温泉宿の思い出
硬さを失った当麻の雄を口内で優しく食んでいた征士が、漸くそれを解放する。
完全に離れる直前に、先端に恭しく口付けた。
アルコールによる酩酊感と、射精後の気だるさにぼんやりとしていた当麻の意識がゆっくりと浮上してくる。
汗ばんだ肌に浴衣が重い。
当麻は自ら腰帯を解くと、汗を吸った浴衣を脱いで火照った身体のまま湯の中に入り、征士の隣に身を寄せた。
「……征士のも」
そう言って頬を染めながら自分の股間に手を伸ばしてくる当麻を愛しく思いながらも、征士はその手をやんわりと拒んだ。
「…?征士…?」
「私のは、いい」
いい、と言われて当麻は視線を征士の股間に向けた。
さっきよりも怒張したものが、雄を主張してそこにある。
同じ男として考えて、このままでは苦しそうだ。
それに自分だけしてもらったのは何だかフェアじゃない。
何より今は少しでも征士とそういった行為に耽りたい。
だから征士がしてくれた事を、征士にもしたい。
なのに征士は、いい、と言うのだ。
「いいって、…だってお前、」
「咥えてくれなくていい。それよりも私は、お前を抱きたい」
酒のせいだろうか、随分とストレートな申し出だ。
それが恥ずかしくて、けれど嬉しくて当麻は思わず俯いてしまった。
「だ、………きたいなら、……じゃあもう、風呂、出なきゃ」
既に床は用意されていた。
寝具が2つ。
その2つがピッタリとくっついて用意されていた事が些か気になるところではあるが、今は寧ろ好都合だ。
早く風呂を出て、濡れた体をタオルで拭いて、そして。
その先を想像しただけでも当麻の体温は上がる。
早く欲しくて、先に立ち上がった。
「ほら、征士」
言って恋人の手を取る。
だが征士はどういうわけか立ち上がろうとしない。
「…………………征士?」
優しく、そして性欲を隠そうともしない笑みを浮かべた征士は立ち上がった当麻を見上げている。
ついさっきまで蜜を溢れさせていた雄。そこにかかる青い茂み。なだらかな起伏を見せる胸元で赤く熟れている実。
その向こうにあるのは、奇跡の色を纏った愛らしい恋人の顔。
征士は視覚でそれらを堪能すると、ゆっくりと瞬きをした。
「当麻、ここで」
ここでというのがどこなのか、一瞬だけ判断に迷った当麻の手を、征士が強く引いた。
バランスを崩した当麻が再び湯の中に落ちてくる。
征士はそれを抱きとめて、今度は耳元で囁いた。
「ここで、しよう。当麻」
低く掠れた声に、当麻の頬が赤くなる。
直後に、当麻は反射的に腕を突っ張って征士の腕の中から逃げようとする。
しかし征士の逞しい腕に阻まれ、距離は開いたが結局逃れ切れなかった。
「とうま?」
「だ、駄目だって……!」
愛しい枷の中で真っ赤になりながら首を振ると、征士は不思議そうに問う。
「どうして」
「だ、……だって…………」
「だって?」
「……………………湯、……汚しちまう……っ」
自分たちがチェックアウトした後に掃除はされるだろうし、湯もある程度入れ替えするとは解っていても、
征士の要求に応える事は出来ない。
抱き合えば精を吐き出す事になる。それは征士も、自分も。
征士の場合は自分の中に出すが、自分はそうではないのだ。
汗以外のもので湯を汚す事に抵抗がある当麻は、目元まで染めて拒んだ。
その姿に征士は微笑むと、ビールと一緒に持ってきていたタオルに手を伸ばす。
部屋に戻るのかと安心した当麻は、強張っていた身体から力を抜いた。
だが征士はタオルを取らず、何かを探すような仕草を見せる。
何を?と首を傾げた当麻の目の前に、やっと目当てのものを見つけた征士は嬉しそうにそれを出した。
「大丈夫だ、コンドームを着ければ湯を汚さなくて済む」
「…あっ…ん、………んん…!!」
当麻は思わず漏れた声を必死に抑えた。
縁の岩場に手をついた当麻の首筋に、背後から覆い被さっている征士の熱い吐息がかかる。
当麻の奥深い場所を抉る征士の雄は大きく張り詰めていて、熱い。
征士が腰を揺らすと、繋がっている当麻の腰も自然と揺れる。
すると薄い膜に包まれた当麻の形のいいモノが支える場所もなく根元から揺れ、それが僅かな痛みを呼び起こすが、
その痛みさえ今はもう快楽を高める一因になっていた。
「当麻、声を聞かせて」
