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通りすがった看護士に、伸との話が終わったら真田迦遊羅の病室へ来て欲しいと征士への伝言を頼んでおいたが、
彼と、そして当然のように伸がその後ろに続いて現れたのはその伝言から僅か10分ほどだった。
早速、リストの件は兄妹の手前伏せて征士へ掻い摘んだ説明と、そして伸に彼女への見舞い客の制限をかけれないかと聞いてみた。

兄妹と相談した結果、この病室に来るのは兄である遼、そして滅多と来れないが叔父の2人。
そして入院の原因になった件の聞き取り調査と、今回の兄の連れ去り未遂の件で担当になる警察関係者数名のみに決まった。


「あのさ、その関係者の中に俺も入れてもらっていい?」


説明以降、周囲の話を聞く側に回っていた当麻が切り出した。
途端、想像していた通り伸の顔が険しくなる。


「何言ってるの、キミ」

「そう言われるの、解ってたけどさ……でも俺、ちょっととは言え関わっちゃったし」

「関わっちゃったし、じゃないよ。キミがあの件で伊達さん達に関わる事自体、僕は感心してないのに、更に自ら首を突っ込むのかい?」

「そんな野次馬みたいに言うなよ」

「同じようなものじゃないか!」

「違うだろー……それに俺、勉強見てやるって約束しちまったし」


伸の態度など歯牙にもかけないと言わんばかりに、な?と双子へまた笑いかけたが、彼らは流石にこの遣り取りに不安そうだ。


「そういう約束を、軽々しくするモンじゃないよっ」

「あーのなぁ…」


当麻が反論しようとすると、彼の申し出をよしとできないらしい征士も口を挟んできた。


「当麻、此処へはどうやって来るつもりなのだ。現段階では私は今回の件の担当にはなれないぞ」

「朝皆が来た後に一緒に出るとか駄目かな」

「では朝はいいとして、帰りはどうするつもりだ」

「うーん…伸と帰るとか?」

「毎回そう都合よくみなの予定が合うわけではないだろう。下手をすれば帰る手段がない場合だってあるのだぞ」

「そんなん、電車があるだろ。何なら駅前と此処を往復してる送迎バスだってあるんだからソレに乗れば済む話だ」

「当麻…それは許可できない」

「何で」

「不特定多数の人間が雑多に入り乱れる場所にお前を1人で出歩かせるのは懸命な判断ではない」

「俺は一体幾つのガキだよ…今日日、私立小学校に通ってる子供だって1人で電車乗ってるってのに…俺は何なんだよ」

「自分の立場がわからんワケではあるまい」

「解ってるよ!解ってるけどさぁ……じゃあバイクで移動するよ。何なら原付でもいいや。家からそんなメチャクチャ遠いわけじゃないし」

「事故にでも遭ったらどうする」

「そんなん言ってたら俺、本格的に強制引き篭もりにされちまう」


冗談めかしてかわそうとうする当麻の態度に伸同様に征士の顔も段々と険しくなってくる。


「それにさ、事故ったとしても病院の近くならすぐ処置できるじゃないか。
目の前に優秀な外科医も居るわけだし、ここって飯も美味いって評判だし。そう思えばソレも悪くないかな?」

「冗談じゃない!!」


遂にはとんでもない冗談まで口にした当麻に、今度は伸が叫んだ。
つかつかと歩み寄って当麻の正面に立つ。


「何が処置だ!人に心配かけるのもいい加減にしろ!!!」


怒りはしても怒鳴る事などない、ましてや激昂する姿など想像も付かなかった伸の様子に流石に征士も秀も驚く。
突然の事に病室は完全に静まり返った。


「……今のは…流石に冗談だって…」

「冗談でも聞き捨てならないね!!」

「大丈夫だって、おれ、そんなヘマしないから。だからそんな心配は…」


それでも此処に来るという意志を曲げるつもりのないらしい当麻が尚も言い募ろうとすると、その腕を伸が強く掴んだ。
思いのほか強かったらしい力に、当麻の眉根が寄せられる。
それに抗議しようとしたが。




