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「…違うな。この件の加害者の嗜好は本来もっと幼児に向けられてる。性器への関心の払い方が10代の人間へのソレじゃない。
でも今までは衝動を抑えられていたのに例の事件でその箍が外れて、隠れ蓑にする事を思いついちまったって感じだな。
身長は173cm前後、体重は軽くても68kg、重くても70kgはいかない。標準的な体型。
左手にペンだこがあるから左利きでデスクワークがメインの職業の人。でもジムに行くか個人でかは知らないけどある程度鍛えてて、
上半身の方が筋肉量が多め。あくまで趣味か健康管理の範囲。それからここ1年内に右手の小指を骨折してる。
あぁ、あと人付き合いは巧いタイプだろう。ここから車で3時間ほどの場所に住んでるか職場がある人間で絞って探してみてよ」


つらつらと淀みなく出る当麻のプロファイリングを秀は感嘆の溜息と共に、征士は満足げに頷いて聞いていた。
そして。


「凄いなー……流石だね、当麻」


エライエライ、と伸は当麻の頭を撫でているが、実は今回の現場に呼ばれていない。

何故いるのか。
それが秀も征士も顔に出ていたのだろう、2人に気付いた伸が不服そうな顔をして見せた。


「なんだい、せっかく前の検死結果を届けにきてあげたってのに。急いで欲しいって言ったのはキミ達の方だよ?
夜勤明けで帰りたいのをおしてまで来たのに…」

「ならばソレは私が預かろう。…ありがとうございました。毛利先生はお疲れでしょうから今日はもうお引取り下さい」

「慇懃無礼な男だね。もうちょっと人当たり良くできないの?苦情がきても知らないよ」

「生憎愛想を求められる職種ではないので問題ない。それよりも現場は”警察以外立ち入り禁止”だ」

「なら当麻も駄目だね。じゃ、当麻。僕これから遅い朝ご飯を食べてから帰るけど、一緒にどう?」

「…訂正する。”関係者以外立ち入り禁止”だ」

「だったら僕も”関係者”になるね」


また始まったよ…と秀は最近、持病になってしまったのではないかと思うような頭痛に悩まされる。

いい加減、誰か何とか言ってくれよ…と救いを求めて周囲を見渡すが、誰も秀と目をあわせようとしない。
爽やかな好青年医師と美形の警部の遣り取りは、忙しいからか、はたまた見慣れた光景だからか周囲の者は誰も気にも留めない。
…というよりも、実はこういう時の対処が秀の仕事だという暗黙のルールが出来上がっているというのを、秀自身が知らなかった。


「俺、クラブサンド食べたい」


そうして今回は、”朝食”に気を引かれた当麻の一言で一先ずの収束を迎える。




本当はその朝食の席に征士はついて行きたかったし、征士が行こうが行かまいが秀には行けと言っただろう。
けれど今いる場所は事件現場だし、当麻がプロファイリングしてくれた特徴に当て嵌まる人物を探さなければならない。
つまり、仕事はまだ何一つ片付いていない状態だ。
そんな中で、行ってきます、と言うほど征士は己の職務を忘れているわけでもなかったし、愚かでもなかった。

だから伸の車に乗り込む当麻を、黙って見送るしかなかったのだ。
常人であればほんの僅かに口元が引き攣っている程度、しかし鉄仮面と陰で言われている征士にしては大層悔しそうな顔で。







遅い目の朝食と言っても夜勤明けで昨夜に摂った食事を最後にロクに食べず仕事を続けていた伸は、パスタセットを頼み、
そして向かいの当麻はご希望のクラブサンドの他にホットケーキとハニートーストとバナナジュース、それからデザートにパフェとシューアイスを頼む。


