やくそくをしよう



ドアチャイムを鳴らすことなく懐かしいドアを開けて中に入ると、どうやら征士と当麻が一番最後だったらしい。
昔よりサイズの大きくなった靴が4つと、華奢だが貧弱でないヒールが玄関に並んでいる。

今回の3連休は、久し振りに誰も欠けることなく柳生邸に集まれる事になった。


「いらっしゃい。みんなもう待ってるわよ」


家の主が迎えに出てくれた。
続いて昔はそこまで身長差がなかったハズの3人が続く。
そして最後に、最初に会った頃に比べれば随分と大人になった弟分が顔をのぞかせた。


「悪い、道が混んでたんだ」

「嘘を言うな。お前がサービスエリアでアイスが食べたいと言うから遅れたのだぞ」


大きな箱を抱えた当麻を一睨みしてから、征士は他のメンバーに対して謝る。
睨まれた当人は、言うんじゃねーよ、と箱を抱えたまま軽く彼の足を蹴った。
途端に箱の中身が音を立てる。
当麻は慌てて大事そうに箱を抱えなおした。


「…それは?」


遼が不思議そうに聞く。
すると純の表情が一気に明るくなり、前に居る兄達を押しのけて当麻に近寄った。


「当麻兄ちゃん、コレ、言ってたヤツ!?」

「そ!どーにか間に合ったぞ」


キラキラと目を輝かせている純に、当麻も嬉しそうに答えた。


「…で、何なの?ソレ」


伸の問い掛けに、当麻はよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに得意げな顔を見せて、
もう一度箱を抱えなおす。


「簡易プラネタリウム!…みたいなモン」


みたいなモンって。
何だソレは、と思っている皆をヨソに、征士は、ああソレを作っていたのか…と思い当たる。

数週間前より当麻が時々部屋に篭って何かを作っているのは知っていた。
ただ何を作っていると聞いてもいつも曖昧な言葉しか返ってこず、その事で頭が一杯の彼にほったらかしにされ続けたので
正直あまりいい思いをしてなかったが、その物が何かと知ればあまりに当麻らしいので思わず笑みがこぼれる。
その笑みには、そういう感情を持てるという優越感(誰に向けてかは解らないが)も幾分か含まれて。

ところが。


「じゃ、今日見れるんだね!?」

「あったり前だろ!俺がお前との約束を破った事があるかぁ?」


ふふんと胸を反らせて威張る当麻に、征士は目を瞠ってしまった。

何だその”約束”は、と。
私との約束は破る事があるのに、純との約束は破らないのか、と。
そもそもそんな約束をいつした。自分は聞いていないぞ、と。

声にならない色々な言葉が光速で頭を埋めていく。
しかしそんな様子に気付かない2人はニコニコとしている。


「ない!やったー!スゴイや当麻兄ちゃん!」

「ホントは家で楽しむために作ったんだけど、純が見たいってんならしょーがないからな」


そんな楽しみを作っていたなんて事も聞いてもないし、ましてや自分が幾ら聞いても答えなかった物を
純が言えばアッサリと教えただけでなく、進んで見せるという選択肢が出てくる当麻に征士の機嫌はただただ下がっていく。
元々、確かに当麻は純には甘かった。
まだ小学生だった頃にあの戦いに巻き込まれ、抗う術が無いばかりに只管怖い思いだけをさせられた上に、
両親と離れ離れにされていた少年を不憫に思ったのだろう。
若しかしたら殆どの時間を両親と過ごせなかった自分の姿と重ねていたのかもしれない。
だから彼が他の誰よりも純を気にかけていたのは征士だって知っている。
だけど、だからって。


「見たい!」

「夜まで待てって。それよりいい加減、家入れてくんない?靴くらい脱がせろよー」


意外と重いんだからな、と当麻が言って漸く家に入った。
隣の征士のテンションは下がり続けていたが、折角久し振りに揃っているのだからそんな事を考えていては勿体無い、
と頭を切り替える事にした。






