薔薇一輪
征士が昼寝をしているだけでも珍しいというのに、更に珍しいのは彼が寝ている場所だ。
寝るの大好き、寝汚さなら誰にも引けをとりませんという当麻なら別に不思議ではない場所、それがリビングのソファだ。
そこに征士が寝転がって、どうやらぐっすりと眠っている。らしい。
「………わぁ」
それを見た当麻も驚きの声を上げはしたものの、それはどちらかと言うと彼なりの礼儀としてだ。(どう礼儀かは謎だが)
何故なら休日の昼間から征士が、きっちりとした彼が寝室にも行かずにリビングのソファで横たわっている理由をちゃんと理解している。
最近征士は本当に忙しそうだった。聞くと年度末の決算らしい。
毎日毎日残業続きで、帰って来ても疲れが見えている。
普段とてもタフな彼のそういう姿自体も珍しく、こりゃ相当だ、と会社勤めをしていない当麻はこっそりと心配していた。
しかも季節はうららかな春とくれば、平素からソファで横になる事などない彼でも耐え難い睡魔に襲い掛かられたのだろう。
常にない姿だ。
疲れているのは解っているから当麻はそっとしていた。
朝起きてきた征士は朝食の後、テレビを観ながらソファに腰掛けてうつらうつらとしていた。
時折、ハっとして起きていたがやはりまた舟を漕ぎ始める。
昼を食べてもそれは変わらなかった。
変わったことと言えば今のように横になってしまったことだ。
解っている。疲れているのだ。そっとしてやりたい。
…が、当麻は伸で言うところの、”しょうもない事しい”なのだ。
柳生邸で過ごした少年の日々に、悪友とも呼ぶべき秀と一緒になって悪戯をすること数え切れず。
そんな彼が無防備に眠る征士というのを前にして、何か擽られるものは無いのだろうか。いや、無いはずがない。
征士が寝ているのに飽きてきたというのもある。
そして、本当はちょっと構って欲しくなってきたのも、ある。
「やっぱり基本は額に”何か”だよなぁ」
右目にかかる征士の前髪をヘアクリップ(何故あるって、以前皐月が泊まりに来た時に忘れて帰ったものだ)で上げた当麻の右手には緑のペン。
暫く考えた後、うん、と一人納得をした当麻は、征士の額にその緑のペンで「礼」としっかりと書き込んだ。
目を覚ますかな?とその後静かに見守ったが、しかし征士が起きる様子はない。身動ぎをする様子さえなかった。
「………よっしゃ…」
ならばもっと落書きをするまでだ。と当麻はにやっと不敵に笑う。
さぁでは何を描こうか。
カラーペンのセットを前に腕組みをして悩んだ。気分は画用紙を貰った幼稚園児と同じだ。
因みにペンは水性ペンを選んでいる。油性ペンなんかで描いてしまって暫く落ちなかったら会社員の征士にはそれこそ事だし、
肌が荒れてしまっては可哀想だ。
何てったって当麻が征士の好きなところを聞かれて答える中に、顔、と堂々とあげるくらいなのだから。
「やっぱり定番がいいかな」
そう言ってもう一度緑のペンを握りなおして今度は瞼に狙いを定める。
そしてそこに目を描き込んだ。
彼の瞳の色に合わせて紫のペンに持ち替えようかとも一瞬考えたが、何となく面倒でそのままにして、はみ出ないように丁寧に描きあげていく。
「おおっ」
思った以上に上手く書けた左目に喜んで右目も描くと、これがまた予想以上に上出来だった。
絵心のあまりない当麻にしてはかなりいい線をいっている。
リアル。ではなくて、悪戯書きとしての”上出来”な目が2つ並んだ。
コイツ、緑の目でも結構イイんじゃないの?なんて暢気に思ったがそれだけで満たされる性格ではない。
次は何が良いかなと考えた果てに何かを思いついた当麻は征士のその端正な口元に一旦ペンを近づけ、しかし何故かそこで一度手を止めた。
そして急に立ち上がって自分の部屋へと向かう。
次にリビングに戻ってきた当麻が手にしていたのは分厚い植物図鑑だ。
「ん。あったあった」
嬉しそうにそこに載っている写真を見ながらもう一度緑のペンを手にする。
集中力がずば抜けているのが当麻の長所の1つだ。手本さえあれば絵心はなくとも、1つ1つの線に集中して描くためそれなりの出来映えにはなる。
真剣な表情で何度も図鑑とキャンバス(にした征士の顔)を交互に見て、丁寧に丁寧に描きあげていく。
途中でペンは赤いものに持ち変えられた。
「………力作…っ」
満足そうに呟く当麻の視線の先で描きあがったものは一輪の真っ赤な薔薇だ。
