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秀麗黄はココ最近、 朝からちょっと頭が痛い。


目の前にはいつの間にかアメリカに渡り、そしていつの間にか帰国していたという友人。
彼の右隣には、まだ年若いというのに腕も良ければ人当たりもいいと評判の医師。
そして友人を挟んで左隣には、非の打ち所のない容姿と中身という天に二物を与えられた警部。

向かって右にいる医師の名を毛利伸といった。
検察医でもある彼と警察関係者の秀は仕事上、よく顔を合わせる。
気難しいところなどなく、疲れていても常に人への気遣いを忘れない、それはそれは優しい人物で、
10近く歳が離れているにも関わらず秀のうっかりと零す失言にも、何の嫌味もなく、そして友人のように
笑顔で軽く棘をさしそれ以上に優しい態度で接してくれる大人物だった。

左の警部の名は伊達征士といった。
新宿署に勤め始めてまだ1年も経っていない秀が警視庁勤務の彼とは面識がない頃から
噂だけはいやでも耳に入ってくる、彼は所謂有名人だった。
有名になるその理由は、活躍ぶり。と、女性を惹きつけてやまないその容姿の事。
ただ同時に、派手な容姿とは裏腹に性格は硬く真面目、誰の秋波にも靡かない、と聞いた。

なのに。

今、目の前のその大人物と真面目と評される大人2人は、自分の友人を挟んで大層大人気ない遣り取りを繰り広げている。


「当麻、キミの大好きなスコーンを焼いてきたよ。ハチミツも持ってきているからどうぞ」

「当麻、お前の好きだと言っていた店でベーグルとコーヒーを買って来た」


そして真ん中に挟まれている友人は寝起きの姿そのままに膝を抱え、供された食べ物と睨めっこ中で2人の話など全く聞いていない。

友人は、羽柴当麻といった。
小学校2年の1学期に転校してきて、夏休みが明けると既に学校を去っていた。
聞くとどうやらその時に渡米したらしい。
他の人間では見られない青い髪に青い目。そして子供の時は知らなかったが人より遥かに抜きん出た頭脳。
再会するまでの間、彼がどのように生きてきたかなんて秀は知らなかったけれど上司から聞かされたのはFBIにいた、という事だけだった。
秀からすれば確かにそれは驚く事だったし凄いけれど。
そんな事よりもたった3ヶ月だけとはいえ、強烈なインパクトを残して去った友人と思わぬ再会を果たせたのは嬉しかった。

が、今は兎に角その友人を挟んだ大人2人のせいで兎に角頭が痛い。


時間は朝の7時半。場所は当麻の借りているマンション。
合鍵を持っているのは自分を含め、この医師と警部のみ。
その合鍵だって妙な流れで持たされる事になった。それだって既に”頭が痛い”。





事の発端は、この2ヶ月で不定期に、しかし確実に続いている猟奇殺人事件だった。
秀のいる新宿署が最初にこの事件を担当したこの事件は猟奇的で犯行エリアが広く、厄介そのもの。
そして一向に捕まらない犯人に遂に警視庁が動き、そしてそれでも犯人の尻尾さえ掴めない日が続く、最悪の事件。
被害者は10代の男女。
模倣犯と思しきものまで最近では増えてきて、警察関係者の苛立ちも顕になってきていた。

この事件の一刻も早い収束を願うのは誰だって同じだ。

そんなある日、現場へ向かっている時に上司から告げられたのが、非公式ではあるが過去にFBIに所属していた人物に協力を仰いだ事、
今日の現場から参加してくれるという事、警視庁側から迎えを出しているという事の3つだった。

上司の口調と警視庁の人間が迎えに上がっているという事からして、きっとベテランなのだろうと秀はこのとき予測していた。


自分達が現場に到着してから遅れること30分。
他の警察関係者たちも苛立ち始めているところに如何にも高そうな車が1台入ってきた。
誰かが「ああ、伊達が迎えに行っていたのか」と呟き、「相当な待遇だな」と続いて誰かが呟いた。

この時点で秀は伊達と面識がなく名前を噂で聞く程度だったが、どうやら彼が迎えに出るというのは相当なことのようで、
それはつまり、協力者が自分では想像もつかないような立場の”お偉いさん”なのかも知れない、と自然身構えてしまう。


車からまず、伊達と思われる人物が降りてくる。
ああ、本当に皆がキャーキャー言うような美形だな、と感心しながら初めて見る噂の人物を秀は見ていた。
その人物が後部座席のドアに手をかけ中の人物を丁重に車外へと連れ出す。
ソツのないその動作に何だか映画を観ているような、現実味の薄い感覚と共に、
エスコートが必要って事ぁ、おばちゃんなのかな?なんて考えながら。

