いとしい日
目覚まし時計はまだ鳴ってない。(勿論、目覚ましは征士の。俺はセットしない)
征士もまだ、起きてない。
でも俺もまだ、目を開けない。
だって知ってるんだ。
もうちょとしたら、それこそ目覚まし時計が鳴るより前に征士が静かに起きること。
そして決まったみたいに俺に触れること。
だって今日は俺の誕生日。
一緒に暮らして15年。
最初の頃からずっと、繰り返されてること。
すぐ隣にあった体温が僅かに離れる。
征士が起きた。
いつもよりずっと静かに。
慎重に動いてる。
俺を起こさないようにしてるんだ。
俺、起きてるのに。
アホだなー、もう15回も繰り返してるのに、俺が先に目が覚めてるって思いもしないんだろうな。
アホだなー、ホント、アホだ。
俺は慎重だからね。
昔から寝るのは得意だしタヌキ寝入りも得意だからさ、バレない自信はあるんだよ。
目を閉じて、全身の力を抜いて、呼吸は一定に。
それから意識をなるべく自分の体の外に追い出す。
そしたら起きてるなんて誰にもバレない。
征士ももう15年も、気付いてない。笑える、マジで。
「………とうま」
ちーっせぇ声。
いっつも通る声してるのに、このときだけはすっごい小さい声。
それで、すっごい優しい声。
…正直、聞いてて恥ずかしくなるくらい。
でもここで反応しちゃ駄目なんだよな。
だからこそ、意識は身体の外にやらないと駄目なんだよ。
だってここで起きたら、全部台無し。
「とうま」
同じ男なのに征士の手は俺よりちょっとデカくて、骨が太い。
それからちょっと乾いてて、温かい。
その手が俺の頭を撫でてる。
やっぱり起こさないように気を使いながら、丁寧に。
擽ったくて、気持ちいい。
でもまだまだ起きない。
ていうか、絶対に起きない。
これは俺の決め事。俺の楽しみだから。
頭を撫でてた手が耳を触って顔を撫でて、それから首を通って。
実は首を通るときが一番ピンチ。
俺、擽ったがりだからさ、辛い。
かと言って無反応過ぎても変だしなぁ…毎回、ここが一番の正念場。
征士の手がだんだん下りてきて、肩、腕、肘を通る。
布越しでも判る、優しい手。
歳は同じなのに、頼りになる手。
俺の親父そっくりの(神経質そうだってお袋が笑いながらそう言う)手を取って、持ち上げられて。
まるで誓うみたいに、恭しく口付けられて。
「誕生日おめでとう、とうま」
毎年10月10日に繰り返される、征士の儀式。
俺に面と向かっても祝いの言葉をくれるくせに、何でか朝から内緒の儀式みたいに、丁寧に、誠実に、与えてくれる言葉。
誕生日プレゼントもそりゃ嬉しいけど、密かに一番嬉しいのは、征士からのこの言葉。
左手に残ってる征士からのキスの感触を皮膚だけで確かめてる間に、征士はそっとベッドから抜け出す。
今年は目覚まし時計を止めてったみたいだ。
去年は止め忘れてたせいでデッカイ音が鳴って、アイツ、凄い勢いでベッドに戻ってきたもんなぁ。
今思い出しても笑いそうだ。危ない危ない。
せっかく征士がゆっくり眠れるようにしてくれてるんだ、ここで起きちゃ勿体ない。
さってと……まだ目覚ましが鳴る前だから6時半にもなってないんだろうし…
よし、もうちょっと寝ようっと。
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2012.10.01-2012.11.08までオープンしていた企画に参加したお話。
愛しい人の生まれた事を感謝する。
愛しい人の愛情に感謝する。