それも口元に咥えるかのように横一文字に描かれている。
性格を丸ごと無視すれば洋風で華々しい容姿の彼にそれはよく似合っていた。(多分)
その出来に満足した当麻は少し離れて客観的にその出来を確認する。途端に当麻は床に崩れて暫く動けなくなった。
罪悪感。そんなわけはなく、勿論、笑っているだけだ。
最高。そう思いながら。
一頻り笑った当麻は征士の様子を伺う。まだ起きる気配はない。
相当、疲労が溜まっているのだろう。
可哀想に。と思ったが、だからと言って一度湧き上がった悪戯心を止められる彼ではない。
これだけじゃあなぁ。なんて思いながら、今度は黒いペンを持って左の頬に漫画のようなフキダシを描き、その中に「Shall we dance?」と書き込むと、
また床に崩れて笑い声を必死に殺しながら、それでも1人腹を抱えて目には涙を浮かべてまで大笑いをした。
しかしそれでも本当に征士は起きない。
当麻だって実は起きていて怒るタイミングを計っているんじゃないだろうな、と途中あたりで疑ったものだが、どうも本当に眠っているようなのだ。
可哀想に。とまた思ったがそれ以上に今度は何となくつまらない気持ちが強くなってきた。
最近、ずっと征士の帰りが遅い。
疲れているのは解っていたから彼が早く眠れるように最近はずっと当麻も気遣っていた。
先週も先々週も、土日まで彼は出社していた。
それでやっと休めたのが今日だ。
疲れているのは解っているから眠り続ける彼に文句を言っても仕方が無いのは解っているが、それでも何と言うか……ちょっと寂しい。
「あー、起きませんか」
少しだけ皮肉を込めて言ってやったが、征士には聞こえていない。
ここまで来ると当麻も段々と意地になってくる。征士に負けず劣らず、当麻も結構に負けず嫌いだ。
じゃあ起きるまでもっと落書きしてやる。と思ったが、大きく書いた薔薇のせいでもうあまり描くスペースがない。
あるにはあるのだが、物事にはバランスと言うものがある。
これ以上何かを書き込むとそれは過剰になり、折角の出来が台無しになってしまうのは絵心がなくとも解った。
だから当麻は、っちぇ、と舌打ちをすると、ペンをケースにしまって征士を見下ろす。
落書きは無理かぁ…と視線を巡らせて。
「……………だったら、」
と言うなり、征士のシャツをぐいっと大胆に捲り上げる。
無駄なく鍛えられた肉体が露になった。
それを検分するかのように眺めていた当麻だったが、的を決めたのだろう。鎖骨の少し下に顔を寄せて、そこを強く吸った。
「………っふ…、……」
するとさっきまで規則正しかった征士の呼吸が一瞬乱れた。
当麻が、お、と思って顔を上げたが、だが征士はまだ眠りの中で起きる気配がない。
そんなに威力がなかっただろうかと訝しんで先程の箇所を見ると、そこにはしっかりと自分がつけた所有の印が残されている。
あまりに強烈に残ったそこに自分の執着を見た気がして、何となく気恥ずかしくなった当麻は目元を少しだけ赤く染めた。
「…お前、本気で図太いヤツだな……」
恥ずかしさをかき消すように悪態をついても反応などない。
それがまた面白くなくって、今度は征士の乳首を抓ってやった。
普段の情事の最中で時々征士が悪戯として当麻にしてくることをそのまま返してやったのだ。
痛い。けれど、ちょっと、…いや、正直感じてしまうその行為をそのままに。
…の筈だが、やはり征士は一瞬息を乱して、そして僅かにだけ身動ぎをして見せるだけで相変わらず横たわったままだった。
チクショウ。
そう思ってみても相手が起きないのだ。どうあっても。
益々面白くなくなってきた当麻だが、考え方を変える事にした。
どうしようもない事はどうしようもないのだ。
それは子供の頃から、あまり良くない事に身に染みて覚えてきたことだったが、だが決して悪いことでもない。
建設的に事を起こす。若しくは自身の気のありようをコントロールする。そういった意味合いでも、この諦めは悪いことではない。
だから征士を起こそうと躍起になるのはやめた。
だが同時に諦めが悪いという相反する性格を持った当麻は、征士が起きないのを良い事に普段なら滅多に出来ない事をしようと攻める方向を変えた。
そう、例えば幾らしようと思っても何のかんのと有耶無耶にされている事とか。
思い立ってからの当麻の行動は無駄がなかった。
