Una mano/En el caso de ”T”
今日、お前宛で荷物を送ったから明後日に届くと思う。
1ヶ月前、急に電話をかけてきた相手はそれだけ言うとこちらの言葉も待たずに一方的に電話を切った。
あの時の事を思い出すたびに、当麻は溜息が漏れてしまう。
「まぁ前から人の話を聞かん奴だとは思ってたけど…」
ブツブツと呟いて、時計を見た。
目的地まであと1時間を切った。
新幹線の車内は空調が鬱陶しいほどに効いているから寒くはないが、これから降りる駅はきっと寒がりの自分には厳しいだろうと思うと知らず身体が震える。
カバンの中に入れた筈のマフラーの存在をもう一度確かめて、ちゃんとそこにある事に安心した当麻は背凭れに深く身体を預けた。
1ヶ月前、征士が突然電話をかけてきた。
年賀状の遣り取りはしたが、電話は初めてだ。
戦いの中で聞いていた低めの声が、電話を通すと少しだけ落ち着きがないように聞こえたのは、気のせいだったのだろうか。
何かあったのか。
あまりに突然だったから不安になって尋ねるより先に、自分宛に荷物を送ったと彼は言った。
それも、明後日に届くという。
何を送ったのか、誕生日でもないのに急にどうしたのか、全く解らないままに電話は一方的に切られた。
「……意味が解らん」
何を考えてんだ、あのアホタレは。
そう思いながらも久々の仲間からの連絡だ。
あの戦いは辛い事が多かったが、彼らに出会えた事は大袈裟ではなく当麻にとって沢山の感情を与えてくれた。
その仲間の懐かしい声に、素直に頬が緩んでしまう。
「あっ、アカンアカン」
何かに没頭すると他が疎かになるのは両親から受け継いだ当麻の欠点だ。
このまま何もせずに聞き流していると、当日に外出してしまう可能性もある。
一体何がしたいのか解らないが何かをくれると言うのだから有難く受け取る事にした当麻は、忘れないようにカレンダーのその日に印をつけた。
そこでふと気付く。
「2月…14日……?」
バレンタインデーだ。
当麻にとってその日は、チョコレートがタダで貰える嬉しい日、という認識でしかない。
くれる相手は今は海外で生活している母から。それから父親の職場や色々な伝手で知り合ったお姉さまたちから。
後は学校ではロクに話しかけても来ないのに、何故かその日だけは話しかけてくる歳の近い少女達から。
そこにある気持ちは何であれ、チョコレートが沢山もらえる。
兎に角、その日は当麻にとってはただそれだけであって、それ以上の認識はなかった。
その日に、征士から何かが届く。
一体何を。
考えると心臓が強く脈を打った。
若しかして。いや、そんなまさか。
相手はあの”伊達様”だ。
派手な容姿と全くの逆方向に育った性格の御仁は、クリスマスでさえあまり意識していないような男だった。
それがバレンタインデーだからと言って何かしようとするだろうか。
それも、男の自分相手に。
きっと偶然だ。
そう、たまたま何かを贈ってくれようとした日がその日だっただけに違いない。
荷物が届くのが明日ではなく明後日だというのだって、きっと仙台から大阪はそれなりに遠いから日数がかかるだけなのだろう。
きっとそうだ、絶対、そうに決まっている。
だから、何かを期待するな、俺。
だから、軽く流せ、俺。
そう自分に言い聞かせた当麻は、2月14日の当日、学校を休んだ。
というか、サボった。
今日も父親は帰ってきていないので誰にも咎められないので、堂々とサボった。
学校に行けばきっと名前と顔が一致しない女子からチョコレートが幾つか手に入るし、近隣の高校の制服の女子からも幾つか手に入るのは
今までの経験で解っていたし、そこに込められた気持ちは受け取らないなりにもチョコレートは頂くつもりだった。
だが、当麻は学校を休んだ。
だって征士からの荷物が届くのだ。
あのアホタレ(当麻曰く)ときたら何日に届くとは言ったが、何時ごろを指定したのか一切教えてはくれなかったのだから、仕方がない。
と、当麻は誰に聞かせるでもない言い訳を朝起きてすぐに口にした。
別にポストに入れられた不在票を頼りに再配達の電話を入れても構わないのだが、やっぱりちゃんと受け取りたい。
そう思う理由について考えたことも過去にはあったけれど、可能性のない未来はすぐに忘れる事にした。
そんな事に時間を使うより、もっと他に目を向けていたほうが遥かに有益で、精神的にも遥かにいい。筈だ。
そう考えて。
配達があるとすれば朝の9時頃からだろう。
だから当麻は二度寝もせずにしっかりと起きて、征士からの贈り物を待った。
彼が何を送ったのか。
それが気になる。
落ち着きなく手を動かしてしまうのは、急に連絡を寄越した仲間が何を送ったのか気になるからだけだ。
そう自分に言い聞かせる。
暫くもすると腹が鳴った。
時計を見ると既に昼前になろうとしている。
「…………腹、減ったな…」
取敢えず適当に何かを胃に入れる事にする。