が。


「そうだ、ナスティ、前に言ってた本、どこ?」

「あぁ、約束してたアレね?書斎に置いておいたわよ。帰るときに忘れずに持って帰るのよ?」

「解った」


とか。


「当麻、前に見せるって約束してた写真、コレだ」

「おーっ!スゲェ!!お前コレどうやって撮ったんだよ?」

「現地の人に言って特別に入れてもらったんだ。すごい雲海だろう?当麻、絶対気に入ると思ってさ。それ、やるよ」

「ホントか!?っわー……すげぇ…遼、お前ホントすげーよ…」


とか。


「あ、伸、コレ言ってた醤油」

「うわーアリガト!覚えててくれたんだ」

「そりゃー伸様との約束を違えたんじゃあ俺は残りの人生、怯えて過ごす事になりかねないんで」

「……まるで僕が脅したような言い方、やめてもらえない?イメージダウンもイイトコだよ」

「いやー……そんな、ネェ?」

「まぁいいや。今度コレで何か作ったらちゃあんと送ってあげるよ」

「ヤッタ!伸大好き!」


とか。


「当麻、アレ、持ってきてやったぜ」

「マジで!?」

「マジマジ。前会った時に約束したろーが。てなワケで今日早速、一緒に風呂で遊ぼうぜ!」

「おう!」


とか。

約束、約束、約束の嵐である。
征士の知らない間に、どうやら当麻は沢山”約束”をしていたらしい。
しかもどうも2つばかり気になる単語(大好きとか一緒にお風呂とか)が入っていなかったか、と眉間に皺を寄せてしまう。

約束。
確かに一緒に暮らしている2人にはそうそう必要にならないものだ。
しても生活するうえでの”約束”くらいなものだし、それだって当麻は時々破ってしまう。
なのに今、目の前で連発される約束はどれも破られなかったらしい。
それも微妙に征士の気に障るのだけれど。

約束、そう約束。
実は今回、征士も当麻と約束をしている。
だがそれは、


柳生邸にいる間はヤラシイ事は一切しない。


という、非常に可愛げも楽しみも色気も無い、とてもとても悲しい約束だ。
これはココに来るたび毎回する約束ではあるけれど、その度に征士は不満を抱えている。
皆には既に2人の事は周知の事であるし、好きあっているのだからスキンシップくらいは許してもらいたいのだが、
当麻に言わせるとソレは恥知らずという事になるらしい。

因みに征士からすれば、風呂に入っている途中に思いついたり思い出した事を上がるまで待てずに全裸のまま飛び出してきて、
必死にメモを取っている当麻のほうが恥が無いように思う。
思うだけで言わないのは、明るいところで身体を見られることを嫌う当麻の裸を、この時ばかりは思う存分に眺められるからである。
言って止められては勿体無いと思っているのだから、この男の病は思った以上に根深いのかもしれない。






夜になると、一抱えほどの大きさの簡易プラネタリウムがリビングに置かれ、みな思い思いの場所に座る。
屋敷自体が街灯も無い場所に建っている為にカーテンを引けば外からの光は一切無く、
室内の電気を消せばソコは完全な暗闇だ。

当麻の隣には純が陣取っている。
反対の隣は遼だ。

湯上りでほこほことしている当麻の隣に、座れない。
秀が持ってきていたアレというのは随分と威力のある水鉄砲の類で、家でやると家族に怒られると言うソレを
先ほどまで2人で思いっきり楽しく遊んでいたという事も征士にはあまりいい気分ではないというのに、
今、隣に座ることさえ叶わないというのはどういう事か。
折角、人工とは言え星を見るのだ。
その暗がりに紛れて手を握るくらい許されてはいいのではないか。
大体、秀が見た当麻の裸を、コイビトである自分が今日は1度も見ていないのも征士には腹が立つらしい。
(補足すると、昨日は見た。勿論、ベッドの中で)

そんな征士を置いて、部屋の明かりが消される。
そしてカチリという音が小さく響くと、リビングの壁や天井に様々な星が浮かび上がった。


数週間前から作っていたというそれは、星の大きさも、位置も、そして光の強弱も、全て綿密に計算されているのだろう。
簡易などと作った本人は言ったが、簡素な見た目と違ってその光は充分に本格的な仕上がりだった。
凝り性の当麻のことだ。
この星の1つ1つだってきっちり調べつくしたに違いない。

