ソファ



休日に会社に呼び出されそれでも昼過ぎにはどうにか自宅に戻ると、配送業者と思しき人物が部屋から出てきたのに征士は首を捻る。
思わず業者が自分と擦れ違いエレベーターホールに入っていくのを立ち尽くしたまま見送ってしまった。


一緒に暮らして数年経つ当麻がよくネットショップを利用するのは知っているし、それが届けられるのもよく見かける。
しかしそれは玄関先での受け渡しであって、部屋にあがりこむような事は今まで無かったはずだ。
一瞬過ぎった考えに征士の色の白い顔が更に白くなる。

―奥さん、いいじゃないですか。
―やめてください!私には主人がいるんです!
―そんな事言ったってここには素直に反応してますよ。最近、寂しい思いをしてたんじゃないですか?
―やめて…ください…!いや………ぁ…

絶句。
確かに最近、忙しくて当麻を構っていない。いや構っているが、夜構っていない。
もしかしたら欲求不満になった当麻からとんでもない色気が出ていたのかも知れない。
それを見た、ただ荷物を届けにきただけのはずの配送業者がグラリときたのかも知れない。
そして当麻に近寄り口八丁手八丁で丸め込み、当麻も欲求に逆らえなかったのかも知れない。

そう言えば先程の業者は、妙に”一仕事を終えた”顔をしてはいなかったか?
夏だからという言い訳では済まない汗の量ではなかったか?

まさか。いやしかし。何て事だ。いやだが私にも責任はある。しかしだからといって。

もしかしたらまだ当麻は裸かもしれないし体中に行為を思わせる跡を残しているかもしれない。
うっとりとした表情など浮かべられていたら自分は慰めるべきだろうか、怒るべきだろうか……正気を保っていられるだろうか。
そう思うと崩れ落ちそうになる膝に力を入れなおして、意を決して玄関を開ける。



「あ、おかえりー。早かったなー」


部屋には争った形跡などなく、そして当麻もどこにも乱れた様子もなく実に爽やかな声を聞かせてくれた。


「お疲れ。てか何そんな所にボーっと突っ立ってんだよ。着替えてこねーの?」


どうやら自分の考えすぎだったようだと征士は思わず苦笑を漏らしてしまう。
欲求不満は自分の方かも知れない。

当麻はやはり可愛らしいな…などと考えてから改めて部屋の微かな異変に気付く。


「………当麻、アレは…?」

「ん?」


征士の視線の先、テレビの正面を陣取っていた2人掛けのソファがいつもの場所から少し移動させられ、その代わりにあるソレ。


「ああ、コレコレ!欲しかったんだよ〜。で、買っちゃった。ってか俺、お前に言わなかったっけ?」


当麻が嬉しそうに見つめるソレは、使い古された、とても味のある大き目のゆったりとした一人掛けのソファ。
濃く、そして渋い色味の緑の生地は正直この暑い盛りに座るのは少し遠慮したいように感じたが、当麻にはどうでもいいらしい。

なるほど、先程の配送業者はコレを届けに来たから家に上がりこんでいたようだ。
そして家具の移動を手伝わされたから”一仕事を終えたような”顔をしていたのだろう。
征士はまた苦笑を漏らしてしまう。
本当に自分は一体何を考えているのかと。
そんな征士の様子は全く目に入っていないのか、当麻の嬉しそうな声は続く。


「リメイクとかさーそういうのは出てたんだけど、やっぱ俺オリジナルが欲しくってさ。ずーっと狙ってたんだよな。
でもオークション見てもちっとも出ないし、やっぱ無理かなーなんてちょっと諦めかけてたらさ、近所の骨董屋に出てたんだよ!
灯台下暗しってやつ!もー運命だよ運命、自分の近所にあるとかさ!」


嬉々とした語りを聞きながら征士も思わず頬が緩む。
どうやら相当に気に入っているらしい。
好きな物を語る時の当麻は本当に綺麗で、可愛らしくて、美しくて、そして艶っぽくて。
だから思わず抱き締めてしまう。
耳元で名前を読んで、まだ日も高いけれど、少し疲れているけれど、少しくらいなら当麻とイイコトをしてもいいのではないかと思ってしまう。

だけど。


「………俺ん話、いっこも聞いてへんのか」


タイミングを間違えたらしい。
当麻の声が険を含むし地の言葉が出ている。
こういう時は素直に引かないと当麻の機嫌を損ねて暫くお預けになってしまうのを征士は既に学んでいるから、
今回は大人しく腕の力を緩め、


「聞いている。それほどに欲しかった物なのだな。では早速、そこに座って何か映画でも見るか?」


アイスコーヒーを作ってやろう、と付け加えて当麻を椅子に座るよう促す。
しかし何故か当麻は曖昧に笑うだけで、何度勧めてみても首を縦に振ることは無かった。





夜になった。
征士が風呂から出てくると当麻は缶ビールを空けて1人で飲んでいるのが見えた。
しかも今日届いたばかりの椅子の前にしゃがみこんで、ソレを肴に飲んでいる。


「どうした、座らんのか?」


不思議に思い聞くと、アルコールが入って少し潤んだ青い目が自分を見返してくる。
そしてまた笑うのだ。


「うん、いい」


昼と変わらないその答えに観賞用にでも買ったのかと思ってしまう。
しかし観賞用なら壁際にでも置いておけばいいはずだ。
何もいつものソファを移動させてまでテレビの正面に置く必要などない。


「…当麻、それは座るために買ったのではないのか?」

「座るために決まってんじゃん。椅子だぞ?ソファだぞ?」

「なら座れば良かろう。欲しくてたまらなかったのだろう?」


そこまで言うと、当麻が立ち上がった。
そして征士の傍まで来ると彼の手を引き。


「うん、欲しかった」


そう言って、征士をその買ったばかりのソファに座らせる。
風呂から出たばかりでまだ体に熱の残っている征士には、やはりこの素材は少し暑苦しく感じ、そう告げようとした瞬間。


「し、座りたかった」


と言いながら自分の膝に当麻が腰を下ろしてくる。
顔だけ征士のほうに向けて、微笑んで。


「で、こうすんの」


直後に軽く口付けて。
そして一層笑みを深くして、


「ちょうどいいサイズだろ?」


と言ってのけるから征士は正直に思ってしまう。
ああきっと彼には一生叶わないのだろうな、と。




*****
テレビ観る時もこうやって座るんですよ。