ユア・ローリン・サンダー
征士は女性に対して苦手意識が強い。
その原因は女傑揃いの実家と、そして入り婿であまり強く出ない父を見て育ったというのもあるが、やはり一番の原因は姉・弥生の存在だ。
気が強いなどという表現でさえ生ぬるい。
子供の頃から姉に躾と称して厳しく扱われてきた征士は、大人になっても女性に対してその苦手意識が薄れる事は無かった。
あの優しいお姉さんの代表例であるような存在のナスティ相手にでさえどこか弱腰なのだから、それは相当なものだったのだろう。
対して当麻は全く女性に対して物怖じしない。
正確に言えば、表面的な付き合いなら老若男女問わず全くもってフラットに、対等に付き合える性格だったが、
それでも征士の目からすれば随分と女性に対して愛想がいいように見える。
特に年上の女性というものに愛想がいい。
子供の頃から母親が不在がち(いや、これは父親もだが)で、更に両親の離婚があったせいだか何だか知らないが、
特に、所謂”綺麗なお姉さん”に兎にも角にも、愛想がいい。
若しかしたら少々マザコン気味なのかもしれないが、何にしても、愛想がいい。
征士にとってある意味天敵といって差し支えの無い存在の姉・弥生。
彼女は美丈夫である征士の姉らしく、それはそれは美しい女性だった。
その彼女が突然、征士と当麻の住むマンションを訪れた。
こういった事は初めてではない。
その度に征士は肝を冷やすし表情には出さないが少々苛立ったりする。
だって当麻ときたらその姉の弥生相手に大層、愛想がいいのだ。
「弥生さん、新幹線の中、暑くなかった?」
「ええ、暑かったですね」
「この時期、暖房入れすぎなんだよなぁ…あ、喉渇いたでしょ、お茶淹れますねー」
「ありがとうございます」
普段の彼なら遣う事さえないような気を遣い、いつもは行儀悪く斜めに腰掛けている椅子だってきちんと座っている。
それもニコニコと笑顔のサービス付きで。
当麻は自分で面食いだと言って憚らない。
そして美人の、姉だ。
幾ら昨夜、濃密に愛し合ったといっても思わず征士は彼を疑ってしまう。
大体自分と付き合ってくれてること自体、顔で選ばれた気がしてならない。
いや、案外美人の姉目当てで付き合われたのではないかなどと、仮に当麻に知られれば鼻で笑われそうな事まで考えてしまう。
「征士さん、あなたいつまでそうして立っているつもりなのです。本当に気の回らない人ですね。
あなたは身体が大きいのですから邪魔にならないよう、せめて端に避けなさい」
「…………………はい…」
厳しい姉の口調は、これまた厳しい母と似ているのも、征士が姉に逆らえない理由の1つかも知れない。
「当麻さん、すいませんね。こんな木偶の坊で…」
「そう?征士、凄い気も回るし助かってますよ」
「まぁ、お優しい」
「いやいや、本当ですって」
いや、本当に。
普段の生活で考えれば当麻のほうが動かない。
替わりに征士ばかりが動いているのだ。
そりゃ当麻だって全く動かないわけではないが、明らかにその比率は征士に傾いている。
なのに今はどうだ。
当麻ときたら征士の姉相手に玄関まで出迎えて率先して彼女の荷物を受け取り、
椅子を勧めお湯の温度まで拘ってお茶を淹れたりと、本当に愛想がいい。
しかも全行程、笑顔で。
「弥生さん、新幹線の乾燥、酷かったでしょ」
「そうですね…あれには参りました」
「俺もこの時期の新幹線、苦手」
「ねぇ…?お陰で化粧が崩れてしまって…どこかで化粧直しをするべきだったのでしょうけど」
「いや、必要ないですよ」
「そうもいきません。人に会うのに礼儀に反します」
「大丈夫ですって。弥生さん、綺麗だし」
あらやだ当麻さんたらお口が上手ですわね、いやいやそんな俺正直者なだけですよー。
何だこの会話は。
辛うじて当麻の隣に座ることで必死にアピール(勿論、当麻に向けて)している征士は思ってしまう。
彼のように愛想笑いなど出来るはずも無い。
当麻が本気で姉の容姿を褒めている事くらい、長い付き合いで解っている。
聞き様によってはまるで口説いているようにさえみえるから、余計に気に食わない。
何なんだお前は。
お前の恋人は誰だと思っているんだ。
昨夜あんなに愛し合ったのに今じゃこちらに見向きもしないのはどういう事だ。
身体を繋げている時に乳首を甘噛みするとアソコをぎゅうぎゅうと絞めながらあられもなく甘い声を上げているのは誰だ、