耳朶を食みながら囁かれる征士の声は、甘く命令を下す。
だが当麻は熱に浮かされながらも首を横に振り拒んだ。
「当麻」
「だ、……ぁ…、…め…、だ……って!…こ、……こ、外……!」
離れの敷地内にある風呂だがそこに壁はなく、かわりに深い木々と、一方で富士まで見渡せる広い空があるだけだ。
幾つかある離れはプライベートを守るように互いにその存在を感じさせない造りになっているが、声まで聞こえないとは限らない。
そんな状況で明らかに情交に耽っていると解る声を出せるほど、当麻はこの行為に対して開き直ってはいなかった。
だから征士にそれを訴えるのだが、当の征士は恋人の弾力のある耳の軟骨を舌で撫で、当麻を追い詰める。
「…あぁ、…っ!!」
「当麻、大丈夫だから」
自らの雄で内壁を探り、当麻の弱い箇所を狙う。
性感帯を押され、当麻の背が仰け反った。
だが、やはり声は押し殺していた。
「当麻、」
「……っ、…は、……ぁ…!だい、じょ……な、…ワケ、…ね…ぇ………っろ…!」
同じ男だが、征士と当麻の声質は全く違う。
万が一にも誰かにこの声を聞かれ、そして普段の会話を聞かれれば、今の声の主はすぐにバレてしまうだろうという程に。
当麻はそれを危惧して言うが、征士はそれを無視するかのように当麻の胸に手を回し、ぷっくりと固くなった乳首を軽く摘まんだ。
「………っ!!」
開いた口から空気が入り込んで、当麻の喉がヒュッと鳴る。
征士は指で乳首を嬲りながらほっそりとした項に口付けた。
「当麻、大丈夫だ。私達の他に誰も居ないから」
優しい声であやすように。
けれど中に入り込んだ雄は相変わらず当麻の弱い箇所を突き続け、指は乳首をすり潰すように捏ねてくる。
背骨を貫くような速さで昇ってきた快楽に痺れながらも、当麻は律儀に征士の言葉を拾った。
「…誰も………いない?」
「そうだ、いない」
「な、んで、…っ…!あぁっ!」
「何でも。……だから」
声を聞かせろ。
二度目の征士の言葉はさっきよりも強い命令口調で、そして激しい興奮を隠しもせずに当麻の耳元で囁かれた。
「あぁあ、…あぁ、……!あ、…あ、あ、……は、…ぁ……!い、…ぅ、…ん………っあ、…!」
征士が腰を揺らすたび、当麻の腰が揺れるたび、湯が掻き回されて激しい水音を立てる。
当麻の項を征士の濡れた舌が這うと、それだけでも快楽を刺激された当麻の後ろが締まり、征士の雄を締め付ける。
「や、……あ、ぁ、……あぁん、…っ……は、…あ、………せぇ、じ…!」
僅かな隙間さえ許さないように征士の右腕は当麻の腰をしっかりと抱き、
左腕は彼のお気に入りでもある当麻の乳首を執拗に攻める。
「あぁ、ん……あ、あ、あ、あ、……あ、…っ、は、…あ、あ、あ、あ、…あぁ!」
「当麻、当麻、…凄くイイ……!お前の中も、…声も、…………興奮する……っ」
いつもは低く通る征士の声が掠れ、その当麻の耳に入り鼓膜を震わせ、思考をどろどろに溶かしていく。
突っ伏して怪我をしないよう、当麻は体を庇うように必死に片腕を岩についていた。
そして空いたほうの手は、征士の律動に合わせて自身を擦り上げる。
「おれも、……おれ、……も、……征士、…………あ、ん…あぁ、…あぁ、あ、あ、あ、あ、……んっ
は、………ぅ、…く……っ………あぁ、………こ、……ふん、…して………あぁあ…!!」
「かわいい、…っ…!とうま、…可愛い、……可愛い、可愛い、…愛してる……とうま、……私だけの……!」
快楽に飲まれて繰り返される言葉に、何度も当麻が頷く。
さっきまで当麻の肉全体を犯すように激しく出入りしていた征士の雄が、一番深い場所に擦り付けるような動きに変わった。
絶頂が近い。
それを悟った当麻はまた何度も頷き、征士を受け入れるように自ら腰を突き出す。
腰を抱いていた征士の腕に更に力が篭ったのが解った。
「出すぞ、……とうま…っ!!」
「…して、…っ!……ナカ、……っ出して、……征士…!おれ、も……もぅ…!!!」
縁に凭れ掛かって湯に浸かっている征士を、当麻は足だけ浸けた状態で見下ろしていた。
肉欲を剥き出しにしても損なわれることのない美貌の持ち主は、うっとりとした目で手にした物を眺めている。
「………せいじぃ…」
蚊の鳴くような声で当麻が呼びかけると、何だ?と優しい声が返って来た。