あまりの見事さに誰も言葉を口にしない。
長い、長い沈黙。


その沈黙の中で純が呟いた。


「コレ……ここの星空?」


弟の問い掛けに、即座に当麻は、いいや、と答えた。


「ここから見えるのなら本物を見るほうがいいに決まってるだろ」

「じゃあ、どこの?」


伸の声だ。
しかし当麻からの答えは先ほどと違って間があった。
しかも、


「あー…いや…まぁ………いいじゃん別に」


などと非常に曖昧な返事だ。
ソノ様子に征士は気になり、訝しんで当麻のいる辺りに目を凝らしたが、暗がりで離れて座っているために表情など一切見えない。
だが何か言いにくいのだろうという事だけはよく解った。
もしかしたら、以前、口論になった(つまらない理由なので思い出したくも無い)メキシコの夜空なのかもしれない。

もう今日だけでどれほどの嫉妬を抱えればいいのかと征士も流石に笑うしかなくなってくる。
もっとも、出るのは苦笑ばかりだけれど。




「な、今日ココで皆で寝ねーか?」


秀が嬉しそうに声を出す。
リビングに布団を敷いて、このプラネタリウムを見て寝ないか、と。
だけど当麻はそれを却下して無情にも部屋の電気を点ける。
誰とも無く、ああ、と惜しむ声が漏れた。


「何でだよ、スゲーいいじゃん、コレ」

「中に入れてる電球が、一晩もつけるには光が強すぎるんだよ」

「でもリアルでいいじゃん」

「馬鹿か、電気の光が漏れてるところでの睡眠なんて身体にはよくないんだぞ」

「今日1日の事じゃねーか」


仲間と集まると気持ちが戻るからだろうか。
元から童顔である秀の表情は更に幼く、口を尖らせて感情を隠そうともしない。


「だいたい電球自体も一晩付け続ける事を考えて選んでないから駄目だ。
…そんな顔すんなよ。明日1日くれたら電器屋に行ってなんかいいの買ってくるから」


その姿に当麻も折れたのか、代替案を出す。
それを聞くとまた秀の表情が変わった。
今度はあからさまに嬉しそうだ。


「マジか!じゃあ楽しみにしてるぜ、天才!」


ひゃっほー!と大喜びしながら隣の伸の背中をバンバンと叩いて彼を咽させる。
後できっと小言を言われる事が予測された秀は、慌てて


「でもプラネタリウムなくても、皆でココで寝よーぜ!」


と提案した。
みんなでいれば、そこまで怒られないと考えたのだろう。
こんなトコロでも彼は昔と変わっていなかった。

兎に角その提案は、誰にも反対されなかった。





次の日、当麻が電気屋に行くいうのに征士は同行した。
ここに来てからあまりイイ思いをしていない(寝るときまで隣になれなかった)ので、
せめて少しの間だけでも2人きりになりたかったのもあったが、 それ以上に当麻を一人で行動させると余計な物を買ってくるし、
思い付きで行動するので時間だってかかる為、平素から彼の買い物にはストッパーが必要だったからだ。

じゃあお前、運転な。と当たり前のように車のキーを渡される。
当麻だって免許を持っているし、運転は嫌いではないが征士といる時は何故か彼が運転をするのが当麻の当たり前らしい。

2人して車に乗り込むと、街にある大型家電量販店へと向かった。




普段、家電製品には人並みしか興味がなく、パソコンのマウス1つにしてもこんなに種類のある店になど来ない征士には、
今目の前にある電球の種類に只管驚くしかないのだが、当麻は既に目当ての品が決まっているらしく、
よく解らない商品名を呟きながら幾つも並ぶ電球を眺めている。


「そういえば当麻…」

「んー……?」


集中しているのだろう、声が虚ろだ。
2人きりだというのにここでも征士の事はあまり頭にないらしい。
すぐ後ろで話しかけたというのに、振り返ってもくれない。
彼以外の人間がこういう事をすると礼儀知らずと腹を立ててしまうのに、当麻というだけでそれさえ”らしい”で済ませてしまう自分に、
征士は諦めも含めて苦笑いをしてしまった。


