それを今言いますか



大学生の純の夏休みに合わせて、今はそれぞれに仕事を持っている嘗ての仲間が柳生邸に集まるのも今年で最後だ。
商売をしている秀が土日に休むことは難しいから彼の休みを優先し、会社勤めしている伸と征士は有休を取り、
フリーで仕事をしている当麻と遼は自分でスケジュールを調整し、そして今はフランスで生活しているナスティが遠路はるばるフランスから集まる数日前に来日して、
屋敷の掃除をしてから弟たちを迎えていた。

が、今年はそのナスティが、どうしてもみんなで集まる前日にしか来れなくなってしまった。
しかも屋敷に着くのは夜だという。
幾ら彼女が手際のいい女性だとしても、屋敷内の掃除は兎も角、庭でボウボウに生い茂った草むしりまで手が回らない。

そこで秀が言った。
「んじゃ草むしりは俺らがするよ」と。

それは普通だ。
だがそれで終わる秀ではない。
自分から面倒を請け負う時の大抵は、下らない遊び要素が入ってくるものだ。
それを過去で充分に覚えている伸は、電話口でその言葉を聞いたときに思いっきり顔を顰めた。
キミ、何考えてるのさ。そう言った口調は10年以上にもなる付き合いの中で全く変わっていないのに秀は、んふふ、と笑ったのだった。






「んじゃー、ホイ、これ」


笑顔と共に渡されたものに、3人分の顔がそれぞれの感情を浮かべている。




集まると決めていた当日、一番最初に屋敷に着いたのは秀だった。
集合する時間よりも随分と早い、朝の7時の到着だ。
それにナスティは驚いた。
まさかこんなに早く来て彼一人で草むしりをするのだろうかと思った。

だが、そんな筈がない。


秀は驚くナスティに事情を説明すると、彼女と共に車に乗り込み、朝の8時には既に営業しているホームセンターへと向かった。
そして秀曰く、吟味したモノを3つ、購入したのだった。





「いやぁ……よく似合うわ」

「……秀兄ちゃん、顔、超笑ってるんだけど…」


着替えが済んだ3人、…遼と征士、そして純を見渡して秀が笑った。

3人はお揃いの変な柄のTシャツと、どう見ても安物のジャージを着用して、腕には日よけのアームカバーを着けている。
頭にはこれも日よけの布が縫い付けられた麦藁帽子も被っていた。


「いやいや、ホント、ホラ、見てみろよこの日差し。こんな中で草むしりなんかしてみ?あって言う間に肌が真っ赤になっちまって痛ぇだろ?」

「だったら芝刈り機買って来るとかそういう方法もあったんじゃないの?」

「純、そんな簡単に文明を頼っちゃ駄目だと思うんだよ、お兄ちゃんとしては」

「………だったらみんなで手分けしてやった方が早いって考えにはならなかったわけ?」

「そりゃーお前、そこはアレだよ」


ホラ何だっけ、と秀が助けを求めて伸を見ると、無理に笑いを噛み殺した伸が「エンターテイメント性?」と聞き返した。


「そ!それ!」

「何がエンターテイメント性だよ……ただのジャンケンじゃないか。秀兄ちゃん、昔っから何にも進歩してないよね」



全員が屋敷に揃うなり、草むしりはジャンケンに負けた3人がやろうと秀が言い出した。
用意周到な事に朝からホームセンターで購入してきたのは、私服が汚れないようにという気遣い(かなり疑わしい)でTシャツとジャージ、
それから強すぎる日差しから身を守るためのアームカバーと麦藁帽子だった。
袋から出てきたラインナップに全員絶句し、そして通常よりも遥かに気合の入ったジャンケン大会が開催されたのだが、
哀れ勝負はたったの2回で決まってしまったのだった。

その敗者が遼と征士と、純だった。



「まぁ言ってても仕方ないからさ。ホラ、純。早く済ませよう」

「うむ。時間が勿体無い」


兄2人は既に諦めがついているのか何なのか、笑い者にされている格好に全く頓着することなく庭に降り立とうとしているのを、純はかなり
ゲンナリとして見た。

遼の方はまだいい。
世界中の色んな土地に出向き、野宿だってザラだという彼は少しきつめに日焼けしていて、どこかワイルドさを兼ね備えた大人になっていた。
多少は面白い格好だが、何故か不思議と似合うような気がしなくもない。

だが征士の方はかなり、どうだろうか、という姿だ。
相変わらず日本人離れした色彩と整いすぎた容貌だというのに、今はまるで農作業をするオバチャンのような姿だ。
彼の性格からだろうとは思うのだが、麦藁帽子に縫い止められている布の先端をキッチリ結び、”正しい装備”としてそこに存在している。
誰が負けてもいいようにと大きなサイズで買って来たTシャツは丈も中途半端で、ジャージも同じ理由で大きなものを買ってきていたから、
サイズもちっとも合っていない。
折角のモデル顔負けのスタイルが全く持って台無しだ。
しかも彼は色が白いために日に焼けると赤くなってかなり痛い思いをするらしく、恋人でもある当麻が首にタオルを巻いたものだから、ますます本格的だ。
そのタオルだって持ち込んだものではなく、どこかで挨拶代わりに貰った程度のペラペラのものだから、余計に笑える。
どう見たって恋人は面白がって選んだとしか思えない代物だ。
なのにこの美丈夫ときたらそれを恋人の”優しい気遣い”だと受け止めて有り難がっているのだから、もうどうしようもない。

