温泉宿の思い出




「デッカイ風呂に入りたい」
と言ったのが先々週で、その翌週に
「足を伸ばせる風呂に入りに行くぞ」
と相変わらずのカッコイイ笑みで言われたから、当麻はてっきり2人で見ていたあの下町の銭湯に
連れて行ってもらえるものだとばかり思っていた。

だから、征士の運転する車が高速に乗って、景色がどんどんと変わっていくのに首を傾げはした。
しかし運転席の恋人は、表情はいつものように乏しいものの上機嫌だし、何も例の下町でなくたって銭湯はあるわけだから、
まぁいいかと結局疑問を口にする事はなかった。

のだが。


「お待ちしておりました、伊達様」


従業員がズラーっと並んで、どう見たって女将だなという女性が上品な笑みと物腰で出迎えてくれた時には、
当麻の口もポカンと開いてしまった。


「さぁこちらです。それにしてもお久しぶりですね。お元気になされているようで安心しましたわ」

「こちらこそ長らく顔も出さずに申し訳ありません」

「いえ、そんな。仙台のご家族は皆様お元気でいらっしゃいますか?」

「ええ、お陰様で全員大きな病気などもなく元気です」

「あらそれは良かった」


どうやら顔なじみらしい女将と征士はそんな会話をしながら、最初に見えた旅館からどんどんと離れていく。
着替えが入った手荷物は、後ろからついてくる無口ながらも愛想のいい笑みを浮かべた男が運んでくれていた。
その間も、当麻はどこかポカンとしたままだった。




「…っどーいう事だよ、これは!」


その当麻が漸く気を取り直したのは、テレビや雑誌で見た気がする立派な離れに案内され、女将が淹れてくれたお茶を飲んで
一息ついてからのことだった。
さっきまで静かにしていた恋人の急な訴えに、征士の目が僅かにだけ見開かれる。


「どういう事とは…?」

「だからさ、…っ…!お前、俺にデッカイ風呂に行こうって言ったよな!?」

「ああ」

「じゃあコレはどういう事だ!」


気品のある部屋は既に2人きりで、道中誰とも擦れ違わなかったから多少大きな声で喚いても誰にも迷惑をかけない。
だから当麻の大声を征士は咎めはしなかったが、かわりに首を傾げた。


「どういうと言われても……もっと大きな風呂が良かったか?」


連れてこられた離れには室内に1つ、そして外に備え付けられたものが1つと、合わせて2つの風呂があった。
そして女将の説明では本館にある大浴場もいつでも利用していいと言われている。
大浴場は実際に観てはいないが”大”とつくのだから当然だろうし、部屋のものはどちらも充分に足を伸ばして入れるだけの広さはあった。
だが当麻が言いたいのはそこではない。


「それ以前の問題だよ!俺、あの時さ、富士山がバックにあったらいいなって言わなかったか!?」


見ていたテレビの銭湯の壁には、職人が描いた富士山があった。
銭湯に入ったことがない当麻としては、銭湯であればそれだけで充分という気持ちはあったものの、
やっぱりどうせなら富士山の絵が描かれているいる場所がいいという希望もあった。
だが征士が連れて来てくれたここの大浴場には、どう考えたって富士山が描かれているとは思えない。
部屋にある風呂の壁にだって描かれていなかった。


「だから富士なら見えるだろう」


ほら、と征士の指し示す先は、外にある離れ専用の露天風呂だ。
そこに目を向ければ確かに向こうの方に雪を被った山が見えている。
間違いなく、富士山だ。


「…っだから、俺が言ったのはそういう事じゃないんだってば……っ!!!」





と、着いたばかりの頃は喚き散らした当麻も、部屋に運び込まれた料理に舌鼓を打ち、室内風呂をのんびりと堪能した後では
すっかりと上機嫌で浴衣に身を包んでいる。


「ふー、…いいお湯だったぁ」


肉の薄い頬を桜色に染めていると、当麻より先に風呂を済ませていた征士がビールを手に手招きをしてくる。


「?…なに?」


当麻が近寄ると征士は優しく笑って外を指差した。


「外の露天で足湯でもしながら飲まないか?」


ついさっき湯から出たばかりの当麻だが、それはそれで贅沢な楽しみ方だと思い征士の誘いに素直に頷くと、
征士はビールの他にタオルも手に取って外へと続く戸を開けた。




「ひぁー…うまい…っ!」


温泉に浸かりながらなら徳利と猪口で日本酒を頂く方が乙かもしれないが、風呂上りの一杯はビールの方が旨い。
満足そうに当麻が言うと、征士も嬉しそうにしながらグラスに注いだビールを煽った。

