せんせい
5年前、ある大学に臨時講義で招かれた際に当麻が担当した学生から連絡があった。
何でも彼は大学卒業後、一般企業に就職してサラリーマンとなったが、今でも月に一度は地域の子供たちを対象に
ワークショップを開催しているらしい。
学生当時の彼の研究テーマは、現代社会の人間関係について。
そのテーマは今も彼の中にあって、同じ町内に住んでいても関係が希薄になりがちな現代において、如何にして円滑にそれらを取り持つか、
如何にして将来に繋げていくかを常に彼は模索していた。
その彼が、当麻に連絡をしてきた。
ワークショップを手伝って欲しいという事だった。
「そうは言っても、俺は紙飛行機なんてあんまり作った事がないからなぁ…」
手に取った100枚入りの折り紙を見つめながら、当麻は呟いた。
24時間営業の店舗は食料品から文房具、衣類に雑貨、ブランド品まで幅広く取り扱っている。
全国展開のチェーン店は彼らの住む近くにもあるが、扱っている品の内容は店舗によって多少比率が変わっている。
元教え子と共に少し離れた土地まで当麻がやってきたのは、この店が他のスーパーや文房具店よりも、折り紙の種類が豊富だと聞いたからだった。
「オレもあまり作った事はありません」
隣にいる元教え子は、キラキラとした紙ばかりが入ったものを手にしていた。
「作った事がないって……じゃあ何でまたお前、紙飛行機教室なんだよ」
「前から借りたいと思っていた広場がやっと借りれたんですよ」
「でも紙飛行機じゃなくたっていいだろ。例えば大縄跳びだとかでもいいんじゃなかったのか?」
あれなら専門的な知識も要らないだろ、と言いながらも当麻の視線はパッケージの裏面に描かれていたカブトムシの折り方に釘付けだ。
本当にコレ見て折れるのか?という目で。
「いやぁ、場所だけ借りてまだ内容が決まってないうちから、次も参加したいって言ってくれた人たちの年齢がバラバラで…」
「幾つくらい?」
「下は2歳から、上は13歳」
「…………………………そりゃ……無理だな」
大縄跳びをやろうにも、2歳では体力どころかジャンプ自体が怪しくなってくる。
それに比べて紙飛行機を作って飛ばすくらいなら幼い子供は保護者と一緒に作れるし、広場で思う存分飛ばすことも出来る。
ただ問題は、主催である元教え子も助けを求められた当麻も、子供の頃にあまり折り紙で遊んだ経験がないことだ。
「俺以外で誰かいなかったのか」
女の子もいるというから花柄の折り紙もあったほうがいいかも知れないと思った当麻は、ピンク色のファンシーなものをカゴに放り込んだ。
「いませんでした。すみません」
「大体、何で俺なんだよ。…………面白そうだからいいけど、あんまり力になれないかも知れないぞ?」
学生時代の彼のテーマはありふれたものだったが、切り口や纏め方は中々に興味深いものがあった。
その彼が今、どういった形で過去の自分を活かしているのか見てみたくなったから当麻もその要請を受けたものの、紙飛行機について
詳しい人間を他に呼んでもいないと言われては流石に困ってしまう。
幾ら多方面においても天才だと称されたって、経験の少ない事は難しいものだ。
「大丈夫です、先生ならきっと構造から考え直してくれると信じていますから!」
胸を張って言った学生の頭を、当麻は軽く叩いた。
「それはお前が調べんかい」と言って。
叩かれた元教え子はヘヘヘと笑っただけだった。
昔と変わっていない様子に、当麻もつられて笑った。
「それにですね」
「何だよ」
「先生、結構面倒見いいじゃないですか」
「…………………」
そう言われると、どう返事をしていいのか解らず当麻は黙る。
照れ屋で天邪鬼だというのは10代の頃、仲間からしょっちゅう言われたことだが、その性質は今もあまり変わっていない。
面倒見が良いと言う言葉に悪い気はしないのだが、反応に困って当麻は黙って折り紙を物色した。
「だから先生に手伝って貰えたらなって思ったんです。俺も今回みたいなのは初めてなので、正直、困ってましたから」
懐かしいアドレスを引っ張り出して急に頼ってみたが、当麻が引き受けてくれたことで彼も気が楽になったらしくニコニコと笑っていた。
それがまた当麻には言いようのない恥ずかしさを与えて、小さく咳払いをさせる。
