双子星
経理課に寄った征士は用も済んだので自分の席へ戻ろうとして、ある女性社員の席のちょうど後ろで足を止めた。
そして彼女のパソコンのデスクトップ画面を真剣に眺めている。
滅多と話す機会も無い彼女からすれば、社内、いや、今まで自分が見てきた人間の中で最も美しい彼と何か言葉を交わすまたとないチャンスだ。
思い切って声をかけてみるべきだったのかも知れない。
だがこうも真剣な眼差しで食い入るように画面に見入っている美形と言うのは中々に迫力がありすぎて怖い。
そのせいで彼女は気配を感じ振り返ったまでは良かったが声をかけることも出来ず、かと言ってもう一度机に向かって仕事の続きに取り掛かることも出来ない。
蛇に睨まれた蛙。
まさしくその言葉どおりの状況だった。
そうして暫く時間を過ごすと、不意に征士が短く、これは?と聞いてきた。
これ、と言われ指差された先を辿ればそこにはデスクトップ画面があるだけだ。
彼の言わんとしている事が解らず彼女は首を、ぎこちなく傾げた。
すると征士は画面に直接指で触れ、もう一度、これは?と聞いた。
そこにあったのは元は子供向けキャラクターで、今は若い女性にも人気のある男の子のイラストだった。
「……え、コレ、ですか?」
完璧な大人の男の風格を持つ征士がそれに興味を持つとは到底思えなかった彼女は、確認の意を込めて聞き返す。
すると彼ははっきりと頷き、そして、これは何と言うキャラクターなのだ、と聞いてきた。
それは大きな星を背負った、青い髪の子供だった。
征士はそれを見て思った。
どう見てもこれは当麻だろう、と。
だから彼女に聞いたのだ。
するとまぁ当然ではあるが彼の思う人と全く違う名前が返って来た。
当然だ、解っていた。
だがそれでも、征士には当麻にしか見えなかった。
名前を聞いたきり何も言わない征士に妙な居心地の悪さを覚えた彼女は、必死のそのキャラクターの事を彼に教えた。
隣にいるピンクの髪の女の子と双子で、彼が弟だと。
男の子の背中の星は空を飛ぶ事が出来るのだと。
彼はお菓子が大好きで、すぐにお菓子の事を考えるのだと。
甘えん坊で我侭で、結構イタズラ好きなのだと。
父親である星は発明家なのだと。
言われた征士は改めて思った。
それは当麻だろう、と。
当麻に兄弟はいないが、自分たち5人の中で彼が一番年下だ。
嘗て当麻は天空の鎧の力で空を飛ぶことができた。
勿論お菓子は大好きだし、新しい菓子類が発売されるとすぐにそれに飛びつく。
イタズラについては柳生邸にいた頃から秀という相棒と共にではあるが、よくしていた。
彼は実は甘えん坊だし、我侭でもある。
それに発明家かといわれると少し違うかもしれないが、彼の父は科学者だ。
だからそれは、どう考えても当麻だろう、と。
そのキャラクターに見覚えはあった。
昔、妹がそれの絵柄の入った文房具を持っていたのを何となく覚えている。
だがその時は一切興味が沸かなかった。
女子児童向けのそれに興味を示すような趣味は、当時の征士にはなかった。
だが今改めて思えばどうだ、当麻にしか見えないではないか。
隣いにいる女の子の髪が金髪ではないのが少々引っ掛かるが、まぁ外に向けて跳ねた髪だ、百歩譲ってよしとしよう。
しかし、やはり何度見ても青い髪の子供は当麻ではないか。
当麻の事となると頭のネジが全部吹っ飛ぶと伸に言われ続けている征士だ。
その女性社員が驚きに目を見開くのさえ無視して、どこに行けばこのキャラクターグッズが買えるのかと尋ねていた。
仕事の帰りに、昼間に彼女から聞いた情報を頼りに征士はスーパーへ寄った。
3階建てのその店舗は1階部分は食料品や医薬品関係が売られているが、2階や3階には服屋や文房具屋が入っている。
その一角に、そのキャラクターグッズを出しているメーカーの直営店があると聞いたのだ。
征士はそこで例の青い髪の子供のグッズを何か買おうと思っていた。
例えばシールでもいい。
ストラップでもいい。
小物を入れるポーチでもこの際いいだろう。
人目につく場所でそれを持つのには抵抗はあったが、もう随分いい年齢の幹部が携帯にキャラクターもののストラップを着けているのを見た事がある。
娘に付けられたのだと照れ笑いをしていたが、何なら征士も妹に付けられたと嘯いても、この際、何の問題もないはずだ。
征士と当麻はもう随分と長い付き合いになるが、大っぴらにできる関係ではない。
携帯の画像フォルダには当麻の写真が入っているが、それはひっそりとしか見る事が出来ない。
前は財布に写真を入れていたが秀に見つけられ、からかわれると思ったが寧ろ心底心配した顔で、やめた方がいいと言われて素直にやめた。
自分たちの事を心配してくれての言葉だと解ったからだ。
本当は征士だって当麻の姿を写した何かを目に付くところに置きたい。
だがそれは叶わない。
自分だけが人から好奇の目や、奇異の目で見られるのは構わないが当麻までそう見られ、後ろ指を差されるのは耐えられない。
だから我慢してきた。
だがあの、どう考えても当麻をモデルにしたとしか思えないあのキャラクターなら、持っていてもそこまで咎められることはないだろう。
そう考えて征士は彼女から聞いた通り、2階へとエスカレーターで上がっていった。
そしてそこで絶句した。
店は壁や仕切りが無く、床の色が変わっているだけでそのエリアを示していたが、その床が可愛らしすぎるピンクと白のタイルで構成されている。
上から吊るされたメーカー名も愛らしいフォントで、しかもハートなんぞ付いているではないか。
