温泉宿の思い出



実はお前に渡したいものがあるんだ。
…ほら、土産だ。
そうか、好きか。良かった、当麻の見立てで合ってたな。
食べ物なら当麻に選ばせると間違いがないからな。…まぁ甘味は少々やりすぎの場合もあるが…

ん?ああ、いや、実は先週休みを取って当麻と旅行に行っていたんだ。
それなら心配は要らん、秀には当麻が今日にでも直接届けに行っているし、遼は滞在先を聞いて、手紙を添えて送った。
うん?ああ、それなら勿論食べた。今が旬だからな。
当麻が喜んでいてな……あまりに旨そうにするものだから、私の分を半分やったら、
ちょっとだけ遠慮するのがまた……そして結局旨そうに食べるのがまた……

…………あ、すまん。

ん?あぁ、確かに急だったな。
だが当麻が、…ああ。
いや、そうではなくて、当麻が言い出したんだ。
別にここに、と言ったんじゃない。
ただ、

「デッカイ風呂でゆっくりしたいなぁ」

と言うものだから…
確かに私たちの家の風呂もマンションにしては大きいし、脚を伸ばせるのだが、
やはり何というか…2人で入ると少々狭くは感じるからな。
……いや、失礼。

兎に角、当麻が大きい風呂に入りたいというから。それも富士が背景にあると風情があっていいと言うものだから。
そう、それで温泉にな。

なんだ、よく宿泊先が解ったな。
なに?予測できる?
付き合いが長いというのはこういう時に誤魔化しきれんな。
…そういう事じゃない?ではどういう事だ?
………何だ、内緒とは気持ちの悪い…
まぁいい。

あぁ、そうだった。
いやなに、その旅館は実は創業時から代々伊達家とは懇意にしていて、それでちょっとな…
まぁ、コネというか伝手というか…使わせてもらった。

当麻を連れて行くんだ、当然、その離れを使わせてもらったに決まっているだろう。
いや、そこは幾ら付き合いがあると言っても流石にどうにもできんからな。
単に運とタイミングが良かったんだ。
お陰様で良い景色の中でじっくり温泉を堪能できた。
あぁ、部屋に露天もついていたし、内風呂もあったから、どちらも入っておいた。
時間帯をずらして本館の大浴場にも入ってきたぞ。

何故時間をずらすだと…?
当たり前だろう…っ!当麻が入るんだぞ!

………すまん、つい声を荒げてしまった…

いや、そうではない。…あぁ、いや、それも理由にあるが…
同性とはいえ恋人なんだ、アレの裸を人目に晒したくないというのは勿論あるが、
そこよりももっと切実な問題があるだろう…!

当麻の風呂のマナー?いや、普通だ。
家では多少遊びはしても、外では良識ある振る舞いをくらい出来る。
昔からそうではないか。
アイツは私たちだけだとふざけるが、他人がいると大人しいというか…
そうだな、どう振舞っていいのか解らなくなるんだろうな。そういうヤツだ。

あぁ、そうではなかった。話が逸れたな、すまん。

その……何だ、当麻の髪はあの通りだろう?
そうだ、普通の色ではない。
それだけでも充分に人目を惹く。
だが考えてもみてくれ。
当麻の髪は染めたのではなくて、完全に生まれつきだ。
眉毛も睫毛も、全ての体毛があの通りだ。
だから、………………そうなんだ、股間も勿論……

や、だからな、私が言いたいのはそういう事ではなくて、誰だって珍しいものや綺麗なもの、惹かれるものを凝視してしまうのは
仕方ないと思っている…!
そうではなくて、その凝視する箇所が当麻の股間だという事が私は気に食わんわけで…!

す、すまん、声は小さくする…!
だからそう睨むな…!


………まぁ、そういうわけで、大浴場に行くのも時間をずらして行ったんだ。

……………………いや、確かに当麻の体に跡をつけてしまってはいたが…
……だから何故、お前はそういう事がすぐ解るんだ…

あぁ、部屋は良かったぞ。
なんだ、最近テレビで紹介されていたのか。
ああ、その部屋だな、私たちが泊まった離れも。

他の客?
さぁ、本館にはいただろうが、離れが並ぶ近くにはいなかったから知らん。

予約が無かったんじゃない。老舗の有名旅館だぞ、空き室などそうそう、ないだろう。
たまたま今回、運とタイミングが良かっただけだ。
なら何故他の客がいないだと?
だから言ったではないか、運とタイミングが良かった、と。

私が予約を入れる少し前に、収録か何かで使うために取っていた予約がキャンセルになったらしくてな。
それで離れが軒並み空いていたんだ。

あぁ、だから、全部予約を入れて押さえておいたんだ。

そうすれば人目を気にせず当麻もゆっくり出来るし、もし他の部屋がいいと言い出しても変更が利くだろう?
当麻はもともと人込みが得意ではないからな。…まあ、私もアイツの事を言えんところはあるが…
兎に角、周囲は全て私が予約しておいたから、久々に静かでゆっくりとした時間を楽しめた。

まぁなんだ、当麻を喜ばせたかっただけだったんだが、結局私ものんびりできたし…


………若しかして当麻のヤツ、私が最近忙しそうにしていたのを気にして、デカイ風呂がいいと言い出してくれたのだろうか…
どう思う?伸。

……伸?
おい、なんだその顔は。
幸せ?当然だろう、私は幸せだ。
こう言ってはなんだが、私は自分でもかなりの幸せ者だという自覚はあるぞ。
何せ当麻が一緒にいてくれているのだからな。

だからなんだ、その顔は。




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2012.08.06-2012.08.31までオープンしていた企画に参加したお話。

温泉旅行に行ってきた思い出を語る、征士。