つまりはそういうこと



ちょっとばかり違和感を感じないワケじゃなかったが、連れて来られた料亭はご立派だったし、通された部屋だって上等だったし、
出てくる料理だってそれに見合うだけの味だったから、その違和感は自分の中でいつの間にかどこかへ逃げて行っていた。

部屋に居るのは、俺と親父。
それから向かいに征士、とその祖父さん。の4人。
男ばかりでむさ苦しい事この上ないが、料理が美味いし酒も美味いので別に許す。(何がって聞くな。答えに困る)


「では普段の専門分野はエネルギー関係というわけですか」


征士によく似た雰囲気の、けれど純和風な祖父さんがそう聞くと、親父も嬉しそうに答える。
専門外の人間と話している親父の姿というのは見た事が無いので、ちょっと面食らってしまった。
何だ、普通に喋れるじゃないか、と。
ついでに言うと、普段から専門的な事しか喋らない親父の話についてくる人間は母さんしか見た事がなかったから、それにも驚いた。
案外、伊達の祖父さんは征士から聞かされてる以上に凄い人物なのかもしれない。

いや、実際凄い。
だって今回この顔合わせになった事の発端は、伊達のグループが衛星を打ち上げるプロジェクトに出資することを決めたからだ。
全くの門外漢なのに、これからの新規事業に繋がる可能性もあるし、何よりこの国の何かに役立つかもしれない、だなんて言って。

そのプロジェクトに呼ばれた学者の中に俺と親父がいた。
親父と仕事をするのは今回が初めてで、何だか面白そうだったから俺はすぐに返事をしたけど、親父は一体何で受けたんだろうか。
この分野にそこまで興味があるとは思えないのに。
興味の無い事には驚くほどアッサリしているのが親父だ。
親父のその態度ったら、俺のアッサリ具合より遥かに凄まじい。
なのに珍しいなとも思った。

若しかしたら親父も、俺と仕事をする事に何となく興味を持ったんだろうか。
似たもの親子と言われるから、そうなのかも知れない。
だったら嬉しいなと思えるほどには、俺にも可愛げはある。



話はどんどん盛り上がり、祖父さんと親父はすっかり打ち解けている。
何が楽しいんだか二人ともさっきから酒が進みすぎていて少し心配だ。
征士は横に居て相変わらずだし、大丈夫なのかな?祖父さん。
親父の方は普段の不摂生もあるから俺、止めたほうがいいのかな?

ていうかそもそも、この食事会は何なのだろうか。

プロジェクトの顔合わせならもっと大人数でするはずだし、責任者と出資者というのなら、実は親父は責任者じゃない。
一体何の集まりなんだろうか。
それぞれの孫と息子が友人だから、折角なので、という事なんだろうか。
それにしちゃ随分とご立派だ。

俺と征士の関係なんて嘗ての仲間は知って、その上で受け入れてくれているけれど、世間全てがそうとは言えないし、
大手を振って言いふらして回れる事じゃないから大半の人間には伏せたままだ。
それは家族である親だって同じで。
流石にいい加減いい大人の男が2人で暮らしてる時点で母さんは何か言いたそうにしていたが、それを言う機会は与えてない。
言われれば素直に認めるつもりだけど、その言葉を言われる勇気がこちらには未だ無いから仕方ない。


「しかし実際に成果を出すには時間もかかるし、取り掛かった本人が結末を知れないことの方が実際は多いんです。
だから私だって今抱えている研究のうちの幾つ…いや、下手をすれば1つも結果を見れない可能性だって有ります」


考え事をしている間に話はもう少し進んでいたらしい。
真面目にそう言っている親父と、なら私はもっと見れない可能性がありますな、と真摯に答えている祖父さんがいた。
征士は相変わらず黙ったままだ。
コイツ、祖父さんの前だとあんまり喋らないのかな?…普段もそうお喋りなやつじゃないけど。
ていうか俺と2人の時は割と喋る方なのにな。猫被ってんのか?