「………その”先生”っての、やめようぜ。お前はもう社会人で俺の生徒じゃない。そもそも俺が講義を持ったのは2ヶ月の間だけだったし」
「でも俺にとって先生は先生ですから」
飄々としているくせに、妙に律儀な相手に当麻は溜息を吐いた。
どうも調子が狂うのは、未熟だった彼が社会人になることで図太さを手に入れたからかも知れない。
そう言えば今日は自宅でのんびり過ごしている恋人も、昔に比べて随分と図太くなったなと考える。
昔はアイツももっと遠慮がちだったのになぁ…
元教え子と出かけてくると告げた途端、濃厚なキスをされた上に、下着ごとズボンを降ろされて、後ろを指で散々弄られた。
なのに前は触ってもらえず、そして後ろも指で中途半端に煽られただけで終了。
こんな状態でどうしてくれるんだと抗議すると、歳を重ねるごとに迫力を増す美貌の持ち主は、
「続きが欲しかったら早く用事を済ませて帰ってくることだ」
などと、しれっと言い放ち、当麻の手をとって口付けると、自分はさっさと読みかけの新聞に目を戻していた。
何てヤツだと当麻は呆れたものの密かに早く帰る事を誓ったのを思い出して、再び意識を折り紙の棚に戻す。
「……で、何枚くらいあったらいいんだっけ」
「今のところ子供の数は24名です。失敗や沢山作りたがる子供が出ることを考えると、50枚はあったほうがいいですかね、やっぱり」
「いや、だったら200枚くらい欲しくないか?テンションの上がった子供の限度は多く見積もっておく方がいい」
「ですね」
紙の質に差がありすぎてもいけない。
1枚あたりの単価と紙の質を見極めながら、2人はカゴに折り紙を次々に入れていった。
カゴには沢山の折り紙。
用事は早々に済んだが、何となく店内の様子に当麻の興味が引かれる。
この手の店は店内のBGMが煩く、商品も雑多に置かれていることからあまり好んで自ら訪れることがない。
本当に色々あるものだなぁと感心していると、壁際の衣料品に目をやっていた元教え子が、そう言えば、と切り出した。
「何だ?」
「いえ、先生ってご結婚はまだされてないんですよね?」
さっき見た時に左手に指輪がなかったものですから、と続けられて当麻は自分の左手に目を落とす。
征士が口付けた手は、どの指にもアクセサリーの類は無い。
「まぁ、ねぇ」
何となくはぐらかすように返事すると、元教え子は視線は衣料品に注いだまま当麻に続けた。
「恋人は?昔に言っていた美人の恋人と今も続いてるんですか?」
講義の後の何気ない会話の時に恋人の存在を尋ねられた当麻は、美人と付き合ってると答えていた。それを彼は覚えていたようだ。
「ああ、今も付き合ってるよ。相変わらず美人だ」
「結婚はしないんですか?」
簡単に答えると、もう一度話がそこに戻る。
どうも彼の中で”羽柴先生”の恋人は女性だと思い込んでいるようだが、実際は伊達征士という名の立派な男だ。
征士とは長い付き合いになるが、同性婚が認められていないこの国では婚姻関係は結べない。
しかし今更彼に、俺の恋人は男ですよと伝えるのも何となく面倒で、当麻は「うーん」と唸った。
「まぁ……何て言うか…俺って結婚には向かない性格だと思うしな」
”女”との結婚は無理だろうな、と考えながら答える。
実際、これまでの恋人たちとの関係を考えて、征士が一番長く付き合っていて、そして征士との付き合いが一番幸せに感じるのだから、
日本での”女との結婚”は到底無理だ。
「そうですか?さっきも言いましたけど先生って面倒見も良いし、それに思いやりのある人だから大丈夫だと思うんですけど」
「そりゃお前の買い被りすぎだ」
過大評価、と伝えると、元教え子は眉間に皺を刻む。
皺の刻み方がどことなく征士に似ていたせいで、恋人との”約束”を思い出した当麻は何となく居心地が悪くなってくる。
「………何が言いたいの、お前は」
「その、……だって先生、恋人とは………やっぱヤルでしょ?」
「………………。……まぁねぇ」
お前が想像してるのと全然違うけどな。と心の中で素っ気無く続ける。
下手に思い出すと身体が反応してしまいそうな当麻としては、早くこの会話を切り上げ、折り紙をレジに出してとっとと帰りたいのだが、
教え子の足は止まったままだ。
