ちがう、ちがう。



ナスティと他愛のない話をしていると、背後から送られてくる熱い視線が気になって仕方がない。
最初は気のせいかと思っていた当麻だが、どうもそうではないと解ると会話を一旦中断して
その視線の主を振り返った。


「………何か用か?遼」


振り返った先にいた遼は、僅かにだけ口が開いている。
何かに集中している時の彼の癖だ。
普段なら無くて七癖というくらいだし、別に命に関わることでもないからと然して気にもしなければ注意もしない当麻だが、
流石に集中されているのが自分たちの会話だと思うと居心地が悪い。
しかも確かめてから若干後悔したが、遼の目がキラキラと輝いている。
これは明らかに尊敬の眼差しだ。
ただ会話していただけの当麻の居心地は、とっても悪くなった。


「え?」

「え、じゃない。さっきから見てるだろ。何か用なのか?」


それなのに人とズレている事が多い遼は(当麻も人の事は言えない。そして今は関係ないが征士も) 、当麻が尋ねても
いまいちピンときていないのか、キョトンとした顔をする。

「だからさ、遼、何か……見てるだろ、俺のこと」

「あ、うん」

「だからだよ」

「何が?」

「用事」

「用事って?」

「だからな、おれに、何か用事あるのか?って、俺はね、聞いてるの」


言葉を区切りながら聞いてみたのだが、やっぱり遼はキョトンとしていた。
今は2人で会話している筈なのに何故か通じ合わない。
当麻は頭が痛くなってコメカミを押さえた。
すると遼がくすりと笑う。


「………なに」

「いや、当麻凄いなぁと思って」


だから、何が、どう。
全然意味が解らなくって、当麻は溜息を吐いた。
遼は”ド”がつくほどの天然だった。解っていたことだが、当麻は一気に脱力して長い息を吐いた。




「へぇ。で?遼は当麻の何が凄いと思ったんだい?」


リビングに下りてくるなり頭を抱え込んでしゃがみ込んでいる当麻とニコニコとしたナスティ、そして目をキラキラとさせた遼という、
一目ではよく解らない光景を目にした伸がナスティに聞くと、そういった遣り取りがあったと教えてくれた。

何か面白いことが出てくるかなと踏んだ伸が2人をソファに座らせている間に、気付くと秀と征士もリビングに集まっていた。
全員が集まったことを確かめて、遼に聞く。
当麻は自分の事だというのに全く興味が無さそうに四肢を投げ出して座っていた。


「あのさ、当麻って大阪弁が出ないなと思って」

「大阪弁?そうか?」


本人に代わって秀がすぐに口を挟んだ。
左隣に座っている当麻の頬をぐいっと引っ張ってケタケタと笑う。


「コイツ、結構喋ってねぇか?」

「そうか?俺、あんまり聞かない気がする」

「そうでもないだろう。喚く時などすぐ”アホ”と口にするぞ」


征士も続く。
何故か秀と同じように、自分の右隣に座っている当麻の頬をぐいっと引っ張った。


「そうそう。あとさ、ビックリした時っつーかツッコミの時?そういう時に、”なんでやねん”っつーしな!な!当麻!」

「べふに、ふぃーふぁろ、…………って離せよ!痛いだろ!」


当麻がもがいて、やっと彼らはその肉の薄い頬から手を離した。
ナスティが弟たちの幼い行動を微笑ましく見ている。
伸は彼らのじゃれあいが一通り終わるのを待ってから、もう一度遼に聞いた。


「で?当麻が大阪弁を喋らないと凄いのかい?」

「え、………うん」


すると遼の返事が少し弱くなる。
こういう時の彼の頭の中は、「改めて考えるとそうでもなかったな」という状態ではなくて、
「心底そう思っているのだが、どうやらそれが世間と感じ方が違ったようだ」と気付き、それを恥じている状態だ。
その状態にちゃんと気付いた伸は緩く首を振って、別に悪いことじゃないよ、と言った。


「たださ、僕らもホラ、あんまり方言喋らないでしょ?でもどうして遼の中で当麻だけが凄く見えるのかなって思っただけ」

「それもそうね」


ナスティが同意すると、遼は自分の考えが笑われているのではないと判って、安心したようにまたキラキラとした目を当麻に向けた。


「だってさ、他の地域はあんまりアクの強い方言がなくたって、大阪弁って物凄く解りやすい上に、大阪の人って結構どこに行っても
大阪弁で喋るイメージがあるだろ?でも当麻は標準語なんだよな」