「解らないのか!?僕はキミが病院のベッドに居る姿なんて想像すらしたくないんだよ!!!!!」




悲痛な、叫び。

言われ、腕を掴まれているのは当麻なのに、何故かそうした伸の方が何倍も辛そうな、声。
当麻の腕にあるその指は、関節が白くなり小刻みに震えるほどに強く掴んでいる。
立っていることさえ辛そうに見えるその姿は、まるで当麻に縋る事でようやく立っていられるようにも見えた。


「…頼むよ、………お願いだ、当麻……だから、冗談でもそんな事を言わないで……」


搾り出すような願いに、誰も言葉を出せない。
常にない、医師の異様な姿。

重く長い沈黙に小さく答えたのは、当麻だった。


「……………ごめん…」


今のは俺が無神経だった、と続けると漸く伸も気が落ち着いたのか、


「…僕こそいきなり大きな声を出して、ごめん」


ゆっくりと当麻の腕から手を放しながら呟くように言った。







冷静さを取り戻した伸は、それでもやはり当麻が此処に1人で来るという事には賛成してくれなった。
征士も先ほどと同じ理由を挙げて、伸と同じ意見である事を変えてはくれない。
しかしだからと言って当麻も最初に決めた事を変えるつもりはないらしい。

話は見事な平行線だ。2対1のあたり、若干当麻のほうが分が悪い。

秀が双子をちらりと見ると、不安を隠そうともしない兄と、そして不安よりも諦めがその目に浮かび、
それでもまだ気を遣おうとしている妹の姿がそこにある。

過去はどうあれ当麻を守る事を己の義務としている征士の気持ちは解る。
リストの事もあるだろうが、2人が到着するまでの間に当麻がこの兄妹をすっかり気に入ってしまっているのも解る。
儲け主義としてではなく、人を救いたい、できれば誰も痛い思いなどしない方がいいと思っているだろう伸の姿勢も解る。

だからさっきまで完全に黙っていた秀は恐る恐る手を上げて、言ってみた。


「あの………伊達さん、俺、この件の担当の1人に…推して貰えないっすかね」

「…は?」

「…………」


伸と征士の鋭い視線が同時に投げつけられる。
平素見たことのないその鋭さに、秀は怯みそうになるけれど、だけど友達である当麻の気持ちを尊重してやりたい。
腹に力を入れて、怯むな俺、と言い聞かせる。


「だから、あの…俺が、担当になったら此処にもしょっちゅう出入りする事になるし、その時に当麻を連れてくればいいんじゃないですか?」


その言葉を聞いた兄妹の目が、明らかにキラキラとしたのが視界に入って秀も何だか勇気付けられた。


「大丈夫ですって!俺、まだ入ったばっかですけど、身体だけはホント頑丈だし、何かあってもココに居る…
えっと、コイツらも、当麻も絶対、命に代えても守りますから!!」


最後は思いっきり力を込めて一息に言う。
するとさっきまで鋭い視線を投げ掛けていた伸の目が和らぎ、そして困ったように眉を下げたのが解った。


「…医者としてはキミにも怪我なんかして欲しくないんだけどね」


表情を見れば、どうやらこちらの許可は下りたらしい事は解った。
続けて視線を征士に向ける。
こちらは鉄仮面と呼ばれるだけあって伸ほど明らかではないが、それでも幾分か目が柔和になっていた。


「あまりこちらから口を出してばかりいると、ますます互いの溝が深まるだけなんだがな…」


警視庁との溝の事を言っているらしい。
けれど、どうやら手を貸してくれるようだ。

言った秀も安心して見渡すと、案外感動屋なのかして遼の目が潤んでいるし、迦遊羅も色の白い頬を赤く染めて微笑んでいた。




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折れる切っ掛けが欲しい時だってあります。