「…何。キミまさか朝ご飯、食べてないの?」


そんなハズがない事を確信しながら伸が聞くと、


「ううん、ちゃんと食べた」


と当麻が返す。
そう、今朝もちゃんと食べた。
征士にお願いしてコンビニのオニギリを5つとサラダとヤキソバを買って来てもらって。
それでも。


「でもさっき頭使ったから腹減っちゃって。糖分も足りなくなっちゃったし、アタマイタイ」

「…そ。まぁ食べたんならいいよ」


頭が痛いって熱はないよね?と念のために聞きながら当麻の長い前髪をあげて額に触れる。
どうやら熱はないようだ。純粋に疲れたのだろう、と明らかに安堵の表情を伸は見せた。


「……伸って心配性だよな」

「僕の職業が医者だと知って心配性だなんて言ってるんなら、キミはとんだ大ボケだよ。痛いのは頭だけ?」

「ん。後は…眠い」

「家まで送ってあげるから食べながら寝るなんて器用な真似だけはしないでね」


本当は夜勤明けで眠いのは伸のほうであろうに、律儀に当麻を自宅まで送り届けるという彼に、
こりゃ心配性というより過保護だ、と当麻は思うがとりあえず黙っておく。
だってここから歩いて帰るなんて絶対嫌だったし、こういう時の好意には素直に甘えておいた方がいい。





「そう言やさ……伸、あんま征士イジメて遊んでやんなよ」

「苛めて遊んでるだなんてヒドイな」

「だってそうじゃん。…征士、真面目だしさ、駄目だってあんまからかっちゃ」

「解ってるよ。彼との付き合いはキミより長いんだからネ。……でもね、当麻、気をつけてね」

「大丈夫だよ…征士は警察の人間だし真面目だし」

「彼が真面目で公正な人間なのは認めるけど、最近は警察の不祥事だって少なくはないんだ。
それにいつ誰がどんな風に豹変するかなんて解らないんだからね、用心だけはしてよ?」

「ん」


気のない返事するんじゃないと、と真剣な目で当麻を見る。
ちょっと気まずそうな顔をしてから当麻はゆっくりと小さく首を縦に振った。


「……解ったって」

「うん。じゃ、約束」

「………はいはい。約束、ね。…………あー眠い」


面倒臭そうに、でもちゃんと約束をしてくれた事に伸は満足げに微笑む。
そういう顔をするから当麻はそれ以上文句は言わなかった。


「でも僕も流石に眠いなぁ……ね、当麻のトコで寝ちゃ駄目かな。仮眠程度でいいんだけど」

「それは駄目」

「何で」

「俺ん家、客用のベッド無いし部屋もないもん」

「あの間取りで?」


伸はただ驚く。
実際、当麻の家に行ってもまず向かうのは彼の寝室だしその後はリビングに行くから他の部屋を見たことはないが、
メゾネットタイプの部屋は1人暮らしをするには充分すぎる広さがある事だけは解っていた。


「俺の寝室と一応の仕事部屋以外は、アレ全部書庫扱い」

「……はぁー…本の類は多いだろうとは思ってたけど、まさか他の部屋全部が書庫とは思わなかったよ…」

「それに………散らかってるし…」

「なるほどね。ソコに僕が行けば片付けろって煩く言われるって解ってるってことだね?」


無言。
無言ほど雄弁な肯定はない。


「解ったよ。無理に寝かせてなんて言わないから、ちゃんと暇を見て片付けるんだよ?
それから出したものは使い終わったら片付けること。コレは基本だからね」

「………………………善処します」


心配性で過保護で、そして適度に厳しい。これではまるで母親だと当麻は思う。
彼を産んだ母親は結構に大雑把な人だったからイメージでいう”母親”だけど。


「じゃあ、兎に角食べよう。で、帰ったら寝る前に歯を磨くんだよ。いいね?」


やっぱり”母親”だ。
そう思って噴出した当麻の頭の中なんてこれっぽっちも知らない伸は、変なモノをみる目で向かいの青年を見ていた。




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でも結局当麻は部屋を片付けないと思います。