っていた。
想像するとやっぱり楽しそうじゃないか。
そう考えて口端を歪めて笑みの形を作る。
「……もう朝起こされることもないんだし、ダラダラしてても怒られませんよーってね」
あ、でも伸が帰ってきたらソコは怒られちゃうか、と呟いて今度は声を立てて笑った。
だから何にも寂しくなんかないだろ?と誰に聞くでもなく考える。
気が付くと陽が随分と傾いていて、当麻は自分がいつの間にか寝ていた事に気付く。
おかしな体勢で眠っていたから身体が少し痛い。
若しかしたら首を寝違えたかも知れないなと思って、首を少しずつ捻ってみる。
「……やっぱり」
右の方がおかしい。
下手に動かしたりしてはいけない痛みだ。
「よし、今日は飯作らない。だって首が、痛い」
誰に聞かせるでもない独り言を大きく言う。
当麻だって自炊くらいは出来る。
渡米した後、ジャーナリストに戻った母は家を空けることが多く、彼女の知人がその間幼い当麻の世話をしてくれていたが、
毎回というわけにいかず、結局当麻は自分で料理を覚えるほか無かった。
日本に戻ってきてからは兄が作りに来てくれたり、征士が外に連れて行ってくれたりしていたので殆ど料理をしていないが、
それで急に腕が鈍るわけではない。
それなりのモノを作る事が出来る。
が、やはりモノグサなのだろう。
何かと理由を付けて自炊をサボる傾向がある。
そういう時は大概近所のスーパーで惣菜を買ったり、コンビニで適当なものを買ったりしていた。
出前という選択肢もあったが、他人に対してまだ警戒心を拭いきれない当麻は、自分のテリトリーに見知らぬ人間が入ることを避けたがる。
「…んー、今日の気分はどっちだろうなぁ」
コンビニに行けば物珍しい菓子も手に入る。
しかしコンビニの弁当は大食漢の当麻にはハッキリ言って1つでは物足らず、かと言って幾つも買うのは妙に恥ずかしい。
近所というだけあって、何度か足を運んでいる場所だ。
あまり変な印象を持たれるのは嫌だった。
ではスーパーはどうか。
スーパーの惣菜なら1品ずつ買えるので好きな物を幾つか選べるが、そこのスーパーは菓子の類があまり充実していない。
今日は菓子を沢山買いたい気分だった。
かと言ってスーパーとコンビニをハシゴする気は起きない。
当麻の家から間逆の方向にそれぞれがあり、買い物袋を提げたまま入るのも躊躇われる。
となると。
「………いっそ食べないのも、アリかな」
考えることさえ煩わしくなってくる。
腹は減るかもしれないが、それを無視する方法だって当麻は持っていた。
何かに集中してしまえばいいのだ。
当麻の集中力は人並みはずれている。
元々は大食漢で、秀に言わせると燃費の悪い身体の当麻はすぐに腹を空かせるくせに、何かに集中していると他の者が気を遣わないと
いつまでも食べないという、些か不健康な面があった。
それは睡眠も同じで、だからこそ伸は事細かに当麻の生活に口を出しているのだが、本人にあまり改善しよという気が無いらしい。
何もかもが面倒に感じるのは寂しいからじゃない、と今度は何処かへ向けて言い訳をする。
兎に角何かしようと思い部屋を見渡す。
本を読んでも良かったが、最近買ったゲーム機が目に飛び込んできた。
所謂”狩り”をするゲームだ。
これが中々に面白く、つい先日も薬で頭がぼんやりしてきているのにしぶとく続けてしまった。
あまりのハマりように、危うく伸と征士に没収されかけた程だ。
それを止めてくれたのは秀だが、実は秀が”狩り”の仲間だと2人は知らない。
知っていたらきっと2人まとめて没収されていただろう。
電源を入れて、タイトル画面からセーブデータを開けると、後は只管モンスターを倒して回っていた。
集中していた当麻の意識をゲームから引き剥がしたのは携帯の着信音だった。
音からしてメールだ。
一旦中断すると、当麻は携帯に手を伸ばす。
メールの差出人は征士だった。
内容が何であるか想像のついた当麻は、深呼吸をする。
受け入れる準備は出来た。
開いたメールには予想通り、彼女が犯行を認めた事と、その事後処理で今日は遅くまでかかりそうだという事が書かれていた。
そして。
この件の後のことは数名だけを残して自分は担当から外れる、という事も。
予想できていたし解っていたことだ。
だから当麻は、
おめでとう。お疲れ様でした。
今日は帰ったらゆっくり休んだ方がいいと思う。
じゃあ、おやすみ。
と簡素な言葉を添えて返信した。
携帯をパタリとソファに落とす。
ゲームはまだ途中だったしセーブもしていなかったが、それに構わずそのまま電源を落とした。
解っていた、から。
思っていた以上にアッサリと心は受け入れた。
けれどやっぱり胸が痛い。
呼吸が苦しくなる。
解っていた、のに。
抱えた膝に額をくっつけると、暫くその姿勢のままで過ごす。
今は感情の波をやり過ごすしかない。
諦めるのは子供の頃から慣れていたから、この波さえ過ぎれば後は何てこともないように平静に戻れる事を知っている。
大丈夫、彼は自由になったじゃないか。
そう何度も繰り返しながら、その姿勢のままで過ごした。
どれくらい時間が経ったか解らなかったけれど、腹の虫が鳴いたのを切っ掛けに思わず笑ってしまう。
こんな時でも食い気かよ。
流石に自分でも呆れてしまう。
それでも幾らか気分は持ち直したらしい当麻は、財布を手に取敢えずはコンビニへ向かおうか、と玄関へ向かった。
*****
その日の当麻。