浴衣が濡れないよう膝の上までたくし上げ、足だけ浸かっていても体は充分に温まってくる。
そこによく冷えたビールを流し込むのは至福の一言に尽きた。
敢えて惜しいと言うならば、折角の富士山が闇夜に紛れて見えないことだけだ。
それでも明日の朝にもう一度風呂に入れば、綺麗な朝焼けの光景が見れるだろう。
その為ならば得意でない早起きをしてみてもいいかなというくらいには、当麻も上機嫌になっていた。

その当麻の肩に征士の手がそっと回される。
結構ベタな事が好きだよなぁと思いつつ、そういう征士が嫌いではない当麻は素直にその手に従って彼に体を寄せた。
肩に頭を乗せた方がもっといいのかも知れないが、同性の恋人は身長も似たり寄ったりで、実際に相手の方に頭を乗せるのは
結構首に負担がかかる。
当麻は密かに、段差のある岩に腰を下ろせば良かったかな、とちょっとだけ可愛い後悔をした。


「…いい景色だな」


征士がポツリと呟いた。
彼の視線を追って当麻も見ると、半円の月が空にぽかんと浮かんでいた。


「ほんとだな」


真っ暗な夜に、優しく光る月。
静かな景色の中、聞こえるのは互いの声だけ。
いい、景色だ。


風呂を済ませたばかりで足湯までして、その上ビールまで飲んでいるから当麻の体は充分に温かかった。
それでも自分を抱き寄せている征士の体温はもっと温かで心地よく感じられる。
それが嬉しくて、充分くっついている体を更に寄せた。
すると肩にあった征士の手が、腰に回る。

たったそれだけのことで幸せな気持ちになって、それが肉体的な欲も呼び起こす。
どうせ今夜は大人しく寝かせてもらえないだろう事を予想していた当麻は、浴衣の下に下着を付けていない。
このまんまじゃバレるなぁ…なんて思いながらも、別にそれでも構わないかという結論を早々に出して、征士の腿に手を置いた。


「………とうま」


征士の声が甘く掠れている。
それで当麻もすぐに、征士が欲しがっている事は解った。
声まで男前な征士は、こういう時の声は艶が増して色気が凄まじい。
その声に誘われるように、当麻は自分から顔を寄せた。




「当麻、足を開いて」


征士が、縁の岩に座ったままの当麻を見上げて言う。
浴衣を脱ぎ、湯の中に入った征士の股間は当麻同様に既に勃ち上がっていたが、彼は自分のモノには関心を払わず、
浴衣を肌蹴させ、その隙間から覗く当麻の愛らしい箇所にだけ集中していた。


「……んっ…」


自分の中心が、熱く濡れたものに包み込まれる。
征士の舌が確かめるように形をなぞり、弾力のある先端を強く吸った。
思わず声が出そうになった当麻だが、ここが屋外だという事を思い出して自らの手で口を塞ぎ、声を抑える。
それでも征士の舌は動きを止めない。


「…ん、…んん、……うっ…………ぁ、…せい、…じ…っ」


根元を擦られ、膨らみを揉まれ、当麻が堪えきれずに湯を蹴る。
ぱしゃりという水音が卑猥に聞こえて、それが余計に当麻を煽った。

自分の口の中で更に硬度を増した当麻のモノを、征士は愛しげに舐る。
筋を舌先で擽り、括れを唇で締め上げればビクビクと口に含んだ当麻が脈打つ。
堪えきれないように自分の頭に添えられた細い指に力が入る。
可愛い。征士は心からそう思った。
そして同時に、欲しい、とも。

頬の肉も使って全体を強く吸い、膨らみを少し乱暴に揉みしだく。
指先の少し伸ばして奥まった蕾を弄ると、襞がひくつくのが解った。


「…あ、…あぁ、ん…!だめ、…征士、……!おれ、……出る……!!!」


言った直後に征士の口の中で打つ脈が激しくなり、勢いよく当麻の精が放たれる。
征士はソレを一滴も零さないようにしっかりと己の口で受け止め、しっかりと味を確かめてからいつものように飲み込んだ。




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