言いたい事はまだある純だったが、いい加減で諦めて、代わりに溜息を1つ吐いて兄達同様に庭に下りた。


「それじゃ、頑張ってね」


その背中に受けた綺麗な姉の声は、やはり笑いを堪えているようで震えていた。




暑い。
恐らく30分も作業していないというのに、汗が止まらない。
姉はこれをいつも1人でしていたのかと思うと申し訳なくなってくる。

慣れない作業に悲鳴を上げる腰を叩きながら純はチラリと屋敷のほうを見た。
見た先にはリビングがある。
そこには兄が3人いた。

それも。


「……セレブ気分かよ…」


普段はテレビの方向に向けられているソファを態々庭に向けて置いて、そこに伸、当麻、秀の順で座っている。
全員、手にはジュースを持っていた。
労働している敗者を見てニタニタと笑っている。気がする。
姉がそこで笑っていても許せたが、兄達に関しては全くそんな気持ちにならない。

くそ。

純は心の中で悪態を吐いて作業に戻る事にした。
さっさと済ませて3人、特に秀に苦情を言ってやる。そう誓いながら。






「わー、ホント、暑そうだよね」


ちょっと可哀想だなぁと伸が言うと、当麻を挟んで反対側に座っていた秀が声を立てて笑った。


「まーまー!後で冷えたビール出してやるんだからそう言うなって!」

「え?何?ビールがあったの?」


伸が聞くと秀は勿体ぶって頷いた。


「労働にはそれなりの対価が要るだろ?」

「なるほどね。それならまぁ…いい、かな?」

「それに草むしりした組だけの、スペシャルおつまみを俺が作ってやるんだよ」

「そりゃ随分な待遇だね」

「だろ?」


と胸を張った秀は、ふと気になって自分たちの間にいる当麻を見た。
いつもなら「そういう事は先に言えよな」とか、「おつまみって何作るんだよ」とか言って食いついてきそうなのに、何故か黙ったままだ。
いや、言ったところで、では草むしりに参加するかと聞いてみても、実際は「えー」ってな顔をするのは解っているのだが、その当麻が何故か大人しい。
どうやら伸もそれが気になったようで、秀の反対側で同じように不思議そうな顔で当麻を見ている。

だが当麻は黙ったままだ。
恋人の征士が炎天下で草をむしっているのに自分だけ涼しい室内にいるのが申し訳ないのだろうか。
いやそんな筈がない。
付き合って10年近くになる2人が未だにラブラブだからと言っても、当麻の性格はそんな殊勝なものではない。
寧ろ記録に残そうぜとか言ってカメラを手にニヤニヤしているくらいだ。

なのに、その当麻が黙ったままだ。
よく見るとジュースも持ったままで全く手を付けていない。

一体何が。

そう思って伸と秀はお互いに顔を見合わせた。


「……当麻?」

「おい、とーま?」


空のような青い目は真っ直ぐに庭を見たままで、両側にいる2人の声など聞こえていないようだ。
本当にどうしたと言うのだろうか。
不安になってもう一度伸が呼びかけようとしたときだった。


「………………………はぁ…」


当麻が溜息を吐いた。
溜息だ、溜息。
一体全体、本当に何がどうしたと言うのだろうか。
おつまみやビールが出るなら自分も草むしりをしたかったとでも言うのだろうか。
そんなまさか。
だが実際、当麻はどこか切なそうに庭を見ている。

本当にどうしたというのか。
さっきは溜息に遮られた伸がもう一度呼びかけようと身を乗り出したときだった。




「………何で征士ってあんなにカッコイイんだろ…」




「…………………。…」

「………………、…………、……」


まさかの発言に伸も秀も言葉が出ない。

何か言いたいが何も言えず、伸と秀はマジマジと当麻の顔を見た。
視線は真っ直ぐに庭へ向けられている。
それ以外は全く何の変化もない。さっきの言葉以降、何かを言う様子もない。

仕方がないので2人は今度は庭を見た。
まだまだ草が残っている庭がある。
そこにいるのはジャンケンに負けた3人だ。当麻が見ているのはこの光景だ。
しかしよく見ると彼の視線は確かに集中していた。
勿論、恋人の姿に、だ。

その恋人は今はしゃがみ込み、安いジャージに変なTシャツ、そして作業用の麦藁帽子とアームカバーを着用していて、幾らスタイルが良くとも
一目ではあれが伊達征士だと解らない姿をしている。
美しい金髪は布で隠れ、俯いているから顔も陰になって見えない。
草をむしっている為に座ったままの姿勢で横移動をするさまは、それが征士だと思えば思うほど笑えてしまうと言うのに、

なのに、カッコイイ、とは。

2人はまた同じタイミングで視線を当麻に戻した。


「…………………」

「…………………」


その当麻はいつの間にやら抱えた膝頭に額をくっつけて必死に顔を隠している。
見えている耳や項が真っ赤なことから照れているのだという事は解った。

照れるくらいならウッカリ本音を零すんじゃない。

思いはしても呆れて声にならない伸と秀の視界の端で、征士が腰を伸ばすために立ち上がっていた。




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聞いてたのが遼なら、「そうだよな」って笑って同意してくれると思います。