「……俺の場合、親があっちこっち行くから家の中で大阪弁での会話ってあんまりしなかったからだと思うけど…」


折角尊敬されているらしいのだが素直に受け入れ難い当麻は、歯切れ悪く返す。
だが遼の目はやっぱりキラキラしていた。


「そうかな。でも当麻、喋らないよな」

「そうは言うけど、征士だって訛ってないだろ」

「お前まさか私が、自分の事を”わたす”と言うとでも思っていたのか。失礼な」

「お、それはそれでオモシロそうだけどな!それで喋ったらお前、部室にまで押しかけてくる女子の何人かは脱落すんじゃねぇの?」


他人事の秀が身を乗り出してまで楽しそうにするのを、征士は普段は滅多に見えない右目を髪の隙間から覗かせてまで睨み付けた。
常にないその状態は流石に迫力があったのか、秀は首をすくめて間に座る当麻の陰に隠れようとする。
だが身体の厚みが違うために、勿論完全に隠れきる事はできていない。
そして間に座る当麻は迷惑そうな顔をしていた。


「でも当麻、意外にポロっと出るよね」

「何が?」

「地元の言葉っぽいのさ」


伸にそう言われても、自覚の無い当麻は首を傾げた。


「例えば、どんな?」

「どんなって言われても……そうだなぁ、……えーっと…」


最近聞いた気がするんだよなぁと言いはしても上手く思い出せない伸に、ナスティがクスクスと笑いながら
助け舟を出す。


「例えばね、あなた、先週のお昼におうどんを作ってあげた時、”あげ”のことを”あげさん”って言ってたわよ」

「え、」

「そうそう!そうだ、当麻、あげさんって言ってた!」


思い出した伸が両手を叩いて嬉しそうに言うと、当麻はまた首を捻る。


「俺、言ってた?」

「言ってたよ。僕も覚えてる。”あげさん刻まれてる”って言ってたよ、キミ」

「えぇー……っ…それって大阪弁かぁ?」

「確か、大阪の人間は大概のものに”さん”をつけると聞いた事はあるがな」

「アメチャンとかな」


両側から言われて当麻はどこか恥ずかしそうに身を縮める。
お年頃の少年は、自分の無意識の言葉を改めて掘り返されて照れているらしい。


「それ、大阪弁になるのか…」


そして同時に遼がどこか寂しそうに呟いた。


「あ………うん、なるんじゃないかな…」


純粋な弟の様子に気付いた伸は、少し気まずい顔になった。
遼は当麻がちっとも大阪弁が出ない事について凄いと言っていたのに、身近なところで彼が喋っていたと知って、
ガッカリしてしまったのかもしれない。
何も当麻も遼も、どちらも悪いわけではないが長兄としては気を遣ってしまう。


「でもよぉ、何か俺、小学生ん時の国語の授業だったけか、それで方言のことチラっと習った気がする」


暢気な秀は手を頭の後ろで組み、どんぐりの様に丸い目を天井に向けて記憶を辿るような仕草をした。


「方言について?どんなことだ?」

「それも例として出たのは大阪弁なんだけどヨォ」

「……そんな特殊な言語じゃないだろ、大阪弁…」


小さく当麻がボヤいたが、秀はまるっきり聞いていないらしく、そのまま続ける。


「ほかす、ってあるだろ。捨てるって意味の」

「あるわね」

「アレで、スプーンを捨ててくれって意味で”ほかしてて”って言われたのに、大事に保管されてたっていう話」

「ああ、なるほどね、そういうのはあるかもね」

「それなら私も聞いた事があるな。だが最早”ほかす”は大阪弁で”捨てる”とある程度定着しているのだから、
改めて間違うことも少ないのではないか?」

「えっ」


思いのほか大きな「え」は遼のものだった。
全員の視線、それこそ当麻も含めての視線が遼に集まる。
大体の場合はそこで照れが入るのだが、今回ばかりは遼は目を見開いたまま固まっていた。


「…遼?」


あんまりにも動かないものだから、ナスティが恐る恐る声をかける。
遼はゆっくりと瞬きをして、それを合図に呪いが解けたかのように激しく瞬きを始めた。


「え、え、…え、ちょっと待ってくれ、ほ、…保管が何だって?」

「保管じゃないよ、遼。ほかす、だよ。ほ、か、す」


伸が訂正すると、遼はまた、「えー」と大きく言った。途端。


「お、おい、りょぉ!?」


驚く秀の声を背に、遼はやっぱり「えーっ!」と言いながらリビングから走り去っていく。
足音は階段を上り2階を駆け抜け、そしてもう一度リビングに現れた時にも遼がやはり、「えーっ!」と叫んでいたのには、
流石に征士も驚いた。