征士は何を送ったんだろう。
キッチンに立ってもソレばかりが気になった。
かなり適当な昼食を済ませ、あまりにも暇だったのでテレビゲームを始める。
チャイムが鳴るのを待ち続ける間に画面の中の勇者のレベルは5つ上がり、魔法使いは新しい呪文を覚えた。
エリアのボスも倒したし、装備も新しいものを買った。
だが征士からの荷物はまだ届かない。
「そう言やアイツ、クソ真面目なんだった…」
戦いの場を離れた途端、だらしなくなった(ように彼には見えたらしい。本人としては普通の生活だというのに)自分に、規則正しい生活の
何たるかを懇々と説いた男を思い出して呟く。
真面目な彼はきっと、当麻が学校をサボっているとは夢にも思っていないのだろう。
学校から帰宅して、そして確実に家に居るだろう時間帯、例えば夕方の6時以降に荷物が届くように手配しているのかも知れない。
それが当然だと思っているから、電話口で時間についてなにも言わなかっただけなのかも知れない。
ところが俺は学校をサボっちゃったワケだ。
どんだけ期待してんだよ、と自分に呆れて溜息を吐いてしまった。
忘れる事にしたんじゃなかったのか、と頭をかく。
「アホくさ、こんなことだったらもうちょっと寝とけば良かった」
拗ねたように当麻は言うと、ゲームを中断してソファの上に横になる。
その時だ。
ピンポーン。と、チャイムが鳴った。
その音に驚いて飛び起きた当麻は、驚き以外の理由で心臓がバクバクと鳴る。
思わずクッションを握り締めた手が震える。
急に喉が渇いてきた気がして、ツバを飲み込んだ。
ピンポーン。と、もう一度鳴ったチャイムで我に返った当麻は、大慌てでリビングの入り口に備え付けられているモニターに駆け寄った。
当麻が暮らしているは、息子の安全を考えた親が選んだオートロック付きのマンションだ。
それも相手の顔が判るようにモニターつきという徹底振り。
その画面を当麻は急いで覗き込む。
そこに映っているのはCMでも見慣れた、運送会社の制服を着た知らない男が首を傾げてその場を離れようとする姿だった。
「…は、…はい!」
不在だと思われないように当麻は急いで返事をする。
すると男はもう一度モニター前に戻ってきた。
「あ、宅配でーす」
男は手にした荷物をモニター越しからも見えるように少し持ち上げる。
贈り物は小さな箱で、そこには「要冷蔵」のシールが貼られていた。
それに当麻の脈が更に速くなる。
「あ、あの…………っ…どこの、…誰から!?」
思わず聞いてしまった。
この日に送られてくる荷物は母親からのものだってあるのだから、勝手に盛り上がってしまっては後で痛い目を見るのは自分だ。
何をそんなに期待して、そして何をそんなに恐れているのかもう当麻自身にも解らなかったが、兎に角送り主の名を尋ねた。
その問いに男は少しだけ黙り、そして箱に張られた送り状を確認してもう一度モニターに向き直る。
「仙台からで………伊達さん、ですね」
大急ぎでロックを解除して受け取った荷物は軽かった。
震えそうになる手をどうにか落ち着かせて梱包を解くと、中からは綺麗にラッピングされた横長の箱が1つ。
そして手紙が1つ、入っていた。
「…なぁにが、”お前の幸せを願う”、だ」
平日という事もあって車内は当麻以外に乗客がいない。
手紙に書かれていた言葉を思い出し、このキザ野郎めと遠慮なく鼻で笑った当麻はチラリと自分のカバンを見た。
近所のお姉さまがバレンタインのお返しは、キャンディだと教えてくれた。
それが一番嬉しい返事なのだと。
ただこれは地域によって違いがあるらしく、ある地域ではクッキー、ある地域ではマシュマロだったりする。
しかも少し困った事に、ある地域にとっては良い返事の筈の品が、また別の地域では悪い返事になる場合もあるらしい。
「この俺を1ヶ月の間中悶々とさせたんだ、お前も解らんで悶々としろ」
甘いものが苦手だと言っていた彼のために選んだのは、リンゴ味のキャンディだ。
ただこれには1つだけ激辛ソース入りの物が混じっている。
1ヶ月の間、悶々とさせられた。それを倍返しにするくらい、いいだろう。
そう思って選んだ品を届ける今日は3月14日。
真面目な相手は今日もちゃんと学校へ行っているだろう。
何気なく交わした会話から学校の名前は解っている。そしてそれを頼りに学校の場所も、自宅の場所も地図で下調べ済みだ。
「さぁ、どこで待ち伏せしてやろうか」
目的地まであと15分。
自分を見たときの相手の驚く顔を想像した当麻は、口元に浮かんだ笑みを肉の薄い手で覆った。
*****
2012.02.01-2012.03.14まで期間限定でオープンしていた企画参加時のお話。
の、第2弾。
征士に会いに行く当麻。
お題の『手』とは絡めきれませんでしたが、当麻からの返事、という事で。
結局は両片思いの2人。
吹っ切れた当麻が校門にいて、きっと征士は目を見開いて固まるんじゃないかなぁと思います。