オメデトウの日の風景



「しーん!頼まれてた小松菜、買って来た!」

「遅かったね、もしかして売り切れてたか何かで何件かスーパー回った?」

「ううん、そうじゃないんだけど………その、帰り道に迷って……」

「え、うち、解りにくい?」

「そんな事ないと思うけど…僕は初めて来た時、電話で聞いた目印だけで来れたし、征士と当麻のマンションって割と解りやすいと思うんだけど……
あ、遼って方向音痴だったっけ?」

「お前、そんなんで世界で大丈夫か?やめてくれよ、単なる迷子が原因の行方不明事件なんて」

「そんな事ならないって!俺、山とか平原とか砂漠とか、そういう場所なら迷わないし…!」

「住宅街が駄目なの?」

「………割と苦手かも…?」

「普通、逆じゃない?」

「だな」

「そ、それより!はい、ほうれん草!」

「そうだった、ありがとう!ちょうど取りかかろうと思ってたん………って遼、コレ、ほうれん草じゃなくって小松菜だよ!?」

「えっ!?」

「おーい、遼。お前、小松菜とほうれん草の区別もつかないのか?もっかい聞くけどそんなんでホントに海外で大丈夫なのか?」

「お、俺あんまりそんなの気にしないし、そもそも日本にいても海外にいてもあんまり料理しないし……って、そう言う当麻は区別つくのか?」

「あったり前だろ」

「そうだよ、遼。食べ物絡みなんだ、当麻が解らないわけないじゃないか」

「そっか…」

「おいちょっと待て、何だこの妙な敗北感」

「気のせいじゃない?さて、それより小松菜か…」

「ごめん、俺、買いなおしてくるよ!」

「いや、いいよ、遼。時間が勿体無いしほうれん草の胡麻和えをやめて、小松菜を使う料理に変えれば良いだけだから。それよりも征士」

「何だ?」

「キミ、さっきからずーっとソファに座ってるけどさ、ちょっとくらい手伝ったら?」

「………私もか?」

「当然でしょ!キミの誕生日祝いで集まってるって言ったって、時間もない、人手もない状態なんだよ!?」

「ご、ゴメン、俺の帰国が遅かったばっかりに…」

「遼は悪くないだろ。それ言ったら秀だってまだ来れてないんだからな」

「そう言えば秀は何時くらいに来るんだ?」

「秀は厨房の忙しい時間帯が過ぎてから店を出してもらうって言ってたから、多分、遅くても11時半には合流できるよ」

「11時半!?なに、それまでこの料理全部、お預けかよ!?」

「当麻、キミ、食いつくところ、そこなの…?」

「あ、いや、その…………しゅ、秀も慌しいよな、仕方ないとは言え今日の夜中に東京来て明日の朝には横浜に戻るって」

「そう言われるとそうだよな。でもバラバラで生活してる皆が誰かの誕生日だからってこうやって集まれるのって楽しいよ、やっぱり」

「バラバラって言っても僕らだけで、征士と当麻は毎朝毎晩顔合わせてるけどね」

「……いいだろ、別に。…一緒に住むくらい。……………そもそも正しくは征士の誕生日本番は明日の日曜日で、今日は前夜祭だ 」

「細かい事は良いじゃない。今晩皆で集まって騒いで、そのまま征士の誕生日迎えて皆でお祝いして……ね?」

「………私の誕生日にかこつけて、お前たちが集まって騒ぎたかっただけのように思えるのは私だけか?」

「ヤだなー、征士、ひょっとして拗ねてるの?」

「え、征士拗ねてるのか?何に?」

「拗ねてなどおらん」

「いやー、ごめんね?恋人と2人きりで20代最後のお誕生日を迎えたかったっていうキミのささやかな夢を邪魔しちゃって」

「そんな事は考えてなかったし、それに拗ねてなどおらんと…!」

「なー、伸。この唐揚げ、すごく旨いんだけどどうやって作ってんの?」

「っちょ…っと、当麻!キミ、ドサクサに紛れて何つまみ食いしてんの!!」

「だって腹減っちゃうって、11時半まで待てなんてさぁ」

「だから遅くても11時半って言ったでしょ!?早かったらもう少し早いから我慢しなよ!」

「ところで秀って店が終わったらそのまま電車で来るのか?それとも飛行機?」

「いや、遼。普通に考えて横浜から東京を飛行機で移動って選択肢はないだろ」

「…あ」

「本当にお前、海外で大丈夫なのか?ちゃんとやれてるのか?」

「や、やれてるよ…!そんな当麻に心配されるほどとんちんかんな事はしてない…と、思うし……」

「まぁまぁ。…秀は僕が車で迎えに行く予定だよ」

「伸が?しかし秀の店を出る頃に連絡を受けて迎えに出たのでは、時間の無駄があるのではないか?」

「いいや、僕は9時過ぎにこっちを出て迎えに行くつもり。それでタイミングが良かったらそのまますぐ秀を拾って高速飛ばして帰ってくるよ」

「途中、事故には気をつけてくれよ?」

「解ってるって。そんなワケだから、早く料理に取り掛からないと時間がないんだってば。ほら、征士も手伝ってよ」

「………………」

「征士、………。……征士、手伝ってくれたら当麻がキスしてくれるってさ」

「アホか!勝手に決めんな!」

「いいじゃない、どうせいつもしてるんでしょ?」

「…っぐ……っ…!ひ、……人前ではしないに決まってるだろ!」

「じゃあベランダでコッソリで良いからしてあげたら?ね、征士?」

「そうだな、では張り切って手伝うから当麻、後でベランダで」

「アホか!アホかアホか!!」

「征士って結構、現金だったんだな」

「現金というか当麻からかって気が済んだだけでしょ。ほら、遼もお皿にこれ、盛り付けていっ………あ、当麻ー、キミ、これ盛り付けてくれるー?」




*****

2012.06.01-2012.06.30までオープンしていた企画に参加したお話。

お題『お誕生日』。
遼に任せると不器用なのでいつまで経っても終わらない可能性大と気付く伸。
征士29歳の誕生日前日。