「こ、こ、……これ、…当麻!」


しかしこうなると周囲の様子が全く見えなくなる遼は、仲間の反応を綺麗に無視して当麻の目の前に箱を突き出す。
あまりに勢いよく出されるものだから、当麻は思いっきり仰け反ってしまった。


「な、………なに、これ…」


仰け反ったまま当麻が聞くと、遼は真剣な目で更に当麻に詰め寄った。
喉元にまで箱が迫った当麻は益々仰け反る形になった。


「これ、これ、当麻、若しかして、捨ててくれって言ってたのか…!?」


力強く聞くと箱の中身が揺れる。
だがその勢いとは違って漏れた音は、「くしゃ」とか、「がさ」とか、「へな」といったような、力ない音で、
遼の勢いに飲まれつつあった仲間は全員肩透かしを食らった。


「これ捨ててって…」


流石、大家族で育っただけあってか秀はすぐに順応すると、相変わらず仰け反ったままの当麻の代わりに箱を覗き込んだ。


「………………何だコリャ。…レシート?」


秀が摘み上げたのは確かにレシートだ。
当麻の反対側から征士も身を乗り出してそのレシートを見る。


「………”にくまん1個…98円”…だと?」


その言葉を聞いた伸とナスティもソファからそれぞれ立ち上がり、箱の中の物を適当に取った。


「”鎧の生まれた時代の仮説@”…」

「こっちは烈火剣の修復の事の仮説かな…?」


そこに書かれた文字はどれも右肩上がりで角ばっていて、そしてどこか神経質そうで。
間違いない、明らかに当麻の字だ。
全員の視線が今度は当麻に集まる。
相変わらず仰け反ったままの当麻は、あー、と小さく呻いた。


「………………俺、…若しかして遼に、”ほかして”って…言った?」




当麻は普段、標準語で喋る。
他の仲間だって基本的にはそうだ。何も彼が特別なわけではない。
そして同時に時折地元の言葉が入るのも、皆そうだ。
だがその場合でも極端に意味の解らない言葉で無い限り、前後の会話で大体の予測は出来る。
だから誰も特に改めて聞くような事はなかった。

のだが、当麻が地元の言葉で喋る時は結構限られている。
征士や秀も言っていたように瞬間的にカっとなった時。
テレビを観てボソっと何かを言った時。
それから、作業に集中し過ぎている時。

遼が大事に持っていた箱の中身の殆どは、鎧についてのメモが多かった。
他では秀が見つけたようにレシートもあったが、それだって書斎に篭りっぱなしで調べ物に勤しむときの夜食として求めた物が多かった。

書斎はナスティの祖父のものだが、今は主に当麻が使うことが多い。
殊、調べ物となると彼が一番手際もいいし、知識も豊富だ。
だから何かあると当麻はここに篭るのだが、篭り過ぎると今のようなメモが増えてくる。
気付いた事を書きとめ、新しい発見があれば新しく書き増やされる。
メモはどんどんと更新され、古いものは床に落とされていく。

熱中しすぎると寝食を忘れる当麻に声をかけるのは、仲間みんながしていた。
丁度区切りがよければ当麻もそこで作業は中断するし、そうでなければ「もう少し」とだけ答える。
その「もう少し」と言われた時、床に落ちているメモが遼の目に付いたのだろう。

だからきっと尋ねたのだ。
「当麻、これどうする?」と。
だから当麻は答えたのだろう。
「ああ、下のは、ほかしといて」と。

集中しているからこそ、短く、馴染んだ言葉がつい出たのだろう。
しかし遼はそれを、「保管してくれ」と、先程の秀の挙げた例と全く同じ間違いをした。

その結果、彼は言われたものを、適当な箱を見つけて大事に大事に保管していたようだ。


「それにしたって、結構な量だね……」


思わず伸が唸ってしまうほどの量は、見方によっては当麻のストーカーのようだ。
それを思ったのではないだろうが、自分の間違いを知った遼は耳まで真っ赤になっている。
当麻も当麻で、一方的にそんな遼を馬鹿だなとも言えず、やっぱりなぜか耳まで赤くなって困っていた。

その横で征士はあるメモに目を落としていた。
真剣な眼差しで懸命に見つめ続けるメモは、それでも他の仲間は誰一人気付かない。


「”コンブ→メカブ→ウミブドウ”…………何だ?これは…」


征士は1人、謎のメモを大真面目に解読しようと悩み続けるのだった。




*****
謎のメモに意味など一切ないと思われます。眠たかったんじゃないか、軍師。
ベタに方言話。
ああいうアニメでよくある疑問ですが、会話は普通だったんでしょうか。
モノによっては共用語は何?と思うほどグローバルなものもありますので、トルーパーはまだ可愛い範囲だと思います。