侵食
初めて胸の内にある思いを告げた時、よく解らないと、それでも頬を染めながら言われた。
初めてそういう意味合いを持って手に触れたとき、明らかに狼狽されたが、それでも振り払われる事がなかった。
初めてキスをした時、ただそれだけで嬉しかった。
なのにもっと貪欲になって舌を差し入れるようになるまで、それから暫くも経たなかった。
初めてベッドで裸になった時、身体を抱き寄せるまで随分と渋られた。
曰く体格差が恥ずかしいだとか、寒いだとか、もう眠くなってきただとか、言い訳は多かったがそれでも抱き寄せてしまえば、
言葉の割に素直に抱き返してくれた。
けれど想いばかりが先走り、どうしていいのか解らなくて、その時はただ抱き合って眠った。
それでも幸せな気持ちになれた。
初めて互いのものに触れた時、恥ずかしさからか泣き出しそうなほどに目を潤ませていた。
明かりは強い要望で消していたが、窓から入る月明かりでも充分に互いが見えた。
言えば怒られるのは解っていたが、その姿を可愛いと思い、そして告げた。
案の定、彼はアホかと地元の言葉で罵倒してきた。
それでも拒絶はなかった。
滅多と自分でもした事のない行為を相手に施すのは少し妙な気持ちになったが、それでも徐々に気持ち良さそうにする姿に、
自分がそうさせているのだと思うと堪らず幸せな気持ちが溢れた。
それも暫くするともっと彼を知りたくて、やり方など当然知らないのに、それでも彼のものを口に咥えてみた。
酷く困惑されたがそれでも攻め続けると呆気なく彼は果てた。
思わず飲み込んでしまったそれは苦く、喉に絡みつき正直に言えば不快感はあったが、決して悪い気分ではなかった。
ただ自分だけがそうされた事について、彼に後から文句を言われた。
裸で共にベッドに入り、お互いのものを触るという行為だけで物足らず、もっとその先を、もっとその表情を見たくなったのはいつからだろうか。
その明らかに、そうする為にはない筈の器官を無理に開かせようと指を差し入れたとき、初めて彼の拒絶を見た。
知らない感覚に、慣れない圧迫感に、何より恐怖感に怯え、緩く首を横に振られた。
その時はそれ以上は進めなかった。
それでも諦められず、身体を繋ぎたいという欲求は抑えられず、何度か試みた。
少しずつ慣れてきたのか、最初のうちは1本しか受け入れられなかった指は、いつの間にか2本入るようになり、3本まで入った。
中で指を動かすたびに苦しそうに眉根を寄せられたが、それも何度か繰り返すうちに甘い声が混じるようになってきた。
その頃にはもう、指だけでは我慢などできなくなっていた。
そして。
初めて身体を繋げた時。
今までとは圧迫感が違うらしく、やはり最初に指を入れた時のように首を横に振られた。
苦しい、そう言って。
あの時のように一度止めようかと思った。
しかし止まれなかった。
自分の下にある身体が、魂が、彼その物が欲しくて欲しくて、欲しくて堪らなかった。
止まれるはずがなかった。
彼の拒絶も、それ以上なかった。
初めて、繋がった。
無理な行為には違いなく彼に血を流させてしまったが、申し訳ないという気持ちがなかったわけではないが、幸せだと思った。
彼も、そう言ってくれた。
その行為は何度か繰り返すうちに、少しずつ少しずつ互いに慣れてきた。
そして、今。
征士は当麻に覆い被さるようにしていた身体を、身体を繋げたまま起こした。
その感触が伝わったのか当麻が小さく呻いた。
表情を伺うと怒りや非難は見えない。
それに安心して視線を下へずらしていく。
胸から腹にかけて幾つも跡が見て取れた。
首元には滅多と残さない。
外に出る事だってそう多くないくせに、服で隠せない場所に付けると当麻はいつも怒った。
それでも冬になればタートルネックを着れば済むというのもあってか、それ以外の季節ほどは怒らない。
だから征士もたまにそこにも跡を残す。
本当はいつだって残したかった。
彼は自分のものだと、常に主張していたかった。
