azul -13-



「これから1時間ほどかかりますし、帰ってくださってても構いませんから…」


征士が迦遊羅の病室に訪れた時、彼女はストレッチャーに乗せられこれから検査に向かうところだった。
部屋の中にいる当麻へと声をかけている。


「1時間って言ったらちょうど遼が来るくらいだろう?アイツ、小テストがあったって言ってたから そろそろ結果出てる頃だろうし、
この前の成果がどんなモンか俺も興味あるし……それに迦遊羅、戻ってくるんだから俺、ここで待ってるよ」


言われた当麻は別に気負うでもなく軽く彼女に告げてやると、それだけなのに少女は頬を染めるのだ。
それを征士は複雑な気持ちで見る。
では、と当麻と、そして入り口に立ったままの征士に挨拶をして彼女はそのまま検査室へと向かった。




「で、進展、どう?」


征士が中に入るなり当麻が切り出した。
言っているのが例の事件であることは解っている。
ここが病室で、いつ遼が入ってくるか解らないのでこういう時は言葉が短い。
それは征士に取っても有難かった。


「駄目だな。全員、自分がしたことは認めているが、骨の受け渡し方法になるとダンマリだ」

「スタートの犯人って、確か会社員だっけ?」

「24歳のな」


若いのにエライ事で人生棒に振ったなー、なんて一切の心も込めずに言う。


「ソイツのさ、何か後ろ盾っていうか、えーっと、黒幕っての?そういうの、いないかな」

「今洗ってはいるが、奴も自分が全て仕組んだと言い張ってならん」

「余計怪しい?」

「どう見ても」

「だろうねー………悪いオトナがいるのかな?」

「恐らくは」

「でもソイツは兎も角、他の連中にはどうやって黙らせてるんだろう…」

「犯人同士の繋がりはなかったからな。もっと掘り下げていけば何か出るかも知らんが、如何せん、全員まるで呪われてるかのように喋らんのだ」


そう言った征士の顔には疲れが見える。
今朝も、昨日の朝も当麻のところには来なかったことを考えると、相当に忙しいのだろう。
身形はいつものように整えてはいるが、ふとした時の仕草や表情に疲れが滲み出ていた。

疲れても美形ってどこまでもサマになんのな、なんて当麻は考えているが、そんな暢気な事を考えている場合ではないと頭を戻す。


「で、アッチは?」

「ああ、真田少年の方か…アレは当麻が車のナンバーを覚えていてくれたお陰ですぐに見つかった」

「あ、そうなの?」

「…間抜けな連中でな………普通、…いや、普通と言っては何だが、大抵盗難車である場合が多いのだが、
アイツらは驚く事に自分達の車で犯行に及んでいてな……」

「………マジで?」


マヌケすぎるだろ、と当麻は目を丸くする。
征士も溜息を吐いて呆れかえった態度を隠そうともしない。


「持ち主を捕まえて尋問すればすぐに仲間も割れて、ソイツら全員、すぐに吐いた」


コンビニでコピー機を使おうとしたら、中に例のリストが残っていたという。
中に見知った名前があったので、コレが何のリストか知りたくなり、かと言って直接聞ける仲でもなかったため、
仲間内と悪ふざけも兼ねてああいった行動に出た、というのが真相だった。