征士の、下半身寄りの床に腰を下ろして征士のズボンのジッパーに手を伸ばして、幾ら相手が起きないと解っていてもそっとそれを下ろして行く。
全て下ろしきると、次は下着に手を伸ばして少しずらし、そしてその中にある征士の雄を引き出した。
「………相変わらずご立派で」
まだ硬さを持っていないにも関わらず、立派な物が現れた。
それを眺め、そして確かめるように指でなぞると、当麻はその雄を自らの口に含んだ。
征士が当麻に口淫を施すことはあっても、当麻が征士に施すことは殆どない。
当麻が嫌がっているのではなくて、征士があまりさせてくれないのだ。
あまりにも頑なに拒まれると意地になってくるし、そんなに下手なのかと落ち込んでくる。
征士は趣味嗜好の問題だからと言ってくれるが、当麻としてはたまにはしてやりたいのだ。
確かに当麻は今まで女性としか付き合ったことがないし、今でも征士以外の男とこういう事をしようとは思わない。
そもそもそういう趣味など元から持ち合わせていないのだ。
同じ男のモノを咥えるなど、単純に考えたら勘弁してもらいたい行為だ。
ただ相手が征士だから、したい。それだけだ。
好きな相手にしてもらって、気持ち良いし幸せな気持ちになる。
だから征士にもそれをしてやりたいと思っても、征士はいつも言うのだ。
「同じ入れるならお前のナカがいい」と。
それだって嬉しいけれど、それでもやはり。
最初は柔らかだったソコが自分の口内で徐々に硬く大きくなっていくのに当麻も次第に興奮し始める。
彼の雄を育て上げている事に素直に身体が悦んでしまう。
これじゃまるで変態だな、とどこか冷静な頭が思ったが、当麻はやめるつもりがなかった。
気紛れに先端の孔を舌先で掠め、括れを丁寧に唇でなぞる。
時折溢れてくる先走りを舐め取ると言い様のない感覚が腰から這い上がってきた。
隆起した部分を右手で支え、膨らみを左手で揉むと征士の息が乱れる回数が増えてきたように思って、それが更に当麻を悦ばせた。
普段、自分がされて感じるように、今、彼も感じてくれている。
そう思うだけで幸せだった。
左手で包み込んだ膨らみが、いよいよ張り詰めてきて征士の絶頂が近いことを如実に伝えてくる。
そろそろかな?と思った当麻の頭を突然しっかりと何かが掴んだ。
それに驚く間は一瞬だけ与えられ、そして頭を固定されて逃げ場のない当麻の口に、久し振りの苦味が一気に溢れてくる。
「………っ…、……!」
勢いよく吐き出された精に苦しくなるが相変わらず頭は押さえつけられたまま、咥えたままの雄を放すことが出来ず、かといって精を吐き出すことも出来ずに
本能的に当麻はそれをゴクリと音を立てて飲み下した。
「……ゲホ、…っ…ゲホ……!」
当麻が飲み込んだことを確認すると手は漸く離れてくれた。
急な事に俯いて咽ていると、随分と楽しんだようだな、と低く掠れた声がかけられる。
「…………テメ、……起きたのか……」
咽ながら聞くと、今度は楽しそうな笑い声。
「ああ。誰かさんが随分とサービスをしてくれたので目が覚めた」
笑いながらの言葉はどこか事務的で冷静だが、同時に隠し切れない艶を含んでいる。
それに気付いて未だ俯いたままの当麻は口元に笑みを浮かべた。
「お前の方はいいのか?」
ほらきた。思ったとおりの誘いに当麻はいよいよ笑えてくる。
ちょうど自分もさっきの行為で身体の奥に熱を抱えてしまったところだ。
構ってもらえるのなら本望だし、熱を共有してくれると言うのなら尚のこと。
ベッドへ行くのもいいし、今の気分ならここで始めても構わない。
開け放たれたカーテンも無視して、何なら自分から跨って腰を振ってやろうか、なんて考える。
優しく髪を撫でてくれる相手を見やれば、既に彼は半身を起こして床に座ったままの当麻を見下ろしていた。
「当麻、」
優しい目をした、愛しい人。
の、顔には先程自分がやらかした落書き。
額には「礼」の文字、優しいはずの目の上には宙を向いた緑の目。
そして口にはキザったらしく薔薇を咥えて頬には「Shall we dance?」の文字まである。
自分でした事だとは解っていても、それを見た当麻は我慢できずに大笑いして、
そして、萎えた。
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しかも怒られた。物凄く。