でも彼の不興を買うのは避けたかったので、その気持ちは大概の時は抑える事にしている。
たまに、なら彼も怒りはするが不機嫌にまではならないのを知っているというのもあったので、タイミングはいつだって計っていた。
更に視線を落とした。
少しばかり先走りで濡れている隆起したモノが見えた。
最初の頃は後ろだけでなくこちらにも刺激を与えなければ果てる事がなかったのに、最近ではたまに前への刺激なしで彼はイク事がある。
身体が、そうなってきたのだろう。
前には見られなかった変化だ。
それを純粋に嬉しい、と思う。
そう変えたのは自分だし、そうする事で変わったのが彼の身体だ。
身体を更に後ろに倒し、奥を見ると自分を受け入れている場所が見えた。
繋げる事が出来る、けれど本来なら繋げる筈もないその場所。
誰の身体にもあるし、当麻が自分と同じ男の身体だと解っていても、それでも彼の身体だと思うだけで、愛しい場所。
初めの時と違ってもう出血することは少ない。
こちらが余程の無理を強いた時は出血することもあったが、無理を強いる時の方が少ない。
そんなに性急にならずとももう互いに相手以外を慈しめない事を解っている以上、大切にしたいからだ。
受け入れる事に関しては最初と違って変わったが、中は相変わらず狭くて、熱い。
刺し入れた自分に絡みつき、溶かすような熱で包んでくれるそこが征士は好きで堪らなかった。
時折、彼の深いところにまで入ることの出来る己のモノにさえ嫉妬しそうになるのは最早、病気だと征士は自重気味に笑う。
清廉潔白な人間だ、と言われる。
表情に乏しい、と言われる。
公明正大な人間だ、と言われる。
まさか、といつも思う。
いつだって彼を抱きたいなどと考えてしまうし、彼を見て頬が緩むのを抑えられない。
それに誰に対しても、時には仲間や彼の家族に対してまでつまらない嫉妬を抱き、彼以外の事など知ったことではないと
考えてしまうほどに残酷な人間なのに。
いや、そうだったのかも知れない。
清廉潔白で、表情は乏しいが誰に対しても公明正大であろうとしていた。
そうする事が当然だと思ったし、それこそ人間としての美徳と思っていた。
全て覆されたのは、彼に出会ってからだ。
物事の善悪よりも優先すべきは好奇心と言う彼。
好きな事となるとあからさまに目の色を変える彼。
嫌だと思えば素直に顔を歪め、時には屁理屈をこねてまで拒絶する彼。
そんな彼と出会って、振り回されて、絡め取られて。
自分も随分と変わってしまった。
その変化を、嫌だと思ったことは一度もなかった。
今、目の前にある魂は自分の執着の証であり、その身体は自分の肉欲の証だ。
自分の為に変わったその身体が愛しかった。
いや、変えた、と言うよりも、侵食を許された、と言ってもいい。
少しずつ彼の領域に自分が侵食をしていき、そして自分の領域に彼が侵食をしていく。
互いに少しずつ蝕み、範囲を広げ、表面では見えない内部を満たしていく。
それがどれほどの幸せか。
きっと今の自分はダラシナイほどに緩みきった顔をしていることだろう。
それほどに、幸せなのだ。
それほどに、愛しいのだ。
それほどに、それほどに。
「………何見とんねん…」
声をかけられた。
暗がりの中、様子を伺うとどうやら機嫌が降下してきているらしい。
地の言葉が出る時は大抵照れているか、そうでなければ怒っている時だ。
どうやら今は羞恥が怒りへ変化している最中らしい。
これはいかん。
征士は慌てて体勢を戻し、機嫌を直して欲しいと願いながら何度もキスをする事にした。
これが成功するかどうかは、いつだって五分五分で、どう転ぶか未だに解らない。
それさえも、愛しい、などと思うのだから我ながら末期だ、と征士はいつもながらに思い、
目の前の身体を貪る事に集中を始める。
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征士って絶対ムッツリだと思います。
前にも言ったけれど、絶対そうだと思うのです。