それをバラしてやろうか。
勿論、実際にバラす事なんてしないけれど。
そんな事をすれば当麻がブチ切れるのは火を見るより明らかだし、また姉に礼儀知らずと手厳しく叱られそうだし、
何よりそんな可愛い恋人の姿を、どこの誰が口外などするものか。
「聞いているのですか、征士さん」
よろしくない事を考えていると、また姉の厳しい声が聞こえる。
あわてて思考を戻し、姉を見た。
…少々怒っているようだ。
「あなたの事を話していると言うのに全く聞いていなかったのですか。
…本当に、こんな弟に当麻さんは勿体無いと常に言っていますのよ」
彼女は前半の言葉を険しい顔と共に実の弟に向けて放ち、後半はその恋人に向き直って美しく微笑みながら言った。
何処で誰がだ、とは征士も当麻も聞かない。
どうせ実家の、立派な庭が見えるあの広い居間で、女3人並んで言っているのは解っている。
苦虫を噛み潰したような顔(をしているつもり)の征士の隣で、当麻は珍しく少し困ったような笑みを浮かべていた。
「当麻、お前随分と愛想がいいものだな」
弥生がマンションを去った後で、征士は不機嫌さを隠そうともせずに言う。
姉の急な訪問は、急な彼女の退場によって終わった。
いつもこうだ。
一体何をしに来ているのか知らないが、いつも突然訪れてはただお茶を飲み他愛のない会話をして、そして帰っていく。
「…そう?」
「そうだ。自覚が無いのか」
「いや、自覚はあるっちゃあるけどさー…愛想いいと何か悪いん?」
悪いに決まっている。
幾ら姉と言えど油断などなるものかと征士は考えているのだから。
言葉にせずとも征士の機嫌が更に悪くなったのが当麻には解ったらしい。
表情の乏しい彼の感情を読み取れるのは嘗ての仲間で、やはりと言うべきか特に当麻は聡い。
苦笑いをしながら彼の豪奢な金髪を指で弄ぶ。
「だってお前の姉ちゃんだろうが」
「私の姉とは言え、愛想を振りまきすぎではないのか」
「え、何、妬いてんの?」
「うるさい…っ」
図星をさされ征士が短く言うと、当麻の苦笑いは更に深くなる。
「大体お前だって私にとって姉がどれほど苦手な存在か解っていないわけではないだろう」
その天敵と恋人が仲良く談笑している様など見ていて楽しい筈がないのだ。
それなのに当麻はそれを解ってはくれないのだろうか。
征士は悲しいやら悔しいやら、情けないやら…
「でも、お前の姉ちゃんじゃん」
「それでも…」
「あの姉ちゃんが居なかったら、今のお前、いねーんだぞ」
弄んでいた髪を、強く引っ張られる。
当麻はもう苦笑いをしていなかった。
「あの姉ちゃんのお陰でお前、女嫌いなんだろ」
「……嫌いとまでは言っていない」
「どっちだっていいよ。…姉ちゃんが居なかったらお前、モテるからさ、絶対どっかのいい女と結婚してたぜ?」
「それは」
「それで幸せになってんだ。で、俺も多分、結婚してたかも知んないけど、その場合はまぁ……親と一緒で離婚してるだろうしさ」
「…………それは…」
「兎に角、お前の姉ちゃんのお陰で俺はこんなイイ男と一緒にいれるわけで、
そのイイ男のお陰で俺は誰かと愛し合うなんていう幸せな人生送れてるんだからな」
だからその姉ちゃんに感謝して愛想振りまいて何が悪い。
ちょっとだけ口を尖らせながら言う当麻は、もういい大人だと言うのに何だか可愛い。
傍から見ればそれほど可愛くなくとも、征士にとっては可愛い、とてつもなく、可愛い。
女性に対して苦手意識がなくたって、自分はきっと彼を好きになっていたに違いない。
自由で身勝手で、人の気持ちなんてお構いなしなフリをしている癖に、いつだって誰より優しい。
柔軟で強靭でそして少しばかり孤独なこの魂に惹かれない筈がない。
なのにそんなちょっと弱気で、ちょっと卑屈で、かなり可愛いコトを言ってくれる、恋人。
こみ上げる愛しさに、思わず力一杯その細身の身体を抱き締めると、その恋人は、
「ちょ、ちょい…苦しい…っ!力加減しろ、この馬鹿力野郎っ!」
と、ちょっと本気で腕から逃げようとするのだが、それがまた可愛らしくて征士は腕の力をますます強めてしまった。
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あなたはっ稲妻のよーうにー、です。
歌詞内容とは全くかけ離れてますけどもね。別れるわけナイじゃん、このバカップル。