「しかし、今は情報が多く、関心を持つ若者もそれなりにいてくれています。その者たちが継いでくれれば研究は死にません」


そう言って親父は俺の肩を叩いた。


「それに私には頭の出来だけはイイ息子もいますから」


そして笑った。
頭の出来だけって何だよ。
他にもっとイイトコあんだろ、俺。
……アレ?ない…?
てか征士も笑ってんじゃねーよ。何か言えって。
いえ当麻くんは素晴しいですよって。
あ、やっぱ言うな。コイツ今言ったら親に聞かせるワケにいかねー事まで言い出しそうだ。

何か妙に悔しいのと気まずいのを紛らわすために、俺も黙ったままだった口を開く。


「じゃあ俺もこの遺伝子残すよう努力しなきゃなんないな」


軽い冗談のつもりだった。

……んだけど。
何故か静まり返る部屋。
え、何この沈黙。
親父は眼鏡の奥で目ン玉見開いてるし、伊達の祖父さんもさっきまでの陽気さが嘘のように鳴りを潜めている。
征士に至ってはこっちを真顔で見て、しかもちょっと傷ついた顔をしてやがる。


「いや…冗談だし…。ていうか親父、俺、まだ若いんだからソッチは枯れてないんですけど」


至極尤もな事を言ってるつもりなのに、何だこの俺が変な事を言ったような空気は。
え、ホント、何。俺、何か間違えた?

内心焦りまくっていると、突然親父が俺の頭を掴んで卓にぶつけんばかりの勢いで下げさせた。


「お前という息子は…っ!」

「いや、落ち着いてください、羽柴さん…!当麻さんは何も悪くは無い!」


えーーー!?ちょ、マジ、何!?


「伊達君という者がありながら、何て事を言い出すんだ!!!」


………………。
………………。
…………………………。

ええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!?
お、おや、親父、今…っ!

親父の手を跳ね除けて頭を上げ、改めて部屋を見渡す。


「お……親父、今……何つった……っ!?」

「こんなに誠実な伊達君に対してお前は何て不誠実なんだ!幾ら家が放任主義とは言え、そんな人間に育てた覚えは無いぞ!」

「っちょ、だから、それ、……」


親父が知ってる!?
俺と、征士の関係を!?


「いいんです、羽柴さん!当麻さんだってこんなに立派な青年なんです!聞けば私の孫から始めた関係だというではないですか!
彼にだってそういう、人を抱きたいという本能はあって当然なんです!」


っちょ!!!!!!!
おおおおお、親父だけじゃなく、何で伊達の祖父さんまで…!

俺はパニック寸前だ。
いや、実際室内は軽いパニックの坩堝だ。

て言うかなんだ、これじゃあまるで俺が阿婆擦れのようじゃないか!

咄嗟に征士を睨む。
まだ傷ついたような顔をしてやがる。
アホか!今一番傷ついてんの俺なんだよ!!
大体テメーは一体、いつ。


「征士…!お前、親父に…!!」

「話した」


此処に来て初めて征士が声を出したのが、こんな流れだなんて妙に腹が立つ。
しかも端的だが俺の聞きたい事に的確に答えやがったのも腹が立つ。


「いつ!?」

「このプロジェクトが決定して、お前のお父様をスカウトしに行った時に」

「何て!」

「素直に正直に」


し…っ信じらんねぇ…!
ていうかさっきの伊達の祖父さんの言葉からすると、向こうも知ってるし、ついでに言うとソレを聞いて親父が驚いていない辺り、
どっちがどっちの役かまで話してるぞ、コイツ…!

お、俺にだって男としてのプライドくらい、あるってんだ…!