「あの星は、どこのものなのだ?」


昨日の疑問。
別にどこだって構わない気がしたが、そろそろ会話をしたい征士はその事を口にした。


「あー、アレね」


当麻の目はまだ電球の棚を見ている。
それでも何とか言葉が帰って来た事に安心する。


「アレ、仙台」


だが思わぬ返答に、征士は思わず立ち止まってしまった。
言った当麻も、言ってから素直に白状してしまった自分に気付いたのだろう、耳が赤い。
見る間に項まで赤く染め始めた。


仙台の、星空。
この数週間、それを家で楽しむために作っていたという当麻。

彼とこういう関係になってから実家に帰りにくくなったワケでもないし、家族からも特に何も言われないが(寧ろ歓迎されてる感もある)、
それでも東京で生活をしているとそう頻繁に帰れるわけでもない、征士の実家のある場所。
いつか彼に話した事があった。
実家から少し離れた場所にある、小高い山からは星が沢山見えるのだと。
昔から心が疲れてくるとそこでよく星を見ていたのだと。

その話をしたのは、いつだったか。

思い当たって征士はもう一度当麻を見る。
もう意識は電球から離れてしまっているらしいその後姿は、だが完全に固まっている。
征士にとってこの上なく嬉しいことだが、当麻からすればそれは失言だったのだろう。

愛しさがこみ上げてきてその背中を抱き締めようとした瞬間、その(当麻に言わせると不穏な)空気を感じ取ったのか、
当麻は手近にあった電球を棚から乱暴に取ると、早足でレジまで行ってしまった。







「当麻」


駐車場まで振り返ることなく前を進む当麻に、そろそろかと思って征士が声をかける。
返事はなかったが立ち止まってくれた。


「当麻」


もう一度名前を呼ぶ。
小さな声で、何だよ、とぶっきらぼうに帰って来た。
機嫌が悪いわけではないのは長い付き合いで解っている。

単に、照れている、だけだ。

その様があまりに可愛くて、プラネタリウムを作った彼の優しさがあまりに嬉しくて、
何より今、目の前にいる彼があまりに愛しくて愛しくて、ここが外だという事を忘れて思い切り抱き締めて口付ける。


軽く済ませようと思っていたのに、昨日からのフラストレーションが溜まっていたのだろうか、
思いのほか情熱的になってしまったソレに、身体の奥に熱が伴い始めた。
人がいないのをこれ幸いと言わんばかりに抱き締める腕にも力が入り、我慢しきれず当麻の耳元で征士は


「ホテルへ寄って帰らないか」


と囁いた。
さっきまでは当麻も少しはそういう気分だったのか、ある程度征士のするままにさせていたが
流石にこの言葉には同意は得られないようで、キツイ目で睨みつけてきた。


「アホか!電球1個買うのに時間かかり過ぎたら、アイツらに何か言われるやろ!」

「しかし…」

「しかし、とちゃうわ!約束したやろーが!!」


自分は約束を破るくせに、征士が約束を破るのは嫌らしい当麻の返事に、征士は素直に不服そうな顔をしてみせる。


「と…兎に角、駄目なモンは駄目だ!俺、帰ってアレの調整し直しだし…明日、帰ったら……その…思いっきりさせてやるから…
だから…こういうの……ヤメロよ。…………俺も…………………シたくなっちゃうから……」


小さくなっていく語尾と、また赤くなっていく顔。
こんなにも可愛いのに生殺しを平然とやってくる彼には、もう本当に笑うしかないが、
それでも明日帰ればどうやらこの続きをしてくれるというので、征士は素直に従う。
その約束の印として赤くなった首筋に顔を埋めて。






「じゃ、俺、これから部屋に篭って作業するから。集中してるからよっぽどの事じゃない限り、部屋に来るなよ」


過去に彼らが使っていた部屋に向かう前に皆に当麻は告げた。
お茶もお菓子も要らないから、と。
そして、


「それと、絶対に征士近づけんなよ」


とコレだけは思いっきり征士を睨みつけながら言う当麻の首には不自然に絆創膏が張られていた。
その姿に何か思うところのある者は乾いた笑いを漏らす中、伸だけは、


「キミ、ちょっとくらいは我慢って言葉覚えたら?」


と事も無げに言うのだが、改める気がないので征士は返事をしなかった。




*****
帰ったら玄関先からサカりますけども。
メキシコの件は、ミル・マスカラスのパスポートの事で揉めました。