「………………子供とか、……出来たらどうするんですか?」
「こども…」
いや、子供は出来ないし、万が一、天変地異が起こるほどの異常か、前人未踏の奇跡が起こったとしても、産むのは自分だろうと
当麻は何となく考える。
実際、突っ込まれ精を注がれているのはこちらなのだから。
そうなったら俺、高齢出産になるのかな…
などと考える当麻は既に40歳目前だ。
しかしすぐに、何を馬鹿なと思考を戻す。
「俺たちに子供は難しいし、相手も今の関係でベストだって言ってるから、いいの。この話はオシマイ」
急にお節介を言い出した彼に、少し冷たく言い放つ。
これ以上プライベートに踏み込むなというのを言外に示したのだが、どうも彼の表情は晴れない。
何かあるな、と思った当麻は小さく溜息を吐いて頭を掻いた。
「………なに。何かあったのか」
「………………………オレ、結婚を考えてる彼女が居るんです」
「へぇ」
「でも彼女は未だ結婚は考えられないって。……でもオレも相手も世間的にいい歳になってきて、あって言う間に30になるし、
将来の子供が成人する頃の年齢を考えると結婚も出産もそれなりに考えないといけないし、……でも彼女は未だ待ってくれって…」
壁際の衣料品に向いていた教え子の視線は下がり、今は床を眺めている。
その横顔を見た当麻は、自分が彼くらいの歳だった頃を思い出してみた。
お互いの家に関係を打ち明け、受け入れてもらい、落ち着いてきた頃。
場所も周囲の人間も限られているが、2人の中を公然のことと認めてもらい、見守られる日々の幸せは今も続いている。
しかし全く悩みがないわけではない。
ただ彼のような悩みを持つ事がなかった身として的確な答えは出してやれないが、それでも言えることならある。
「……まぁだからって焦って相手を追い詰めても、お前自身も追い詰める事になるからな。世間的なことよりも
2人にとってのタイミングを考えるしかないんじゃないかな」
自分たちにとっての幸せを真正面から見据えて素直になればいい。
その結果、思わぬ事態が発生するかもしれないが、お互いに正直に、素直に生きることが大事だ。
時代が変わっても、大事なことというのはそうそう変わりはしない。
素直になれない自分にそれを示し続けてくれているのは恋人の征士だ。
本質から決して目を逸らさない彼から教えられた事を告げると、教え子は俯いたまま頷いた。
「………そう、…した方がいいですかね、やっぱり」
「焦っても良い事ないしな。少なくとも、俺の恋人さんはそう言ってる」
「…先生の彼女って、素敵な人ですね」
まぁ彼女じゃないけどね。
つーか突っ込まれてることを考えると俺が”彼女”と呼べるかも知れないけどね。
と余計な事を考えていると、教え子はいつもの彼に戻ったらしく、衣料品コーナーのあるワゴンへと足を進めていく。
「先生ー、その素敵な人にこういうお土産ってどうですかー?」
お土産って何だと当麻が見ると、彼は編みタイツを高々と掲げている。
それも。
「これ、破れやすいらしいですよー、大興奮じゃないですかー」
「アホか、要るかそんなモノ!」
大体、男同士で編みタイツってだなぁ、と思った当麻は、すぐに「いや、待てよ」と考え直す。
女物のせいでサイズが圧倒的に足らず、実際の股下よりも更に下に股がきている男というのも面白いかも知れない。
大真面目な顔で、編みタイツを穿く征士。
想像すると中々にいい光景だ。
勿論、下着は身に付けないで編みタイツを直接穿いて貰ったほうがより一層、良い。
40を目前にしても美しい彼が、いつも自分を組み敷いて雄の色気を振りまいている彼が、編みタイツ。
想像しただけで噴出せる。
出かける前にさせられた”約束”の意趣返しをするのも悪くない。
そう考えた当麻は元教え子の方へ歩いていき、「よし、1つ買って帰るか」と物色し始めるのだった。
*****
幾つになっても、”先生”は”先生”。
実は破れる編みタイツが書きたかったと言ったら怒られますか…?
帰って商品出して、どうにかこうにかなっちゃって、穿くのは当麻というオチ。
勿論、ノー下着。
で、2人で酷い光景だと笑った後で、脱ぐときに爪でも引っ掛けて破っちゃって、興奮した征士に
ビリビリに破られてそのままヤられるというのも、また…ね!