「違う、当麻。聞いてくれ」

「聞くって何を!?つーか違うって何が違うんだよ!俺に断りも無くペラペラペラペラと…!」


腹が立ちすぎて目頭が熱くなってくる。
頭に血が上りすぎて、何か涙が出そうだチクショウ。

卓を挟んで征士に掴みかかりそうになるのを堪えていると、途端に視界の端で伊達の祖父さんが動いた。


「当麻さん、聞いてください」


静かな、けれど有無を言わさない声。
場が静かになった。


「私の孫は、真剣に貴方との事を考えていると私に言いました。その心に嘘偽りはないと私は信じております。
ただ、先ほども申し上げたように貴方だって立派な男性だ。そういう欲もあるでしょう。ですから、ソレを私は咎めるつもりがありません。
その事で孫が何らか不服を抱くのであれば、それは孫の身勝手な感情です。孫の不出来です。ですから、それは構いません。ですが…」


目の前でその老人は座椅子から降り、畳の上に居住まいを正して。


「どうか、孫を見捨てないでやっていただきたい。孫は、貴方という支えが無ければ生きれない程に弱いのです」


そう言って深々と頭を下げられる。
所謂、土下座、だ。

静まり返った場が、また俄かにざわつく。


「ちょ…、あ、頭、上げて下さいって…!」


俺、本格的にヒデー奴みたいじゃんか…!
つーか孫が真剣にって言うけど、言うけど……そんなん、俺だって…
あんな行為、受け入れてる時点で……俺だって。

人に言うだけの自信とか、勇気とか。そういうのが、ない、だけで。


「俺、ちゃんと……征士の事………………き、だから……」


言葉にするのが、普段から上手くない、だけで。










「そういうつもりの顔合わせなら、最初に言えよな」


帰り道、酔い醒ましも兼ねて歩きながら征士に悪態をつく。
結局あの場は最後の俺の蚊の鳴くような声よりもっと小さな呟きを聞き取った祖父さん(耳いいな…)の満面の笑みで納まり、
最終的にはまた皆で飲んで大団円的な雰囲気でお開きとはなったけど。
なったけど、この悪態くらいは寧ろ当然の権利のはずだ。
あの場で俺だけが知らされてなかったんだから。


「すまない。しかし言えばお前は来てくれないと思っていたから…」


勝手に人の行動を決め付けんな。
と言えないのは、ソレが真実だろう事は俺自身にもよく解っていたから。
夜の事までバレてるなんて知ったら行かないどころか、今頃海外に飛び出して音信普通になってるか、それか最悪、海の藻屑だ。
悔しいけれど征士の判断は正しい。
正しいけど、納得がいかないのが事実だ。


「だが当麻、お前が本当に遺伝子を残すつもりでいるのなら、私は口を挟まない。
ただ私にも同じ事を望まないで欲しい。私はお前以外の人間を慈しむ事が出来ない」


そんでこんなクソっ恥ずかしい事を平然と言うコイツを信じらんねぇと思いつつも嫌いになれないのも事実で。

思わず溜息が出る。
コイツの事だから、きっと祖父さんにも同じ事を言ったんだろうな。
だから跡継ぎは自分では無理だって。
それを聞いて受け入れてる辺り、あの祖父さん、やっぱ物凄い人物だと思う。

兎に角。


「…あのさぁ。俺、アレ、冗談だってあの場で言っただろ」


すぐに。
何か固まっちゃってて誰も聞いてない感じではあったけど。


「それに知ってるか?征士。マウスだけど卵子だけで受精に成功させたんだぜ?」

「?」

「案外、精子だけでも受精できるのもそう先の話じゃないかもな」


俺、そっちは専門じゃないけど友達の科学者がそういう研究してるから案外、聞けばニュースより先に成功が知れるかも。
だから、そんな悲観的にならないで欲しい。


「では当麻……!」


だからってそんなに期待をこめて見られても困るんだけど。
解りやすいほどに機嫌の回復した征士に抱きつかれながら、あーコリャ今晩はちょっと寝かせてもらえないかもなぁとか、
せめて跡付けるにしても服で隠れる場所だけにさせなきゃなぁとか、考えてしまう自分にちょっとゲンナリする。

けど、嫌ではないから、きっと俺も大概なんだろうな……ああ、チクショウ。




*****
マウスのは古いニュースですけど、それくらいの時?あんまりいつ、とか何歳くらいの時、とか決めてません。
ホントは征士にはもっとダイレクトに「当麻以外で勃ちません」とか言わせたかったんですが、止めました。
幾らなんでも身も蓋もなさ過ぎる…!