「……それ、早く捨てちまおうって…」
「捨てる?どうして」
「どうしてって…お前、あったり前だろ!!!」
喚いた途端、さっきまで散々喘いでいた喉は痛みを訴え、当麻は大きく咳き込んだ。
「大丈夫か?」
「……げほっ!げほ…!!…誰の、せいだってんだよ!」
「それは私だという自覚はある。それよりもコレを捨てるというのか?」
当麻の腿を優しく撫で擦りながらも、征士は不服そうに手にある物を掲げた。
それが視界に入った途端、当麻は咳き込んでいたにも関わらず、機敏な動きで征士の手からソレを奪う。
「当麻」
「…捨てる!使ったあとのゴムなんか普通捨てるだろ!!」
そう、征士が眺めていたのはさっき当麻に着けたコンドームだった。それも、精液入りの。
さっさとゴミ箱に捨てるべきものをいつまでも宝物のように眺められては、その精液の主としては恥ずかしくてたまらない。
使ったあとは処理。そう喚く当麻の手を、征士がしっかりと掴んで止める。
「んだよ!」
「捨てると簡単に言うが、どこに?」
「どこって、ゴミ箱だよ!あんだろ、この離れにだって!」
トイレに行った際に、洗面台の下でゴミ箱は見つけている。
テレビの近くにもあった。
ゴミ箱の使用を禁じられた覚えはない。
だから使用後にゴミとなった物体を、当麻はさっさとブチこんでしまいたい。
でなければ、さっきの激しい熱を思い出して居た堪れない気持ちになるのだ。
だが征士は困ったように眉尻を下げる。
「何だよ、そのツラ…」
「当麻、それは明らかに使用後だぞ」
「ったり前だろ!使う前からこんな状態だったら気持ち悪くて堪ったモンじゃない!」
こんな状態でパッケージされていたら、即クレームものだ。
当麻はブツクサと言ったが、征士はまだ腕を放してはくれない。
「だから、征士、」
「当麻、よく考えろ」
「何を」
「私たちは男同士で泊まっているんだぞ」
「だから何」
「男同士で泊まって、使用後のコンドームというのはなかなかに生々しい落し物だとは思わんのか」
「…………………………っっっ!!!!」
言われてみればそうだ。
使用後のコンドームは生々しい。
男女であっても生々しいのに、男同士だと別の角度からも生々しくなってしまう。気がする。
息をするのも忘れるほどに固まった当麻は、それでも恥ずかしさから逃れきれず、そしてそんな事にまで
頭が回らなかったことへの恥ずかしさもくっついてきて、その八つ当たりをするように部屋のほうを力一杯指差した。
「んな事言うけどな!だったらあの床!布団がピッタリくっついてたじゃねぇか!!そりゃどういう事なんだよ!!」
「私が2人で泊まると連絡したからに決まっているだろう」
「お前が2人で泊まるっつーと問答無用に布団はくっつくものなのか!」
「そうではなくて、私たちの事情を知っているからというだけだ」
「知っ……て……って、おま…っ!」
同性同士の恋人同士。
それを知っている、知られているというのは何年経っても当麻にとっては思春期の子供のように恥ずかしくなってしまう。
耳まで赤くして絶句している間にも、征士は言葉を続ける。
「そういう事をするというのを何となく知られているのは構わないが、だからと言ってお前の精液を証拠として残すのは、
私としては避けたい」
当たり前だ。
どっちのモノかはきっと清掃に入った者には解らないにしても、この部屋にある以上、少なくともどっちかのモノなのだ。
確かに避けたい。
当麻は真っ赤になってやり場のない怒りと羞恥を抱えたまま、征士の意見に同意して渋々頷く。
「……確かに、……何ていうか、生々しい……な…」
「そうだろう?」
ここのゴミ箱には捨てられない。
コンドームを手にしたまま当麻は項垂れた。
その手から、征士がそっとコンドームを奪い返す。
幾ら自分の出したモノとはいえ何だか気持ち悪いので、当麻ももう奪い返すような事はしなかった。
「それに大事な当麻の愛しい精液だ。人に触らせて堪るか」
だが征士の頭を叩くことだけの気力はあったので、人に聞かせたくないような事を真顔で言う彼の頭は力一杯叩く事にした。
*****
2012.08.06-2012.08.31までオープンしていた企画に参加したお話。
で、この後お部屋に戻ってまたヤりました。