棚も、そして他の商品もみなどれも”ラブリー”と言う表現がよく似合うものばかりで、しかも店内にいるのは下は小学生から
上は高校生までの、女子しかいていない。
「………………」
あのグッズは欲しい。
だがあの店内に入る勇気は、ない。
親戚の子供へのプレゼントを装って買っても征士の年齢なら何の不思議もないのだが、それでも入る勇気が沸いてこない。
肩を落とし、がっかりした征士は車に戻るなり携帯を取り出して着信履歴から親しんだ名を選んでコールした。
「もしもし?どうしたの?」
「いや、実は頼みがあって…」
「頼み?キミが僕に?珍しいね、何だい?」
電話の相手、伸は意外そうに聞いた。
既に自立した嘗ての仲間は、それぞれに生活をしているために頼るという事は滅多にしなくなっている。
信頼はしているしいざという時には頼ったりもするが、生活の中においての頼み事というのは随分と減った。
その征士が、改めて頼み事といって電話をかけてきているのだ。
何かあったのだろうかと伸は、征士に伝わらないように心配をした。
「伸でなければ出来ないと思ってな」
「へぇ……僕しかねぇ…で、なあに?」
5人の中でお兄さん側だった2人は、特に互いを頼るという事は他に比べて圧倒的に少なかった。
その征士から頼られているのは悪い気がしない。
不安は拭いきれないが、力になれることなら何でもなってやろうという気に伸はなっていた。
少しだけ間を置いて、そして決心が付いたのか征士はハッキリと伸に伝える。
「星を背負った青い髪の子供のキャラクターの、例えば携帯に付けられる程度の大きさの人形を作って欲しいのだ」
「…………………」
征士の言っているのが何のキャラクターなのか伸には大体の見当が付いた。
多分、アレの事だ。
そして何故それの人形を欲しがっているのかもすぐに解った。
まだ何も言われていないのに解ってしまう自分に嫌気が差すと同時に、すぐにバレる征士にも嫌気が差した。
だから。
「…………っあ、…………伸、…おい、伸、…?」
返事をせずに電話を切ってやった。
切られた征士は何が悪かったのか解らず電話に話しかけたが、かけ直しても恐らく出てくれないだろうという事だけは解ったので、
溜息を吐いて携帯を胸ポケットに直し、諦めるしかないかと車を発進させた。
自宅のドアを開ければ、おかえりという当麻の声が聞こえる。
それに征士は苦笑いをしてしまった。
あんな物ではなく、本物がいるのに下らない。
征士が愛しく思うのはあのキャラクターの純粋無垢な姿ではない。
青い髪と青い目の、少しばかり素直じゃない愛しい人に似ていたから、だからあのキャラクターが気に入っただけなのだ。
公に写真を持ち歩くことは出来ないが、それでも脳裏に焼きついている姿がある。
笑っている顔、怒っている顔、泣くのを堪えている顔。
そして夜、ベッドの中でしか見せない顔。
全部、ちゃんと記憶の中にある。
あんな身代わりを持ち歩く必要などないのだ。
そう思いながらリビングに足を踏み入れると、床に座り込んだ当麻と目が合った。
自分を見上げ、へにゃっとした笑みを向けてくれる愛しい存在。
それに征士もつられて笑うと、当麻が立ち上がり、そして征士に抱きついてくる。
「…どうした?」
抱き返す腕も、声もつい甘くなってしまう。
抱きあったままの体勢で当麻は何も応えてくれなかったが、クスクスとした笑いが漏れている。
何か楽しい事があったのだろうか。
もう一度、どうしたのかと尋ねようとした征士の首筋に、何かが貼り付く感触があった。
それに驚く前に当麻が体から離れ、そして自由になった腕で征士は自分の首筋を撫でた。
「………これは?」
シールのような感触だ。
皮膚が引っ張られて少し痛んだが、一気に剥がしてソレを見た。
「……これは…」
「携帯保護シート」
にっと笑った当麻はイタズラが成功したような、だがどこか褒めろと言いたげな表情だ。
ちょうど暇だったから作ったというソレは、確かに市販されていないのだろう、少し既製品と出来が違う。
「ちょっとソレ、俺に似てね?」
得意げに当麻が語る特製の携帯保護シート。
画面の邪魔にならないよう薄く描かれていたのは、征士が昼間に見つけた青い髪の子供のキャラクターだ。
そしてその隣には外に向けて跳ねた髪の子供がいる。
だがそれが既製品ではないと一目で解るのは。
「そのさぁ、女の子の方、髪が今はピンクなんだよな。昔は金髪に近かったみたいだけどさぁ……だから改造した」
金の髪、そして長さも少し短めに変えられたキャラクターが青い髪の子供の隣にいる。
「なんていうか、出来心?」
何も言わない征士に、照れてしまったのか当麻は少し早口でそう告げた。
出来心で作られた、青い髪の子供と金の髪に変えられた子供は仲良く手を繋いで立っている。
少しだけ目つきも変えられているようにも見えた。
手に入れる事が出来なかったそれを、思わぬところからプレゼントされたのは勿論嬉しい。
だがそれ以上に、彼が同じ事を同じようなタイミングで思っていた事が嬉しくて堪らない。
離れていても同じ事を思うのだ。
それが嬉しい。そして、幸せだ。
早速そのシートを携帯に貼った征士は何気なく当麻の携帯を盗み見た。
そこにも同じ物が貼られていたのを見つけて、征士はまた幸せに口元を緩めた。
その数日後、女性社員の間で「伊達征士は無類の青好き」という認識が広まった。
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アレ、当麻に似てると思うのです。
リトルツインスターズの弟のほう。