しかし現場に現れたのは、自分と歳の変わらない青年だった。
遠目にも解るほど鮮やかな青い髪。
その色はそうそうお目にかかれるものではない。
あれから10年ちょっと経っていたが、だからと言って忘れるはずがない。
だから秀は思いっきり間抜けな声で、


「当麻!?」


と、彼の名を呼んでしまった。
その声にのろのろとした動作で当麻が振り向く。
手は、伊達に引かれたままだ。
直後に目を見開いて、そして自分の手を引いている伊達の手を外し、秀に向かって駆け寄ろうとして、

そして目の前で派手に転んだ。

その時の周囲の驚きようったら。
だって現れたのは随分と年が若くて。
そして現場で一番下っ端の秀に呼び捨てにされて。
そしてそして勢いよくその場に転んでしまって。

秀も突然の事に驚いて動けなかった。
が、伊達だけは事情を知っていたのかして、違った。
咄嗟に彼に駆け寄り抱き起こしている。


「さっき起きたばかりなのに急に走るとは…大丈夫か?」






現場を粗方見たあとで当麻は遺体を見せて欲しいと言い、既に運ばれている病院へ向かう事になった。
同行者は彼を連れてきた伊達と、そして知り合いという事で秀の2人が選ばれた。

その先に居たのが、毛利伸である。

彼と秀は既に面識があったが、やはりというべきか伊達と毛利も面識があったようだ。
伊達が進んで毛利医師に当麻を紹介し、優しい顔で医師が手を差し伸べ握手を交わす。
当麻が妙に笑っていたのが不思議だったけれど、それはスグに忘れた。
だっていつも優しい医師が伊達に向かって


「民間人を巻き込むなんて、ちょっと感心しないね」


と、ほんの少し、本当にほんの少しではあるが確かに険を含んで言ったのだ。
実際それは感心できないかもしれないが、事件の解決に当麻が必要(と上が判断した。秀は頭のいい彼をよく知らない)で、
そして当麻は今は立派な民間人かも知れないが元FBIだ。
だからこの場合はある程度、大目に見て欲しい部分ではある。
それがあるからだろう、伊達もそこはハッキリと言った。
何かあれば自分達が責任を持って彼を守る、と。

言って、2人の間に妙な間と、そして微かに嫌な空気が出来上がった。


それからだ。
民間人としての当麻を気にかける毛利伸と、それに対抗する伊達征士という妙な関係性が出来上がったのは。

それまでの2人の関係なんて秀は勿論知らないけれど、きっと別段仲がいいわけでもなく、かといって悪いわけでもなく、
ひょっとしたらそれなりに互いに尊敬の念はあったんだろうと推測される。
けれど今はもう、ただの意地の張り合いに近い。



現場到着時に当麻が倒れたのが単に起きたてで、しかも朝に弱いと聞いた時に最初に医師が合鍵の提出を求めた。
何なら仕事に行く前に起こしてあげるよ、と。
すると伊達も負けじと、これから現場に呼ぶことも増えるのだから自分が起こしに行こう、だから私が鍵を預かろう、と。

そして何故か、じゃあ公平にするために、という医師の妙な案のせいでその場にいた(いや、友人というのも大いにあって)秀も持つ事になった。



合鍵をただ持つだけなら良かった。
当麻のマンションはオートロックだったので、友人として遊びに行くのにも仕事として行くにしても便利だった。
しかし大人2人は違った。
それこそ夜勤やどうしても抜けられない仕事の時以外は本当にいつも当麻を起こしに行っていた。
見た目にそぐわず大食漢の当麻の為に朝食持参で。
そしてどちらも、自分が行けない時に相手が行くのがどうも許せないらしく、比較的時間に融通の利く秀にお前は毎朝来い、と言ったのだ。




再会した場所が場所なだけに話しこむ事は出来なかったが、自分が彼を覚えていたように
彼もまた自分を覚えていてくれたのは嬉しかった。
勿論、友達としてまた関係を持てるのも。
しかし素直に喜んでばかりいられないのが現状だ。

俺だけの朝は、まだいいんだよ…
いやどっちかってのも、まだマシ……

誰の目にも明らかな喧嘩腰になるわけではないけれど、相手が右と言えば左と言う口実を探し出して実行する。
そんな状態を秀はしょっちゅう目の当たりにする。
例えば現場で、例えば病院で、例えば当麻の家で…


大概の朝に繰り広げられている光景を目にして、秀は深い深い溜息をつく。
誰でもいいから、どうにかしてくれ、と。
そんな秀の気持ちも知らず、大人2人の遣り取りを気にも留めず、当麻は大層嬉しそうに
伸の焼いて来てくれたスコーンに大量のハチミツをかけているのだった。




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遼の登場はもう少し後で。