「…っバッカばかしい…っ!」

「全くだ」

「じゃ、今回の事とは全く関係ない連中だったって事かよ」

「そうなる。しかしアレがコピー機にあったという事は、何枚刷られたかは知らんが出回っている可能性は大きい」

「……確かにね。それ考えたらせめてその1部でもあの馬鹿たちに取られててラッキーだったかも」


安心していい事ではないが、それでも今までの事からすると気が抜けてしまうのも事実で、
思わず2人して少し笑ってしまった。




「ふあぁ……っ」


話し終えて少しの間が空いた時に、当麻が大きく欠伸をした。


「なんだ、寝不足か」

「そーゆーワケじゃないんだけどさ、ホラ、俺って頭使うと眠くなっちゃうじゃん?」

「勉強を教えるのはそんなに疲れるのか?」


そんな大した事じゃないと思ってたんだけどナァ…とまた欠伸をしながら言う。


「やっぱり人に教えるって、結構、頭使うのかも」

「ならば教師というのは相当過酷な仕事だな」

「ホントだよ…授業中寝てばっかだったっていう秀に今度ソコんとこみっちり教えてやんねぇと」

「今更だろう」


言ってまた笑う。


「そいや征士、今日はゆっくりしてられんの?」


青い目が珍しげに見上げてくる。
確かに最近は忙しくて話を終えるとすぐに仕事に戻っていた征士が、今日はいつもと違って長く居るのだ。
不思議に思って当然だろう。


「私だって人間なんだ。息抜きくらい、させてくれ」

「俺は全然オッケーだけどさ、大丈夫?仕事」

「寧ろ向こうから少しは休めと言われたのが本当のところだ」


彼は基本的に真面目すぎるが故に仕事に詰めすぎているのは当麻にも解っていたので、その周囲の判断は正しいと思った。
きっと本人はタフな為に気にしないかも知れないが、1人だけ突出して精力的に働かれると、周囲が今度は休みにくくなることもある。
だから、征士の事を気遣ってもいるが、暗に自分たちも休みたいのだろう。


「で、結局帰らずに此処に来て仕事の話しちゃってんだから世話ないよな」


当麻に笑いながら言われてハタと気付いた。

そう言えば何故、此処に寄ったのだろうか。別にそこまで急ぐ用件でもないのに。
正直に言えば此処に来た時にこの病室の主とも言える少女が部屋を開ける事になったと解った時に、少し安堵していた。
いや、安堵、などというものではない。
平たく言って、運がいい、と思ってしまったのだ。

最近いつも刺々しい言葉を放ってくる伸が、今の時間だと診察中という事も解っていたし、
秀が席を外して病院内に不審者が居ないか、不審物がないか見回っているのも実は到着した時にその姿を見たから知っている。
そして病室に来れば、彼女も居なくなった。
これを自分は、運がいい、と。
そう思ったのは何故だろうか。

仕事の話を切り出しやすいからか、とすぐに答えに辿り着いた。

しかし納得がいかない。
この感覚はもう随分と続いている。
色々な所で自分の行動や感情に納得がいかないのだ。
こんな事はそう長い人生ではないが、初めての事だった。
寧ろ先ほど辿り着いた答えだって、まるで後付のようにしか思えない。

それに何故かこの部屋に居る少女を、時折酷い気持ちで見ている自分がいる事を最近自覚している。
それも何故だか解らない。
いや、彼女の兄のこともだ。
彼らには何の罪もなければ、悪意もなく、寧ろいっそ愛らしいほどに純粋な兄妹だと言うのに、
その彼らに対して時折怒りのような、もっと重苦しいような感覚を覚えるのは何故だろうか。

疲れている、のだろうか。

半ば無理矢理結論付けようとする征士の隣で、また当麻が欠伸をした。


「…眠いのか」

「正直。…でもなぁ」

「でも、何だ」

「ココ、寝る場所ってこのベッドしかないからさぁ…流石に使えないだろ、オンナノコの使ってるベッドだぜ?」


苦笑しながら黙って聞いてやる。
そしてまた、欠伸。
相当眠いのだろう。


「うー…でも眠い…!眠いけど、椅子じゃ上手く寝れない!凭れがない!!」


つまりはそういう事、らしい。
確かにこの部屋のパイプ椅子では横に並べて眠るわけにもいかないし、そうやって寝ているところに誰か入ってくれば、
帰るよう言われてしまうだろう。
そうなっては、最初に彼女とした約束を破ってしまう事になるのも、彼はどうやら嫌らしい。

それならば、と征士は一つ提案をしてみる事にした。


「私の肩を貸してやろうか?」







その提案には、少しの間も置かずに返事が返された。
壁際に椅子を並べて腰を下ろすと、すぐに左肩にコトンと重みが降ってきた。
遠慮のないその行動に思いもよらず頬が緩んでしまう。

視線を左へ送れば、既に当麻は眠っていた。
青い髪の隙間から覗くのは、今は薄く閉じられた瞼。
その先には薄い桜色の唇があって、更に先には平らな胸が緩く上下しているのが見えた。
それらを眺めていると自分の中に穏やかな気持ちが広がっていくのが解る。

言いようのない、この暖かさ、幸福感。

自分も疲れていることは確かなので、彼に凭れさせてやるかわりに自分も彼に凭れかかって少し休もうと思っていたのに、
今は眠ることさえ勿体無い気がしてくるから不思議でならない。
僅かに感じていた眠気など、とうに失せた。


ああ、本当に自分は一体どうしてしまったのか。

そう思いながらも、征士は結局遼が病室に入ってくるまでそのまま眠る当麻を眺めていた。




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入ってきた高校生、ビックリしますよね。